永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
記念館の中に入ると、外見に比べた印象としては中は意外と狭めだった。
中央の大きめの空のガラスケースが少し気になるけど、今は気にしないでおく。
ちなみに、生徒以外の来客にも常時公開した上で、入館料は結局無料にするらしい。
なるほど、入口の直ぐ側に建てたわけね。
「本校でも、篠原夫妻のことは特別授業を組もうと思っているんです」
「いえ、そこまでしていただかなくても──」
理事長先生の提案に対して、あたしはとっさに謙虚になる。
でも、一歩冷静に考えてみても、あたしたちのためだけに授業を組むというのは反対だった。
「いえいえ、篠原夫妻は当校の誇りです。お陰さまで我が校には入学願書が殺到し、偏差値もうなぎ登りなんですよ。学力のいい子供が、たくさん入ってきてくれて……そのお陰で佐和山大学の方も今や難関校になりつつありますから」
確かに、あたしたちが在学していた時の小谷学園と比べると、今はかなり偏差値が上がっている。
特に今年度は、あたしたちのノーベル賞のために既におびただしい願書が殺到していて、偏差値の急上昇が見込まれている。
ちなみに、スポーツ特待制度は今も小谷学園には存在しない。
あくまでも部活には力を入れる予定は小谷学園にはない。
そのあたりは、校則の緩さ、というよりなさといった方がいいかもしれないけど、とにかく小谷学園が変わってもそこら辺だけは変わらないみたいね。
「無理にとはいいませんがもう一度考えていただけないでしょうか?」
あたしが考え込んでいると思ったのか、理事長先生がもう一度促してきた。
もちろん、そう頼み込まれてもあたしの考えが変わるわけではない。
「それでも、いえそれだからこそ、あたしたちのためだけの授業はやめて欲しいんです」
今のあたしは、あたし自身であると同時に浩介くんの代理でもある。
つまりあたしのこの意思は篠原夫妻の総意ということになる。
それを踏まえても、ここまできっぱりと反対されるとは思っていなかったのか、理事長先生はかなり驚いた顔つきになった。
「失礼ですがその……理由はありますか?」
理事長先生はまだ諦めきれないのか、あたしに理由を問いてきた。
もちろん、通らないものは通らない。
「ここに記念館を作るだけで、学力と学校への帰属意識のある子供は自然とここに、自主的に足を運んでくれますよ。わざわざ授業や課題で強制するのは、よくないです」
あたしは、すぐに思い付いた理由をそのまま話す。
あたしたちも、永原先生も既に世間に広く知られた有名人なので、もしその生徒に興味が少しでもあるなら、この記念館に一度来てくれるだけでいい。
それだけで、興味を持ってくれている人なら、あたしたちのことを覚えていてくれるから。
あたしにとっては、それだけでも十分だった。
「そうね、篠原さんの言う通りよ。もちろん、紹介はする必要があるわ。でもその後のことまでは、生徒に好きな時間に見せるべきよ。その時興味なくても、別の時間に興味が湧くこともあるわ。卒業まで3年あるもの。同じ時間にクラス全員で見せる必要はないわよ」
永原先生が、更にあたしが言いたいことを補足してくれる。
そう、3年も生活していれば、「そういえば蓬莱の薬を作った夫婦の出身校だった」って思って記念館に一度は足を運んでくれると思うから。
「うむむ、やはり永原先生には叶いませんな」
理事長先生も、永原先生には中々頭が上がらないらしいわね。
まあ、今回はあたしもいるし仕方ないことだけど。
ともあれ、諦めてくれたみたいでよかったわ。
「では、中の展示に移らせていいですか?」
「ええ」
理事長先生の案内で中を詳しく見る。
展示には、あたしが女の子になったばかりの頃の写真がある。
やや緊張した真顔でこちらを見つめる少女。その写真はもう11年近くも前のものだけど、今と全く変わらない容姿をしていた。
それは、あたしが不老だという何よりの証左だった。
「この写真……」
あたしには見覚えがある。
何を隠そう生徒手帳に貼ってあった写真だから。
確かカリキュラムの時に撮った写真よね。当たり前だけど今と全く同じだわ。
「ふふ、篠原さんが女の子になって初めて撮った写真よ」
永原先生がにっこり笑いながらそう話す。
「や、やっぱりそうなのね」
TS病で女の子になると、どういうカリキュラムを受けるかという内容も、ここでは簡単に紹介されている。
女の子らしくなるための訓練の内容として、あたしが作った訓練の内容も紹介されているわね。
「TS病の過酷な運命……ねえ」
そこには「TS病の過酷な運命」と題され、過去には女の子に成りきれなかった患者たちが次々と自殺していったことが書かれている。もちろん、今はそうしたこともなくなったけど、いつ何時また自殺者が出ても不思議ではないことには代わりはない。
それでも、かなりの改善をしたのは事実だった。
言うなれば、今の教育法もそうした自殺者の屍の上に成り立っている。
「ええ」
TS病のもう1つの大きな要素として、不老というものがある。
こちらの方は、永原先生の展示コーナーで詳しく触れられることになる。
あたしの展示の続きは、女の子らしくなれたあたしが、ついに男の子の恋人が出来たことが書かれている。
それこそまさに、浩介くんだった。
写真の中の浩介くんは、今よりもほんのちょっぴりだけ、若く見えた。
館内の展示には、林間学校での写真や、その1年後の修学旅行での写真、そして、どこから手に入れたのか、後夜祭でのプロポーズの場面の写真まであった。
……みんなからはこう見えていたのね。
他にも、文化祭のミスコンで、あたしが優勝した時の写真もある。
永原先生と、やっぱり今よりもほんのちょっぴりだけ若い桂子ちゃんも写っていて、桂子ちゃんの部分には「木ノ本桂子さんは、現JAXA宇宙移民計画事業部員で、篠原優子氏の男性時代からの幼馴染み」と紹介されていた。
「桂子ちゃん、よく許可したわね」
あたしは意外だった。
また、やはり今よりちょっぴりだけ若い恵美ちゃんも所々に写っていて、「現女子テニス選手の田村恵美さん」と紹介されていた。
「ま、テレビ取材も何度か受けていますからね、あのクラスでは田村さんと篠原さんに次いで有名人ですよ」
あたしたちが2年間を共にしたそのクラスは、篠原夫妻と恵美ちゃんのクラスとして有名だったけど、今は桂子ちゃんの世間一般での知名度も上がっている。
それというのも、「宇宙移民計画」は、蓬莱カンパニーがもたらす懸念の1つとしてあがっている「人口問題」の抜本的解決法として有名で、美人の桂子ちゃんは、広告塔としてよく登場していたから。
宇宙開発に高額の予算をかけることができているし、しかも100年に1人しか子供を産まなくても出生率が二桁になりかねないという、不老による人口急増問題は一般人にもすぐに理解できるため、人々の宇宙開発への理解度がとても高い。
今や日本のJAXAに、世界中から優秀な技術者が集まることによって、NASA以上の勢力になるのも時間の問題だと言われている。
そうなれば、桂子ちゃんは宇宙開発部門で相当な功績を残すことが出来ることになるだろう。
そういった所も見込んで、桂子ちゃんも写真に納めているのかもしれないわね。
それにしても、恵美ちゃんや桂子ちゃんとあのクラスで一緒になれたのは、他のクラスメイトたちはもちろん、あたしにとってもとてもいい思い出になったわね。
「うんうん、あら懐かしいわね。これ修学旅行かしら?」
永原先生が次の展示を見て感激している。
「ええ、どうやらそうみたい。京都の鉄道博物館よね」
修学旅行で見た鉄道博物館の展示を見るあたしたちが写っている。
ここは永原先生の記念館でもあるため、永原先生と鉄道についての記述も存在している。
それによれば、永原先生は、全国に鉄道が張り巡らされ始めたという情報と、鶴見で実際に動いていた機関車を目の当たりにして、放浪生活をやめたとある。
永原先生にとって、鉄道は人生を大きく変えた存在であることには違いはなかった。
あれ? 確かこのDD54と永原先生って合成だった記憶があるわね。文化祭でもそのあたりを突っ込んだ記憶があるわ。
うーん……まあいっか。
「では次に参りますね」
あたしの疑問をよそに、ひと通り見終わって特に問題が無いと確認したら次に向かう。
「あら? これ……」
ここが小谷学園ということもあってか、大学時代の展示は軽く済まされていた。
代わりに、あたしの「日本性転換症候群協会」での実績が展示されていた。
そこには、あたしが変えたカリキュラムの変更についてが主で、また当時存在した「明日の会」への対処については、「協会側として対策を担当した」と書かれているにとどめてあった。
まあ、理屈ではそれが最善手だったとはいえ、「もう救いようがないので、周囲に被害が出る前に出来るだけ早くに自殺に追い込んだ」何て書いちゃったらまずいものね。
どちらにしても、今ではもう明日の会という存在も、あたしたちの研究に反対した例の牧師の存在も、歴史の闇に葬られていた。例の牧師は、インターネットの百科事典にも「消息不明となった人物」と書かれる有様だった。明日の会も、わずかに「協会の方針に反発し、患者を1人抱え込むことに成功したが、その患者は不適切な処置によりすぐに自殺してしまった」とあり、幸子さんと歩美さんはもちろん、あたしの存在もどこにもなかった。
そして、あたしたちの結婚式の写真も軽く存在した他、何と言ってもメインに添えられるのが不老技術によるノーベル賞受賞のことだった。
ノーベル賞を取ったきっかけは、あたしが、当時蓬莱教授が気付かなかった「完全不老の薬」の「製造法の発見」、浩介くんが、「完全不老の薬」の「効率的・安定的生産方法の発明」だった。
そのことは、写真下の展示にもあって、あたしはこれを間違いはないとして肯定した。
授賞式や、晩餐会での写真もあって、あたしが例の記者と口論する場面の写真まで飾ってあった。
ちなみに、展示の説明には、「フェミニストを論破した篠原優子博士」と書かれていた。
「どうですか? 写真の内容は?」
「ええ、問題ないわね」
国王陛下にメダルを受けとる場面や、ノーベル博物館の椅子にサインをするあたしも写っている。
問題は、それらの時系列がてんでバラバラな所だけど、まあそれは仕方ないわよね。見栄えもあるし、この辺は大目に見たほうがいいわね。
また、このあたりの展示にはノーベル賞と平行して、蓬莱カンパニーのことも書かれていた。
蓬莱カンパニーについても、もちろん肯定的に書かれている。
ただ、あたしたちが資産家になっているということは、「学校の記念館」という体裁上、あえて隠すことにしたという。
これについても、あたしは特に異議はない。
「で、このケースは何ですか?」
あたしは、あえて無視していた中央にある二重のガラスケースに目をやる。
「これですか? 実はですね、今日わざわざ来ていただいたのには訳がありまして。実はこのケースの中に、篠原夫妻のノーベル賞メダルを展示したいと思っているんです……あー、もちろんレプリカで構いませんよ」
「んー」
あたしは、かなり悩んだ。
実は、まだノーベル財団にはレプリカの製造を依頼していない。
もちろん、依頼はいつでも構わないし、2つまできちんと作ってくれる。
蓬莱教授のように、本物を学園祭で堂々と展示するのは珍しい。
その蓬莱教授自身も、当日の授賞式と晩餐会以外では、レプリカのメダルを持ち歩いていたように、うまく本物とレプリカを使い分ける。
ただ、蓬莱教授のこの使い方だってかなり豪胆なもので、普通はノーベル賞のメダルなんてレプリカでも大切に保管して、滅多なことでは他人に見せない。
ましてや本物に至っては、金庫にしまったまま死ぬまで再び見ることはなかった受賞者だって大勢いた。
あたしと浩介くんも、実際本物は賞状と一緒にずっと保管部屋の二重金庫にしまいっぱなしになっている。
「実は、あたしはまだノーベル財団にレプリカを製造依頼してもらってないんです。展示するにしても、まずそこからになりますね。ただ、セキュリティはこの通り、マルチシグといいまして3人で指紋認証と数値の認証両方でパスワードを決めて、全員が正しくないと開きません。更に二重に最高クラスの品質の防弾ガラスがありますので、これならロケット弾でも貫けません。もちろん、ガラスの前に警備員も常に立たせます」
理事長さんが、パスワードのマルチシグモードに防弾ガラスのブランドを説明してくれる。
防弾ガラスメーカーは、各国政府要人が使う車などにも採用されているほど強固だという。
また、永原先生の発案なのか、警備員同士も相互に監視させ、もし盗難計画について話し合っている人がいたらすぐに密告するようにも仕向けさせて、内部犯の存在も防止するという。
どちらにしても、この問題は重要なので、さすがに浩介くんに直接決めてもらわないといけない。
「すみません、ちょっと失礼します。さすがに、主人にも相談しないといけませんので」
「分かりました」
あたしは、一旦建物の展示室とは別の、トイレの中に入る。
もちろん、使っている人も誰もいない。
あたしは携帯から蓬莱カンパニーの社長室に電話をかける。
浩介くん、出てくれるといいけど。
プルルル……プルルル……
「もしもし優子ちゃん?」
「うん」
よかったー。浩介くん出てくれたわ。
「どうしたの? 何かまずいことでもあった?」
やっぱり、電話までしてくるとそう思っちゃうわよね。
「あーえっと、実は記念館の人がメダルのレプリカを展示したいって言ってきて」
「うーん、そう来たかー。実は俺、レプリカ作ってなくてさー」
浩介くんが電話越しでも分かるくらいに困った声色になる。
それにしても、レプリカを作ってない所まであたしと同じなのね。
「あはは、うん、あたしもなのよ。まあ、さすがに製造期間は待ってくれるみたいだけど」
「んー、セキュリティはどんな感じ?」
「マルチシグパスワードに二重防弾ガラスよ。一応最高品質の防弾ガラスみたいで、ブランド名は──」
「なるほどなあ。ま、俺たちの母校だ。それに永原先生の出資もあるし、何かあったら損害賠償請求すればいいだろう……金で返されても仕方ないかもしれねえけど」
そうなのよねーノーベル賞ってお金で買えないものの筆頭だもの。
世界一のお金持ちが世界で一番お金で買えないものまで持っているんだから本当に恵まれてるわよね。
「うん、分かったわ」
あたしは、電話を切ってトイレを出た。
「あ、どうでしたか?」
「うん、レプリカ製造に時間はかかるけど、大丈夫だって。ただし、なくしたら損害賠償請求とのことです」
あたしがそう言うと、理事長先生の顔がパット明るくなった。
まあ確かに、目玉と言えば目玉だものね。
「そうですか、いやはや、ありがとうございます」
「ただし、絶対に無くさないで下さいよ」
そのあたりは、あたしとしても十分に懸念材料だから、改めて念を押す。
「分かってるわよ篠原さん、それに、展示するのは開館して最初の1か月だけで、後は普通に写真だけの展示にするわ」
永原先生が、先に言うべきことを今言ってきた。
「永原先生、それを先に言ってくださいよー」
それなら、わざわざ電話をかけなくても良かったわ。
「あはは、ごめんごめん。さ、次の部屋は私の展示コーナーよ」
「はい」
永原先生の誘導で、あたしたちはもう1つの部屋に到着する。
中は、あたしたちのコーナーとほぼ同じ広さだった。