永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「何だか、博物館で自分自身の展示を見るって複雑な気分だわ」
永原先生が、自分に関する展示を見ながら、ふうとため息をつきながら話す。
実際の所、あたしとしてもあたし自身の展示はどこか複雑な気分でもあった。
確かに、博物館にしても記念館にしても、普通は昔のことを展示する。
あたしたちみたいに最近のことを展示するのはもちろんだけど、永原先生の場合博物館行きが当たり前の古い時代も生きているせいで、より複雑な気分になるみたいね。
「そう言えば、美術館で展示もありましたわね」
永原先生が、鑑定番組に出たために、周囲からお宝の数々に驚かれて、ついには美術展まで開かれることになったこともあった。
今でもたまに、永原先生の家宝の公開を求められることはあるけど、永原先生は応じていない。
「あれも結局行かずじまいだったわ」
永原先生がそう語る。
ここの展示品は、永原先生の人生の紹介や、永原先生所縁の品々が展示されている。
鑑定番組の画像も、あちこちに納められている。
「これって?」
内容は「柳ヶ瀬日記」とあるけど、美術館や鑑定番組で見たときと違って紙は茶色くなっていない。
あ、よく見ると「復元」とか書いてあるわね。
「あーうん、実は全部複製なのよ。本物は私が今も保管しているわ」
やっぱり、これもいわば「レプリカ」というわけね。
まあ、実際にあの日記は歴史的資料価値も高いし、誰かがこうして複製して印刷していても不思議ではないものね。
また、吉良の着物に関しては、それを着ていた永原先生の写真で代用されている。
写真が撮られたのは最近で、ノーベル賞の授賞式だった。
他にも、真田家の歴史や、江戸時代の江戸城や、江戸の町での生活の様子なども紹介されていて、当日江戸城で永原先生が食べていた食事も再現されている。
「今からすると質素ですけど──」
「もちろん、江戸城の食事なので豪華よ。でも、案外下町にも江戸城に負けないくらいの絶品のお店は多かったわ」
また、戦乱の時代の食事や、江戸城で食べていた食事の変化なども伝わっていて、他にも江戸城に住み始めた頃と黒船来航直前との間の214年間での食事や生活の変化も展示されていた。
これを見ると、江戸時代が現代ほどでないにしても、様々な分野で発展した時代だったことを知ることが出来るわね。
「さ、一通り展示も見ましたので私はこれで失礼いたします。篠原さん、ノーベル賞メダルの件、改めて御礼申し上げます」
「お疲れ様でした」
理事長さんが頭を下げて記念館を出ていった。
「篠原さん、お昼はどうするの?」
永原先生はあたしに振り返って昼食の話をしてきた。
「この格好だけど学食……というわけにはいかないわね」
あの懐かしい味を楽しんでみたいという気分はあるけど。
「うーんそうよねえ……私たちが学食なんて食べたら経済学者に怒られちゃうわね」
永原先生は、お昼は毎日高級弁当や外食で昼食を済ましているらしい。
「そうね、学校もちょうどもうすぐ昼休みの時間ですし……町で食べましょうか」
「ええ、そうね」
あたしたちは、学校の門から外に出ることにした。
小谷学園の時も、たまにこうして学校の外で食べるという贅沢をしたことは何度かあった。
プロポーズしてからは、「予算の帳尻」という名目で、蓬莱教授からお金を押し付けられていたので、その時にも浩介くんとの外食はあった。
思えばあの頃から周りの同年代より贅沢な暮らしをしていたと思うけど、今の生活はそんな生活さえ問題にならないような贅沢な暮らしだった。
あたしは、浩介くんの「人々に最も幸福をもたらした人が、最も幸福になる」という持論を頭の中で思い浮かべていた。
「こっちよ」
小谷学園の通学路を歩いて数分のところに、お寿司屋さんがあった。
もちろん永原先生が誘うくらいなので、このお店は回転寿司何て言うものではない。
ガララララ……
「へいらっしゃーい!!! おや先生、今日は学生さん連れてるんかい?」
寿司屋の大将さんが、親しそうに話しかけている。
どうやら常連らしい。
「あはは、この子は卒業生なのよ。小谷学園に来るときはいつも制服でね」
永原先生も、親しそうに話していて、ずいぶん深い顔見知りだと分かる。
「へえ、珍しい……ってあれ? この顔にこの体型……どっかで見たことあるような……」
大将さんが、あたしの顔を見つめて来た後、あたしの胸から目を離せなくなる。
さっきの理事長さんもだし、本当に男って単純よね。
「あはは、多分考えている人と同じ人よ」
そう、あたしが小谷学園出身なこともよく知られている。
「あたしは篠原優子といいます。ええ、大丈夫です。お金なら出せるわよ。何分永原先生よりもお金持ちですから!」
えっへんという表情であたしが胸を張ると、大将さんも驚いた顔をした。
「これは驚いた。まさかよりにもよってあのノーベル賞の篠原さんのお出ましとは」
あたしについて、資産家としてよりも、蓬莱カンパニーの幹部としてよりも、ノーベル賞として語られることが多いのも、ノーベル賞の権威の高さを物語っているわよね。
小谷学園に出来た記念館もそんな感じだったし。
「ふふ」
回らないお寿司は、だいたい休日に気が向いた時に家族で振る舞っている。
親たちも生活費や光熱費などをあたしたちが払っているとあって、相当資金に余裕があるらしく、あたしたちが自炊する日にも、外食三昧をすることも珍しくない。
「大将、江戸湾セットの特上お願いね」
永原先生が早速一番高いものを注文する。
大トロや中トロ、他にも取れたてのネタばかりで1人前で4万円もする一品だ。
ちなみに、外には値段が書いてなかったけど、ここには値段が書いてあって、もちろん回転寿司とは比較にならないほど高い。もちろん、あたしにはどうってことないお金だけど。
「へい」
「篠原さんも注文したら?」
永原先生に促され、あたしも値札などを見ながら決める。
「えっと……築地セットの特上でお願いします」
江戸湾セットは、大トロや中トロは妊娠中にあまり良くない上に、さすがに量が多すぎると思ったので、築地セットを頼む。
こちらは赤ちゃんに悪そうな食材も入っていない感じで、こちらも39000円ほどの値段を誇る、この店で一番高いものだ。
「うーん、現金あるかしら?」
今のうちに財布の中身を確認して──
「篠原さん、レジの前にATMがありますので是非お使いください」
あたしが財布を漁っていると、大将さんにATMに誘導された。
まあ、こんな高いお店だし外には値段も書いてないものね。あっても不思議じゃないわ。
「あ、ありがとうございます」
どうやら、ATMがレジ前にあるらしく、そこで引き出せるらしい。
あたしは、銀行のカードを入れて財布の中身の現金を引き出す。
この口座にはお小遣いとして7億円しか入れてなくて、あたしが持っている残りの大半、数千億の日本円は、別のもっと厳重なブロックチェーンシステムで保管した特別な口座に入れてある。
「ふう」
ガララララ……
「へいらっしゃーい」
すると、お昼の時間なのか、スーツを着た若いサラリーマン2人組が入ってきた。
「おいおい、最近は学生までこんなお店で食べるのかよ」
制服姿のあたしを見て、若いサラリーマンたちがとても驚いた顔になる。
「いくら景気がいいからって、なあ」
もう、あなたたちも人のこと言えないわよ。
「大将、江戸湾セットの上2つ」
2人組は特上ではなく上を注文した。
特上と比べると結構安い。
「あいよ、前の2組が終わってからでええかい?」
「はい、それでお願いします」
様子を見るに、どうやらこのサラリーマンたちもある程度通い慣れているらしいわね。
「へい江戸湾セット特上と築地セットの特上な」
「ありがとうございます」
あたしたちは、豪華に並んだお寿司を目にする。
感覚は麻痺し始めているけど、昔を思い出しながら今日も高級品がお腹一杯食べられることに感謝する。
とにかく、いくら世界でも最大級に資産を持っているからと言っても、本当に散財し尽くしたら破産まっしぐらだもの。
「おいおい、あの2人特上って……」
「あっちは蓬莱カンパニーの株で財を成した小谷学園の永原先生だろ? 生徒の方もすげえよなあ……」
「おごりってわけでも無さそうだしな」
ヒソヒソ話しつつも、2人ともあたしの胸から視線をはずせない様子ね。
「お二人さん、あの子が気になるかい?」
次の料理に取りかかっていた大将さんが2人に話しかける。
「あーもちろん」
「へへ、あの子は、お前さんたちよりもよっぽど金持ちだよ。隣の永原先生よりもな」
「え!? まさかだって、永原先生って資産数十兆円だろ?」
男たちは、ものすごい顔で驚いている。
「お2人さん」
あたしは、お寿司を食べながら2人に話しかける。
「あたし、篠原優子っていうの。住まいは松濤に320坪、資産は旦那さんと合わせて46兆円よ」
「うおっ本当だ! おい、あのノーベル賞も取った篠原優子だよ」
サラリーマンも驚いている。
まあ、普通はそうよね。
その後は、あたしが食べているのもあって積極的には話しかけず、サラリーマンさんたちも別の話題に移っていった。
ガララララ……
「へいらっしゃーい!」
あたしたちが食べ終わる直前に、次に入ってきたのは、おじいさんとおばあさんの高齢者夫婦だった。
「最近ますます繁盛しているわね」
「ああ、本当だぜ、嬉しい悲鳴ってやつだ。へい、江戸湾セット上お待ち」
職人さんが腕によりをかけたとあって、とても美味しいお料理になった。
「じゃあ大将、これで」
「へい、永原先生は40000円、篠原さんは39800円になります……お二人ともちょうどいただきました。毎度あり、またどうぞ!」
お寿司屋さんの大将さんに見送られ、あたしたちは出ていった。
「ふう、美味しかったわ。永原先生、ありがとうございます」
「いいのよ。ところで、篠原さんこれからは?」
あ、そう言えば永原先生にはまだ話してなかったっけ?
「あそこの総合病院で検査します」
「あら? もしかして何かあったの?」
永原先生は、あたしの鞄にあった「お腹に赤ちゃんがいます」のキーホルダーには気付かなかったらしいわね。
「あの、実は……」
あたしは、永原先生にキーホルダーを見せる。
すると、永原先生が笑顔になった。
「あら、篠原さんおめでとう。頑張ってね」
「はい、がんばります」
永原先生と別れ、あたしは病院の方に向かう。
そこの病院は、あの時と変わらず、そこに佇んでいた。
ウィーン
自動ドアをくぐり抜けて病院の中に入る。
病院の中は、殆ど忘れていたはずなのに、所々で既視感を感じる。
まあ、実際見ているんだから当たり前だけども。
そしてあたしは、待合所の一角で暇そうにしていた浩介くんを見つけた。
「あ、あなた」
「よし、優子ちゃん、行こうか」
浩介くんは、待ちくたびれたのかすぐに立ち上がった。
ちなみに会社から直帰したのか、スーツ姿のままだった。
あたしたちは、総合受付に向け、歩き出した。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付の人が笑顔であたしに話しかける。
最も、向こうからも「お腹に赤ちゃんがいます」のキーホルダーが見えたとは思うけど。
「産婦人科を予約した篠原です」
「あ、はーい、しばらくお待ちください」
あたしは、総合受付から産婦人科を呼び出す。
受付の人が内線をかけ、産婦人科に予約の確認を取る。
「はい、ありがとうございます篠原様ですね。ではですねあちらのエレベーターから──」
あたしは、産婦人科の受付の場所を案内された。
エレベーターを使い、指示通りの階を押す。
他の人も何人か乗ってきている。
病院ということもあって、顔色が悪い人や、マスクをつけている人も多い。
エレベーターから降り、正面右手の産婦人科に向かう。
あたしが以前いたのは入院患者を収容していた棟なので、この辺りの空気は大分違うわね。
「すみません、予約した篠原です」
「はい、篠原様、お待ちしておりました。こちらの番号でお呼びいたしますのでお掛けになってお待ちください」
東京の病院と同じように、番号札を渡されるが、こっちは普通にプラスチックの板だった。
正面の電光掲示板には、番号とお医者さんの部屋番号が表示されていた。
あたしは、制服から着替えるため、浩介くんに荷物を任せ、トイレで私服に着替え直してから椅子に座る。
「ふう」
あたしが座ると、ちょうど何番か前のお客さんが
「病院は忙しいな」
「ええ、この順番は、お金では買えないわね」
もしかしたら買えるかもしれないけど。
「体調では買えるけどな、あはは」
浩介くんが面白い冗談を言う。
確かに、体調が極端に悪く、急を要する場合には、順番は買えるわよね。
まあ、そうまでしなきゃいけないくらいの緊急事態は困るけど。
「ふふっ」
周囲にいるママたちも、みんな「お腹に赤ちゃんがいます」のキーホルダーをつけていた。
あたしと同じく、新しい命を育んでいるのよね。
ピンポーン
「あ、優子ちゃん」
「うん」
何分かは分からないけど、いくらかの時間待っていると、電光掲示板に、あたしの番号が表示された。
指定されたお部屋に行き、扉をノックしてから入る。
「はーい、篠原さんですね?」
「はい」
中にいたのは、若い女性の先生だった。
「はい、赤ちゃんの妊娠ということで、はい……今のところですね異常はありません」
あたしたちは、今後の妊娠生活について、お医者さんからアドバイスを受ける。
「初産ということで何とも言えませんが、徐々につわりも収まってきていますので、明後日から職場復帰と言う形でよろしいでしょうか?」
「はい」
「では許可を出しておきます。あ、私これから篠原様の主治医を勤めさせていただきます|安土(あづち)と言います。よろしくお願い致します」
安土先生が名札を見せながらあたしたちに自己紹介をしてくれる。
ともあれ、職場復帰できそうでよかったわ。
「お願いします」
「安定期は確かに比較的安定してはいますが、決して油断しないでください。節制しすぎてストレスを溜めるのもよくないのですが……この報告書を見る限り、大丈夫そうですね」
安土先生は、あたしのこれまでの様子を印刷した紙を見ながら話す。
恐らく、あたしが赤ちゃんを守ったことを指摘されて泣いてしまったエピソードを見ているのね。
「あたし、赤ちゃんのためなら、どんな自己犠牲でも出きるような気がしているんです」
「ふふ、いい心がけね。でもちゃんと旦那さんにも構ってあげないとダメですよ」
安土先生がにっこりと微笑んで話す。
「あー大丈夫です。その……はい……」
「ええ、浮気も不倫もなしに、旦那さんはきちんとしてますわ。もちろん、赤ちゃんには負担をかけません」
あたしたちのこの回答は、暗に浩介くんが問題なくあたしで満たしていることを示していた。
それを察した安土先生は、それ以上は追求せずにあたしたちに微笑んでくれた。
「続いて注意点です。勤務は許可しますが、まだフルタイムは許可できません。もちろん残業は論外です。まず時短で、それから様子を見てフルタイムにします」
「はい」
とにかく、今は妊婦さんへの配慮が行き届いている。
これは、蓬莱の薬が出来る直前までは少子化が深刻だったこともある。
「それでは本日はこれまでです。お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
安土先生とは、これからしばらくお世話になる。
ともあれ、あたしは時短勤務から、仕事を再開することになった。