永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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復職

 翌日、会社に久々に出勤することになったあたしは久々のレディーススーツに着替える。

 もちろん、お腹を締め付けないように細心の注意を払う。

 レディーススーツは、「レディー」と名乗るだけあって妊娠中の人にも配慮した機能にはなっているみたいだけど。

 昨日も含めて、つわりは来ていない。安定期に本格的に入ったのかしら?

 

「おはよー」

 

「優子ちゃん、おはよう、今日から復帰?」

 

 いつものように、広いリビングでお義母さんが出迎えてくれる。

 見渡す限りでは、浩介くんはまだ来ていないわね。

 

「うん」

 

「ちゃんと頑張るのよ。それから家事も少ししていかないとダメよ」

 

「はい」

 

 ともかく、あたしは妊娠中だけども、安定期に入ったら少しは家事をしないといけない。

 確かにあたしは仕事が忙しかったり、妊婦になってからは妊娠初期のつわりなんかもあって、満足に家事が出来ない状況が続いていた。

 とは言え、何日もブランクを開けるのもよくないので、安定期には、赤ちゃんに気を付けながら家事をするつもりでもある。

 

  ガチャッ……

 

 背後から、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた。

 

「おはよう、お、優子ちゃん今日早速復帰か」

 

 入ってきたのは、浩介くんだった。

 

「うん、安定期の間は会社に出勤できるのよ」

 

「良かった。優子ちゃんがいねえと、会社も少し寂しいからな」

 

 最も、浩介くんとは出勤時間は違うけどね。

 それでも、あたしが帰ってくるってだけでも雰囲気が変わるのかもしれないわね。

 

「浩介くん、生産状況はどうかしら?」

 

 浩介くんが、あたしの服装をちらりと見ながら話す。

 蓬莱の薬も、そろそろ値下げが終わる頃合いで、その時期になると注文が更に殺到し始めていた。

 

「ああ、生産性が上がってくれたおかげで、予約の状況と鑑みて、何とか品薄にはならずに済みそうだぜ」

 

 浩介くんがにっこりと笑いながら話す。

 とにかくこの「値下げ終わり」に伴う需要の急増は、98年後に予定されている「世界同時解禁」に伴う大規模な需要急増への予行演習も兼ねている。

 不老になったからといって、今の社員が98年後もいるかと言うと怪しいけど、少なくともあたしたちは問題ないはずよね。

 どちらにしても、しばらくはこの分割購入者たちの収入と、一括購入者たちによる内部留保などで、会社は生計を立てることになる。

 

「ふう、よかったわ」

 

 とにかく、品薄になると様々な部分で弊害が出てきてしまうので、それを避けられたのは良かった。

 品薄になると、高額で買おうとする客が出てくるし、企業なのでそれを優先させざるを得なくなると、蓬莱教授が一番恐れていた「一部の人だけが不老を享受できる社会」になってしまう恐れがある。

 それは一番避けたい未来なので、それが回避される見込みなのは良さそうだわ。

 

「ああ、工場の効率化だけじゃなく、拡張工事も順調に進んでいるんだ。もちろん現場でトラブルが無いわけじゃないけど、トラブルを見越した余裕ある日程が組めているんだ。独占企業様々だぜ」

 

 どちらにしても、世界同時解放の時にはありったけの在庫が必要になる。

 その時までに何とか工場も拡張しないといけないわね。

 どちらにしても、浩介くんが言う通り独占企業故の余裕というのはある。会社を作る前に政府にアプローチしておいたのも良かったのかもしれないわね。

 

「そう? ともあれあたしもお仕事頑張らなきゃ」

 

 浩介くんが、先に家を出る。

 あたしは電車が空くのを待ってから出勤する。

 会社へ持っていく通勤鞄にも、「お腹に赤ちゃんがいます」のキーホルダーがついている。

 この絵は、何度見てもあたしを安らかな心にしてくれるわね。

 

 

「じゃあ、あたしも行くわね」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 浩介くんが会社に行ってからしばらく後で、あたしは自宅を出ていつもの神泉駅を目指す。

 ラッシュ時は過ぎていたので、電車の中は空いていた。

 そして、次の渋谷駅で乗り換えて蓬莱カンパニーのビルに向かう。

 最近では、このビルのフロアに蓬莱カンパニーが占める割合が高くなっている。

 もちろん、これだけ大きければ、さすがに蓬莱カンパニーでも半分も占めないけどね。

 あたしは、蓬莱カンパニーのある最上層用のエレベーターに乗り込み、オフィスにあるあたしの席へと向かった。

 

「おはようございまーす」

 

「「「おはようございます」」」

 

 あたしが登場すると、全員が笑顔で返してくれる。

 やっぱり社員たちの視線は、少し大きくなり始めたお腹に向けられていた。

 

「常務、おはようございます」

 

「はい、おはようございます」

 

 あたしの会社での地位は、まだ常務ということになっている。

 とは言え、それも株主総会までのことで、それからは顧問に一旦退くことになる。子育てが終われば、また常務に復帰するかもしれないけど、そこまで遠い未来のことまでは、まだ考えていない。

 あたしは、事実上常務業務を代行してくれている余呉さんのもとへ向かった。

 

「余呉さん、おはようございます」

 

「篠原さん今日から職場復帰したのね。妊娠中なんだから無理しちゃダメよ。こっちは大丈夫ですから」

 

 余呉さんにも「無理はしないように」言われた。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 業界に復帰したあたしがすることは、主に余呉さんのサポートということになる。

 余呉さんによれば、支店の展開は2035年までに全て終わらせる目処が立ったという。

 ただその後も、支店が入っているビルとの兼ね合いもあって、ちょくちょく移転したり閉店や開店があるとのことだった。

 また、地域の人口次第では、支店からの格下げや、逆に出張所からの格上げといった処置も必要になってくるという。

 

「その辺りの組織人材をどうしようかしら?」

 

 余呉さんは今、世界解禁に向けての準備期間や、遠い未来の蓬莱カンパニーの組織図を考えている。

 もちろん、コンビニのようにあちこちに大量にお店を作るわけではないけど、それでも全国くまなくカバーするためには、何段階かのSVに分ける必要がある。

 つまり、小エリア中エリア大エリアといった感じになる。大きなエリアを統括するSVにはそれなりの権限を与えて、自由度の高い経営をしてもらわないといけない。

 大所帯になるのでどうしても組織の階層が複雑になってしまう。

 総支店長は部長相当で、取締役待遇だった余呉さんの役目になっていたけど、今は一般の古参社員が行っている。

 

「単純な年功序列もあれですけど、成果主義というのも会社の性質上難しいのよねえー」

 

 年功序列、終身雇用、新卒主義と言えば、かなり昔に「崩壊」した過去のものとされていた。

 しかし、統計的にはそれらの「崩壊の証拠」を示すデータは取れておらず、感覚的なものに依存していたということが分かっている。

 あたしたち蓬莱カンパニーの場合、そもそも独占企業で競争相手が存在せず、しかも大衆の余すところなく普及させるものという特殊な状況なので、社員、特に営業部の成績の相対化がとても難しく、成果主義を導入するのはとても難しい。

 そうすると、自然と年功序列のようなシステムになりがちだけど、これからの不老社会では、年功序列は成果主義以上に馴染まないのも事実だった。

 

「年功序列でも成果主義でもない、新しい評価方法が必要なのよねー」

 

「これからの時代にあった評価方法……もちろん、ハンデをつけるのは論外よね。学校じゃないんだし」

 

 不老人間は、そうでない人間よりも遥かに強い。

 そしてそれは、「不老になったばかりの人間」にも当てはまる。つまり、一人前の「不老人間」になるにはそれなりの時間が必要ということになる。それが何年になるかは、まだ分からない。

 どちらにしても、このまま行けば今はまだいいけど、例えば薬を世界に解禁する100年後くらいの未来には、「会社が評価方法として成果主義を導入すると、結果的に年功序列、年齢主義になる」という現象が頻発する恐れもある。

 天才的な若手がいたとしても、熟練した凡人に勝てなくなってしまうという未来は、あまり健全とは思えない。

 現に、あたしが入ってくる前の協会がそんな感じだったらしい。

 あたしはTS病という意味では、それこそ天才だったし、永原先生の見る目もあって正会員に大抜擢されたけど、最初は協会の会員たちからも怪訝な目で見られていた。

 

 もちろん天才なら凡人が決してたどり着けない場所へ行けるという人もいるけど、それは今までの人間の寿命スケールでの話であって、不老人間には当てはまらない可能性も高い。

 そうするとねずみ講で、後に生まれた人ほどずっと貧乏に押しやられる可能性が高くなる。

 それを避けるために、更に子供をたくさん作って後世にババを押し付けるということになってしまう。

 

「でもそういうことを続けていると、蓬莱の薬をあえて飲まない人も出てきそうだわ」

 

 あえて飲まない人が出てくるだけならまだいい。

 頭を押さえつけられた人々の不満が、蓬莱カンパニーに向いたり、あるいは国そのものに向いたりすれば、暴動や、最悪革命何て言うことにもなりかねない。

 そうした国の混乱は、当選人々の寿命を押し下げる効果が発生する。

 そうはならなくても、こうした先送り戦術は、続ければ続けるほど、その後の傷口も深くなってしまう。

 だからといって、プロスポーツによくありがちな、若くて才能があるというだけで、成績のいいベテランを押しのける訳にも行かない。

 それはベテランの成績が加齢とともに下がることが前提になっているからでもある。

 

「悩ましいわね……」

 

 そうならないためには、全く新しい事業を作っていくしかない。

 しかしイノベーション創設は、とても難しいのも事実だ。

 もちろん、有り余る金にものを言わせて、「とりあえずやってみる」の「数打ちゃ当たる」精神でもいいんだけど、それではあまりにもコスパが悪いのも事実。

 今のあたしたちもベンチャーと言えばベンチャーだけど、既に時価総額世界一の企業でもある。

 不老をもたらす独占企業の社会的責任としても、不老時代に備えた会社組織を、率先して実行してアピールする必要がある。

 それに関する経営体勢の創設は、みんなとても苦労している。

 

「うーん、そうなるとローテーションするとかくじ引きで決めるとか、そういう方向性になっていってしまうわよね」

 

 要するに、「運で決める」とか「当番制にする」ということである。

 一番原始的で、手抜きな方法に回帰するということになる。

 

「でもそれだと、無能な人に当たると大変よね」

 

「そうなのよねえ」

 

 蓬莱の薬は、無能でも時間をかければ足を引っ張らない程度にはすることが出来る。

 とは言え、それはあまりにも非効率であった。

 かといって、蓬莱カンパニーといえど硬直化もよくない。

 となれば、やはりある程度人材そのものに流動性を持たせるしかないわけだけど、そうすると今度は機密情報の漏洩の危険性もある。

 

「総合的に事業を展開できればいいんだけど──」

 

 旧財閥などのグループに入るという選択肢も思い浮かんだ。

 たぶんそんなことを申し出れば向こうは泣いて喜ぶだろう。

 しかし、あたしたちは「あまりにも大きくなりすぎた」というのも事実だった。

 

「そうねえ、やっぱり末端まで待遇をよくするしかなさろうね」

 

 結局、出てきた結論は当たり障りのないものだった。

 今後は、高収益も見込めるわけだし、社員たちを他社よりいい給料で繋ぎ止めておくことこそが肝要になるという結論に達した。

 幸い、支店などの現場は、機密情報には触れられないようにはなっている。

 そして本社社員も今のところ新しい採用はほぼないので、大丈夫だとは思う。

 

 ともあれ、これらはすぐに結論が出せるものではないので、余呉さんとの話し合いは、今後も続けていかなければいけないわね。

 まあ、実際に重要なのは、あたしたち役員勢がきちんと社員の耳に声を貸すことだけど。

 会社の上層部は、自分達が儲かることしか考えていない人が多いけど、あたしたちの場合既に儲けすぎているくらい儲けているので、こうした余裕のある方針を取ることが出来るのよね。

 

「そうねえ……」

 

 あたしたちは、他にもいくつかの仕事をしていく。

 最近多いのが、様々な業種との業務提携案、何分ノーベル賞、世界一の資産家、蓬莱の薬、独占事業と、美味しいところをがっぽりと持っているあたしたちなので、今年に入ってから様々な業種から業務提携の申し出が殺到しているという。

 配送、流通業者からの提携依頼は無論のこと、ゲーム会社やアニメの会社から、「蓬莱の薬を作品に出したい」という申し出や、タクシー会社と連携してお客さんを運ぶサービス、他にもドリンク会社から「より美味しく飲める蓬莱の薬」といった企画文書やなど、中には「何でこの業界が!?」と思えるようなとんでもないこじつけでの業務提携依頼も多かった。

 

 あたしたちとしては、確かにこの手の提携は魅力的ではあった。

 好景気でリスクを取ることも必要だろうとも思う。

 けれども結局、今は会社の資源はほぼ薬の増産で手一杯でもあった。

 世界人口が98年後にどれ程増えているかは分からないけど、それら全てが、お客さんになり得るんだから。

 

 あたしは、午前午後の仕事を、これまでとは違う感覚で済ませた。

 時短勤務とは言え、久々の出勤は、あたしを疲れさせるのに十分だった。

 今後はフルタイムにもなるわけだし、色々と気を付けないといけないわね。

 

 

「「ただいまー」」

 

 リビングに入ってからただいまをする。

 

「2人ともお帰りなさい、優子ちゃんはどうだった?」

 

 やっぱり、お義母さんの疑問はそこだった。

 

「うん、やっぱり疲れたわ」

 

 あたしの回答も、当たり障りのないと言えば当たり障りのないものだった。

 

「無理もないわ。久々の勤務だったものね」

 

 お義母さんは優しそうな表情であたしを見守ってくれていた。

 まだまだつわりもあるし、これからの生活は、少し慣れる必要があるわね。

 

「うん」

 

 さて、今日の晩御飯は何かしら?


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