永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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安定感のある所

 月日はたち、完全につわりがなくなった3月中旬、妊娠4ヶ月に入って少しだけあたしのお腹は大きくなり始めた気がしていた。

 また、生理が止まった生活というのも、結構違和感を感じるのも事実だった。

 更に言えば、妊娠の影響でただでさえ巨大だった胸がまた大きくなったため、ちょっとブラジャーがきついのも気になるわね。

 一方で、お腹の赤ちゃんは、あたしを栄養にすくすくと育っている。

 今日は病院で、鮮明なエコー写真を撮ってもらうことになっている。

 安土先生によれば、「そろそろ赤ちゃんの原型も出来て来ている」とのことだった。

 男の子か女の子かはまだ分からない。

 浩介くんは、「女の子なら優子ちゃんに似てかわいいだろうなあ」と言っていた。

 やっぱり父親だからか、娘が欲しいという感じなのかしら?

 でも、何だか男の子の赤ちゃんの方がかわいい気もしないでもないのよね。それはあたしがママだからかしら?

 

「ふふっ」

 

 電車の中で、あたしは一人上機嫌になる。

 まだ見ぬ赤ちゃん、あたしのお腹の中でどうなっているのかしら?

 

 

「失礼しまーす」

 

 安土先生に呼ばれ、あたしは病院へと向かった。

 今日は健康診断の代わりに赤ちゃんのエコー写真を撮ることになっている。

 

 エコー写真は、妊婦のお腹に当てることになっている。

 そうやって超音波で計測した結果を出力して、写真にするというのがこの写真の本質になっている。

 もちろん、白黒写真だ。

 

「こちらで計りますね」

 

「はい、お願いします」

 

 安土先生に促され、計測器のあるベッドに横たわる。

 

「じゃあですね、シャツを上げて、お腹を見せてください」

 

「はい」

 

 言われるがままに、お腹を見せる。

 少し膨らんでいるわね。

 

「あら、膨らんでますね。では……」

 

「んっ……!」

 

 機械に繋がれている計測器材が少し冷たいわ。

 何だか、変な感じだわ。

 

「はい、見えましたよ。こちらをご覧ください」

 

 安土先生の言葉を聞き、あたしは首を傾けて画面を見つめる。

 

「あっ……」

 

 白黒の画面がゆらゆらと揺れている。

 その中で、はっきりと分かる赤ちゃんの姿。

 あたしは、頭を鈍器で殴られたような、そんな衝撃を受けた。

 この子が、この子があたしの赤ちゃん、浩介くんの赤ちゃん、こんなに、こんなにかわいかったなんて!

 

「これが赤ちゃんですよ。かわいいですねー!」

 

「うん、うん……!」

 

 あたしは、にっこりと笑う。

 また、涙が溢れてきた。

 あんなに小さかった赤ちゃんが、もうこんなにすくすくと育っていて。

 でも、まだかなり小さい。

 これからも、どんどんとあたしのお腹で成長してくれる。

 

「赤ちゃんの血液が、これからどんどんと作られていきます」

 

「はい」

 

「きちんと、食べてくださいね」

 

「はい……はいっ!」

 

 超音波越しだけど、ようやく赤ちゃんの姿を捉えて、そして見ることができた。

 あたしの中で、どんどん大きくなる赤ちゃん。もう、いとおしくてたまらないわ。

 早くこの子に会いたいという気持ちと、いつまでもあたしの中にいて欲しい気持ち。

 二律背反の2つの感情が、あたしを包み込む。

 

 あたしが泣いていることに、安土先生は全く気に留めていない。

 もしかしたら、赤ちゃんを見てないてしまう母親は、珍しくないことなのかもしれないわね。

 

「篠原さん、あなたは本格的な安定期には入りましたけど、これから赤ちゃんはどんどん大きくなります。つわりから解放されて、身体は軽くなりましたけど、決して無理をしないように気を付けてくださいね」

 

「はい」

 

 幸子さんにも、「安定期に入りたてこそ油断をしちゃいけない」「赤ちゃんのためにも、この時こそしっかりと栄養を与えないといけない」と、きつく言われている。

 安土先生も同じことを言っていたので、もちろんあたしは旅行なんて言うことはしない。

 

 

「ほー、これが大きくなるんだろう? 不思議だよなあ」

 

 家に帰り、もらったエコー写真を浩介くんに見せてみた。

 浩介くんは、あたしよりもどちらかと言えば感心した感じで話していた。

 確かに、男性からすると、妊娠は不思議なことだとも思う。

 あたしだって、よく分からない。

 ただ、あたしにとって、赤ちゃんはとても大事だから。

 

「あなた、愛情が変わらないように注意しなくちゃね」

 

「あ、ああ……」

 

 妊娠、出産、育児といった過程で、いわゆる「産後レス」という状況に陥ることがある。

 愛情の形も、「家族愛」に片寄りすぎるとよくない。

 そのためにも、「慣れない」ことが大事になってくる。

 

「あたしも、浩介くんの前では恥じらいを忘れないわ」

 

「忘れられないの間違いだろ?」

 

 浩介くんが、ニヤニヤしながら話す。

 

「ばかあ!!!」

 

 あたしは色々なことを思い出して顔が赤くなってしまう。

 

「あらあらまあまあうふふ……」

 

 あたしが照れ隠しをすると、お義母さんが微笑ましく笑っていた。

 本当に、浩介くんはあたしの心を捉えて離さないわね。

 

「ま、とにかく今の俺は会社で稼ぎつつ、静かに優子ちゃんを支え続けるだけさ。男が下手に首を突っ込むべきことでもねえしな」

 

 浩介くん、やっぱりかっこいいわね。

 こういう「女性の領域」に口を出さないのも浩介くんのいいところよね。

 

「ふふっ、確かに男子禁制って感じもあるものね。産んだ後は育児の情報交換も大事よ」

 

 お義母さんがふふっと笑う。

 

「もしかすると、他の子供も?」

 

「ええ、ママ友問題はあるわよ」

 

 赤ちゃんが産まれれば、今度は「ママ友」という問題もあるわけね。

 やっぱり女の子の修行は終わらないわね。

 

「うー難しいわ」

 

「優子ちゃんは大丈夫よ。いくらここが上流階級の地域でも、優子ちゃんほどに完璧な女性なら、みんな高嶺の花になるわ」

 

 確かに、そうかもしれないけど、でもより強く嫉妬されちゃう危険性もあるのよね。

 

「ああ、俺もそう思う。女性社会はよく分からないけど、優子ちゃんレベルなら、みんなそう思うんじゃねえの? うちのお袋だって姑だぞ」

 

 お義母さんの意見に、浩介くんも賛同する。

 確かに、あたしが結婚する前から、お義母さんは「優子ちゃんくらいに完璧だと、姑として嫉妬する気にもなれない」と言っていた。

 ならば、今のあたしなんてもっとすごいわけだものね。

 

 今はまだ、ママ友の問題などはよく分からない。

 そんな未来のことよりも、とにかく今はこの子をきちんと育てていかないといけないからね。

 

 

「幸子さんは、赤ちゃんはどうだったの?」

 

 食事が終わり、あたしは自室にあるテレビ電話で幸子さんと今後について相談していた。

 

「うん、健康だったわ」

 

 赤ちゃんが障害を持って生まれて来ないかは、母親としてどうしても心配になる。

 だけど幸子さんによれば、TS病患者ではそうした例はまだないらしい。

 とは言え、サンプル数が少ないので何とも言えないというのが実際のところよね。

 

「そう……分かったわ」

 

 ひとまず、あたしは聞きたいことは聞くことができた。

 

「ところで優子さんに聞いておきたいことがあるんです」

 

「ん?」

 

 幸子さんがあたしに聞いておきたいこと?

 何かしら?

 

「優子さん、胸大きくなってません?」

 

「え!?」

 

 あたしは、図星を突かれてしまう。

 確かに、その通りだった。でも、元々が物凄く大きいので、浩介くんも気に留めていなかった。

 なのにまさか幸子さんに見抜かれてしまうとは思わなかった。

 

「やっぱり、妊娠中は女性ホルモンが強くなるんですよ。それが母性にも繋がるんです。特に今は赤ちゃんへあげるミルクも作らないといけないんですから」

 

 あー、あったわね母乳、何で忘れていたのかしら?

 ともかく、そういうこともあって、胸が大きくなっていたのね。

 うー、胸が大きいのはいいんだけど、さすがにこれ以上大きくなっちゃうとブラジャーのサイズも、大きい専門店にもなさそうなサイズになっちゃいそうだわ。

 

「今のうちに、妊娠中のためのブラジャーも買っておいてくださいね。あたしも、実は1サイズ大きくなったのよ」

 

 幸子さんがぴんと胸を張る。

 確かに、以前から幸子さんはあたしほどでないにしても胸はかなり大きい方だった。

 今もこうしてみると、確かに出産する前よりも大きくなっていたことが分かった。

 

「あはは、気を付けておくわ。サイズあるかしら……」

 

 最近は大きいサイズでもかわいらしいデザインが多いけど、あたしのレベルで大きいとさすがにこれ以上はきついと言う感じがするのよね。

 

「あー、優子さんですとそうなりますよねー」

 

 幸子さんは、少しだけばつの悪そうな顔をしていた。

 

「ともあれ、あたしからは以上よ」

 

「うん、ありがとう」

 

 幸子さんとの電話を切り、あたしはベッドに向かうことにした。

 

 

 日々の妊娠生活が進むにつれて、あたしへの講習も多くなった。

 とにかく赤ちゃんのために制約が多い。

 また、幸子さんや比良さんだけでなく、妊娠出産を経験した会社の社員さんたちとも、話ながら意見交換をした。

 

「それで、そんな感じなんです」

 

「えー!? 常務そんなんでストレスにならないんですか?」

 

 昼下がり、あたしは会社の子持ち女性社員たちと妊娠中の生活について話していた。

 あたしの妊娠生活は、ガチガチに固められた節制だらけの生活に写ったらしい。

 

「お腹の子のことが一番ですから。むしろお腹の子に影響しかねないことをする方が嫌だわ」

 

 今はもう、お腹の子のためなら、どんな自己犠牲さえ払えると言う自信もあった。

 

「へー! 常務ってやっぱり母性が半端ないよねー」

 

「うんうん、私は産んで見て、少しずつ母性を覚えていったのに」

 

 妊娠初期段階からそう考えられるあたしは、どうやら結構なレアケースらしい。

 うーん、やっぱりTS病患者って母性強い見たいね。男だった反動なのかしら?

 

「旅行とかカラオケとか遊園地とか、そういうのには行かないの? 息抜きによかったよ」

 

 どうやら、この女性は結構リスクの高いことをしていたらしい。

 

「とんでもないわよ! 財産取られても行きたくないわ!」

 

 体に負担のかかることを、妊娠中にするなんて考えられない。

 もちろん、妊娠中期や妊娠後期には、赤ちゃんを産む際のことを考えて運動も必要だけど、それだって軽いストレッチとかにとどめておかないといけない。

 ましてや旅行やカラオケ、遊園地なんて問題外だわ。

 

「そんなに堅実過ぎると、ストレスで大変なことになるよ」

 

 うーん、どうも根本的なところでずれているみたいだわ。

 

「あたしからすれば、赤ちゃんの負担になりかねないかどうかの方がよっぽどストレスだわ」

 

 大人は、子供のために我慢しなければいけない。ましてや、自分のお腹の中に赤ちゃんがいるならなおのことだ。

 自己中心的な考えは、結局子供を滅ぼす。

 あたしは、赤ちゃんがかわいくて仕方ない。母性があるからこそ、赤ちゃんのためを思える。

 

「ほんと、女性の理想そのもので、篠原常務って羨ましいわー」

 

 彼女たちも、赤ちゃんのことを第一に考えて、苦を苦とも思わないあたしのことが羨ましかった。

 他のママだと、そうもいかないらしい。

 あたしからすれば、赤ちゃんへの愛情が足りないだけにも思えてしまう。

 

 そうなってしまうのは、やっぱり旦那さんとの関係もあるんじゃないかとも思えてならない。

 ある意味で、あたしが恵まれているからこそなのかもしれないわね。

 

「常務くらい思いきった女性になりたいものね」

 

「でもなかなか難しいよ」

 

「うんうん、大変そうだものねー」

 

 やっぱり、あたしは「理想の女性」に近くなっている。

 おかしな思想に染まった女性でなければ、赤ちゃんを慈しむ心を持つことは正常な感情ということをきちんと知っている。

 既婚の女性たちは、またあたしを違った目で見てくれてもいた。

 

「何もかもあたしを目指すとなると大変かもしれないわよ。あたしは、自分の性別が変わるなんて言う大きな子とがあったからよかったけど」

 

「うん、そうよねー」

 

「難しいよねえ」

 

「ま、今からでもやれることはやらんとなあ」

 

「ふふ、男性に受けるようになると本当に人生変わるわ」

 

 あたしが、いつものことをアドバイスする。

 赤ちゃんを育てて産むことは、女性にとって大きな喜びだけど、その喜びを得るためには、きちんとまずは男性に好かれるようにならないといけないのよね。

 

「そうねえー、自分勝手はよくないわよねえー」

 

「変なプライドで損しちゃいけないわ」

 

 やっぱり、人生経験を積み、きちんと結婚できていた女性は違っていた。

 あたしは、お義母さんや母さんの例を見て、更に自分の考えを深めていくことができた。

 モテない女や、ブスな女は、性格もひどくなっていって、更にドツボに嵌まるんだと、そう思い知った。

 

「さて、あたしは仕事に戻るわね」

 

「はい常務」

 

 お腹の赤ちゃんは、今もこうしてどんどんと成長してくれている。

 もしかしたら、次の検査ではそろそろ男の子か女の子か分かるかもしれないわね。

 

「ふう、さて」

 

 蓬莱カンパニーでは、2月を持って値下げが終了し、また分割払いの制度が始まった。

 分割払いの年数も、1年12回から1000年12000回まで幅広く選ぶことができる。

 あたしの仕事は、相変わらず今後に向けた販売戦略や、また顧客の満足度の分析などに焦点を当てている。

 顧客への満足度については、やはりまだ大半が「実感が湧かない」といったものだった。

 とは言え、この薬の本質は「変化しない」所にある訳なので、薬を飲んだ人も、「長い目で見るべき」ということは分かっているので、あたしは特に問題視はしていない。

 ただ、分割払いが始まって分かったのは、意外にも滞納が1%未満の僅かとはいえ、存在していると言うこと。

 

 これについては、もちろん強制執行を容赦なく下すことができるため、滞納者も次の月には支払ってくれるだろうと楽観視している。

 まあ、たかが2000円だし、破産してもなくならないお金になっているから、特に心配はしていない。

 

「問題は、働く意思のない無収入無一文になった人間ですよね」

 

 余呉さんが懸念の声をあげる。

 

「ええ」

 

 暴力団ならば、拉致して強制労働させて返させるとか、借金を強要することで返させるといったことも可能にはなるけど、もちろんあたしたちはそんなことはできない。

 とはいえ、返して貰わないことにはこっちも困る。

 そのためにも、徹底的に連座制を採用することで、地の果てまで追うことになっている。

 まあ、月2000円で切れる縁ならその程度だろうし、生憎蓬莱カンパニーには「絶縁したから関係ない」は通じないけどね。

 いずれにしても、契約前にそうした注意点を念入りに説明するだけではなく、滞納した時にもそうした説明をする必要もあるわよね。

 

「最低賃金でも、2時間とかからない時間で返済できるわけだし、そうした日払いのアルバイトを紹介する部門を作ってもいいかもしれないですわね」

 

「うーん、コスパに合うかしら?」

 

 正直に言って、滞納は極めてレアケースだし。

 

「この辺りは税金と同じです。つまり、逃げ得をなくすことで『公平性の担保』を確保するわけです。幸い、延滞金が火だるまのように膨れ上がる税金と違って蓬莱の薬のお金は月2000円相当に固定ですから」

 

 もちろん、5年ごとに物価の変動を考慮した値段の調整は存在するけど、それでも滞納することでかかる延滞料金はものすごく安くなっている。

 この辺りは、奨学金と同じで、良心的な値段で貸す代わりに、取り立ては厳しめになっている。

 

「そうねえ、食費をちょっと切り詰めれば問題なさそうですものね」

 

「ええ」

 

 いずれにしても、蓬莱カンパニーへの批判の声はインターネットでも聞こえてこない。

 まあ普通に考えれば、2000万円相当の商品を、1000年も分割払いにして、しかも1000年で2割りと言う金利にしてもらえるだけでも良心的すぎるくらいよね。

 

 とはいえ、1%に満たないような極めて少数でも、数が増えればリスクになる。

 あたしたちは、滞納者に対する対策を立てる部門を作ることで一致した。

 そうなるとまた人手が不足しそうなので、何人か雇わないといけない。

 あたしたち蓬莱カンパニーは、本社勤務は中途採用が中心の会社なので、また求職者や転職希望者を集める必要がある。

 業務提携を求めてきた会社もあったので、その辺りの会社にも、アドバイスを貰うことになりそうね。


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