永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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新たな悩み

  ピンポーン

 

 病院の待ち時間、電光掲示板にあたしの番号が点灯し、あたしは再び安土先生のもとを訪れた。

 もちろん、赤ちゃんがお腹を蹴り始めたことはきちんと話すつもりだ。

 

「はーい篠原さん、まずは体調等に代わりはありませんか?」

 

「えっとその……いたっ……こんな風に、赤ちゃんにお腹蹴られちゃってます」

 

 安土先生と話している間にも、赤ちゃんがあたしのお腹を蹴ってくる。

 痛いのは痛いけど、蹴られる度に、あたしの中でいとおしさが溢れても来る。

 母性が、どんどんと強くなっていくのを、感じていく。

 

「痛いところを蹴られている場合はですね。まず蹴られた所を叩いてみてください。そうすると、赤ちゃんが真似してそこを蹴返してきます」

 

 安土先生が、膨れていない自分のお腹を叩きながらお手本を見せてくれる。

 

「ええ」

 

「何回か繰り返して学習させて、その後に比較的痛くないところを叩いてください。すると、赤ちゃんはそこを蹴るようになります。逆子になりそうな時にも、使えますよ」

 

 へえ、赤ちゃんにそんな習性があるのね。

 特に逆子は結構危ないこともあるので、今の話しは覚えておいて損はないわね。

 

「そうですか……あ、また蹴ったわ」

 

 赤ちゃんが起きている時は、こうやってあたしのお腹をどんどん叩いてくる。

 

「よく蹴る子です?」

 

「ええ、とっても元気でかわいいわ」

 

 赤ちゃんの胎動を感じることが、こんなに嬉しいことだなんて思わなかった。

 今でさえこんなにかわいいのに、産んじゃったらどうなっちゃうのかしら?

 でも、蹴り過ぎちゃうと良くないかしら?

 

「心配しなくて大丈夫ですよ。基本的には胎動で破水したりといったことは起こりません」

 

 胎動が無いとそれはそれで問題だけど、元気な分には基本的に大丈夫だという。

 浩介くんも、少しホッとしていた。

 

「では、エコー検査に入りますね。ご主人もどうぞこちらへ」

 

「はい」

 

 あたしたちは、いつものエコー検査の部屋に入る。

 お腹はもう、厚着しても分かるくらいには膨れていた。

 これならもう、「お腹に赤ちゃんがいます」のキーホルダーが無くても、すぐに妊婦と分かる格好にはなっているけど、実際の所、目立たない妊娠初期の方がつわりもひどくて辛かったのよね。

 今度大変になるのは妊娠末期だけれども、それについては8月末から9月が出産予定日になっている。

 その時のことはその時考えるとして、今は安定期を油断せずに過ごすことが大事だと思う。

 

「じゃあ検査しますね」

 

 あたしがベッドに寝転ぶ間に、安土先生が機材の準備を完了させる。

 このやり取りもいつものことで、あたしたちには「阿吽の呼吸」のようなものが出来ていた。

 

「はい」

 

 お腹を上げて、いつものようにお腹に機材を当ててもらう。

 画面には、白黒でくっきりと赤ちゃんが写し出されていた。

 出生前検査でも、今のところは異常はない。

 健康な赤ちゃんとして、すくすく育っている。

 

「かわいらしい赤ちゃんですねー」

 

 安土先生のいつものセリフ、それを聞く度に、あたしの目頭は熱くなっていく。

 すくすくと、大きく育つ赤ちゃんが、ますます愛おしくなっていく。

 

「はい」

 

 エコー検査機の映像から、赤ちゃんが動いているのが確認できる。

 手でお腹を赤ちゃんパンチする様子も見えて、涙をこらえるのに必死だった。

 安土先生が、男の子か女の子か、エコーの位置をずらしながら確認してくれる。

 色々な角度から赤ちゃんを見るに連れ、かわいさのあまりまた涙が出てきた。

 

「篠原さんは涙もろいですか?」

 

 安土先生が、初めてあたしの涙について語ってきた。

 

「ええ、母性に押し潰されそうで」

 

 あたしも、正直に母性について話すことにした。

 

「母性があることはいいことですけど、気負いすぎないでくださいね。出産の時は今までとは比較になりませんから」

 

「分かってます」

 

 ともかく、あたしはお腹の中で動く我が子から目を離せなくなる。

 決して鮮明とは言えない映像だけど、それでも元気よく動くその姿に、あたしは見とれ続けていた。

 

「あらあら」

 

 赤ちゃんが体制を変えるために足を広げると、少しだけ映像が変化した。

 あたしにも、浩介くんにも分かった。

 

「どうやら、男の子の赤ちゃんみたいですねー」

 

 安土先生に言われなくても、はっきり分かることだった。

 

「あっ……」

 

 そう言われた途端、あたしはにっこりと顔がほころんだ。

 もちろん、「女の子」と言われても同じように顔がほころんだと思う。

 我が子、男の子か女の子かも分からない状態だったかわいらしい我が子の性別が、やっと分かるようになった。

 それだけで、感激は大きかった。

 

「男の子かあ……」

 

 浩介くんも、にっこりとした表情でそう呟いた。

 元気一杯な胎動でも、女の子のことはよくある。

 それでも、やっぱり男の子は元気が大事なのよね。

 

「ふふ、赤ちゃんに嫉妬なんかしないでねあなた」

 

 赤ちゃんと同性になった浩介くんにとっては、本能的にどうしても「ライバル」と見えてしまうことは、あたしにも分かる。

 TS病じゃないと、もしかしたら浩介くんの気持ちは分からないのかもしれないけどね。

 

「あらあら」

 

 あたしと安土先生が、浩介くんに微笑みかけている。

 それは多分に「無言の圧力」が含まれていた。

 

「分かってるって。お腹の子は、俺の子供何だから」

 

 あたしと安土先生の視線に対して浩介くんがきっぱりと断言した。

 そう、お腹の子は浩介くんの赤ちゃん、あたしと浩介くんから遺伝子を受け継いで出来た赤ちゃんだ。

 そう思うと、浩介くんへの愛情もまた、深まり続ける一方だった。

 浩介くんも、自分の赤ちゃんについて考える切っ掛けになってくれるといいわね。

 

 

  ガタンゴトン……ガタンゴトン……

 

「男の子……名前、どうしよう?」

 

 帰りの電車、浩介くんが赤ちゃんの名前について悩んでいる様子だった。

 赤ちゃんの性別が分かったら、やっぱり最初に考えるのは、赤ちゃんの名前なのかしら?

 

「うーん、確かにそろそろ2人だけの秘密としても考えておきたいわよね」

 

 もちろん、家族も含め他の人には内緒にするけど。

 

「優一……はいくらなんでもまずいし……俺と優子ちゃんで優介……うーん……優子ちゃんはどう思う?」

 

 浩介くんが出す名前は、どれも悪い名前ではない。

 世間も変わったのか、おかしな名前が流行った十数年前とは違って、今は名付けも落ち着いてきている。

 あたしたちの場合ノーベル賞学者で世界一の大富豪夫妻の子供なので、世間体は半端なく大きい。

 おかしな名前をつけたらそれこそ針のむしろにされてしまう危険性もあるので、慎重に考えないといけないわね。

 

「女の子としての自分の名前はすぐに決まったけど、新しく男の子としての子供の名前……考えるの難しいわね」

 

 もしあたしが妊娠していたのが女の子だったら、もしかしたらここまで悩んだりとかはなかったのかもしれないけど、改めて女の子として、母親として自分の息子の名前を考えるのは難しいわ。

 

「ああ、俺も娘の名前だったらすぐに思いつきそうな気がするんだよなあ」

 

 浩介くんも、女性としての名前なら、すぐに思いつきそうだと話していた。

 最も、TS病患者の場合は、何の前触れもなく女の子になるので、結構適当なノリで決まってしまうことが多く、昔の人が多いということを差し引いても、「子」のつく名前の人が圧倒的に多い。

 かく言うあたしも「優子」だし、他のTS病患者にも「優子」と名乗っている人がいる。

 友子、京子あたりも複数いるため、永原先生や歩美さんのような存在は圧倒的に少数派になっている。

 

「優太……浩一……一郎……うーん……」

 

 浩介くんが、お腹の赤ちゃんの名前で悩んでいる様子が、あたしの耳にも聞こえてくる。

 あたしも、いくつか候補を頭に浮かべては消していく。

 もしかしたら、こんなことを繰り返す過程で、親が変な名前をつけちゃうのかもしれないわね。

 

 あたしたちは、電車で帰るまで、ずっと我が子の名前で頭が一杯になった。

 もしかしたら、周囲のお客さんたちもあたしたちの赤ちゃんについてなにか思っているのかもしれないわね。

 

 

「それで、赤ちゃんはどうだった? 男の子だった? 女の子だった?」

 

 家に帰って夕食の時間、今日は赤ちゃんの性別か分かると言うことで、久々におばあさんも含めて同居している7人が一同に介しての食事となっている。

 その冒頭、母さんが待ちきれずにうずうずした感じであたしを問いただしてきた。

 

「えっとその……男の子……だったわ」

 

「あら、やっぱり?」

 

 お義母さんがにっこりと笑いながら話す。

 やっぱりってどういうことかしら?

 確かに確率は2分の1だけど……

 

「どうして?」

 

「あーうん、何となくよ。優子ちゃん、かなり胎動を感じてたみたいだから何となく、ね」

 

 どうやら、殆ど根拠のない当てずっぽうだったらしいわね。

 でも、胎動が激しいと男の子……かあ。

 確かに、男女はともかく、元気な赤ちゃんほど、胎動は強そうだものね。

 こうして、あたしの赤ちゃんは、無事に生まれてすくすく育つという確信が、またひとつ高まった。

 

「あら? でも浩介くんってすごいテクニック持ってるんでしょ? うちの優子がされるがままなら、あり得るわよ」

 

「もう、母さんったら!!!」

 

 妊娠や出産、あるいはその前の行動などによって、こうだと男の子、こうだと女の子みたいな迷信は数多い。

 こうした「産み分け」には、一定の傾向はあって目安にはなるけど反例の多いものから、殆ど根拠もない迷信そのものまで、とにかく種類が多く、全てを把握している人はだれも居ないと思う。

 そして、そうした産み分けの迷信の中の1つに、「激しく翻弄され続けると男の子」というのがある。

 もちろん、これは例外が多くあまり当てにならない迷信のはずなんだけど、専門家のあたしから見たら突っ込みどころ満載とはいえ、一応科学っぽい根拠だけはあるから厄介な代物でもあるのよね。

 

「あはは、ごめんなさいねー」

 

「おー、男の子かあ! 元気なひ孫でいてくれよ! ちゃんとすくすく育てるんじゃぞ!」

 

 おばあさん、少し前までは、介護の人がいないと全く歩けなかったのに、今はもう殆ど自主的に歩き回るくらいに回復している。

 食欲も、前より、そしてますます旺盛になっている。100歳を過ぎた老人と考えると、これは異例のことだった。

 だけど、おばあさんの命のろうそくは、つきかけている。

 最後の灯火を激しく燃やすかのように、頑張り続けている。

 母さんもお義母さんも、もちろん父親世代も浩介くんも、多分当のおばあさん本人も気付いていないと思う。

 あたしがこれに気付けたのは、赤ちゃんを身籠っているせいかもしれないわね。

 新しい命を中に宿しているからこそ、おばあさんのことも、きっと分かるんだわ。

 

「新しい名前は? まだ決まってないかしら?」

 

 母さんが今度は名前について聞いてきた。

 うん、これも簡単に予想できることよね。

 

「ええ、まだ決まってないわ」

 

 あたしは、まだ決まっていないことを正直に伝える。

 

「そう? 生まれたら出生届を出さなきゃいけないのよ。そのときまでには決めておきなさい」

 

「はーい」

 

 母さんはいくつになっても、あたしの世話を焼きたがるのね。

 とはいえ、言っていることはその通りなので、早めに生まれた時の名前を決めるのも重要だと思う。

 赤ちゃんには、外の声が聞こえているので、名前で呼びかければ、きっといいことがあるから。

 

「でも、なるべく早いうちに決めた方がいいわよ。お腹の赤ちゃんに語りかける必要もあるからね」

 

 そんな風に考えていると、母さんが早く決めた方がいいと念を押してきた。

 

「うーん、確かに。ところで、優一と浩介って言うのはいつ頃決めたのかしら?」

 

 あたしは、母さんとお義母さんに、名前を決めたタイミングを聞いてみた。

 

「私は……男の子だと分かってから、お父さんと相談して3日後に決めたわ。一番優しい子に育って欲しいって、『優一』ってね」

 

 優一の名前は、もうない。

 でも、両親の願いは、あたしの中に残り続けている。

 

「私たちは……妊娠末期にようやく決まった感じだったわ。中々悩んだのよ」

 

 一方で、浩介くんの方は結構悩みに悩みぬいたって感じだった。

 

「へー、その割には変な名前にならなくてよかったよ」

 

 浩介くんが、お義母さんにやや感謝の念を込めてそう話す。

 

「そうよ? 候補の中には画数がやたら多い『こうすけ』もあったし、読みがおかしいのもあったわ。でもやっぱり、同じ病院にいたママ友たちからもそういう名前をつけられて苦しんでいる人も多いって聞いて、無難に『浩介』を選んだのよ」

 

 そういえば、そう言うママ友っていうのも、病院ではいるのかしら?

 さすがに、個室よね。

 

「それはよかったぜ」

 

 浩介くんも、もう大人だから、平凡な名前の方が色々とやり易いことは知っている。

 浩介と優子の夫婦のノーベル賞は、またしても「こった名前」にしなくていいというメッセージになっている。

 

 あたしたちも、赤ちゃんの名前を決める必要がある。

 平凡な名前なら、もちろん先達たちが考えた「名付けの意味」があるので、それを踏襲すればいいということにもなるわね。

 

「ええ、今も名付けには全く後悔してないわ」

 

「私も、よ。優一が優子って名前を変えるって決意したときには、母さん少し嬉しかったわ。名前に込められた意味のこと、意識していたんだってね」

 

「う、うん……」

 

 乱暴だった優一にも、良心はあった。ということなんだと思う。

 名は体を表すし、表さなくても結局その人を縛り続けるのかもしれない。

 あたしの場合は、特にそんなタイプだったと思う。

 だからこそ、優子に変わった時にうまくいったとも言えるけどね。

 

「いいかい、男の子に生まれたら──」

 

 おばあさんの、よく分からない説教が始まった。

 多分、これも古い迷信なんだろうとは何となく思う。

 あたしたちは、真面目にご飯を食べつつ、明日以降に備えることにした。

 そしてあたしは、浩介くんと相談しつつも本格的に「息子の名前」を考える必要に迫られた。

 

 

「ねえ、お腹の中のあたしの赤ちゃん」

 

 ご飯を食べ終わり、お風呂から出て、マッサージ機で肩を揉んでから自室に戻る。

 あたしは寝る前に、お腹の赤ちゃんに話しかける。

 

「名前、何がいい?」

 

「……」

 

 もちろん、返答は返ってこない。

 赤ちゃんは眠っているのか、今は胎動を感じない。

 でも、寂しさはない。

 

「分からない……わよね」

 

 それは赤ちゃんだから仕方のないこと。

 人間の言葉を理解するには、長い時間が必要で、小中高と国語の授業があるのもそのためだ。

 

「どうしようかしら?」

 

 あたしは、全く見当もつかないまま、ゆっくりと眠りについた。

 今日は多分、いくら考えても出てこないと思うから。

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