永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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11回目の記念日

「篠原さん、ここなんですけど」

 

「はい」

 

 今日は5月9日であたしの「女の子記念日」だった。

 女の子になって11年の時が流れ、今のあたしは、もう立派な妊婦になっていた。

 女の子の年齢で考えれば、まだあたしは小学5年生でしかない。

 いや、むしろあの日から、もうそれだけの月日が流れたと考えるべきかもしれないわね。

 この頃になると、一目で分かるそのお腹の膨らみのお陰で、電車内では席を譲られるケースが増えた。

 実は、本当に譲ってほしかったのは妊娠初期の頃だったりもするんだけどね。そのあたりは仕方ないわね。

 

「支店別の営業成績なんですが、特に需要の小さな出張所を多く抱えている店を中心に、赤字のところも多くなっています」

 

「その辺りは仕方ないわ。地域で格差を生んじゃいけないもの」

 

 また、そうした場所の支店は、安い土地代と固定資産税を利用して、倉庫機能も一部兼ねている。

 赤字だから廃止というわけにもいかないのよね。

 

「ええですが、株主総会の時に突かれたらどうします?」

 

 余呉さんは、株主のことを気にしている。

 経営陣だけで株式の大半を持っているとはいえ、株主たちの意向は株価にも影響する。

 企業が赤字を減らせば、それだけ配当金が増えることを期待できるからだ。

 でも、蓬莱カンパニーは独占企業だから、利用者からすれば「他に逃げ道がない」という意味でもある。

 

「大丈夫よ。一部の人に薬の恩恵を与えないのは一番まずいって、株主も分かっているわ」

 

 特に、独占を崩す大義名分になったら一番厄介だもの。

 

「うーん、そうだといいんですけどね」

 

 日本人の株主は、案外営利史上主義ではなく、海外の株主と一線を画している。

 その昔、とある鉄道会社を中核とした企業グループの筆頭株主になった外資系ファンドが、「鉄道の不採算路線を廃止にすれば、利益が出る」と言い放ち、TOB、いわゆる公開買付を行ったところ、日本人投資家から大顰蹙を買ってしまって公開買付は失敗し、そのファンドは大損を被って撤退する羽目になったこともあった。

 その事件は、そもそも他の株主たちがその不採算路線の沿線住民だったということもあって大きな教訓になっている。

 

 これに限らず、鉄道会社では、「赤字が予想され、株主の理解は得られにくい」と考えていたやり方が、株主総会において当の株主の方から提案されることが何度もあった。

 それは、それだけ災害の多い日本では、鉄道が重視されているという意味でもある。

 

 だから、実の所、あたしはむしろ「もっと過疎地にも積極的に出張所を作っていくべきではないか?」という提案さえ出ることを想定していた。

 それはもちろん、独占企業だからというのも、多分に含まれているとは思うけどね。

 

 

「篠原さん、余呉さん、先ほど政府のアドバイザーの方と永原相談役が会談しました」

 

 広報部の部長さんが面会の情報をあたしたちに持ってきてくれた。

 

「あら? 珍しいわね」

 

 政府との交渉で、蓬莱カンパニーにも政府官僚が「アドバイザー」として、あたしたちに助言してくれるシステムがある。

 これは、天下りポストを得たい官僚側と、政治的影響力が出ると外圧の懸念が出るというあたしたちと一部外務省官僚の主張との妥協策として誕生していて、相談役を勤めている永原先生が蓬莱カンパニーで長期的に受け持っている数少ない、いや事実上唯一の仕事といっていい。

 もちろん、アドバイザーが来るのは不定期で、最近はめっきり減っていたんだけどね。

 

「はい、政府側は『少し普及を急ぎすぎてはいないか?』と気を揉んでいるみたいです」

 

「うーん、そうですかあ……」

 

 急ぎすぎを政府が懸念するというのは、あたしとしては予想外のことだった。

 

「地方向け事業は、特に赤字の所もありまして、株主総会から、もちろん廃止は論外にしても、『赤字の圧縮』を要求される可能性はある、とのことです」

 

「ええ、それはもちろんあるわよね」

 

 確かに、そのくらいなら日本人投資家もじゃんじゃん要求が飛んでくることは容易に想像ができる。

 となると、やはりある程度の工夫が求められるのも確かだった。

 言うまでもなく、機密保護のためのセキュリティは損なわない範囲でだけどね。

 

 ともあれ、アドバイザーあくまでも「意見を言う」という立場でしかない。

 影響力はほぼないし、永原先生も株主としてはともかく、相談役としての実権はほぼない。

 会長の蓬莱教授は、「君臨すれども統治せず」な口を出さない会長だけど、それでも社長の浩介くんよりも序列が上なのには違いない。

 だからこそ、政府との癒着という外部からの指摘を交わすために、取締役の地位にない相談役の永原先生が政府とのパイプ役になっているのだ。

 

「それで、政府は何て?」

 

「今後は外資の息のかかった社員が内部から崩そうとしたり、産業スパイを仕掛けてくる可能性があるって」

 

 部長さんの返答は予想通りのものだった。

 

「やっぱり、そうなのね」

 

 蓬莱カンパニーの企業財産を考えれば、確かにファンドがリスクを犯してくる可能性はある。

 諜報機関が糸を引くかどうかは分からないけど、いずれにしても会社内で警戒を呼び掛けるようにはしておかないといけないわね。

 現在、2100年を目処に国際条約上でも、蓬莱カンパニー以外の会社が蓬莱の薬を作ることを禁止し、更に「規制緩和を求めるようなロビー活動そのものも違法化する」「それに疑問を持ち、条約を変えたりそれをどこかの国が提案することそのものも禁止する」という計画が出されている。

 もちろん、違反した国への制裁は蓬莱の薬の禁輸、あるいは別の製品も巻き込んだ経済制裁ということになる。

 この計画は、あたしたち取締役の中でも大株主のあたしたちと蓬莱教授、そして比良さん余呉さんに相談役の永原先生しか今のところは知られていない。

 盗聴を警戒し、あたしたちの家、それも離れの茶室で会議したものだから当然と言えば当然だった。

 

 現在の経済産業省の試算では、不老の恩恵を独占した22世紀初頭の日本のGDPは世界全体の75%を占めると考えられていて、これだけの経済力とそれに支えられた軍事力があれば、こうした横暴を通せると予想している。

 

 でも、2028年現在の段階で、もしこの計画が外部に漏れれば、今でも日本は一人勝ち状態になってるとはいえ、まだまだ他の国の影響力も強く、外交的圧力を全世界からかけられたら大変なことになる。

 だから、これは絶対に漏洩する訳にはいかないわね。

 

「ええですから、社外から何か声がけがあったら、すぐに上司に報告するように通達を出しておいた方がいいわね。もちろん、報告しない社員がいた場合にも密告を奨励してですが」

 

 結局、最大限効果的なのはこれくらいしかない。

 あんまりいいものではないことは知りつつも、やはりどうしても密告制度に頼らざるを得ない一面はある。

 まあ、金に転ばせないためには、「金に転んだら死ぬ」くらいの恐怖を与えるしかないせいだけども。

 

「そうね、特にあたしが産休育休で抜けるともなると、向こうもチャンスと思うかもしれませんし」

 

 あたしの存在は、蓬莱カンパニーではとても大きい。

 そうでなくたって、あたしは蓬莱教授と浩介くんに次ぐ、世界3位の資産家だから、そのあたしが会社から育児で抜けるとなるとやはり手薄感は否めない。

 経済誌での世界長者番付ではあたしは浩介くんと同率2位だけど、実際には社長と常務の報酬の差で、わずかに浩介くんの方が資産が多い。

 ま、普通の人、というよりも去年の春くらいまでのあたしたちからするとその「僅か」でもとんでもないお金だけどね。

 

「問題は、株価の下落懸念ですよね。ノーベル賞の優子さんが会社を抜けるともなると」

 

 蓬莱カンパニーは、今は株価こそ落ち着いているものの、それまでの暴騰に次ぐ暴騰、買いが買いを呼ぶ展開もあって、大株主たちの資産がみんな兆単位になっている。

 あたしたち篠原家だけで、富裕層が集まる渋谷区の税収の3割を納めている。

 株式の配当金であっても、納税額があまりにも高額なので、元いた自治体と渋谷区とで住民税で揉めてしまったらしい。

 浩介くんによれば、株主による株式購入での収入は多く、このまま株価が順調なら、今年の株主総会での配当金は1株辺り150円を考えているとのことだった。

 株式分割があったので、あたしたちの年収は去年とほぼ変わらず、夫婦で併せて4500億円近い収入が入ってくる。

 住民税は一律1割、所得税2割とすれば住民税450億円、所得税900億円として、篠原家は1350億円の納税額になる。ちなみに、「納税ビリオネア」もあたしたちが地球の歴史上初でもある。

 最も、他にも固定資産税とかも納めているから、納税額はもっとすさまじい金額にはなっている。

 もちろん、これらは合法的に節税することはできるけど、これ以上金にがめつくなるのも嫌だし、世論の反感も買いそうなので、渋谷税務署長直々に家に来てもらって、納税額を算出してもらった。

 今はもう、高額納税者ランキングがあるわけではないけど、もしあったら蓬莱教授とあたしたちで間違いなく表彰台を独占しそうだわ。

 

「その辺りは来年度の決算で相殺したいわね」

 

 既に投資家は折り込み済みとはいえ、今年から蓬莱カンパニーの売り上げは急上昇することが確定的となっている。

 値下げが終わるのを待った一般大衆たちが、こぞって薬を買いに来ている。

 一方で、蓬莱の薬目当てに日本人と結婚しようとする外国人が日本に殺到していて、しかし不老というアドバンテージがない人が恋愛市場で勝てるはずもなく、色々としっちゃかめっちゃかになっているらしい。

 

「どこまで相殺できるかしら?」

 

「分からないわ……いたっ!」

 

 赤ちゃんに、お腹をまた蹴られちゃったわ。

 

「また赤ちゃん?」

 

「うん……あ、また蹴ったわ」

 

 浩介くんに似たのか、お腹の中の赤ちゃんはとても元気になっている。

 日を追うごとに赤ちゃんがお腹の中で活発に動いてきている。

 それはつまり、赤ちゃんがまだ成長しているという証拠でもある。

 

「そう言えば、男の子なの女の子なの? そろそろ分かる頃ですよね?」

 

 そう言えば、性別はまだ会社には話していなかったんだっけ?

 

「うん、男の子よ」

 

「へー、でもそんな感じがするわ」

 

 最近では、町で小さな赤ちゃんや子供を見るだけでも心を打たれることがある。

 特に、性別が男の子と分かってからは、男の子の赤ちゃんや、男の子の子供をとてもいとおしく感じるようになっていた。

 

「さ、仕事に戻りまして、相殺できるという判断についてですけれど──」

 

 あたしたちの業務は続いていた。

 

 

「ただいまー」

 

「優子ちゃんおかえりなさい。今日、優子ちゃんの女の子記念日よね?」

 

「うん、そうよ」

 

 やっぱり、みんなこの日のことを覚えてくれていた。

 女の子になった日は、あたしの「もうひとつの誕生日」といった位置付けだったけど、今ではすっかり誕生日以上の価値を持つ日になった。

 

「もう11年も前になるのよねー」

 

「うん」

 

 これからの人生を考えると、あたしもいつか、永原先生みたいに「男だったのは遠い昔」という日が来る。

 後6年経てば、優子としての人生が、優一としての人生を上回る。

 いや、幼稚園の時や小学低学年の記憶も、殆ど無くなっているし、小学生としてのあたしの記憶も、桂子ちゃんとの記憶が多い。

 優子になったばかりの記憶は今もとても多い、そういう意味では、既に記憶の量は優子としての記憶が多いかもしれないわね。

 

「浩介も、優子ちゃんも、まさか11年で外見は全く変わらないのに、中身がここまで変わるとは思わなかったわ」

 

「ああ、俺も荒れていたものな」

 

 浩介くんにとっても、あたしにとっても、あの日々を忘れることはない。

 でも、前を見るとまだまだ果てしない道が続いているから、もう振り替えることも、殆どなくなった。

 

「でも、浩介くんの中身、一部は変わってないわよ」

 

「え? 例えば?」

 

 あたしの言葉に、浩介くんがキョトンとする。

 もちろん、浩介くんが変わってないところと言えば──

 

「スケベな所とか、変態さんな所とか」

 

「うぐっ……」

 

「そうよねえー、わざわざ優子ちゃんとえっちなことするための部屋とか作っちゃうくらいには変態よねー」

 

 お義母さんの爆弾発言に、あたしと浩介くんが一瞬で固まってしまった。

 

「あら? やっぱり? あの部屋やっぱりそういう部屋だったのねー」

 

 あうー、バレちゃってたのね。

 

「ど、どうして分かったんだ!?」

 

「そりゃあ、私たちが決して入れない部屋に夜な夜な2人きりで入って行くし、部屋から出ると2人ともすごくからだ重そうに、だけど満足そうな顔してるんだもの。中は見てないけど、そういう部屋だってバレバレよ」

 

 うー、確かに、この家は廊下も見通しよくて広いから、知らない間にばれてしまっても不思議ではないわよね。

 親世代との同居は、金銭や育児、あるいは緊急時などに莫大なメリットがある一方で、こうしたリスクもあることも自覚しておかないといけないわね。

 

「まあ、しょうがねえか。俺たち夫婦だし」

 

 浩介くんが身もふたもないことを言ってしまう。

 

「で、浩介も優子ちゃんの妊娠中はあそこで発散してるのよね?」

 

 浩介くんの白状に、お義母さんが悪のりする。

 

「あ、うん。色々と記録しているからね。優子ちゃん、記録される時が一番恥ずかしそうにしててかわいいんだよ。それを思い出しながらなら、いくらでも行けるぜ!」

 

 そして浩介くんが、また調子に乗ってニヤニヤしながら話している。

 

「もうっ!!! お義母さんも浩介くんもやめて!」

 

 どうしてうちの家族は、こうもこういう所に緩いのかしら?

 それもこれも、「早くやれ」とうるさいおばあさんの影響な気がするけど。

 

「おっとごめん。そうだったな。赤ちゃんにも聞こえちゃうし」

 

 うー、あたしが恥ずかしいからとは言わないのね。

 でも確かに、既に耳が聞こえる赤ちゃんに悪影響が出ちゃう方が問題だというのも、ぐうの音も出ないほどの正論なので、あたしはぐっと言葉を飲み込んだ。

 

「そうよ、あたしが恥ずかしいだけじゃなくて、赤ちゃんにもよくないのよ。いえ、むしろそっちが問題だわ」

 

 今、赤ちゃんがおそらく睡眠時間に入っているのは、不幸中の幸いだわ。

 

「そうねえ、優子ちゃん、本当に赤ちゃん思いのママよね」

 

 あたしのことより赤ちゃんのことを優先すると、お義母さんが誉めてくれた。

 妊娠中、あたしは何度も赤ちゃん思いと言われた。

 初産のうちからそんな風に言われるのは、とても嬉しいことだった。

 

「そうだよな。普通自分が恥ずかしいことしか言わないもの」

 

「ふふ、それを言うなら、浩介もよ。やっぱり、子供は親を変えるわね」

 

 お義母さんのにっこりと柔らかい表情が目に見えた。

 

 あたしは、何となく昔の話を思い出した。

 永原先生や、クラスの他の女子たちが言った「恋は女を変える」という言葉。

 あれは、もちろんあたしにも思い当たる。

 今にして思えば、恋と並んで女を変えるのが、この「新しい命を育む」ということなんだろうと思う。

 あたしの中で、徐々に幸せの形が見えてきた。

 

 11年前に永原先生が、TS病患者を一気に女性にしてしまうのは、妊娠と出産だと言っていた。

 幸せの形はたくさんあるというのは、実はもっともらしい偽善なんじゃないかとあたしは思う。

 今の生活を省みれば、こうして家庭を作り、赤ちゃんを産むことに勝る幸せ何て何もないと断言できる。

 確かにあたしは、幸福追求の過程で、あたしは浩介くんと結婚し、蓬莱教授の研究に参加して、会社を作り、世界最上位の資産家になって、おまけにノーベル賞の栄誉までもらった。

 今年の雑誌でも、「去年世界に影響を与えた女性」のランキングで、あたしは圧倒的な1位を手にした。

 これ以上無いというくらいの名誉と財産を、あたしは得た。

 でも、あたしの中で満たされない気持ちがどこかにあった。

 あれだけ底無しだった欲望が、今はこんなにも落ち着いていて、とても晴れやかな気分になっていた。

 

 これで出産に至れば、あたしの中で「解答」が得られると思う。

 解答への道は、もうすぐゴールだと、そうあたしは確信していた。


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