永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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お見舞い、そして意外な鉢合わせ

 新聞は、相変わらず下らない無名芸能人のスキャンダルのニュースを繰り返していた。

 蓬莱カンパニーに関するニュースはほぼなく、経済コーナーにあるように「株価」として東証一部に記されているだけだ。

 

「1万6159円ねえ……」

 

 電卓を叩くと、あたし個人で株式だけで資産は24兆2223億円、浩介くんの分やこれまでの配当金、家の資産額などを合わせれば50兆円近くの資産になっていた。

 ちなみに、「ノーベル相場」の時は一時20021円をつけていて、その時には、篠原家は一瞬だけとはいえ、資産が60兆円と、もはや大抵の国の国家予算を上回る額に膨れ上がっていた。

 永原先生も、経済誌のリアルタイムによれば、その時にはあたしたちと蓬莱教授の次ぐ、世界第4位の資産家になっていた。今でも、常に一桁順位を維持している。

 蓬莱カンパニーの株は、不老事業の独占という地位にあるため、全国の企業の中でもとても安定していて、他の日経225などとの連動性が強い株になっている。

 日本の公的機関やファンドなどもよく買っていて、いわゆる「優良株」という評価を受けるに至った。

 特に株式市場で一際目立つ大きな鯨が、蓬莱の薬によって役目を終えた年金機構を発展的解消した国営のファンド会社で、この会社は人々に払っていた年金を全て返した後に残った膨大な余剰金を元手に投資を行っており、蓬莱カンパニーが牽引した株高や、暗号通貨の高騰に伴ってこの会社は莫大な運用益を得ている。

 ちなみに、この会社は非上場だけど、上場したら蓬莱カンパニーの時価総額1位を脅かす何て言われている程に巨大な組織になっている。

 さて、この投資ファンドの運用益に関しては、一部を毎年所得水準の低い人々に一定額給付したり、すっからかんの無一文になって、税金や損害賠償などをどうしても払えなくなってしまった人の滞納金を肩代わりしたりすることで、セーフティーネットの拡充に役立っている。

 その他、優秀な技術者が金に転んで海外の企業に引き抜かれそうになった場合に、この会社の運用益を活用して引き留めを図る援助も行うことになっている。

 これについては、あたしたち蓬莱カンパニーの大株主の配当金の余剰で、そうした行き場を失った技術者たちに、低予算ながらも極めて自由度の高い研究が出来る研究所を作る計画も始動している。

 こうした国ぐるみの一人勝ち誘導行為にも、諸外国からは批判は出なかった。

 そんな中で、この会社が最も投資しているのが、蓬莱カンパニーだった。

 蓬莱カンパニーが出来てまだ日は短いにもかかわらず、既に国際社会の力関係は一気に傾いてしまっていた。

 

「ふう、こんなものかしら?」

 

 とはいえ、この蓬莱カンパニー株式会社は、株式の7割をあたしたち経営陣と協会で持ち回りしていて、そのために、市場で株価が高騰しているという批判も一部ではある。

 実際、一番最初に上場した時の1株は既に今では実質100株になっていて、初値で買った投資家は、上場から1年強で実質40倍の含み益になっている。

 でも、株には空売りとかショートと呼ばれる存在もおり、彼らはノーベル相場で大損をしてしまったという。

 また、損失こそ出さなかったものの、「売らなかった方が得した」という投資家もたくさん存在している。

 

「怖いわね」

 

 投資に安易に手を出すと、あたしたちの資産でもあっという間に溶けてしまう気がしていた。

 でも一方で、日本は長らく「あまりにも投資をしなさすぎていた」と言われていた。

 今は結構風向きが変わってきたけど、以前の日本経済は過度な消費依存、貯蓄依存と言われていた。

 いや、今でもその傾向は変わっていないけど、それでも昔よりはマシになっている。

 

 だから、あたしが貰った株の配当金も、何かに投資した方がいいのも確かなのよね。

 今は一応、安全性の向上を目指す企業の株式に投資して、これは人類の更なる長寿命化を後押ししてくれるはずだ。

 

「あたしたちの配当金がこのままなら、あたしたち個人で小谷学園に投資してもいいわね」

 

 佐和山大学では、現在よりいっそうの蓬莱教授による投資が盛んになり、研究所は拡張が続けられ、ついに従来の理化学研究所を飲み込む勢いになっている。

 折からの好景気もあって、企業の研究開発に対する投資金額も膨らんでいる。

 あたしたちも、会社のお金を使わずとも、個人が持っている株式の配当金を使って、小谷学園を買収し、提携を強化するのも有りだと思っている。

 幸い、小谷学園は今や人気難関校で、あたしたち篠原夫妻に永原先生、恵美ちゃん桂子ちゃん、更に新鋭の2代目整形外科医として密かに注目を集めている高月くんの出身校ということで、受験生が殺到している。

 来春には中等部や小学部もオープンする予定で、場合によっては佐和山大学とも付属し、小学校から大学までのエスカレーター教育を行う構想を考えている。

 

「ま、実現するとしても大分後よね」

 

 今はとにかく、このお腹の中の子供のことを考えないと。

 暇をもて余すと、ついつい遠い未来のことを見据えがちになるけど、将来のことを考えるのはいいけど、巨視的過ぎるのはとてもよくないものね。

 

 あたしは新聞を全て読み終わり、再びテレビをつけた。

 出産の日まで、同じような日々が続く。

 あたしは、それも辛くはない。

 ただ少し、お腹の赤ちゃんの胎動が小さくなっていくのが気がかりだった。

 もちろん理屈の上では、出産が近いからと分かっているけど、それでも、あんなに痛くてしつこかった胎動が少なくなるだけで、こんなにも寂しいんだって思えてならない。

 

「また……泣いちゃいそうだわ……うっ……」

 

 広い空間に1人の病室の中で、あたしはまた、赤ちゃんのことで泣いてしまう。

 赤ちゃん、あたしの赤ちゃん、赤ちゃん赤ちゃん赤ちゃん……やっぱり、早く会いたいわ。今はそう思う。

 

「……ふう」

 

 ようやく落ち着いたわ。

 少し、寝ようかしら? まだ日は落ちてないけど、何だか、眠いわ。

 

  コンコン

 

「はーい」

 

 うとうとして、どれくらいの時間が経ったか、突然の扉のノックで、それまで朦朧としていた意識がすぐに回復した。

 外はいつの間にか、暗くなっていた。

 

  ガチャッ

 

「優子ちゃん、俺」

 

 そこにいたのは、浩介くんだった。

 あたしはベッドから起き上がってちょうど足を伸ばして座るような格好になる。

 

「あら、あなた。今日は大丈夫だったの?」

 

 最近浩介くんは忙しいから、見舞いに来られる日は多くないって言ってたけど。

 

「やっぱり、毎日来ないと寂しいなって思って……うわあ、もうこんなに大きくなってるんだな」

 

 以前にも増してお腹の大きくなったあたしを見て、浩介くんが一瞬後ろにたじろいでいた。

 まあ、びっくりしないわけ無いわよね。

 

「うん、歩くのも一苦労だわ」

 

 体の重心も変わってるから、そこが一番難しい。

 でも、実際には少しずつ大きくなっている妊娠中とは違い、一気に産む出産後が大変らしいのよね。

 

「でも、お腹の赤ちゃんが成長しているって訳だしな」

 

 浩介くんは楽天的だけど、どこか寂しげだった。

 もしかしたら、妊娠と出産に憧れているのかもしれないわね。

 

「うん」

 

「でさ、赤ちゃんの名前のことなんだけど」

 

「うん」

 

 浩介くんがここに来たのは、赤ちゃんの名前のことだった。

 

「結局、俺と優子ちゃんの2人で決めようってことになったんだ。ばあちゃんや親たちはみんな、『優子と浩介で決めな』ってさ」

 

「あはは、うん、やっぱりそうよね」

 

 そうなると、やっぱり名前を決める必要がある。

 いくつかの候補には絞ってあるけど、最後の1つを決めないといけない。

 

「会社なんだけど、出産が近くなったらいつでも駆けつけられるように予定を調整できたから、俺のことは心配要らねえぞ」

 

「うん、ありがとう……いたっ!」

 

 久々に、赤ちゃんに強めにお腹を蹴られた。

 

「うおっ、動いてるのがはっきりわかったぞ」

 

 浩介くんからも、はっきりと見えたらしいわね。

 

「もうこの子も大分成長しているのよ」

 

「ああ、ちょっといいか?」

 

「うん」

 

 浩介くんが、あたしのお腹に耳を当ててくる。

 

  トンッ

 

 さっきよりは弱く、赤ちゃんが今度はパンチをして来た。

 

「おおっ!」

 

 浩介くんの顔が笑顔になる。

 

「すげえな、やっぱり生きているんだな」

 

 男の人からすれば、人間の中にもう1人の人間がいることが不思議なのかもしれない。

 

「そうよ。赤ちゃんは生きているのよ。あたしね、今になって思うことがあるの」

 

 胎児何て言い方もするけど、これは本当に生きている命だということが分かる。

 

「え?」

 

「あたしが女の子になって最初の年の夏にね、浩介くんにちょっと迷惑をかけちゃったでしょ?」

 

 今となっては、いい思い出になっちゃったけど。

 

「あー、あったな」

 

「前にも話したかしら? 永原先生が教えてくれたのよ。あるカップルの女の子がストーカーにレイプされて望まぬ妊娠をしちゃって、病院で中絶するつもりで診断を受けたら、赤ちゃんのエコーを見た途端に、女の子が涙ながらに『赤ちゃんを下ろしたくない。産みたい』って訴えるようになっちゃったってお話」

 

 赤ちゃんを妊娠してからというもの、永原先生の話を、あたしは何度も思い出すようになっていた。

 

「男の俺でも、今のを聞いたら、その女の子の気持ちは痛いほど分かるよ。こんな小さな命、しかも自分の体の中にいる命だもの」

 

 妊娠できない男の人でも、こうして外側から小さな胎動を聞くだけでも、やっぱり赤ちゃんのかわいさが身に染みてくる。

 

「あたしも、もしその女の子みたいな境遇に置かれたとしても、絶対に下ろしたくはないわ。下ろせという位なら、あたしは自分を殺してと言うわ」

 

 今ならもう、自信を持ってそう言えるわ。

 そう思った時、あたし自信の母性も、妊娠中に成長していたことに気付かされた。

 

「ああ、分かってる。でも優子ちゃんにそんなことはさせねえよ。俺は優子ちゃんの夫だからな。か弱い優子ちゃんを守れるのは俺以外には誰もいねえんだ」

 

 また、浩介くんのかっこいい言葉が浮かび上がる。

 

「うん……ねえあなた」

 

「ん?」

 

 あたしは、時計を見て浩介くんを夕食に誘い出すことを考えた。

 

「夕食、食べたかしら?」

 

「あーいや、実は食べてねえんだ」

 

 よかったわ。

 

「2人で食べましょ」

 

「ああ、そうするか」

 

 今考えれば、浩介くんの浮気リスクは今が一番高い。

 男を知っているあたしは、どうしても不安がぬぐいきれない。

 

「でもその前に、浮気はしてないわよね?」

 

「え? 言っただろ? 俺は優子ちゃんでしか抜いてねえぞ。ほれ」

 

 浩介くんが、ロックを外してスマホの待受画面を見せてくれる。

 そこには、あたしの胸が全部写っていて──

 

「もうっ、浩介くんのえっち!」

 

「でも優子ちゃんだけが対象だぜ?」

 

 そう言うと、浩介くんはスマホの中のフォルダを見せてくれる。

 中はどれもあたしのえっちな画像や動画だらけで、あたしはすっごく恥ずかしいわ。

 特にコスプレでのえっちの記録が多くて、見ただけで顔が真っ赤になってしまう。

 

「ふふ、でも安心したわ」

 

「だろう? 第一、俺と優子ちゃんがお互い嫉妬深いのは会社でも有名なんだぞ」

 

「あーうん、そうだったわね」

 

 結局、浩介くんが言っていたように、あたしほどの優良物件は何処にもいない。

 他の女性たちも、浩介くんには手を出さないみたいなので安心したわ。

 浩介くんのよれば、「探偵くらい雇ってそう」って思われているらしい。

 

「さ、食事しようぜ」

 

「うん」

 

 浩介くんと一緒に、病院を歩く。

 

「そういえば、ハンバーガー屋さんがなくなって、色んな店出来たな」

 

 浩介くんも、この辺りの変わりように驚いていた。

 

「うん、まだまだ人口は下落局面なのに、よくやるわよね」

 

 まあ、蓬莱カンパニーのこともあるから、将来的には正解なんだろうけど。

 

「本当にな」

 

 あたしたちは、病院を出る。目ぼしいお店を見つけようとする過程で、リサイクルショップを見つけた。

 

「あらこのお店」

 

 このお店の両隣の風景も、また変わっていた。

 変わる前の風景は殆ど思い出せないのに、何故か風景が変わったことだけははっきりと分かった。

 

「リサイクルショップだな。俺は入ったことあったかなあー?」

 

「あたしは、そうここで、優一だった時の制服と体操着を売ったのよ」

 

 制服と体操着を売ったために、あたしは、とりあえず「一人前の女の子」として認められ、優子としての生徒手帳を貰うことができた。

 

「あー、そういえばそんなカリキュラムだったんだっけ?」

 

「ええ」

 

 浩介くんは、カリキュラムのことはそんなに深く知らない。

 ただ、女の子のなるための訓練が厳しいことだけは知っていた。

 

 そして、リサイクルショップの隣にあったのが──

 

「焼肉屋さんね」

 

「ああ、でも妊娠中は焼き肉は制限メニューだろ?」

 

「うん」

 

 あたしは、ユッケなどの生肉は論外として、レバー肉をはじめとした内臓肉もダメといわれている。

 ただし、赤ちゃんをすくすく育てるには動物性たんぱく質も必要で、それを採るのに最も効率がいいのもお肉だった。

 つまり、「決められたお肉をきちんと食べる」ということが、妊婦のあたしに求められていた。

 だけども──

 

「あたし、昨日も牛丼だったのよ」

 

「あーなるほど、じゃああっちの中華料理屋さんはどうだ?」

 

 浩介くんが、少し遠い中華料理屋さんを指差す。

 もちろん、入ったことはない。

 

「うん賛成」

 

 あたしもすんなり賛成し、中華料理屋さんに入っていく。

 

  ガララララ……

 

「いらしゃいませー」

 

 明らかに「中華訛りです」と言わんばかりの女性店員の声がする。

 中もかなり凝っていて、このお店の本気度が伺える。

 入ってすぐのところには、「料理長挨拶」として、日本語と中国語両方で挨拶が載っていた。

 名前を見て分かるように、向こうの出身だった。

 このように、日本の中華料理店は本格的なお店が多く、おかしな「日本要素」が混じらないように料理人もわざわざ現地の料理人を呼ぶことが多い。

 

「あら? 2人とも奇遇ね」

 

「あれ? 永原先生」

 

 そこにいたのは、永原先生だった。

 永原先生は1人で、恐らく仕事が終わっての夕食なのね。

 

「お2人は待ち合わせですか?」

 

 店員さん、あたしたちに気付いていないみたいね。

 

「あーうん、3人で」

 

「ではテーブル席にご案内いたします」

 

 あたしたちは、なしくずし的に3人でテーブルへと進んでいった。

 こんな偶然も、世の中にはあっていいわよね。うん。

 幸い、他の人達もあたしたちには気付いていないみたいだし、良かったわ。

 

 

 テーブルはもちろん、中華料理店の象徴とも言える回転テーブルだった。

 最も、あたしたちはこのテーブルを見慣れているけどね。

 

「お、やっぱこのテーブルか」

 

 浩介くんも、見慣れたテーブルとはいえ、やはりこれで食べるのは中々興奮するらしい。

 

「そうそう、このテーブルって、日本の料理店が使い出したものらしいわよ」

 

「え!?」

 

 永原先生が、驚きの事実を言い出してきた。

 これって、中華料理店でしか見かけないし、当然大陸で発明されたものだとばかり思っていたわ。

 

「今から100年前にね、目黒の料理店のオーナーが考案したのよ。大きなお皿で大まかに取り分ける時に、テーブルを回転させれば便利だろうって。私も戦前に一度だけ、お金を貯めていったことがあったわ。美味しかったのを覚えているわね」

 

「へえー」

 

 永原先生は、その目黒のお店に入ったことがあるらしい。

 目黒なら、渋谷からも近いし、機会があったら行ってみようかしら?

 もしかしたら、既に行ったことのあるお店かもしれないけど。

 

「日本に滞在していた人が、これを見て現地に持ち帰り、一気に広がったのよ。起源は日本と言っても、そのお店も中華料理を出していたから、実質中華料理文化と言ってもいいわね」

 

「なるほどねえ……」

 

 あたしは、メニューを見ながら永原先生の話を聞いていく。

 それにしても、このテーブルが日本人が最初に考案したというのは驚きだわ。

 しかもたった100年前のことだったなんて。

 

「100年前かあ、意外と新しいんだな。俺なんか、それこそ唐とか明とか、そう言う時代からあるものとばっかり思ってたぜ」

 

 あたしも、浩介くんと同じ誤解を何となく抱いていた。

 

「あはは、私もこれを知ったのは最近よ。まさかあのお店が起源とは思わなかったわ。でもさすがに、明の時代って……私が生まれた頃がちょうど明よ。結構精巧な作りだから、そこまでは古くはないわよ」

 

「そうかあ、確かになあ……」

 

 浩介くんが、意味もなく何も乗っていないテーブルを回転させた。

 中華料理も、時代と共に変わっているものね、新しくても不思議じゃないわね。

 

「料理って言うのは、意外と新しいものなのよ。以前にも話したと思うけど、今の食べ物を戦乱の時代の人が食べたら、まず間違いなく『天道のごとし』と答えるわ」

 

 そう言えば、ノーベル賞の帰りの飛行機でも似た話があったわね。

 

 永原先生の言葉には、重みがあった。

 昔の食べ物を、知っている人の顔だった。

 あたしたちは、メニューの物色に戻った。


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