永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
コンコン
「はいどうぞ」
突然のノックに、一瞬ビックリしながらも、お母さんが対処する。
ガララララ
「失礼します」
「わあ……」
徹は、口をあんぐりと開けていた。
そこには、さっき鏡で見た俺に負けない位のかわいい女の子が立っていた。
髪はとても清潔感があり、銀色の見事な縦ロールがまた、幼さを引き立てている。
顔はとても童顔で、何より小学生位の身長しかなく、その歩き方や振る舞い、そして自己主張している大きめのおっぱいが無ければ、小さなかわいらしい女子小学生にしか見えなかった。
服装も、いかにも小さな女の子という感じのピンクのデザインをしたミニスカートだった。
少女が、空いていた椅子に座り、面談のような形になる。
「あなたが……塩津悟さんですね?」
「あ、ああ……確かに俺が塩津悟だ」
「ふふ、今はそれでもいいわね。申し遅れました。私、
余呉と名乗った少女は、その外見からは信じられないほどに所作が洗練されていた。
「今日お伺いしましたのはTS病について……ええ、私もTS病ですから、同じ病気の仲間として、あなたを導きに来ました。事は急を要しますから、突然訪問となりました」
そして、わざわざ突然来たということからも、どうやら俺の状態は悪いのだろう。
「その、いくつか聞きたいんだが……俺は男に戻れるのか?」
お医者さんとは違う回答を期待して、俺は少女に話しかける。
「そうですね……結論から言ってもいいですか?」
「ああ」
余呉と名乗ったその少女は、口元に指を当て、僅かにロールの髪を揺らす。その幼い外見から想像もつかないほどに淫靡な雰囲気を醸し出す。
それはまるで、魔性の女のようで──
「男に戻ることは、医学的にも絶対に不可能ですし、男に戻りたいと思ってもいけません。あなたに残されている道は、女として、精一杯女の子らしく生きていくことだけです」
「な!?」
俺に告げられた現実は、余りにも無慈悲なものだった。
男に戻ることは絶対に不可能、だから女として生きていけ。それが余呉と名乗った少女の言葉だった。
「私は、長い間この病気の患者を見てきましたわ。ただ、1つだけ断言できるのは、男に戻りたいと願って、実行しようともがいた人は、1人の例外もなく、必ず自殺に追い込まれている。ということだけです」
「な!?」
余呉さんから次に発せられた言葉は、余りにも救いようの無い話だった。
俺のやりたいことをやれば、自殺しかないと言われているようなものだった。
「そんな! 悟は……この子はずっと男の子として生まれて、男として育ってきたのに!」
お母さんが居たたまれなくなって、余呉さんに詰め寄った。
「そんなことを言われましても、無い袖は触れませんわ」
「でも! できないと言われても……女の子として育て直すなんて! 支援機関の人でしょう!? 何とかできないのか!?」
お父さんも、また余呉さんを問いただす。
「ふー……いいですか? 私は何も意地悪したくて言っているんじゃないんですよ。逃げ道は無いんです。無い袖は振れないんです。どうすることもできないんです。ただ、もし女性として生きることができれば、あなたは何年だって生きていけるんですよ?」
「ど、どういうことだ? 何年でも生きていけるって? 人間は死ぬものだろ?」
今度は徹が疑問を呈した。
「ええ、そうですね。確かに私もそうです。ですが、このTS病になった女性は、老化が止まるんです。ところで、あー悟さん?」
「ああ、俺は悟だ」
老化が止まるとか言う非現実的な言葉よりも、いきなり俺に振られたことに驚いてしまった。
「今はまだいいですけど、新しい名前を考えてくださいね。で、悟さん、私、いくつに見えるかしら?」
わざわざこんなことを言うということは、もちろん相当な年齢であることは間違いない。
余呉という名前だって、もしかしたら本当の名前ではないのかもしれない。
「あー、大体察しはつくが、知らない人が見たら小中学生って感じだな」
特に胸の膨らみに気付かなければ、誰だってそう言う回答をするだろう。
「そうね。でも、私の年齢はあなたたち4人の年齢を足しても、全然足りないわよ」
少女は、にわかに信じがたい話をする。
実際、この少女がそんな年齢には見えない。
恐らく、この少女も元は男だったというわけか。
「ええ!? じゃあ、100歳越えてるってか? 明治とか記憶にあったりするんか?」
俺は思わず、ちょっとした計算をした果に、反射的にそう叫んだ。
俺たち4人家族の年齢を合計したら、100歳を優に越えてしまう。
俺と徹はともかく、両親はこの年齢の子供を持つ親だから、当然年齢を合計すればとんでもない数字が出てくる。
それでも全然足りないとはどういうことなのだろう?
「ええ、でも女性に年齢を聞くのは失礼よ」
「うぐっ」
少女は、にっこりと微笑んでいた。
でも、100歳を越えているのは間違いなさそうで、少なくとも明治時代の記憶があるってことは、下手したら江戸時代の産まれかもしれねえな。
いずれにしても、TS病にはそういった可能性もあるということだ。
「さて、あなたも、私のように、100年以上若く過ごす資格が出来たのよ」
「……」
全く現実感の無いことばかりが次々に襲いかかってくる。
いきなり激痛とともに女にされて、目が覚めたらすぐに、「もう男に戻れないから女として生きていけ」と言われて、すぐに「はいそうですか」何て頷くのは土台無理な注文だ。
「私たちは日本性転換症候群協会という、TS病の患者で作る団体からの支援をしていて、私はその中であなたの担当カウンセラーとしてここにいるわ。患者の数が少ないから、私1人で東北地方全ての患者を管轄しているの」
そう言って名刺を見せてきた。
そこには「日本性転換症候群協会東北支部長」とあり、また余呉さんの下の名前は、俺たちのおじいちゃんおばあちゃんでも名乗らなさそうな、そんないかにもという古い感じの名前になっていた。
「もしかして、余呉さんにも男だった頃があったのか?」
「ええそうよ、ずっとずっと昔のことだけどね。外見はこんなでも、私は遠い昔に男だった。ええ、私より長生きの人もいるわよ」
余呉さんは、にっこりと微笑んでそう話した。
そのしぐさ、言葉遣い、どれを取っても女の子そのものにしか見えない。
とてもこの少女が、男として生まれたなんて誰も信じないだろう。
いや、そりゃあ何10年、下手したら100年以上女性をやっているんだから当たり前か。
「道は1つしかないと言っても、すぐに進む決断しなくてもいいわ。でもいつまでも立ち止まることはできない。まず心を落ち着けて、逃げ道を探さず冷静にじっと前を見て、覚悟ができたら、カリキュラムを受けて欲しいの」
「カリキュラム?」
まあ、名前からもだいたいは想像がつくな。
「ええ、女性として生きることが、あなたに残された道よ。そのために、私たちは女性としての生き方をまとめたカリキュラムを作っているんです」
「うー、そうは言ったってよおー」
俺、男だし、やはりいきなり女として生きろって言われても。
「もちろん、カリキュラムをしないで生きていっている人もいますよ。私もそうでしたから」
「お、そうなのか!」
ちょっとだけ、希望が沸いてきたぞ!
どうやらカリキュラムなしでも、今後の人生の道は開けるらしい。
「いえですが、その場合は自然と少しずつ女性としての生き方を学ぶようになります。この場合も、男に戻ることを意識したらダメなことには変わらないわ」
しかし、次に出てきたのは非情な現実だった。
要するに、道は一本だけ、カリキュラムは、いわば険しいその道を進むための手助けをしてくれるに過ぎないものだった。
「んだよ。俺、男だったのに、いきなりそんなこと言われても──」
「ええですから、少しだけ考えてください。道は1つしかなくても、すぐに歩く必要はないわ。道を誤りさえしなければ、あなたには時間は文字通りたっぷりありますわ。でも、問題を先送りにしすぎると、最悪の結末になるかもしれません。1週間以内には決めてください」
宣告は、一方的なものだった。
最悪の結末、つまり精神を病んだ末に自殺をしてしまうという結末。
余呉さんはおそらく、そんな患者を何人も見てきた。だから俺にもこうして辛く当たるのだろう。
しかし俺も俺で、女として生きて行けと言われても、できれば今までの人生を考えればそれは避けたい。
だがどう説得する? 悔しいが相手はプロでしかも外見に似合わず人生経験豊富と来ている。
「……なあ、カリキュラムって、具体的に何をやるんだ?」
少し脇道から、攻めていく。とにかく、どこかに道を開かないことにはしょうがない。
「女性としての感性を学ぶための少女漫画や女性誌の読書、更に家事の手法の他にも、スカートを穿いての外出訓練や、女子トイレへの訓練、男時代の服などを捨てたり、後は言葉遣いの教育もあるわね。いい? 今後は女にモテるかじゃなくて、いかにして男に好かれるかを考えなさい。最終的には、あなたも彼氏を作ってお嫁さんになるのよ」
「お、お嫁さん!? 俺が、俺が男と!?」
あまりのことに、俺は仰天してしまう。
いや確かに肉体は女だけど、それにしたって、彼氏作って結婚って──
いやそれだけじゃねえぞ、スカートとか女子トイレって単語も聞こえたような?
「おっとごめんなさい。最後のは言い過ぎだったわ。男と恋愛ができない患者さんもいて、そういう人はレズビアンとして生きる道もあるわ。ただ、今までは誰も成功していないんです。何故かみんな、途中で普通に男が好きってなっちゃうのよ」
余呉さんの宣告は、更に恐ろしいものだった。
女の子として生きていく以外に道はなく、そうした人生を歩めば、彼氏を作り、男に魅力を感じるようになるという。
俺はもちろん、同性愛の趣味はなかったいわゆるノンケであり、さながら強制的に同性愛行為を強要されているような、そんな悪寒を覚えた。
「ま、まさか俺も……」
「もちろん、女として生きるなら、あなたも好きな男の子を作れるわ。でも、あなたも分かってると思うけど、男に好かれるには、女の子らしい女の子にならないといけないわよ」
男時代の俺のシルエットで、手原と大谷に迫る俺を思い浮かべてしまい、頭の中がげんなりする。
「うげえ、嫌だあ……」
俺が、俺が男とって、無茶苦茶なことを断言されてしまった。
しかも、そうしなきゃ自殺しかないとまで言われている。
現実逃避したところで、結局意味がないということか。
その後、協会としての支援についてや、保険のことなども教えてくれたが、俺には重すぎて、そういったことはどうでも良かった。
とにかく、俺の人生は無茶苦茶に狂ってしまったことだけはよく分かった。
「じゃあ、私は失礼いたします。ご自宅に東北支部の連絡先を書いた手紙を郵送しておきました。必ずご確認ください。こちらでも、塩津さんのサポートは全力でして参りますので、どうかよろしくお願いいたします」
余呉さんが頭を下げて、ゆっくりと部屋から出ていった。
「な、なあ兄貴……いや、今は姉──」
「徹、やめてくれ」
さっきから、女性の声に似つかわしくない言葉遣いばかり出るが、慣れてしまえばどうってことはない。
つまり、あの余呉っていう女の子の言うことも、全て鵜呑みにはできねえってことか。
言葉遣いを改めるように言われたが、おそらくそれをやってしまえば何かが崩壊しそうな気がする。
徹にも、「姉」と思われることだけは避けねばなるまい。
「ああ、まあ、兄貴は兄貴だもんな」
「ええ」
ともあれ、家族が賛成してくれたのはよかったぜ。
男には戻れねえと言っていたが、もしかしたらなるべく「男に近付ける」ことなら出来るかもしれねえ。
余呉さんは端から否定していたが、やってみる価値はありそうだ。
その後、やったらめったら無駄に種類の多い健康診断をやらされた後、家族がコンビニで買ってきてくれた弁当で遅く軽い昼食を食べ、夕方にはお医者さんから退院を言い渡された。
この体で始めて食事を取ってみたが、あんまり味覚は違わないみたいだ。よかったよかった。
服はぶかぶかだったので、おふくろの服を借りる手もあり、わざわざ一旦家に戻って男性でも着られるジーンズを持ってきてくれた。
外見からすると余りにも野暮な女子力0の女だけど、俺の知ったことじゃねえな。
とにかく、女の子として生きていくのは最後の手段だ。自殺だって言っているが、どうせ脅しに違いない。
本編と比べると省略も多くなるかもしれません。