永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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最初の日の終り

「な、なあ兄貴」

 

「ん?」

 

 帰り道、車の中で徹がびくびくとした様子で話しかけてきた。

 やはり、まだこの少女が俺と受け入れるには抵抗があるらしく、どこか「他人」という印象を与えてしまっているようだ。

 

「兄貴は、『せっかく女になったんだし、少しスカート穿いてみよう』とか考えたりしたのか?」

 

 徹の質問は、結構核心をえぐっている。

 男が通常穿けないスカート、その感触に興味のない男はいない。

 無論俺も例外ではない。単純に以前の姿でスカート穿いたら気持ち悪いだけになる。だからやらない。

 しかしだ、今の姿格好ならスカート姿をどこに出しても恥ずかしくない。いやそれどころか道行く人は「どこかのアイドルかな?」って思っても不思議じゃないだろう。

 そう言う意味では、間違いなく俺は人気者になれると断言できる。今の自分の姿のかわいさは、むしろ男だからこそ分かってしまうというものだ。

 実際、余呉さんの姿格好も男の好みをよく突いていた。生まれつきの女の子にはまずできないような至難の業だということが分かるのも、俺が男だからこそだ。

 だが、それをやってしまえば、今から俺がしていることを根底から諦めなきゃならないことになってしまう気がした。

 

「……俺も男だから、スカートの穿き心地とか興味がない訳ねえよ。でも、あくまでも俺は男の俺を大事にしてえんだ」

 

 だから、一線は守りたい。

 

「分かったぜ。ま、兄貴の思う通りにしたらいいと思うよ」

 

 とにかく、月曜日に手原たちに事情を説明してサッカー練習をしてみたい。

 さすがにこの体で男子更衣室はまずいかもしれねえが、その辺り考えねえとな。

 

 

「さ、ついたわよー」

 

 お母さんの声と共に、俺達は車を降りて家の中に入り、自分の部屋に戻る。

 

「ただいまー」

 

 部屋の中は、以前と変わらず、サッカー関連の雑誌やポスターが貼ってあった。

 サッカー仲間への連絡は、ともあれ俺自身でする必要がありそうだ。

 

「でもどうしよう……」

 

 この声、この姿でどうやって「塩津悟」だと信じてもらえるのだろうか、男だった頃の面影が何一つなく、八方塞がりの状況になってしまっている。

 鏡に写った俺は、不安と不満の入り交じった表情をしている。

 とにかく、女の子になって背が縮んでいた。目線が低くなり、部屋の印象も変わっている。

 部屋のレイアウトも、否が応でもこの体格に合わせないといけないだろう。

 胸はかなり大きめで、いかにも肩がこりそうな重さを感じている。

 というか、こんなに大きくて激しく動けるのだろうか?

 

「にしても、何でこんなにかわいく生まれてきたんだ俺」

 

 いかにも弱々しそうで、腕も足も細い。

 足についてた筋肉は、脂肪となって全て胸とお尻にいってしまったようだった。

 男から見れば、胸に脂肪がたくさん蓄えられてる女の子は魅力的だけど、俺はそうもいかない。

 特に、この大きなおっぱいは結構深刻だと思う。

 サッカーでは、空中で受けたロングパスを胸でトラップするわけだけど、この胸では間違いなくイレギュラーしてしまう。

 女子サッカーの選手を見ても、こんなにおっぱいの大きな選手はいない。

 女子スポーツ選手の中には、貧乳化手術をしてしまう選手さえいるくらい、スポーツには邪魔になる。

 

「もちろん、俺も男だからこのおっぱいは魅力だとは思うけどよー」

 

 創作物では、胸の大きなスポーツ少女や女騎士などが、「胸なんて邪魔」といい、男子から不評を買うシーンが多い。

 更に言えば単純に重たいから体力の消耗も早そうだ。

 確かに、胸を小さくすれば、ある程度はサッカーに打ち込めるとは思うけど、そもそも貧乳化手術を受けたとして、いくらかかるんだろ?

 整形手術じゃ保険も効かねえだろうしよ。うちじゃそんな高額をおいそれと払えないだろう。

 服は保険が下りるとは言うけど、女の子の服じゃないとダメと言っていた。こういうところでも外堀を埋めていくのか。

 

「はぁー、憂鬱だ……」

 

 やっぱり、憂鬱な気分になってしまう。

 同じ境遇の人からは、「女として生きていくしかない」と言われた。

 もしかしたら、無駄なあがきかもしれねえ。

 もしそうだとしても、女子サッカーとしての道はあるはずだ。そうすれば手原たちとはできずとも、サッカーを続けていくことはできるかもしれない。

 うん、ネガティブにばかり考えてたら、あいつが言ってたように本当にすぐ自殺になっちまうだろうし、そう言う可能性も考えとかんとな。

 そう思い、もう一度鏡を見る。

 

「やっぱよく見なくてもかわいいし、サッカー何てやめてアイドルにでも……」

 

 って、いかんいかん。そっちの方向はまずい。

 いや、まずくねえのかもしれねえが、いずれにしてもよくない道だ。

 俺は俺、塩津悟だもんな。

 

 ともあれ、俺は今ある服の中で、着られそうな服を探してみる。

 

「んー……」

 

 どれも大きい、大きすぎる。

 お腹回りが小さく、逆に胸が大きくなったから、会う服が全く無い。

 体格が男と女であまりにも違いすぎるんだ。

 特にズボンはどうしようもないくらい大きく、ベルトや紐で何とかなるレベルではなかった。

 くそっ! 何か無いか何か!? ゆったり出来る服装は!?

 何とか棚を見て、ようやく1つの服を見つけた。

 

「これかなあ……」

 

 ふと、今よりも小さかった中学時代のジャージが目に入る。

 俺はそれを取り、穿いてみた。

 

「お」

 

 上の方は工夫は必要だが、これなら大丈夫そうだな。

 鏡で見る。服装で印象が大きく変わる。ぶっきらぼうな表情や言葉遣いとあいまって、素材はいいのにかわいげのねえ女って感じだが、まあ、俺だしな。ともあれ、家で過ごすにはこれでいっか。

 後は、まあ母親の服の中で男が着ても大丈夫そうなのを選ぶとするか。

 

 ……とりあえず、ご飯まではサッカーの試合でも見るか。

 そう思って、インターネットを開くことにした。

 

 

「悟ー! ご飯よー!」

 

「はーい」

 

 この地域の10月はやや寒く、温かいものが食べたくなってくる。

 そんな中で、今日の夕食はお鍋だった。

 パソコンに向かっていたから良かったけど、いざ歩くと食卓につくまで、とにかく胸が擦れて痛かった。

 歩くだけでこれって、サッカーできんのかな?

 女性用の下着をつけたら何かヤバそうだし、本格的に詰まっている気もするが、まあいいや。

 

 

「悟、ご飯あんまり食べてないだろうし、少し多めに作ったわ」

 

「ありがとう」

 

 とにかく、今は食欲を満たしたい。

 食べれば、この憂鬱も忘れられそうだから。

 そう思って、俺は食卓へと急ぐことにした。

 

 

「うっぷ……」

 

 な、何だこの腹は!?

 まだいつもの半分も食ってねえぞ。

 何でこんなに、これじゃ体力がつかねえじゃねえか!

 

「? あ、兄貴どうしたんだ? 食欲ねえのか?」

 

 明らかにいつもよりもペースも遅く食べる量も少ない俺に対して、徹が心配そうにしていた。

 

「いや、何て言うかその……お腹一杯って言うかよ」

 

「え!? いつも俺よりも食ってるじゃねえか」

 

 徹がとても驚いていた。

 実際今日の量も、いつも俺達家族が食っている量とほぼ同じ分だけ盛り付けられていたが、俺はいつもの半分も食べられていない。

 

「あーそうかー」

 

 親父が、納得いった表情になる。

 そう、言うまでもなく、女の子になって食が細くなっちまったんだ。

 こんな所でも、女の体の違いを突きつけられる。

 

「うーん、そうよねえ。無理に食べるのもよくないし、明日からは食事の量を調整しないといけないわね」

 

 母親のその言葉が、俺に重くのしかかってきた。

 否が応でも、肉体が変わってしまえば、様々な変化をもたらしてしまう。

 病院でもそうだった。象徴的なものがなくなるだけでも、喪失感はとても大きい。

 新しいものができるだけで、違和感はとても大きい。

 結局、残った食事は明日の朝食に回してくれるという。いつもは「これだけじゃ足りない」という勢いだったのに、思った以上に食が細くなることへのショックが大きかった。

 

「はあー」

 

 こうしたことがある度に、「いい加減現実を見ろよ」と余呉さんが言っているような気がした。

 恐らく、余呉さんも、あの協会の他のメンバーも、同じような経験を何度もして、壁にぶつかってそれを乗り越えて今があるんだとは思う。

 でもよ、まだ起きて半日と少ししか経ってないわけで、これから大学に通い直すとか、サッカーを再開するとなれば、今日の比じゃないくらい男女の差を見せつけられることは目に見えていた。

 余呉さんは「逃げ道は最初から無い」とも言っていた。そして、「最初から無いものは無いと言うしか無い。無い袖は振れない」とも言っていた。

 余呉さんの言うことは、あまりにも完璧な正論だった。

 男女平等何て、絶対に無理なこと。男と女が極めて違う生き物であるということは、今日一日でも十分すぎるほどに俺に思い知らさせてくれた。

 この距離を知ってもなお、男を取り戻そうとする何て、無茶もいいところだった。

 ましてや、サッカーなんて男女ではあまりにもレベルが違いすぎる。俺もバカではない、女子に混じってのサッカーをしたところで、以前の感覚でプレーしてフラストレーションを貯めかねないことも、いやもっと基礎体力から言っても前後半45分なんて絶対無理だろう。

 そう言う意味では、余呉さんが言うように、今後は女の子として、女の子らしい生き方を模索しつつ、新しい人生を歩んだ方がいいのは、俺にも分かってしまっていた。

 

「うー」

 

 それでも、感情的に納得ができないでいる。

 もちろん、俺だって大学生だ。だから、感情的に納得ができない何てのは自分が悪いことくらい分かる。

 それでも、この体が不便なことはよく知っている。

 サッカーができないにしても、こんな不便な体でこれから過ごすことへの抵抗感はあった。

 それも余呉さんの話では、江戸時代から生きている人もいるという。

 そんな想像を絶するほど長い時間を、男を捨てて生きていかなければいけない。

 途方も無いというのが、俺の素直な感想だった。

 ろくに食事も取れずに、俺はひたすら出口のない自問自答を続けていた。

 いや、出口なら見えている、ただ見たくないだけだ。それが分かってしまえば更なる自己嫌悪に陥る。

 

「とりあえず、鍋を分けて明日の朝食にも回すから、無理して食べちゃダメよ」

 

 母親……おふくろの忠告が身にしみる。

 

「ああ、分かってる」

 

「それから、今朝言ってた余呉さんからの手紙、後で部屋に持って来るから必ず読んでね」

 

「うん」

 

 結局、食事を早めに切り上げた俺は、さっさと自分の部屋に戻り、またサッカー関連のネット記事を見ることにした。

 試合だけではなく、何らかのサッカーを見ることで、現実逃避ができる気がした。

 もちろん、これが先伸ばしによる更なる状況の悪化であることは俺も気付いていた。

 余呉さんが言っていたように、現実から逃げたところで状況はよくならないし、男に戻るだなんて言ったら自殺だと、そう言う可能性も十分にあるくらい、自分が危険な状況だという認識から目を背けていいはずはない。

 それでも、やはり逃げたいと思う。

 もしかしたらこれは夢で、明日には普通に「塩津悟」としての人生が続いているかもしれねえから。

 余呉さんからの手紙は、結局あまり真剣に読まずじまいだった。どっちにしても、協会の人に反対されることは目に見えているから、相談しないで物事を進めてしまったほうがいいと、俺も判断したからだ。

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