永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
朝食の時間、内容は昨日と同じバイキング。もちろんメニューは違う。
私はシンプルに御飯と味噌汁と鮭とほうれん草という、いかにもステレオタイプな日本の朝食になっていた。
……といっても、朝に出されるものは似たり寄ったりなので、桂子ちゃんや虎姫ちゃんも同じような食材だった。
「いただきます」
一番最初に選び終わった私から食べ始める。このあたり迷いやすい他の女の子に比べると即断即決が出来る。これもあたしの中にある「男」の残滓だ。
でも、私が一番食べるのが遅いため、うまく時間調整が出来るのだ。
「いただきまーす」
桂子ちゃんと虎姫ちゃんも帰ってきた。
「それでさー、桂子ちゃんもあたしくらい髪を長くするといいんじゃない?」
「うーん、流石に手入れが大変だからねえ……」
桂子ちゃんはツーサイドアップだけど、髪を下ろしてロングにしても可愛いと思うんだ。
「でもさ、優子ちゃんもツインテールが似合うんじゃない?」
「うーん……」
ツインテールのあたしを想像する。
「うーん、あたしは今より似合わないと思うなあ……」
「そう?」
「うん、切っちゃうのはダメだけどやっぱりストレートロングがいいと思うのよ。私、気が強くないし」
「ふむふむ……」
「ツインテールの石山かあ、なあ篠原、どう思う?」
「……優子ちゃんの言う通り、今より似合わないと思う」
「うんうん……ってお前いつの間にそんな呼び方するようになったのか!?」
「え!? ああいや……その……」
「まあ、可愛いしなあ。女子のみんなも名前呼びだし……いいんじゃねえの?」
「お……おう……」
桂子ちゃんと虎姫ちゃんは気付いていないけど、私のことで高月くんと篠原くんが何かを話している。
そう言えば、教頭先生に署名を渡した時も、篠原くん「優子ちゃん」って言ってたっけ?
今まで男扱いしてた人から「優子ちゃん」って言われると、やっぱり嬉しいなあ。
私達が朝食を食べていたのは終わりの方だったので、桂子ちゃんと虎姫ちゃんは先に部屋へ。
そして私と篠原くんは昨日と同じように、食事券のチェックをする。
こちらも、昨日と同様、ほぼ問題なく終了した。
やはりみんなそれぞれ効率化していて、昨日よりも明らかに作業が早くなっていた。
私は……身体能力上難しいかもしれない。でも篠原くんも助けてくれるし大丈夫だと思いたい。
部屋に戻り、桂子ちゃん、虎姫ちゃんと共に思い思いの休息を取っていると、永原先生から「そろそろ出発する」との声がかかった。永原先生、各部屋に声をかけるんだから大変だよなあ……
登山は4組に分かれて行う。
これはもちろんクラスごとに梯団に分かれるという意味だが、列としては長い。私たちはくじ引きで一番後ろの列になった。
永原先生が全体に向けて登山における注意点を述べる。
道中はぬかるみ等もあるため足元には十分注意すること。
気分が悪いなどあったらすぐに先生や実行委員の人に知らせること。
道を外れたりはしないこと。この後15分準備をするのでトイレは先に済ませておくこと。1階のフロントにトイレがあるのでそこを使うこと。
などなど、まあ基本的なことだが、忘れると大変なことになるものばかりだ。私も気を付けないと。
「よし、それじゃあ出発するぞ!」
3組の担任の先生の号令のもと、第一列の3組が出発する。続いて1組、4組も出発する。そして2組の番になる。
「はーい出発しますよー」
2組の男女が2列になって一斉に歩く。先頭に永原先生、真ん中に篠原くん、そして最後尾が私だ。
最初は登山道に向けての緩やかな階段が続く。ちょうど10段で踊り場になっている。10段、20段……50段……58段で終わる。
「ふう……」
永原先生がゆっくり歩いてくれているので私もまだ息は切れない。
三叉路を左に曲がると、いよいよ本格的な登山道に入る。
緩やかな上り坂が続く、時折ぬかるみや出っ張った木があって永原先生が注意を促し、篠原くんを介して伝言する。
私は一番下から、コース逸脱者がいないか見張る。これは篠原くんと二人の作業だ。
「倒木があるぞー気を付けろー!」
「倒木があります、気を付けてー!」
「ぬかるみだ、注意しろ!」
「ぬかるみに注意して!」
ここからだと永原先生の声ははっきりとは聞き取れないが、篠原くんが仲介してくれることで聞くことができる。
「はぁ……はぁ……」
30分ほどして、中間休憩所まで残り30分、徐々に足が痛み始めた。他のクラスの子たちはまだ涼しい顔をしている。
少しずつだが、傾斜がきつくなってきた。でも、あと半分、頑張れば10分休憩がある。
「ああ……待って……! 永原先生、ゆっくり……!」
しかし、声が小さすぎて前に伝わっていない。
「木の枝に注意して!」
「……」
「い、石山! 木の枝!」
「あ、木の枝に注意して!」
最後尾が離れていく。足が……ついていけない……!
「先生ストップ! 石山が出遅れてる!」
出遅れに気付いた篠原くんが声をかける。
「はぁ……はぁ……ありがとう……篠原くん……ふう……」
永原先生が止まる。
皆が私を見る。息を切らしながらなんとか一歩一歩進む。
永原先生と篠原くんが私の下に来る。
「石山さん大丈夫? これ……」
永原先生は酸素ボンベを出してきた。
「あ、すみません……ふう……ふう……」
「石山さん辛い? 下山した方がいいわよ?」
「で、でも……私……」
「実行委員ならサブリーダーに任せればいいから……ほら、誰かに付き添いをお願いして……」
「そ、そんな……私、一人だけ……うっ……」
また、身体能力で皆の足を引っ張ってしまった。
あ、また泣いちゃった……
「先生!」
「どうしたの篠原くん?」
「その……ゆう……石山は……石山は頂上に上りたいと思う!」
「でも、登山はまだ2時間半もあるのよ。まだ6分の1ちょっとしか進んでないわ。それなのにこんな状況じゃ、とても頂上までなんて――」
「俺が……俺がおんぶしていきますから!」
篠原くんが、いかにも勇気を振り絞ったように言う。
「え? 篠原くん、大丈夫なの?」
あたしも、驚きを隠せない。
「ああ、こう見えて優一だった頃の石山に仕返ししたい一心で少し鍛えてたんだ」
そう言えば、あの日も女子とはいえかなり鍛えてる恵美ちゃんを思いっきり退けていたわね。
「篠原くん、ありがとうね」
「お礼はいい。他の組から遅れているから、早く背中に乗ってくれ」
篠原くんが前かがみになる。
「うん、じゃあ……」
私は恐る恐る篠原くんの大きな背中に乗る。
「よっと……!」
篠原くんの腕が膝を支えてくれる。私も肩に腕を付ける。胸がちょっと背中に当たる。
「あっ……あっ……」
「篠原くん、どうしたの?」
「な、何でもない……」
篠原くんが歩き始める。まあ、胸が当たったら興奮するの当然だよね?
「じゃあ、実行委員の方はサブの方に回すから」
永原先生がそう連絡すると、桂子ちゃんと恵美ちゃんが私達と同じ役割をしてくれた。
他の組とは少し引き離されたけど、永原先生が少しペースを上げて帳尻を合わせる。
「ふう……ふう……」
篠原くんは息の一つ乱さずに私をおんぶしながら登る。バランス感覚だって大変なはずなのに、男の子ってすごいなあ……
私もちょっと前まではその仲間だったけど、女の子としての生活を続けるうちに、男だった感覚がなくなっていっているのを感じる。
そして、ややきつい傾斜になって、最初の休憩所に到着した。
「よっと、降りられるか?」
「うん、大丈夫」
「事前に知っているとは思うが、次の1時間が一番きついところだ。遠慮せずに体を預けな」
「う……うん……」
篠原くんは相変わらず顔をそらしながら答える。でも私も、ちょっと彼を直視できない。
「おい篠原! お前顔が赤いぞ!」
「だってよ高月……そんなこと言ったって!」
「言ったって?」
「背中に……む、胸があた、当たって……」
「ああーそうだよなー、それじゃあしょうがないわな。くそー羨ましいぜ。俺もお前みたいに鍛えとけばなあー」
「ははは、羨ましいか? しかし、後の祭りだぞ高月! それに俺は実行委員だからな。同じ実行委員が困ってるのを助けるのは当然だろ?」
「うぐぐぐぐ」
「優子ちゃん、あっちで話題になってるね」
桂子ちゃんが男子の会話を聞いて、あたしに話しかけてくる。
「う、うん。これで篠原くんもあたしにアレルギーがなくなってくれるといいんだけど」
「でもさ、優子ちゃんもちょっと赤いかもね」
「え!? そ、そうかな?」
「ふふ、そんな気がするだけ」
「変な桂子ちゃん……」
ともあれ、しばらく休む。篠原くんはこの次もおぶってくれるということなので飴をなめる程度の軽い休憩にとどめておく。
「――いえ、大丈夫です」
「まあそう言わずにさ……」
あれ? あれは添乗員の野洲さんと篠原くんだ。何を話してるんだろ?
「実行委員は俺だ! 石山は、俺が責任を持つんだ!」
「ちっ……分かったよ……」
あたしがどうかしたんだろ? なんか険悪な雰囲気だけど……
……うーん……まーいっか、考えても答えは出ないし、聞くのもちょっと気が引けるし。気にしないようにしよう。
ともあれ、登山は再開された。私と、私をおんぶしてくれる篠原くんは、列の最後尾から最前列に移動し、永原先生が監督することになった。
篠原くんの背中の上で、なるべく負担にならないように肩にかける手の力を抜き、また胸もなるべく当たらないようにする。
……と言っても完全には無理だけど。
篠原くんは息を切らさずに登りきる。どちらかと言うと別の理由で息が荒くなってる気もする。桂子ちゃんと恵美ちゃんが私達の代役を務めてくれている。
「それにしても、篠原君は両手に花ならぬ背中に花よねえ……」
「ちょ、ちょっと先生!」
「あらあらごめんなさい」
永原先生が篠原くんをからかっている。
「さ、ここからが一番きついところよ」
「ふう、ようやく本領発揮できるか」
ふと、篠原くんの肩の横から前を見ると、九十九折(つづらおり)になった山道が続いている。前方には先行している組の生徒たちが折り重なるように登っているのが見えた。
これは傾斜を緩和する工夫のはずだけど、それでもかなり傾斜が厳しい気がする。
永原先生が左に舵を切り、私たちも続く。桂子ちゃんと恵美ちゃんが左に曲がると注意喚起している。
そして右に切り返す。下を見ると、その様子が見える。
一番苦しいところのはずなのに、篠原くんは弱音の一つ吐かないであたしを運んでくれている。
「ふう……」
時折、篠原くんが息を吐くことがある。
疲れているのか、背中に胸が少し当たっているのを落ち着けるためなのかは分からない。
でも篠原くんは全くペースを落とさず、九十九折を登っていく。
前回の休憩から50分ほど経って、第二の休憩所に到着した。
ここでもやはり15分休憩、篠原くんは「全く疲れていない」と言っていた。今は彼を信じるしかない。
「ねえ篠原くん」
「ん?」
まずい、篠原くんを直視できない……
でもちょっとだけ勇気を出して振り向く。うん、大丈夫。冷静になった。
「これ……」
「え?」
私は、ゲームコーナーで取ったぶどう味の飴玉を一つ、篠原くんに渡した。
「あ、ありがとう。ぶどう味……うん!」
篠原くんは、その場で袋を破って飴玉を口に含み、舐め始める。
相変わらず顔はこっちに向いてくれない。
でも、私もちょっとだけ顔をそらすようになっちゃったし、おあいこ……だよね?
休憩では一杯だけ水を飲む。おんぶされているとは言え篠原くんに配慮して胸をなるべく当てないようにしたりしてちょっと体力を使うからだ。
私は桂子ちゃんと雑談していたが、篠原くんが急に近付いてきた。
「どうしたの?」
「あ、いや……ちょっとな……」
篠原くんは明後日の方向を見つめる。添乗員さんが急に視線をそらしたような?
何か警戒している様子だけど、私にはよく分からない。
「さあ、あと少し、ここからは山頂まではそこまできつくないわ。出発よー!」
永原先生の号令で出発する、女子を中心に、だんだんと疲れを隠せない人も出てきた。桂子ちゃんはどこから拾ってきたのか、木の杖を持っている。
でも、あの時の私ほどに息が切れてる女子はいない。女子でさえ、私が登った約4倍の時間登山してようやく疲れ始めるということ。改めて、私の弱さを思い知る。
本当に、女の子でよかった。男の頃は体力あった方だけど……
一歩一歩、前に進む篠原くんに身体を預ける。永原先生の言葉の通り、傾斜は先程より緩い。
ふと上を見上げる。山頂が見えてきた。先頭集団が見え、もうすぐそこだということが分かり、周囲もその話をしている。
「な、なあ石山……」
「ん?」
「こっからは、自分の足で、歩いてくれるか?」
「え?」
「やっぱりさ、最後くらい、自分の足で山頂を踏めたって思えてくれれば、いい思い出になるんじゃねえかって……」
「篠原くん……」
私は最初の30分を歩いただけ、休憩時間を除いても、既にもう2時間は篠原くんにおんぶされている。
最後くらい、自分の力で登れれば、達成感を味わえる。そんな彼の配慮が見て取れた。
「うん、分かった。下ろしてくれる?」
「石山さん!? あと少しと言っても、空気も薄いですよ!」
「永原先生、お願い。ちょっとだけ、わがまま聞いてくれる? ほんのちょっとだけ、自信をつけたいの」
「……分かりました」
私は篠原くんに下ろしてもらい、自分の足で歩く。
長く休憩した後だったのもあって、他の人よりは快調に歩き始める。
「残り20分位ですよー」
「残り20分です!」
「残り20分くらいだぜ!」
永原先生の声が聞こえる。
私と篠原くんの代役の桂子ちゃんと恵美ちゃんが声を張り上げる。
桂子ちゃんはやや疲れ気味だ。
「ふぅ……ふぅ……」
「石山さん、大丈夫? 息が上がってるわよ」
永原先生が心配そうに声をかける。
「大丈夫です……んっ……」
水筒を取り出し、水を飲む。まだ殆ど飲んでいない。
「これ、持って?」
さっき吸わせてもらった酸素ボンベ。とりあえず持っておく。
「はぁ……はぁ……すーすー」
山の空気の薄さによる息苦しさも、酸素ボンベでだいぶ薄れてきた。まだそんなの必要じゃないはずなのに、やっぱり私は弱い子だ。
でも、もう弱くてもいいんだ。皆に支えられて、私も頂上まで行ける。
倒木に引っかかりそうになった時に永原先生が支えてくれた、永原先生が酸素ボンベをくれた。
篠原くんがおんぶしてくれた。
でも最後は自分の足で、歩く。少しずつ、登る。頂上まであと少し。
それでも、ペースは急激に遅くなり、後ろのクラスメイトたちに徐々に抜かれていく。
一人、また一人……でもその度に声援をくれる。
「優子、頑張れよ! もうすぐだぜ!」
恵美ちゃんが声を上げる。
「優子さん! 私も疲れてますけど、頂上まで登りきります。頂上で会いましょう!」
龍香ちゃんの声援の声。
「優子、あんたは強いわよ。抜かれても弱音を吐かないんだもの」
虎姫ちゃんの私を信じての言葉。
「石山、頑張れよ……お前が一生懸命な所は、可愛いからな」
高月くんが応援してくれている。
「優子さん、大丈夫ですよ。あと少しです。私も疲れているけど……頑張りますから」
さくらちゃん……
上を見ると、既に2組でも先頭の永原先生がゴールしていた。
「ふう……ふう、ふう……」
「優子ちゃん、あと一歩だよ!」
桂子ちゃんが声をかける、止まって前を見ると確かにあと一歩だ。
「到着!」
あたしと、あたしのために待ってくれた桂子ちゃんが最後にゴールする。
「よくやったな! 優子!」
恵美ちゃんの声だ。
「でも、あたし、篠原くんにずっと――」
「確かにそうだったかも知れねえ。でも、優子はそれでいいんだ」
「う、うんそうだよね……」
そうだった。
力が必要な時、男の子に頼ってもいいって。そう決めたじゃない、優子!
山頂から眺める景色、これをみんなと一緒に見たい。
もしかしたら、登山家の中には私のことを「この景色を見る資格はない」って言う人も言うかもしれない。
でも、私はクラスのみんなと一緒に見たかったから。私が欠けたら、多分他のクラスのみんなは、脱落したあたしを残念に思いながら、この景色を見るから。
だから、篠原くんも、他のみんなも助けてくれたんだ。
……32人もいるんだもの、もしかしたらあたしのことを登山する人として失格と思っている人もいるかもしれない。
でもみんなで見る景色だから、そうした思いはみんな吹き飛んでいる。私は登山家じゃないもの。
クラスのみんな、永原先生の笑顔で、私はそう確信できた。
頂上の滞在は1時間ほどで、予め先行していた体育の先生とバスの運転士さんたちが運んだお弁当を食べる事になっていた。
シンプルな唐揚げ弁当だが、量は私にはちょっと多い。
食べ切れるか不安だったけど、私は不思議と箸が進んだ。もちろん完食できた。