永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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大学へ戻った日 後編

「で、塩津さん」

 

「はい」

 

 部活のウォーミングアップが終わると、部長さんが話しかけてきた。

 

「その、TS病について何だが、治る見込みはあるんです?」

 

 やはり、その質問をしてきた。

 

「あーいや、その……お医者さんと、TS病の人曰く、『男には絶対に戻れない』とのことでした」

 

「分かりました……んー、そうすると……どうしたものか……」

 

 やはり、部長さんも困っている様子だった。

 しかも余呉さんからは、単に戻れないというだけに及ばず、「戻ろうとすれば精神をすり減らし、待っているのは自殺」とまで言われている。

 余呉さんも口ぶりからして120歳は優に越えているだろうから、TS病患者が珍しいといっても、相応に事例は見てきたはずだ。

 だけど、珍しい病気ということは、サンプルが少ない可能性だって十分にある。

 

「ともかく、今はなるべく外見にとらわれず、これまで通り接するように通達しますね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 部長さんも他の部員も、みんな俺のことを好奇の目で見てきた。

 とはいえ、そりゃあそうだろう。

 今は努めて地味で魅力無いように振る舞っているが、その気になればものすごいかわいらしい女の子にだってなれるはずで、それはつまり、男っぽく振る舞うのがそれだけ難しいということだった。

 女の子らしく振る舞うほうが遥かに楽、というのは事実だ。実際、男だった頃の知識から、男に受けるように、女の子らしくすることは恐らく生まれつきの女の子に比べてはるかに容易い。

 だからこそ、余呉さんはそういったアドバイスをしたんだと思うし、でも実際にそれをやったら一気に奈落の底に叩き落される、そんな気がしたのもまた事実だった。

 

「でも、やらねばな」

 

 俺の呟きは、誰にも聞こえなかった。

 他のみんなは、俺のことから一旦目を逸らし、サッカーのための準備運動をし始めた。

 柔軟体操の様子をじっくりと見学する。今の俺でも、もしかしたらこれだけはできるかもしれない。

 だけど、怪我防止のための柔軟体操が終われば、次にするウォーミングアップにはついていけないだろう。

 さて、準備体操・柔軟体操が終われば次にウォーミングアップ、走ったり軽くパス回しをしたりして体の感覚を取り戻していくことになる。

 どっちにしても、サッカーの生命線である「足」を使う。パスで蹴る力を

 今日は、まず軽く走ることで、足を慣らす運動から始めることになっていた。

 

 

「なあ塩津、試しに走って見てよ」

 

 ただボーッと眺めていたら、大谷が近付いて俺に注文をつけてきた。

 

「あーうん、分かった」

 

 確かに現状の俺の身体能力を知るためにも、これはいい機会だ。

 そう思い、俺は立ち上がった。

 

「おー」

 

 俺が走るともなると、やはりみんな注目している。

 というか、胸に視線行きすぎだろ。

 無理もないとは思うけど。

 

 ともあれ、俺はみんなと同じ場所の列に行き、一斉に走るのを再開した。

 くそー胸が痛てえ……!!!

 

「んー!」

 

  タッタッタ……

 

「はぁ……はぁ……あれ?」

 

 胸が擦れて痛いという以上に、全然スピード感がない。軽く走っているはずのサークル仲間の集団から、あっという間に引き離されてしまう。

 瞬発力以上にもっと驚くのはそのスタミナのなさで、ピッチの端から端まで、横の長さを走っただけで息が上がってしまった。

 

「うー、はぁ……はぁ……」

 

「おいおいおい……」

 

 ピッチに倒れ込んで息をする。

 塩津悟とはかけ離れた、あまりの体力の無さに、周囲の男達もあっけにとられてしまっていたのだ。

 何よりも悔しかった。体力自慢だったこの俺は、何とピッチの横一列も走れなくなっていた。

 こんなんじゃ前後半45分あるサッカーなんて望むべくもない。

 

「うー、全然、全然ダメだ……」

 

 女子の体に慣れていないから、何て言う言い訳は当然通用しない。

 というか、仮に慣れたところで、大学生男子に追い付けるような日は絶対に来ないことは重々承知だった。

 いや、それを差し引いたって、これはひどい……それが俺の感想だったし、サークル仲間も、みんな同じことを思っていたようである。

 

 

 さて、ある日突然女の子になってしまった元男というと、周囲は当然好奇の目で見るわけだけど、「胸触らせて」などといったセクハラは一切無かった。

 特に今は変わったばかりだし、そういったことがあると別の意味で嫌な気分になりそうだ。

 ひとまず今日はほぼ見学だけで、柔軟体操をしたり、一応全力疾走をしてみたものの、胸が擦れて余りにも痛く、すぐにやめてしまった他、周囲からも「女性相応」「いや、女性だとしてもちょっとまずい」などと言われてしまった。

 それは、俺にとって、「もう二度と彼らと同じピッチには立てない」という意味でもあった。

 女性の体では、例えどれほどの天才であったとしても、高校生に勝つことは至難の業だから、大学生のサークルで男に混じるなんて無謀もいい所だ。

 

「身体能力が下がってるのは覚悟してたけど、まさかこれほどとはなあ……」

 

 帰り道、手原と大谷が俺にそう話す。

 やはり、急激な変化にショックを隠せないようだ。

 

「うん、女子ってこんなにひ弱だったなんて、思いもしなかったよ」

 

 自分が改めて女子になって、男と女の大きな差を、思い知らされる一日だった。

 

「塩津さ、これからどうするんだ? サークルはやめるのか? 一応女子のサッカーもあるけどよ」

 

 そして勧められたのは、当然女子のサッカーサークルだった。

 

「うーん、俺としてはそっちに混ざるのもなあ……」

 

 一応男(見た目は女の子そのものだけど)の俺が女子に混ざるというのも気が引けるというよりも、1から鍛え直しなことを考えると、女子に混ざっても活躍できないことに変わりないのは分かっていた。

 というよりも、もし女子の中でもダメだったら……と思うとその恐怖感は半端ない。

 男だからこそ、レベルの高い環境でサッカーが出来たわけで、今女の子になって、そこでも活躍できないとなれば、もはやサッカーを恨みかねない。

 ともかく、男子のサークルで全然ダメだったから、活躍できないのは何より怖いのだ。

 

「部長さんがさ、とりあえず『見学はいつでもいい』って言ってたし、場合によってはマネージャーにしてくれるってさ」

 

 部長さんも、当然、突然にして選手生命を絶たれた俺に対して、救済措置を用意してくれていた。

 まあ、ここでポイしたらあまりにも非情というものだ。

 

「うー、マネージャーかあ」

 

 もちろん、これに関しては心からありがたい配慮なのは分かっていたが、それでも「女子の仕事」というイメージがあることを鑑みれば、どこか憂鬱な気分でもある。

 だって男なら、少なくとも今の俺ほどにひどい動きにはならないだろうから。

 部長さんは、なるべくこれまで通り接するようにはしてくれたといっても、性別が変わって、しかもかつての面影は全くないような美少女になってしまった以上、完全に以前と同じ扱いは不可能だった。

 当然そうなれば人間関係も大きく変化するわけで、やはりサッカーがもう出来なくなるのではないかという恐怖は同じだった。

 貧乳女子ならまだしも、ここまで立派に育った胸を持ったら、当然運動することも難しいわけで。

 そんなこんなを感じながら、手原と大谷と共に、いつものように家路についた。

 ここの所だけ以前と変わらなかったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

 

「ただいまー」

 

「悟、お帰りなさい。大丈夫だった?」

 

 帰宅の挨拶をした直後、おふくろが心配そうに話しかけてくる。

 

「兄貴の友達たちは何だって?」

 

 徹も、さすがに気が気でないようだった。

 2人共、すぐに玄関に走っていったから。

 

「あーうん、サッカー仲間の連中は、なるべくこれまで通り接してくれるって。ただ……」

 

 ここまで言って、俺は言葉に詰まってしまう。

 

「もしかして、その体?」

 

 女の子になった以上、当然運動神経が落ちることはみんなも理解している。

 

「ああ、俺の運動神経の低下は致命的だ。もう二度と、手原たちと同じ日々には戻れねえ……」

 

「兄貴……」

 

「悟……」

 

 悲壮感を醸し出した俺におふくろも徹も何も言い返せない。

 サークルの人達と同じようにプレーは出来ない。以前と同じようにサッカーが出来ない。

 俺はもう、みんなと同じラインに立つことは出来ない。

 これはもう、確定事項だった。

 

「お風呂沸いているわよ」

 

 おふくろは、「いつものように」を心がけて、そんな話をしてくれていた。

 

「ああ……」

 

 お風呂場は、鬼門だ。女の体というのを嫌でも思い知らされる。

 俺は、かごにおいてあったパジャマを確認する。

 どれもこれもぶかぶかなのを強引にゴムなどで縛って着ているからとにかく不釣り合いだ。

 

「はぁ……」

 

 お風呂に入るということは、当然服を全て脱がなくてはならない。

 鏡の前に立つ少女は、憂鬱な顔になっていた。

 水色のショートヘアーと、お人形さんのように整った幼めな顔、そしてまるで収穫期の果物のように実りを迎えた丸くて大きな胸、そして下半身の男性とは決定的に違う様子を見なければならない。

 

「俺はもう……男には……」

 

 鏡を見ながら、そんな声が出てしまう。

 ドーピングという方法もある。

 スポーツ選手にはタブーだが、男性ホルモンを注射し、あるいはさまざまな運動能力向上薬を使うことで、髭が濃くなったりするといった男性化と引き換えに圧倒的な記録を作り出すことが可能になっている。

 でも、それで男を取り戻せるわけではない。

 

「はぁ……」

 

 憂鬱な気分で、俺は体を洗ってお風呂に浸かる。

 この体は物凄く繊細で、力を入れすぎないように注意しないといけない。

 こうしたことを見て体験する度に、女として生きるということが、どうしても許容できない。

 女に生まれれば、また違ったのだとは思うけど。

 

 

「悟が生きたいように生きればいいのよ」

 

 だから、おふくろのこの言葉になびいた。

 更に徹が、こうした運動能力向上薬の話を持ちかけてきた。

 もちろん、こんなんで男女差が埋まる訳じゃない。

 現に、ドーピング疑惑の強い、ずっと破られていない陸上競技の世界記録だって、男子から見れば日本の高校生の記録と大差ないからだ。

 それでも、全くやらないよりはマシに見えた。しかも都合のいいことに、俺の体は不老だし、少しくらいの無茶は許される雰囲気があった。

 

 男を取り戻す、どうあがいても不可能だと、余呉さんに口酸っぱく言われたが、それも何だか嘘臭く見えた。

 

「今の時代なら、男女差を埋めることだってそこまでおかしくないわよ」

 

 おふくろのこの言葉には賛成はできなかった。

 それでも、埋めることへの誘惑は、着実に俺を蝕んでいった。

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