永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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希望の光

「なあ塩津、TS病で男に戻れた前例はねえらしいんだ」

 

 手原が、スマホを見ながらそう伝えてくれる。

 手原曰く、TS病の原因やメカニズムは現代医学でも依然未解明だが、生物学的理論でも、「男から女に変わる」よりも「女から男に変わる」方が遥かに難易度が高いことなのだという。

 どちらにしても、男から女は一方通行だという。

 

「実際、TS病は日本人の若い男性の風土病……ああ、固有のものと言って差し支えない病気なんだ」

 

 手原曰く、この病気になった人は人類の歴史上でも1300人程度という極めて稀な病気である上に、その患者の8割を日本人で占めている。

 そして完全性転換症候群ことTS病において、女が男に変わるという事例はない。

 だから奇跡的にまたTS病になる(・・・・・・・・)、何ていうことはあり得ないのだという。

 不老の遺伝子はあるものの、明治初期までは、この病気は「極めて強力な不吉をもたらす」と全世界で恐れられており、発病したものはすぐに殺されていたし、そうでなくても、前近代は衛生環境も治安も悪く、共同体から追い出されれば死に一直線だった。

 そのため、100歳を越えている人は意外と少ないのだという。余呉さんは希少種だ。

 いやそれどころか、現在でも性別が変わる苦悩に耐えられず自殺者が半数以上いることからも、外れ値を考慮しても平均寿命は普通の人よりかなり短いという。

 

「塩津が出会った余呉って人、相当な長命だぜあれ」

 

 大谷は、腕を組ながら話す。

 余呉さんは、俺たちの両親に、俺たち一家全員の年齢全てを足しても全然足りないと言っていた。

 

「その人の言うことが本当だとしたら、最低でも130とか140とかになるよな、でも、今までの人間で一番長生きしたのが122歳の女性って話だし」

 

 おそらく、それはTS病患者は考慮されていないんだろう。

 

「だよなあ……」

 

 ともあれ、余呉さんの振る舞いを見ても、TS病が不老なのは疑いようがない。

 明治初期以前の生まれが全滅していたとしても、そもそも日清戦争の頃から生きていればとっくに122歳をオーバーしているはずだ。

 

「まあ、普通に考えれば、122歳が一番長生きってのが間違いなんだろうな」

 

「うむ、その時と今じゃ価値観も大きく違ってるしな」

 

 手原と大谷の言葉が、俺に深く刻み込まれていく。

 またひとつ、余呉さんの話から目が逸れる。

 自分に都合のいい情報ばかり集めている感覚もどこかであったが、俺は強引にそれを圧し殺した。

 

「あの協会も、長生きの人が多いんだろうな」

 

 だから、今この時代のTS病になったばかりの人の気持ちが分からないんだ。

 手原はそう言いたいのだろう。

 

「なるほどね」

 

 また、俺は余呉さんに不信感を募らせていく。

 つまり、協会とは言うが、あの外見でも実年齢がばばあもばばあだから、古い価値観にばかり凝り固まっているのだろうと。

 ほんの一瞬だけ、「それは論理の飛躍だ」という声が頭に響いた。

 でもそれを、俺は無視した。

 

「まあ、過去の患者も前例がない言われて騙されてただけかもよ。俺たちも、男に戻る方法を探してみるよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 勝算が低いかもしれない。

 勝てるかではなく勝つ。それが俺が好きなサッカーという競技においてとても大切で、ある意味で、これも似たようなものに見えた。

 

「何、俺たちも、今のままじゃ塩津とどう接していいかいまいち分からねえしな……ここまで見た目が変わっちまうと以前のまま接すると言っても難しいんだよどうしても」

 

 手原の言うことも、もっともだった。

 手原たちだって、いきなり性別が変わった俺とどう接するかで困っているに違いない。

 だったら、俺が男に戻り、「あの頃は一時の悪い夢」のような状態になった方がいいに決まっている。

 

「ああ、よし、決心がついたぜ」

 

 もしかしたら、余呉さんはまた怒るかもしれねえ。

 でも、説得すれば、何とか諦めてくれるかもしれない。

 

 いや、これは悪い道かもしれない。

 でも、「認めたくない」ということだった。

 ……「たくない」……かあ、仕方ねえよな。

 

 でも、何もせずに駄々をこねるよりはいい。「やらずに後悔する前にやって後悔しろ」だ。

 

 

 翌日、手原からひとつのニュースが飛び込んできた。

 どうやら、男に戻れないこともないというのだ。

 

「手原、いったいそれってどういうものなんだ?」

 

「ああ、性同一性障害の患者さんの治療に使われる『性別適合手術』ってのがあるらしいぜ」

 

「ほう」

 

 手原が、自慢気にスマホの画面を見せてくれた。

 性同一性障害、つまり心の性別や性自認と身体的な性別との解離で起きる障害、それを埋め合わせるための手術なのだという。

 

「男性ホルモンを注射して、胸を摘出したり、体毛を生やしたり……更には『あれ』も作り出せるらしいぜ」

 

 俺は、手原に希望を見いだした。

 俺はそのことばかり考えるようになった。余呉さんは全力で止めるだろうが、もう関係ねえだろう。

 

 

 あれから、怒濤の数日間が過ぎた、俺のぶかぶか服も大分大学では有名になり、男子学生がTS病になったことも学校中に広まった。

 そんな中での金曜日、余呉さんが家を訪問してきた。

 

「塩津さん、あなたに残された時間も刻一刻と無くなって来ています」

 

 余呉さんの説得は、同じようなものだった。

 性同一性障害に陥る患者が多く、元々この障害は自殺率が高いが、後天的なTS病患者がそれに陥ったまま抜け出せない場合、自殺率は100%になるという。

 

「……あなたは、自分が特別と思っていますか?」

 

「そりゃあ、こんな病気になったくれえだからな」

 

 日本人に多いとはいえ、このTS病が珍しい病気であることだけは確かだ。

 

「違和感は感じないのですか?」

 

 余呉さんは、あくまで冷静な姿勢を崩さない。

 

「何がだ?」

 

「その言葉遣い、自分で言ってて、おかしいと思わないのかしら? 私はどう?」

 

「……」

 

 この声質にこの言葉遣いは、確かに違和感はある。

 だけど、無理にでもこう振る舞わねえと、俺の全てが吹き飛んでいってしまう気がするのだ。

 

「努めてこうしねえと、俺が俺でなくなっちまう。俺という存在が、吹き飛びそうで──」

 

「それは、吹き飛ばさないといけないものよ。今のあなたはまるで猛毒の水銀を不老不死の薬と思い込んでいる始皇帝みたいだわ」

 

 余呉さんが、有無を言わせない勢いで口を挟んできた。

 秦の始皇帝……ずっと遥か昔の人だが、確かに彼は不老不死を追い求めた。

 水銀がそのための薬になるのではと思って服用したが、言うまでもなく水銀は毒性のあるものだ。

 始皇帝が死んでから、秦はまるで坂道を転げ落ちるように滅んでいった。

 

「永遠を望み叶わなかった始皇帝の死と共に、あれだけ長い戦乱を終わらせた秦帝国はすぐに滅んだわ。でもあなた始皇帝とは違うの。何もせず、女性を受け入れて、女として生きていけば、あなたはいつまでも生き続けることができる。もちろん、不老であって不死にはなって無いけども」

 

 俺が必死に男としての矜持を残そうとしているのは、寿命をかえって縮めるということだった。

 余呉さんは、何度でも、「女の世界に来なさい。そこは楽しいよ」と言ってくれている。

 実際、美少女としての人生も魅力だと思う。

 それでも、感情が許さなかった。

 

「俺には、男としての意地がある。あんたも昔男だったなら、譲れねえことがあるって分かるだろ?」

 

 らちがあかないと思い、俺は別の搦め手を試すことにした。

 

「そうね、私も確かに、TS病だからその事は分かるわ。でもね、ダメなのよそれは。禁忌なのよ」

 

 余呉さんは、相変わらず冷静に、しかし鋭く俺の前に立ちはだかってきた。

 

「あの、悟にも、悟としての人生があるんです」

 

 そして、俺が言い返せないでいると、またおふくろが口を挟んできた。

 

「……ええ、確かにこれまでの男性の人生はあるわ。それは私だって同じよ。遠い昔、東京がまだ江戸と呼ばれていたような時代の頃のことでも、決して消えないわ。うちの会長なんて私から見ても想像を絶する時代の記憶を持っているわ、それでも男の記憶・感性は消えないの。でも、女の子として生きていけば分かるわ。女の子として生きる上で、男だった頃の人生はこれ以上無いくらい役に立つわよ」

 

 その話は、以前にも聞いた。

 だけど、そういう問題じゃない。

 

「そういう問題じゃねえんだ。とにかく、男を取り戻さねえことには……」

 

「……塩津さん? あなたが好むと好まざるとに関わらず、今のあなたは女性なのよ。そのためには、女性として生きていくしかないの。あなたはもう、赤ちゃんを産むことができる所まで、女性なのよ。外見だけ男に似せても、無駄よ」

 

 余呉さんはあくまで、無慈悲な宣告を崩さなかった。

 そして、直接名前を出さなかったものの、性別適合手術も、否定していた。

 恐らく、同じようなところに行き着いた人を見てきた経験があるのかもしれない。

 

「俺は……俺は……男として」

 

「ダメよ。私は今日こそはあなたに、女として生きていくことを決めてもらうために来たのよ」

 

「ぐっ……も、もういいです!」

 

 思わず、声を荒げてしまう。

 

「俺の人生だ。あんたが何歳生きたかは分からねえけど、俺にだって……俺にだって今まで積み上げたものがあんだよ!」

 

 意識して乱暴な言葉遣いを心がける。

 女っぽいことは、したくはない。

 

「積み上げたものは崩れないわ。確かにきちんと、残るわ。ただ、その上に積み上げるものが、今のままだと崩れちゃうのよ」

 

 俺がいくら感情的になろうと、余呉さんは、冷静だった。

 

「どうして、どうしてそんなことが言えるんだ! こんな体にされてもう、崩れかけてるっていうのに!」

 

「ふう……仮に崩れたとしても、また積み上げればいいわ。あなたが女の子として生きていけば、これまでよりもずっと高く高く、素晴らしい塔が完成するわ」

 

 余呉さんは、怒りに震える俺に、一切動じなかった。それどころか、哀れみの表情さえ見せていた。

 ただ冷静に、そして母性溢れる優しさの声で、俺の反論を、徹底的に封じ込めてくる。

 むしろ、怒ってくれた方がまだましだった。

 

「俺は、俺には意地があるんだ!」

 

 銃で脅されていたら、もしかしたら従ったかもしれない。

 

「……どうしても、女性としては生きていけないのですか?」

 

「ああ、そういうことだ。あんたは長生きしているから、諦めているだけだ」

 

 余呉さんは、悲しそうな表情をした。

 俺の将来をすべて見透かしたような目付きになる。

 

「私も協会の人間です。あなたが自ら命を絶つまで、面倒を見ましょう。ですが、その日も近いとだけ、言っておきます。お母様」

 

 余呉さんが諦めようという気持ちと、それでも諦めきれないという気持ちが戦っている様子で、椅子から立ち上がると、おふくろに顔を向けた。

 

「はい」

 

「お宅のお子様、相当危機的な状況です。それから、新しい名前、そろそろ考えてくださいね」

 

 それだけ言うと、余呉さんが外に出ていった。

 恐らく、俺が死ぬまで、これが続くのだろう。いや、性別適合手術を受けてくれれば諦めてくれるかもしれない。

 

 

「なあ兄貴」

 

「ん?」

 

 おふくろはあの後、「悟の意思を尊重するわ」と言って家事に戻った。

 そして今、俺は徹の部屋で今後を相談することにした。

 兄弟2人で相談することも大事だ。

 

「兄貴は、それでいいのか? 女としては、生きられないと」

 

「ああ、やっぱり、サッカーできねえのは、辛いし」

 

 もちろん手術を受けたとして、どこまでプレーできるかは未知数だが。

 

「でもよ、そんな体からどうやって男に戻るんだ!?」

 

 徹は、当然その事を疑問に感じている。

 

「へへん、手原の奴がいいものを調べてきてくれたんだ」

 

 俺は、徹に手原が教えてくれたスマートフォンの画面を見せる。

 そこには、「性別適合手術」の画面だった。

 

「へえ、こんな手術があんだな」

 

 ご丁寧に、この手術を受けた人の「before and after」まである。

 これを見たら、同一人物だなんて思いもしないことだろう。

 

「すっげえなーこれ。じゃあ兄貴も、元の姿に?」

 

「ああ、多分な。生命保険の対象にはなるし、幸い俺が悟の時代の写真を見せれば大丈夫だろ」

 

 まず胸を切除しホルモンを男にし、更には「生やす」作業を行うことになる。

 そして顔を整形してしまえば完成だ。

 

「なるほどな。完全に元通りとはいかねえだろうけど、少なくとも女の子の格好よりはましか」

 

 徹の視線が、胸にいく。

 大学で地味にうざかったのが、この男どもの胸への凝視だった。

 いくら隠そうとしても無駄なくらい、大抵の女より膨らんだそれはうざったくてたまらないものだった。

 まあ、俺も男だから、気持ちが分かっちゃうのが素直に怒れねえところだ。

 この手術を受ければ、そういうのともおさらばできるってわけだ。

 

「なるほどねえ、お父さんたちには?」

 

「まだ話してねえ。いい病院を見つけて、それで相談しようと思う。悪いが秘密にしてくれよな」

 

「ああ、兄と弟の約束だ」

 

 徹は、俺が女の体になってから、随分と温厚になった。

 まあ、気を使ってはくれているんだろうが、以前のように喧嘩もするけどもう少し開放的な感じがいいとも思い始めていた。

 きっと、俺が男に戻ればそういう関係に戻れるはずだ。

 

 

「2人ともーご飯よー!」

 

「「はーい!」」

 

 手術に関する調べものの途中、俺たちは親にも内緒で、性別適合手術の下調べに取りかかることにした。

 

「悟、次のカウンセリングだけど」

 

「いやもういい。会いたくねえんだ」

 

 もう、余呉さんに会うことはねえな。

 

「悟……」

 

 俺は、敢えて退路を絶つことにした。

 何、成功すれば、きっと余呉さんも認めてくれるだろうよ。

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