永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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運命の訪問者

「なあ兄貴」

 

「ん?」

 

 おふくろはあの後、「悟の意思を尊重するわ」と言って家事に戻った。

 そして今、俺は徹の部屋で今後を相談することにした。

 

「兄貴は、それでいいのか? 女としては、生きられないと」

 

 徹が、もう一度確認する。

 

「ああ、やっぱり、サッカーできねえのは、辛いし」

 

 女として生きていくことに興味がないわけじゃない。

 だけど、大変なことは分かっている。

 

「でも、どうやって男に戻るんだ!?」

 

 徹は、当然その事を疑問に感じている。

 

「へへん、手原の奴がいいものを調べてきてくれたんだ」

 

 俺は、徹にスマートフォンの画面を見せる。

 そこには、「性別適合手術」の画面だった。

 

「へえ、こんな手術があんだな」

 

 ご丁寧に、この手術を受けた人の「before and after」まである。

 これを見たら、同一人物だなんて思いもしないことだろう。

 

「すっげえなーこれ。じゃあ兄貴も、元の姿に?」

 

 徹も、この手術について食い入るように見つめている。

 

「ああ、多分な。生命保険の対象にはなるし、幸い俺が悟の時代の写真を見せれば大丈夫だろ」

 

 まず胸を切除しホルモンを男にし、更には「生やす」作業を行うことになる。

 そして顔を元の「悟」の姿に整形してしまえば完成だ。

 

「なるほどな。完全に元通りとはいかねえだろうけど、少なくとも女の子の格好よりはましか」

 

 徹の視線が、胸にいく。

 大学で地味にうざかったのが、この男どもの胸への凝視だった。

 まあ、俺も男だから、気持ちが分かっちゃうのが素直に怒れねえところだ。

 この手術を受ければ、そういうのともおさらばできるってわけだ。

 

「なるほどねえ、お父さんたちには?」

 

「まだ話してねえ。先にいい病院を見つけて、それで相談しようと思う。悪いが秘密にしてくれよな」

 

 もし余呉さんに漏れたら、絶対に妨害されるだろうし。

 

「ああ、兄と弟の約束だ」

 

 徹は、俺が女になってから、随分と温厚になった。

 まあ、気を使ってはくれているんだろうが、以前のように喧嘩もするけどもう少し開放的な感じがいいとも思い始めていた。

 

 

「2人ともーご飯よー!」

 

「「はーい!」」

 

 手術に関する調べものの途中、俺たちは親にも内緒で、性別適合手術の下調べに取りかかることにした。

 

「悟、次のカウンセリングだけど」

 

「いやもういい。会いたくねえんだ」

 

 もう、余呉さんに会うことはねえな。

 少しでもこの計画について悟られたら厄介だし。

 

「悟……」

 

 俺は、敢えて退路を絶つことにした。

 何、成功すれば、きっと余呉さんも認めてくれるだろうよ。

 

 

「ねえ悟」

 

「何だ?」

 

 翌日土曜日、おふくろが神妙な面持ちで話しかけてきた。

 

「今協会から電話がかかってきたわ。余呉さん、カウンセラーを降りることになったって」

 

「へえ、もう協会には興味ねえよ」

 

 そう言いつつも、内心では「いい気味だ」と思わなくもない。

 

「悟、悟の気持ちも分かるけど、同じ境遇の人は貴重よ。だから話だけでも──」

 

「いいつってんの!」

 

 俺はおふくろにも、当たってしまった。

 恐らく形だけでも支援を受けたほうがいいと考えているのだろう。

 それじゃダメだ。

 

「でも、今度の人は関東から来るらしいから──」

 

「会わねえよ。どうせ同じこと言われるだけだ」

 

 俺は、機嫌が悪くなる。

 しかも関東から来るって、どんな人かはわからないが余呉さんよりたち悪い可能性だってある。

 部屋にあったノートパソコンを起動し、この近くにある性別適合手術のできる病院を探す。

 幸い、戸籍は男のままで、また名前も変わっていない。

 そのため、あれこれ面倒な手続きも少しは簡略化しそうだ。

 

「さて、問題は病院だよなあ……」

 

 これが意外と少ない。

 もちろん、性同一性障害の診断などは、今の俺には余裕なはずだけど、協会が医学界に根回しして、TS病患者に受けさせねえようにしていたアウトだ。

 いや、あの人達も馬鹿ではない、いや、人生経験を考えれば、並の大人なんかよりも遥かに謀略家だから、有名な病院には協会の手が回っていると考えるのが自然か。

 でも、それの従うお医者さんばかりとも限らない。

 根気強く根回ししていれば、いつか光明が見えるはずだ。

 

「うーむ、この病院は……ふむふむ」

 

 今の俺は19歳で、「成人」という問題がある。

 それでも、TS病なら、もしかしたら特例を引き出せるかもしれねえし、そうじゃなくても来年まで待てばいいだけだ。

 

「よし」

 

 ともかく明日、病院に電話してみるか。

 協会に計画が漏れる前に、ケリを付けねえと。

 そのためには、どの順番で電話するかも大事だろう。

 

 

「ん……」

 

 ゆっくりと意識を回復する。

 俺が女の体にされ、8日目になった。

 

「うー」

 

 悪夢のような日々だった。

 確かに、この女の子はかわいいし胸も大きいし、多分その気になればものすごくモテると思う。

 でも、それは俺の望むことじゃねえ。

 日曜日特有の「寝溜め」により、起床時間は午前11時、台所に降りるとおふくろが昼食を作ってくれていた。

 

「悟、今日協会の新しいカウンセラーさんが来るわ」

 

「んっ……!」

 

 また、この話題だった。

 もう、会いたくねえのに。

 

「会いたく……ねえ」

 

「気持ちは分かるわ。でも、相手に諦めさせるためにも──」

 

「いい! 俺は、俺はもう、あいつらの言葉なんか聞きたくねえ!!!」

 

 おふくろは、あくまで協会の人を説得させるべきという姿勢だ。

 だけど俺も我慢はできない。

 昼食を持ち、部屋へと戻り、1人で食べる。

 そして、食べながらノートパソコンの画面に集中する。

 そこには、無事に変身を果たして、本来の姿を取り戻せたことに喜びを見いだす書き込みで溢れていた。

 

「やっぱ、これだよな」

 

 昼食を食べ終え、変身後の男性の姿形を選ぶコーナーを見る。

 医療費は高いけど、幸いうちは奨学金を払っていない。

 だから、これくらいなら出世払いでもいいだろう。

 男に戻った日々を、今からよくイメージトレーニングしておく。

 

「おっ!」

 

 ふむふむ、大きさも選べるのか。

 

 従来のやり方では、あのサイズがかなり小さいらしい。

 もちろん、そんなのは男の尊厳にか変わるので、なるべく大きいプランを選びたいと思う。

 さてそうすると──

 

「悟ー! カウンセラーの人、新しい人が来たわよー!」

 

「何だよ! 会いたくねえつってんだろ!」

 

 調べ物をしていたら、突然、水を差すおふくろの言葉が耳に入る。

 俺はもう、協会には返答もせず無視することにした。

 床下の動きを聞くに、どうやら向こうは複数人で押し寄せてきたらしい。

 ……全く、いい迷惑だ。

 

 気が散った俺は、性別適合手術の画面を消して、気晴らしにサッカー関連のニュースを見ることにした。

 階下では、徹やおふくろ、それに親父が話している様子が聞こえた。

 

「どうやらどうしても会いたいくないようです。お引き取り願いますか?」

 

「仕方ありませんね。行きましょうか、会長、浩介くん」

 

 とうとう、おふくろも諦めてくれたようだ。

 

「そうですね」

 

「ああ」

 

  トントントン

 

 どうやら、協会の人も諦めてくれたようだぜ。

 関東から来たのに追い返されるのは気の毒だが、まあ、俺の知ったことじゃねえな。

 

「悟ー! 会の人はとりあえず帰ったわ! おやつを出すから開けてちょうだい!」

 

「おうわかったぜ」

 

 俺は、安堵の表情でドアの取っ手に手をかけて手前に引こうとした。

 

「今です!」

 

「「突撃!」」

 

 突然、「バアン」という音と共に、人が雪崩れ込んできた。

 

「う、うわっ!」

 

 俺は押された咄嗟にそのまま激しく後ろに後退する。

 

「な、はめやがったな! この野郎!」

 

 両親、徹、そして知らない男1人と女が2人いた。

 騙されたことはすぐに分かった。

 

「あなたが塩津悟さんですね」

 

「この……帰れ!」

 

「そういうわけにも行きません。私は日本性転換症候群協会からあなたの担当カウンセラーとして派遣されているのよ」

 

 俺を遥かに上回る巨乳の少女が冷静に話す。

 ただでさえ騙されていたところに、それは俺をイラつかせるには十分だった。

 

「余計なお世話だ! 俺はこれから性別適合手術で男を取り戻すんだ!」

 

 怒りに任せ、俺は徹との秘密をばらしてしまった。

 もう知ったことか。

 

「……塩津さん、その手術を受けたTS病患者が3年以内に死ぬ確率は100%ですよ」

 

 この女の言動も、余呉さんと同じだった。

 

「うるせえ、過去のことなんかどうでもいい!」

 

 なるべく、大きな声を出す。

 

「まがい物の体を手に入れてどうする気かしら? そんなことをしても、性染色体はXXのままよ」

 

 もう一人の、余呉さんほどではないが小柄な美少女が挑発的に話す。

 俺はますます怒りで震える。

 

「なっ……お前らには、関係ねえだろ!?」

 

 新しいカウンセラーの少女も、そして一番小柄で一番年下と思しき少女も、協会の人間は結局全員余呉さんと同じだった。

 

「石山さんはともかく、私は日本性転換症候群協会の会長として、130年以上TS病の患者を見てきたのよ。塩津さんはどうして女の子として生きていくことを嫌がるの?」

 

 いや、その小柄な少女は、どうやら一番年上で、しかも会長という重職まで出てきたらしい。

 

「だって、俺は……俺は男だからだ!」

 

 そんなに俺が気に入らねえか!

 

「いいえ、あなたは女よ」

 

 また、最初のおっぱいの大きな少女が言う。

 

「っ! それは……だって……」

 

「お姉ちゃん、諦めてくれ。もう、お姉ちゃんは戻れないんだ」

 

 一瞬、耳を疑った。

 徹が俺のことを「お姉ちゃん」と呼んだのだった。

 

「っ! おい徹! こいつらに、何を吹き込まれたんだ!?」

 

「『幸子』、そうよ……今日からあなたは幸子よ」

 

 しかし、徹の次におふくろが発した言葉はもっと耳を疑うものだった。

 

「なっ……俺は悟だ! 幸子って誰だよ!?」

 

 おふくろと徹が、この小柄で胸の大きい少女と、物凄く胸の大きな少女に脅されたのは間違いねえ。

 

「あら、幸せな子で幸子、とってもいい名前じゃない。でも今のあなたの態度じゃ幸せな子にはなれないわよ」

 

 美少女が、哀れむような目付きで俺を見つめる。

 俺は侮蔑にしか感じ取れなかった。

 

「っこの、てめえ大きなお世話だって言ってんだろ!」

 

「こら幸子! お前のためを思ってみんな言ってんだぞ!」

 

 そしてやはり、父親も籠絡されていた。

 

「親父まで……! この野郎……! てめえ!」

 

 俺は我慢できず、この女に向けて拳を振り上げる。

 

「っ!」

 

「おいこらっ!」

 

 しかし、側にいた男に拳を素手で取られると、そのまま押し倒されて尻餅をついてしまう。

 さっきまで一言も話していなかったが、おそらく用心棒か。

 

「なっ! てめっ!」

 

 俺は怒りに任せてその男に向かっていく。

 

「俺の優子ちゃんに手を出すんじゃねえぞ!」

 

「このおっ!!!」

 

 しかし、無残にも男に払いのけられてしまう。

 ああっ! くそっ! 女の体のせいだ!

 この体が憎い。女になったせいでこんな──

 

  トコトコ

 

 先程の「優子ちゃん」と呼ばれた少女が、ゆっくりと俺の前に近づいて──

 

  ペチッ!

 

「「「わあ!」」」

 

 左頬に強烈な痛みが走り、俺は思わず頬を抑える。

 

「いつまで現実から逃げているのよ! あなたはもう、1人の女の子なのよ!」

 

 心の底から怒った、でもどこかに優しさも感じる声が、俺に響く。

 俺の心に、あまりにも大きな傷をつけたものだから――

 

「うるせえ! 俺が男だといったら俺は──」

 

  ペチッ!

 

 反発し、次の言葉を言い切る前に、また頬をビンタされる。

 ヒリヒリとした痛みが顔に満ちていく。

 泣いてたまるものか!!!

 

「女の子が俺なんて言葉遣いしないの! あたしはこの病気になってから半年よ。でもあたしが女の子の言葉になったのは一週間よ。あなたはまだ、そんな言葉を使うの!?」

 

 叩かれたのとあわさって、少女の怒った顔がものすごく怖い。

 ヒリヒリと痛みながらのその言葉は、ますます俺の中に深くえぐるように刺さる。

 これは、普段温厚な証拠だよね。

 

「な、何だよ……言葉遣いなんて……俺……の勝手だろ!?」

 

 そしてまた、反発した。

 

「そう……じゃあ勝手にしなさい」

 

 意外にも、今度は軽く突き放すように言われた。

 周囲も、動揺の声を発しているのがわかる。

 

「でも、あなたの取った行動で、お父さんもお母さんも、徹さんもみんな嫌な思いしているわよ」

 

 そして、「優子ちゃん」と呼ばれた女の子の、お説教が始まった。

 

「せっかく、あなたを長女として迎えようって、女の子としての幸せを感じて欲しいって、あなたに一生に1回しかさせてもらえない名付けを……2回目までしてあげたのにね」

 

 余呉さんよりも、更に厳しい口調だった。

 

「お、俺は嫌な思いしてないから!」

 

 それは、苦し紛れの一言だった。

 

「幸子! 何てこと言うんだ!」

 

 親父に、大きな声で怒られてしまう。

 

「そうよ、一番ひどい言葉よ!」

 

「お姉ちゃん! 俺はお姉ちゃんに死んで欲しくねえんだ!」

 

 俺の家族は、あの短時間にここまで洗脳されていた。

 一体、何をどうすればこうなるんだ。

 

「お姉ちゃんって言うのやめろ!」

 

 徹に怒鳴る。

 

「そうはいかねえんだ!」

 

 しかし徹は毅然としていて、俺は頭に血が昇った。

 

「徹! この野郎!」

 

 数年ぶりに、俺は徹に殴りかかる。

 

  ゴッ!

 

「あぐっ!!!」

 

 しかしすぐに、左頬に強烈な痛みを覚え、その場に倒れ込む。

 さっきの「優子」と呼ばれた少女の痛みとは比べ物にならない。

 出てきそうな涙を、俺は必死にこらえる。

 

「おりゃ!」

 

  ドゲシッ!

 

 背中を、蹴られた。

 

「うっ……うわああああああああああああああああああああああああああああんんんんんんんんん!!!!!!!」

 

 もう、我慢できなかった。

 周囲が唖然とする中、痛みを逸らしたい一心で泣き続ける。

 

「痛い、痛いよお……うええええええええええええええええええええ!!!!!!」

 

「そのまま泣いていいのよ。痛いんでしょ?」

 

 大泣きが収まりつつ、少女に抱きしめられる。

 

「うっ……ぐずっ……当たり前……だ……」

 

「女の子はね、痛い時、辛い時、嬉しい時、悲しい時、他にも色々な時にね、泣いてもいいのよ」

 

 天使のような、優しい声が俺の脳に響く。

 俺の心が、今度は急速に溶けていくのを感じた。

 

「でも……泣くのなんて……」

 

 それでも、やっぱり譲れない部分はある。

 男としてこんなに泣いてしまったことに、どうしても羞恥心を隠せない。

 

「ううん。あなたはもう女の子なのよ。あたしね、女の子になったばかりの時にこう思ったのよ『泣いてもいい、弱くてもいい、甘えても言い、かっこ悪くったっていい、だってあたしはもう、女の子なんだから』って」

 

 まるでさっき、あれほど怖く怒って、頬を引っ叩いた少女と同じ人とは思えなかった。

 ダメだ、騙されちゃいけない。

 

「おっ……俺は……女々しいのは嫌いだ……」

 

 必死に、抵抗をする。

 

「幸子さん、女々しいって言うのは『女女(おんなおんな)』って書くでしょ。女の子が女の子らしいのは普通のことよ」

 

 しかし彼女はずっと、俺を優しく包み込んでくれた。

 背中をさすり、「女の子は意地を張らなくていい」と言ってくれた。

 いつも喧嘩で勝っていた徹相手にボコボコにされ、泣いてしまったことへの屈辱感が、柔げられた。

 優子という少女によって、俺の運命が急速に変わるような、そんな思いが頭の中でぐるぐるしながら、ただひたすら痛みに耐えられずに、泣き続けた。


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