永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「落ち着いたら、あたしの話を聞いてくれるかな?」
「うぐっ……う、うん……!」
とにかく、話し合いだけはしないといけない。
幸い、落ち着くまで待ってくれるみたいなので、ゆっくりと落ち着くことに専念することにした。
涙を拭き、部屋に座り直した。
「ごめんなさい……それで、話というのは? その前にあなたたちは?」
床に座ると、その少女の大きな胸が更に間近に見えた。
男の体だったら、間違いなく下半身が大変なことになっている。
余呉さんや、隣の幼そうな会長と呼ばれた少女も、その体格からしたら大きいけど、この少女のそれは別格だ。
「あたしは
「お、俺……ううん、私、塩津……幸子……」
俺は、一歩一歩迷うような形で、そう答えた。
もう、意地を張る気力は残っていないし、また怒られるかもしれないと思ったからだ。
「ふふっ、まるで女の子になりたてのあたしみたい」
少女が懐かしそうに話す。
にっこりと、笑っていた。
「え!?」
女の子になりたての時、この人も、そんな感じだったのか。
「あたしも女の子になって最初の日はこんな感じだったわよ」
落ち着いて前にいる少女の顔を見れば、それはもうこの世の人とは思えないくらいのかわいらしい美少女だった。
やや幼めの、にっこりと包容力のある癒し系の顔で、頭から背中まで伸びる直線的で深い黒髪は流れる川のように美しくさらりとしていて、胸は相当大きい俺でも分かるくらい、それこそあらゆるものを包み込めそうな超巨乳で、それでいてお腹や下半身の肉がデブにならない程度に出ていて、その健康ぶりを誇示している。
肌も白くて無駄毛の一本なく、声は透き通るくらいに高く、男の庇護欲を存分に煽っていた。
立ち居振舞い、話し方もかわいい女の子そのもので、余呉さん以上に元男とは信じられない人だった。
一言で言えば「孕ませたい」と本能に訴えかけるような、そんな女の子だった。
「と、ところでそちらの2人は?」
男の方はともかく、会長を名乗った少女もまた、驚くほど美少女で、石山さんほどではないけど黒めのセミロング黒髪で、レディーススーツ姿がよく着こなされていた。
「俺は、一応維持会員で、こいつの……彼氏だ」
これだけかわいければ「高嶺の花」かと思いけや、現実は非情だった。
「やっぱり彼氏持ちだったのかよ……」
徹が残念そうにそう話す。
「ふふっ、幸子さん、あなたは女の子だから、残念だけどあたしにとって恋愛対象にはなり得ないわよ」
石山さんからはっきりと拒絶された。
つまりそれは――
「うっ……もしかして、お……私も男を……」
「ええ、いずれはそうなりますよ。もっとも、あなたの様子だとそれは何年も先のことよ。私みたいに半年でクリアできるものじゃないわ」
石山さんから発せられた言葉は、極めてショッキングなものだった。
俺が彼氏? 確かに体は女だけど、だからといって彼氏って──
「私は日本性転換症候群協会会長の永原マキノです。普段は小谷学園で教師をしてます」
俺が動揺していると、隣の少女が自己紹介をしてくれた。
小谷学園、首都圏において自由で有名な学校だ。
「へえ、小谷学園って、あの自由で有名な?」
反応したのは父だった。
「え、ええ……まさかこんな所まで噂が広まっているとは……」
永原さんも困惑していた。
あんたらが思うよりも、小谷学園って有名だぞ。
「全国的に有名ですから」
「そうですか」
「ところで、永原さんって会の『長老』って言ってたけど本当にいくつなんだろう? この病気って不老なんだろ?」
少しの沈黙の後に発したのは徹だった。
「あらあ、女性に年齢を聞くのは失礼ですよね……と言いたいところだけど……幸子さんのために教えておこうかしら?」
永原さんの言葉は、確かにその通りで、徹は不躾だ。
「ただし、会長の話はいささか信じがたいものがあると思います。口外するなとはいいませんけど無闇に外に話さないほうがいいですよ」
石山さんがわざわざ釘を刺すということは、かなり信じがたい話なのだろう。
「そんなとんでもないことなんですか?」
今度はおふくろだ。
「ええ」
石山さんがうなずく。一体どんな話が始まるんだろうか?
「ではお話しましょう。私は元々鳩原刀根之助という名前でした……生まれは……永正15年です。誕生日を覚えていなくて、1月1日ということにしています」
永正? 聞き慣れない元号にキョトンとする。
当然明治より前だろうけど、一体いつだ!?
「えっと、西暦では?」
徹が当然に話す。明治以前の元号なんて、大化と承久と応仁くらいしか覚えてない。
「1518年です。ですから2017から引くと499です」
「お、おい……冗談だよ、な!?」
俺が思わず顔が引きつる。
余呉さんが「東京が江戸と呼ばれていた時代を生きていた私でさえ想像もつかない昔を生きている」と言っていたが、まさにその通りだ。
江戸幕府だって開かれていない。っていうか信長秀吉家康生まれてたんか?
周囲もみんな、あまりにも突拍子のない話に絶句している。
「冗談じゃないわよ。生まれは……ええ覚えてますとも今の地名では長野県上田市ですが、当時は信濃国で真田源太左衛門様の治める真田本城を持つ真田の村でした。ええそこで農作業したり足軽をしたり、してました。主とも、15歳から5年間、TS病で倒れるまで仕えていました」
真田といえば、戦国武将だが、真田幸村とはまた違う人なのだろうか?
「真田って、あの幸村の?」
「真田家に幸村という人はいません」
徹の言葉を、永原さんはかなり強い口調で遮った。
「あ、すいません、うちの会長、実際は存在しなかった幸村という呼び方はどうしても許せない人なので。あ、ちなみに、会長が仕えてたのは幸村とされた人の祖父です」
石山さんがフォローしてくれる。
まあ、実際に家来として仕えたわけだから、気持ちはわからなくもない。
「TS病になって、私は隣の村に逃げたわ。数年後に戻ってきた時には源太左衛門様は雲隠れしていたわ。上野国の長野殿の元に逃れていたことはずっと後で知ったわ、でも、それもしばらくの辛抱だった、それでも、女の身になったことで再び仕えることはできなかったわ」
そうだ、恐らく男の頃とは違う体つきになったから、言っても信じてもらえないだろう。
その後は、普通に村人として過ごしていた。
川中島の戦いでは最前線に近く、戦国時代の女の苦労が分かりそうだ。
「それでも戦乱の時代、男か女かと言われれば、女を選ぶわ。ええ、どうせ日常的に餓死者が出て些細なことでも平気で殺し合いをするもの。何か気に入らないことがあればとりあえず略奪して殺す時代よ。それなら女ならまだ体を差し出せば生き残れる可能性があるもの……結局今もしたことはないけれども」
永原さんの言葉は狂っていた。
確かに「最悪な時代」というイメージはあるが、想像以上にひどい時代だったのだろう。
だが、その後はもっと信じられない話があった。
「私は自分が不老だとは知らなかった。ええ、ですから本当に不老を疑ったのは天正3年、当時の真田当主であらせられた左衛門尉殿も戦死なされた長篠の戦いの時よ。その7年後には本能寺で天下人と言われていた織田前右府殿が明智日向守に討ち取られた事件が起きたでしょ?」
本能寺の変、織田信長と明智光秀のことだ。
この人、随分と特殊な言い方をする。昔の人の流儀なのだろうか?
「その時には、村の人にも『あの女子(おなご)は怪しき』と。当時真田家は武田家滅亡を生き延びて織田家に仕えていた。織田殿のおかげで戦乱が終わると思っていた矢先のことだったから、みんなここから大戦乱になると思って、私も信濃を脱出して宛もなく旅を続けたわ」
永原さんは主に京都を拠点にしつつ、商家に仕えたりして食いつないだらしい。
そして、関ヶ原の戦いを京都の公家と一緒に北の山から観戦したという。
関ヶ原の戦い、あの天下分け目の合戦をこの女性は生の目で見たというのだ。歴史の、生き証人だ。
「松尾山……そう、そこから小早川中納言殿の大谷刑部殿の人を攻めた。突然の裏切りだったわ。包囲したかに見えた石田治部殿率いる西軍も、全ては内府殿の手のひらの上で、ああでも島津宰相殿の退き口も恐ろしかったわ――」
「な、なあ永原さん」
徹が見かねてさっきから気になっていることを話そうとする。
「何でしょう?」
「その、小早川中納言とかって小早川秀秋のことか? 石田は石田三成として、内府って誰だよ?」
「……ふうっ、東軍の総大将ですよ。それ以上は、私の口からは言わせないで下さい」
永原さんは、微笑みながら話す。
「あー、永原さんはそういう人なんです。家康とか信長とか、そういうのを言うのは極めて無礼だって。明治に終わった習慣を未だに引きずってるんですよ」
今度は石山さんの彼氏の男性が補足してくれる。
「篠原君……ええ、私達にとって名前とはもっと重要なものなんですよ……まあいいでしょう。ともかく、関ヶ原の戦いの後、私が放浪生活を辞めようと思ったのは事実だわ。江戸に住もうと、これからは京よりも江戸だと思って、大坂の陣が起きる時に思い切って江戸に引っ越したわ」
そして、永原さんは、小さな村から大都会に成長する江戸を見て育ってきた。
1653年には、江戸の街でも不老が疑われた時に、その噂を聞きつけた時の将軍の仲裁で、かつての主君の孫が、90代ながらも存命で、再会することができたという。
「再開した時は……ええとっても感激したものよ。4代様はその後も、私に不自由ないようにと、江戸城に住み続けることを命じられたわ。そうして、ええ、長い年月をあの城で過ごしたわ」
こうして、永原先生は、江戸時代の大半を江戸城で過ごした。人生が500年としても、彼女は人生の半分を、あの城の中で過ごしたことになる。
それまでの人生とは比較にならないほど、穏やかに過ごす中で、転機が訪れたのはやはり幕末だった。
「明治になって、ええ。戊辰戦争の時に、私は城の退去を余儀なくされたわ。私は今でも、ペリーを恨んでるわ。私は明治時代、また放浪を重ねたわ。だけどある日、鉄道を見たの。そしてそれが全国津々浦々に張り巡らされると。逃げ隠れをして、隠れて過ごすのを諦めて、私は教師の道に進み、やがて同じ仲間を集めて今に至る……というのが私の人生です。今の名前になったのは30年前です」
しばらく、永原さんの話を聞いた後、気になっていたことを投げかけてみることにした。
「ところでこの前の余呉さんというのも……」
「ああ、余呉さん? 2番目に年上の人でも永原会長の半分も生きてないですよ。まあ、その2番目に年上っていうのは余呉さんのことなんですけど」
石山さんが、教えてくれた。
「え!? そんなんですか?」
どうやら、あの人も、2番目に長生きらしい。
「そうねえ……余呉さんは200歳になっていないということだけ言っておこうかしら?」
「いやでもさ、120年だろ? 人間の限界って」
永原さんの人生を聞かされても、やはりあまりにも壮大過ぎて理解が追いつかない。
「塩津さん、あなたはちゃんと生きれば500年後には今の私の年齢を追い越すわよ」
永原さんが言うことは確かにそうだ。
だけど20年も生きてない俺がいきなりそんな事言われたって分からない。
「実感がわかない……」
だから、そうつぶやくしかなかった。
「そりゃああたしだってまだ実感がわかないわよ」
そして、石山さんもまた、実感がわかないらしい。
「そういえば、石山さんは?」
やはり、石山さんのことも気になる。
会長の永原さんの話も衝撃的だが、おそらく石山さんもカウンセラーをやるくらいだ。
TS病になって半年とはいえそれ相応に生きているはず。
「ふふっ。秘密、女性には年齢は聞かないのよ」
「あっ、はい……でも、この病気になって半年でしょ?」
「あっ……」
さり気なく突っ込んだら、石山さんが固まってしまった。
うーん、まずかったか?
「もしかして、俺達とあまり年齢変わらないんじゃ」
徹が、更に突っ込む。
「そうよね、彼氏さんも若いし……」
そしておふくろも、追い打ちをかけてきた。
やはり、石山さん、俺とそこまで変わらないらしい。
「実はですね……塩津さんは状況的にはかなりまずい状態だったんです」
ここで口を開いたのが永原さんだった。
「ええ、この書類を見ればわかります」
そして、おふくろが書類を見せてきた。
どうやら、急に家族が豹変したのは、この資料のためらしい。
まあ、本当の本当に我が子が死にそうだと異口同音に言われれば従わざるを得ないのも確かだ。
「定期会合ではもう半ばあきらめモードだったんです。もう自殺一直線だろうって」
永原さんが言う。
自殺一直線だなんて、そこまで評価悪かったのか。
「お姉ちゃん、そんなにひどかったんですか?」
徹も、疑問に思っているらしい。
「ええ、今はなんとか最悪の事態を脱したってだけでまだ予断を許さないですよ」
うげー、改めて言われるとなんだか癪だな。
「そうですか……」
「でもやっぱ若そうだよなあ……」
徹は、まだ石山さんの年齢が気になるらしい。
「ふふっ、とにかくあたしの年齢は秘密よ。年下だとしても、TS病患者としては先輩よ」
石山さんが余呉さんのような色気のある動作をする。
俺の中はほとんど男だから、そういうの1つ1つでもドキッとしてしまう。
元が男だったからというのもあるけど、あまりにも男への訴え方がうますぎる。
いや、俺だってやろうと思えばできるってことか。
「あ、ああ……」
ともあれ、女性への年齢ネタはやめたほうが良さそうだ。
石山さんがどういう人であれ、これから俺の将来について、真剣に考えてくれることには違いない。
女として生きていくしか無いと言っても、男っぽい女なんていくらでもいるし、そういった方面で生きていくことまでは否定しては来ないはずだ。
そういう思いが、まだ俺にはあった。