永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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せめぎあい

「ふー」

 

俺は、3人がいなくなったために、ほっとしてリビングに座り込んだ。

とにかく、今は羽を伸ばそう。

 

「お、お姉ちゃんその……」

 

「何だ?」

 

 徹が、ややドギマギしながら俺に話しかけてきた。

 

「パンツ見えてるからさ……もう少し……足閉じてよ」

 

「うぐっ……」

 

 あわてて苦虫を噛み潰した表情で足を閉じる。これだけ長くても油断していればすぐに見えてしまう。

 とにかくスカートってのは面倒くさい服だと思った。

 

「幸子、今はいいけど、カリキュラムのこと、ちゃんと考えてね」

 

 おふくろがそう言う。

 

「でも俺……まだそこまで」

 

「うん、お母さんも、男に戻ることはダメなのはわかったわ。それにしたって石山さんは厳しすぎるわ」

 

「どう厳しいんだ?」

 

 徹が疑問符を投げ掛ける。

 徹は、石山さんがひっぱたいた所は見たけど、服を選ぶ所は見ていない。

 

「徹も見たでしょ? 幸子が女物の下着になってるの」

 

「あ、ああ」

 

 徹がまた、少しドキドキしている。

 まあ、全くの別人になっちゃったら血の繋がった兄弟という自覚は持ちにくいとは思うが。

 

「実は幸子は最初男物で試着室を出たのよ。そしたら石山さんがスカートの中覗いて、『女の子のパンツ穿くまで出してあげません』って」

 

 案外穿き心地がいいわけだけど。

 

「うげえ、スパルタだなあ……逆に言えば、そこまでしなきゃいけないくらいヤバかったってことか」

 

 徹も、やはりこのエピソードには「うげえ」という反応だ。

 

「うん、でも、お母さんはやっぱり急激なのはよくないと思って」

 

「あーうん、俺もそう思うんだが……」

 

 徹が、言いにくそうにしている。

 そういえば、留守番中に何をしたんだろう?

 

「徹、どうしたんだ?」

 

「あーうん、実はお姉ちゃん……いや、兄貴の服を全部隠すようにって」

 

「え!?」

 

 わざわざ徹が「兄貴」と言い直すということは、悟時代の服が隠されたということで。

 

「女の子の服をきちんと着ないと、女の子になれないからってね。どうも本来はカリキュラムで自主的に捨てなきゃいけないものらしいんだ」

 

「うぐぅ」

 

 徹によれば、女の子になるためには、男を捨てるしかないらしい。

 石山さんも、男だった時の本と服は、全て古本屋と古着屋に売り払うという課題をさせられたらしく、しかもその時には必ずミニスカートで外出しながらしなきゃいけないという決まりまであったという。

 

「厳しいわね」

 

 おふくろの言葉は、重かった。

 とにかく、絶対に男に戻る気を持ってはいけないために、カリキュラムも引くに引けない状況に追い込むようなものが多いことは容易に想像がついた。

 しかも石山さんの場合、高校生だったから、男子制服も売られたわけで……

 

「うー」

 

 でも、TS病になった以上、やらなきゃいけないのかと思うと、気が重い。自殺すれば、うちの家族も、そして手原たちも苦悩するのはすぐに分かった。

 俺は重い気持ちで夕食を採った。そしておふくろは「少しずつでいいと思う。悟を尊重する」と言ってくれた。

 一瞬「それはよくない」という声が脳に響いた気がしたが、俺はおふくろの言うことに引き込まれていった。

 

 

 翌日、今日から月曜日で、箪笥には男物の服が元に戻っていた。

 俺はもう一度トランクスを穿いてみたが、どうにも体にフィットしないことから、すぐに女物のパンツに穿きかえた。

 いくら否定したところで、肉体的には女性なのは動かしようがない。

 ブラジャーも、比較的つけやすい「フロントホック」というのがあったので、それを選んでつけることにした。

 あの後過ごして分かったが、ブラジャーをつけないのも、さすがにあり得ないことだった。とにかく「摩擦」がひどかったのだ。

 というわけで、下着に関しては、完全に俺の敗北を認めざるを得なかった。

 しかし、上の服は違う。

 俺は、下はユニセックスなジーパンにし、上は男時代のシンプルな色の服にした。

 これなら格好は男でもできるし、問題はないはずだ。

 

「おはよー」

 

「幸子おはよう」

 

「お姉ちゃん、上が少しぶかぶかだね」

 

「ああ、悟の服だからな」

 

 南東北の11月は、既に東京の真冬より寒い。それを鑑みればスカートは論外だ。

 

「そう? ま、幸子がしたいようにすればいいわ」

 

 ともあれ、おふくろもそう言っているし、ユニセックスな服装も悪くないだろう。

 元がいいから、これでも十分に女の子女の子していつと俺は思う。

 悟時代の服を、隠されなかったのはよかったぜ。

 

 俺は朝を過ごすと、大学へ向けていつもの行路を進んだ。

 手原たちにも、この事を話さねえとな。

 

 

「おや、塩津、ズボン新しくしたのか?」

 

「あーうん、そうだよ」

 

 放課後、サークルへ行く時に、手原に声をかけられた。

 まあ、さすがに気付くよな。

 

「やっぱサイズ合わないときついもんな」

 

 大谷が少し緩そうに笑っている。

 

「あ、そうそう」

 

「ん?」

 

 ともあれ、手原には言わなくちゃいけないことがある。

 

「手原には悪いんだけどよ。俺、性別適合手術、やっぱやめるわ」

 

 手原は、表情を変えなかった。

 もしかしたら、そんな雰囲気が漂っていたのかもしれない。

 

「……そうか、塩津の意思は詮索しねえし、尊重もするぜ」

 

「ありがとよ。もちろん、急に女になるとか、そう言う訳じゃねえけどな。でも、名前は『幸子』に変わっんだ」

 

 厳密には、手続きはまだだけど。

 

「なあ、塩津はどうして急にそんな風に思ったんだ?」

 

 大谷が、不思議そうな顔をする。

 確かに、先週までの俺は「男に戻りたい」全開だったもんな。

 

「ああ実は、協会のカウンセラーが変わって──」

 

 俺は、土日、特に日曜日に起きた出来事を話す。

 俺についた新しいカウンセラーは、2歳年下の女子高生で、しかも関東在住の人ということや、そのカウンセラーが、余呉さんと比べてもかなり厳しいスパルタ教育の人ということ、そしてやはり「性別適合手術」はTS病患者としては禁断の手段となっていることも説明した。

 

「生まれつきの性同一性障害でも自殺率が高いんだ。TS病患者がこれを受けても、以前の男の体と比較して絶望しちまうんだと」

 

「なるほどなあ……」

 

「不妊って訳だもんな」

 

 整形手術はどこまでいっても整形手術でしかない。

 精巣や精子といった、もっとも重要な男の部分までは再現してくれない。

 確かに、女性の体として産まれたならばまだ我慢はできようが、男としての自分を知っている人には、あまりにも不完全になるのは当然だった。

 冷静さを欠き、そのことさえ思い至らなかったのは、大きく反省しなきゃいけない所だろう。

 

「つまり、俺が好むと好まざるとに関わらず、俺にはもう、女性として生きるしか道はねえってんだ」

 

「「……」」

 

 俺の言葉を聞き、2人とも複雑な顔をしている。

 その表情から思惑はうかがい知れねえが、恐らく、男としての人生が断たれたことへの同情と、不老の美少女として生きることへの羨ましさとが複雑に交錯しているんだと思う。

 

「ま、まあ、こんなこと軽々しく言っていいのか分からん。でも、気を悪くしないでほしい」

 

 手原が、重い空気を払拭した。

 

「ん?」

 

「せっかくさ、かわいい女の子になったんだし、女を楽しむのも、有りなんじゃねえか?」

 

 確かに、励ますには、それがいいのかもしれない。

 とはいえ、ちょっと軽い気もする。

 

「不便なんだよ。女ってよ」

 

 正直、この病気になって分かったけど、女子ってすげえと思う。

 

「だろうな。それでも、だよ」

 

「まあ、過ぎたもんはしょうがねえもんな」

 

 当人からすると、「ふざけるなよ!」と言いたくなる言葉No.1とも言える言葉が、その当人の口から漏れ出た。

 つまりそれほど、俺は当事者意識が薄いのかもしれない。

 ある意味で、余呉さん以外の同じ病気の人が、ことごとくみんな女性そのものだったせいもあるかもしれない。

 

 ともあれ、当分はおふくろが色々融通してくれるし、これまで通りの生活を続けて、気が向いたらカリキュラムを受ける程度でいいだろう。

 

 サッカーサークルは、相変わらず俺は見学したり女子マネの真似事をしている。

 部長さんも、俺についてはやはり色々配慮してくれていて、性別適合手術の中止についても、特になにも言わなかった。

 やはり、みんな大学生ということもあって落ち着いた大人だと思う。

 俺も俺で、年下の高校生が指導者になったことに特に不快感もないし。

 

「ま、焦らずゆっくりでいいんじゃないの?」

 

「ああ、うん」

 

 ともあれ、俺は当分、同じような感じで過ごすことになった。

 変わったのは、「とりあえず男には戻らない」ということと、「下着と一部の服だけ新しくなった」ということくらいだった。

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー、幸子ー、今夜協会の人が来るわよ」

 

 幸子という名前も、すっかり既成事実化してしまった。

 

「え!?」

 

 おふくろから、協会の人が来ると言われた。

 今日は月曜日で、何でも、余呉さんが仕事の帰りに寄って来るとか。

 

「何で余呉さんが?」

 

「ほら、石山さんは関東在住で、それも高校生でしょ? だから、普段の軽い相談とかは、引き続き余呉さんがしてくれるのよ。あ、ここに直接来る訳じゃないわ」

 

 そう言えば、テレビ電話もくれたっけ?

 

「んー、わかった。とりあえず休むぜ」

 

「ええ」

 

 俺は自室に戻り、ベッドに横になる。

 男には戻れないにしても、何から何まで急に変えるのは無理だ。

 カリキュラムにしても、「今のままじゃダメ」ってことになっているし、とにかくこの体で過ごしていれば自然と身に付くでしょ。

 

「ふう」

 

 楽天的になりながら、俺は呼吸を繰り返した。

 

 

「幸子ー! 余呉さんが呼んでるわよー」

 

「はーい」

 

 おっと、どうやら来たようだ。

 俺はベッドから飛び起きると、すぐにリビングへと駆け降りた。

 

「はい」

 

「塩津さん、新しいカウンセラーの人、どうだった?」

 

 余呉さんは、やや落胆した表情を一瞬見せつつ、すぐに普通の顔に戻った。

 多分、おふくろとの面談のことだろう。

 

「えっとその……厳しい人で」

 

「そうねえ、でも、石山さんなら、私と違って歳も近いし、女の子になってからの日も浅いから、分かりあえることもきっとあるわよ」

 

 余呉さんによれば、石山さんは協会に入ったばかりで、本来ならカウンセラーができる正会員には早いけど、会長だった永原さんの特別な計らいで正会員になったという。

 

「私たちにとって見れば、石山さんはいわば天才なのよ。でも、その分どうすればあなたが女の子になれるかを私よりも適切に指導してくれるわ」

 

「そ、そうですか……」

 

「塩津さん? カリキュラムを受ける目処は経ちました?」

 

「えっとその……俺は……」

 

 余呉さんの表情が落胆に変わった。

 やはり、言葉遣いがいけねえのかな?

 

「ふう、やはりその様子だと、まだ無理みたいですね。本当はもうあまり時間もないんですが……ともあれ、私が言うとよくないでしょうから、石山さんに報告しておきますね」

 

「えー」

 

 正直、石山さんは外見は余呉さんよりも更にかわいくて、それでいて穏やかそうだから、怒られた時の怖さが半端ねえんだよな。

 

「さっきも言ったように、あなたのカウンセラーは石山さんですから、どの道石山さんに報告します」

 

「うぐ……」

 

 どっちにしても、石山さんの指導を受けねえといけないって訳か。

 

「石山さんは、今は体育祭が近くてそれに追われていますが、それが終わったらまた、石山さんの指導が入りますよ」

 

 場合によっては、また直接会うことにもなるという。

 うー、またひっぱたかれそうだ。

 

 その後、再びおふくろと「三者面談」し、「女の子らしくなるように、きちんと目を光らせる」よう再三指導された。

 女の子として生きることにのみ、この病気で救われる。というのは、会の共通認識で、そのためには、他の女性以上に女性的にならないといけないとのことだった。

 

 その後、おふくろが俺に対して、余呉さんと何を話したかを教えてくれた。

 それによれば、おふくろは「まだ女性に慣れていないから」と繰り返し訴えたらしい。

 

「協会は、やりすぎよ」

 

 おふくろのその言葉に、俺はまた甘い誘惑を感じたのだった。

 

 

 

 その後も、石山さんとの関係に不安を感じつつも、大学では平穏に過ごすことが出来た。

 服についても、完全にぶかぶかだったのがそうではなくなっただけで、以前と比べて大きく違う訳ではなかった。

 

 そんな時だった。

 余呉さんからテレビ電話で思わぬ提案を受けた。

 

 というのも、俺は知らされていなかったが、どうもおふくろに対して石山さんが「男時代の服を全て隠させて、またなるべくスカートを穿かせる」ように強く圧力をかけていたらしく、おふくろがそれをできないでいることに石山さんが非常に怒っていたのだ。

 石山さんからの圧力も高まる中で、思わぬ提案を受けた。

 

 何と、今度の休日を利用して、また石山さんと直接会わないかということだった。

 しかも、今回は前回と逆に、俺1人で石山さんのいる関東に向かうということになった。

 更に交通費その他経費は、協会が持ってくれるという。いわば「タダで東京に遊びに行ける」という願ってもない提案で、女の子の教育とか抜きにも魅力的だ。

 

「東京かあ……行ったことねえな」

 

 北海道や新潟、そして沖縄は以前経験があるが、実は東京に行ったという経験はない。

 この仙台に住む人からすると、とてつもない大都市だと聞いているけど、もちろん想像はつかない。

 もちろん、日本人なので、実際にニュースで見る映像は見ているが、それでも実際に行って見ないと想像つかないことは多い。

 単純に興味もあったので、俺は2つ返事で了承することにしたのだ。

 

「幸子、それで、服はどうするの?」

 

「うーん、スカートなら石山さんが喜びそうだけど」

 

 あの日以来、まだ1度もスカートを穿いていない。弟にパンツ見せちゃったという事件もあった上に、やっぱりスカートというのは今まで思った以上に女の子らしさが出ていて苦手なのだ。

 あの時に買った私服は、殆どがスカートなので、箪笥の肥やしと化している服が多い。

 それに、せっかくスカート穿いても無防備だったら石山さんに怒られちゃうだろうし。

 

「お姉ちゃん、スカートは早いと思うぜ」

 

「そうよねえ、あの日だって足広げてたし」

 

 そして、親族からも信用がない。

 それに、いくら暖かい東京とはいえ11月はかなり寒い。

 それも鑑みて、上下共にシンプルな色で目立たない服にすることにした。

 

「それからこれ。お母さんの鞄、男性にも使いやすいから、ここに少し荷物入れていきなさい」

 

「う、うん」

 

 ともあれ、こうして俺の準備は整った。

 ちなみに、日程に関しては、俺の方から「新幹線の1番列車」にすると発表した。

 休日と言っても、特に繁忙期ではないため、指定券は余裕で取れた。

 ちなみに、帰りについては分からないので、当日買うことにする。

 まあいざとなれば「やまびこ」の自由席でいいだろう……そうならないことを祈りたいが。

 

 ともあれ、俺は東京行きを楽しみにしている。

 石山さんは、名前の通り「優しい子」って言うし、きっと大丈夫、俺はそう楽観していた。

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