永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「ねえねえあの二人組」
「うん、二人ともすごい美人だよね。特に緑の服の子」
「うんうん、でももう一人はセンスないよね」
「ねー緑の子は凄い似合ってるのに」
センスがないと、通りすがりの人にも言われてしまった。
確かに、女の子らしさという意味では、俺は石山さんに数段負けている。
きちんと女の子をしている石山さんと俺とが並ぶと、やはり目立ってしまうのだろう。
ただ、女としてどうこうという感情は、まだ湧かなかった。
石山さんも、聞いて聞かぬふりをしつつ、歩いている。
女性専用という響きとともに、より一層気分が重くなった。
「いらっしゃいませー」
「予約していた石山です」
店員さんは、あまり美人とは言えない人だった。
「あ、はーい、石山様ですね。今日はツインルームで女性専用スペース、3時間パックでお間違いないですか?」
「はい」
それよりも、中にはいったその場所は、至って普通だ。
周りを見る限り、特に変わった所はない。
「それでは、こちらへどうぞ」
石山さんについていき、漫画喫茶へと入る。
うー女性専用、女性専用……
「どうしたの? いくわよ」
「あ、うん……」
石山さんにも声をかけられ、おどおどしくついていく。
男だった頃には絶対に入れなかった場所にこれから堂々と正面から入る。緊張しないわけがない。
「あの、もしかして」
「うん?」
店員さんが、こちらを振り向く、かなり警戒心に満ちた表情だ。
「まさか女装とかじゃないですよね?」
おいおい、それは無理があるだろ。
「はぁ!? 何言ってんのよ、あたし女の子よ!」
信じられないくらい大きな声を石山さんが出した。
どうやら、かなり神経を逆なでする言動だったらしい。
「で、ですが挙動不審というか……」
石山さんが女性の店員さんの腕をとって自らの下半身に誘導する。
「わっお客様……!?」
あの時ひっぱたかれた時の石山さんの怒りとは、全く違った性質のものだった。
正直、俺はあっけにとられてしまった。石山さんのした行為そのものは無論のこと、あの石山さんがあそこまでするということ自体が、全く想定できなかった。
「これでもあたしを男だと疑うの!? ねえ!?」
自分が男だと思われることが、どうしても許せない。
店中に響き渡るような大きな声を出している所からも、それが伺える。
俺にはまだ、理解が難しい段階だ。
「も、申し訳ありません! 今すぐ案内します!」
そう言うと、案内が再開される。
まあ、疑う店員さんが悪いといえばそれまでだよな……
うー、女と扱われないだけでここまで怒る、俺とは大違いだ。
「おいおい、やべえもん見ちまったぜ」
「うんうん、いくら怒っていると言ってもなあ……」
「でもたしかに手っ取り早いというのはそうだよね……」
周囲も、ヒソヒソと話している。
どうやら、あまりにも美しすぎたために、あるいは「センスの無い」俺との対比なのか、店員さんは女装を疑ったらしい。
でも、疑うとするなら石山さんじゃなくて俺の方じゃないかと思うんだけども、いや女装だとそういうわけでもないのか、俺も石山さんも、声はどう考えても女の子だけど、店員さんもそこまで頭がまわらないのかなあ?
「こちらへどうぞ、先程は申し訳ありません」
「はい」
ともあれ、無事に中に入る。壁の色以外、殆ど違いはない。
「じょ、女性専用と言っても、あんまり変わらないな……」
「ふふっ、じゃあいくつか話したいことがあるけど……漫画読みながらでいいわ。取ってくるからここで待っててね」
「え、そんな――」
「移動で疲れたでしょ? ゆっくり休みながら話しましょ」
石山さんがそう告げ、部屋には俺一人が取り残された。
うー、電光石火の早業だ。
いかにも女性という感じのピンク色の空間に、俺は1人で取り残されてしまった。
「はぁー」
まだ東京に来て殆ど時間は経ってないのに、石山さんには、怒られっぱなしだった。
とにかく、女の子らしくないようなことは、出来なかった。
「カリキュラム、受けられるのかな……」
カリキュラムは、間違いなく今よりも厳しいものが待っている。
特に家事やスカートでの立ち居振舞いという課題が、俺に強くのし掛かってくる。
今まで家事何て殆んどしたことがない俺が、「主婦のように」家事ができないといけなくなるのだ。
それどころかおしとやかで清く正しく美しく、優しくて穏やかでうー……確かに女の子としてはそれが理想の理想なんだろうけど……
果たして、女の子の言葉遣いも満足に出来てない俺には、そんなことは夢のまた夢にしか見えなかった。
そして、男だった頃の経験があるから、石山さんのお説教に対する代案は、全く思い浮かぶことがなかった。
「おまたせ」
深く思慮していると、石山さんが戻ってきた。
そのかごに握られていたのは、大量の少女漫画だった。
「おかえりなさい……な、なあ……」
あまりにも少女向けに偏ったそのラインナップには、いくらなんでも「おいおい」と思ってしまう。
「うん?」
石山さんは、首を傾げていた。
どうも不思議らしい。
「少女漫画ばかりじゃねえか」
俺は、少女漫画など読んだこともない。
女の子向けの漫画に、一体何で付き合う必要があるのか分からない。
「当たり前ですわ。あたしもあなたも女の子、それも少女なのよ。少女が少女漫画読むのは普通でしょ? それから、少女がそんな乱暴な言葉遣いするんじゃありませんわ!」
石山さんがお嬢様口調になる。
うー、やっぱり、女の子を理解するためには少女漫画が必要なのか。
それにしたって、ギラギラし過ぎてて俺は苦手だ。
石山さんの緑のワンピースも、特徴的なキラキラした模様があるみたいだけど。
そして、また言葉遣いを注意された。
「す、すみません……私は女の子……私は女の子……女の子の言葉を使わなければいけない……」
数秒後、また、恥ずかしい暗示をかけさせられる。
この部屋に2人しかいないのが余計に心臓の鼓動を激しくする。
「幸子さんはこれを読んでみて」
石山さんが、俺に3冊の少女漫画を渡してきた。
聞くところによれば、この少女漫画は、石山さんが女の子になって初めて読んだ少女漫画らしい。
俺は、やれやれという感じでやや慎重に最初のページを開いた。絵柄からして「いかにも」という感じの女の子がいる。
そして石山さんも、別の少女漫画を読んでいる。
どうやら、この部屋を徹底的に少女漫画で埋め尽くすらしい。
……まあ、腐女子BL系を読まされるよりはマシか。
最初の方を読んで分かったのは、主人公はかわいらしいけど、学校一のお金持ちの男の子に恋心を抱いている。
しかし、彼には許嫁の女子がいて、そちらもお金持ちということになっている。
それでもめげずに、男の子にアタックするわけだけど、当然許嫁の女の子にしてみれば面白くない。
そんなこんなで、主人公に様々な陰湿いじめを遂行するというのが筋書きになっている。
いじめの描写は生々しく、主人公が傷つく様子もとても痛々しく書かれている。
「うーん」
主人公の女の子の、心理的な描写がとても多い様に感じる。
心の中で「私は恋を諦められない」と言っている。
男の子も優柔不断で、許嫁からの訴えにも耳を貸していないみたいだ。
あれこれ見て1巻を読み終わり、次へと進む。
「読みながら聞いてくれる? 幸子さんさっき歩いていた時通行人から『センスない』って言われてたわよ」
石山さんが、また何かを語りかけてきた。
女性として生きる覚悟が足りないと、俺に訴えかける。
「うっ……だって、まだ1ヶ月も――」
漫画から目を離し、石山さんにそう訴える。
「あたしが女の子になって1ヶ月の時にはあたしはもうこの白いリボンも付けてたし私服はほとんどスカートを穿いていたわよ。あたしが初めてスカートで1日を過ごしたのは女の子になって3日目の日よ」
石山さんは、自己の体験で反論している。
「そ、そりゃあ、石山さんは――」
「幸子さん、女の子がスカートを穿いちゃダメなんてこと無いんだから。もっとポジティブに、女の子を楽しみなよ。ほら、幸子さん、あなたの顔、もう一度よく見てみて?」
石山さんは、やはり有無を言わせなかった。
そして、手鏡を取り出すと俺の顔を写してきた。
うん、美少女だ。
「どう?」
「そ、そりゃあかわいいとは思うけど……」
素直な感想を口にする。
石山さんも、自分のことは「かわいい」と思っている。その点については共通だ。
「じゃあいいじゃない。あなたには、かわいく、女の子らしくする権利があるのよ。まだ数週間じゃないわよ、もう数週間よ」
「でもやっぱり、まだ中身が伴ってないから……」
さっきの石山さんのお説教にもあったように、今の俺はお世辞にも中身が女の子とは言えない。
だから、こういったことに抵抗が出てしまう。
「これは男の女装じゃないのよ? 女の子が女装して何が悪いのよ?」
石山さんのさっきのやり取りを見て、嫌でも思い出してしまう。
「う、ううっ……」
徐々に反論の道が塞がれて、言葉に窮するのは、さっきと同じだった。
「いい? 女の子らしくするためには、形から入らないとダメよ。あたしがいる時だけ大人しくしててもばれるのよ。そのために、幸子さんの家の人にも協力してもらうわよ」
やはり、家族にも俺の味方はいないようだ。
いや、もちろん将来的には女の子として生きていくにしても、このやり方はあまりにも急だという意見に賛同してくれる人はいないってことだ。
「じゃあ、お母さんが服がないって言ってたのも……!」
「あたしが徹さんを通して別の場所に送ったわよ」
うげー、やっぱりかー。どうしても女の子の格好をしないといけない時が来ると言うのは分かっていたけど、それにしたって心の準備が出来てない。
「な、何でそんな……」
いや、準備をろくにしてなかったせいか
「幸子さん、もう一度聞くわ。あなたはもう男に戻ることは出来ないわ。それを踏まえて、あなたは本当に、女の子として生きていくつもり?」
石山さんが、ぐいと顔を近付けてくる。
顔を近付けられると、どうしても呼吸が1段激しくなってしまう。
「いや、その……真ん中に……」
とっさに、思っても見ないことを言う。
「あなたのどこが『真ん中』なのよ? あなたはやろうと思えば赤ちゃんも産めるのよ」
分かってる、「真ん中」とかいう明らかに変なことを言ったのも、その場しのぎにさえなってない苦し紛れだと。
「で、でも……!」
その後に続く言葉なんて無いと分かっておきながら、「でも」何て言葉を言ってしまう。
我ながらあまりにもバカだ。
「さっきも言ったでしょ? あたしたちTS病患者が目指すのは一人の人格を持った女性だって。それ以外の道は、精神崩壊とその果ての自殺しか無いわよ。現実逃避しちゃダメよ」
「いやだって……その……」
反論の模索は無意味だと分かっているのに、無駄だと分かってるのに、あらゆる意味で腹立たしくなってくる。
やっぱり、女の子女の子してしまうのがいいのかもしれない。
「いい? 男か女かで言えばもうあなたは女よ。人間男か女かななんて小学校でやったでしょ?」
「確かにそうだけど――」
一旦、肯定の言葉を言う。
そうするしか無い。
「あなたは『女性の特権』を持っているのよ……赤ちゃんを産むとかね」
そして、石山さんがくり出したのが「男女の絶対の壁」と言っていい「妊娠と出産」だ。
「いや別に、子供なんて作る気は……」
女の子らしく生きていくことでさえ未だに抵抗あるのに、「妊娠出産をする自分」を考えるなんて、無茶もいいところだ。
もちろん、不老である以上いつかはそういう行為をするのかもしれないけど。
「だいたい、今のあなただって、『女性の特権』を行使中でしょ?」
そして石山さんが、思ってもいなかった言葉を言う。
「え!? 『女性の特権』って何を!?」
驚いて、素っ頓狂な反応をしてしまった。
石山んからの意外な一撃に一瞬硬直してしまった上で──
「幸子さん……ここ、女性専用スペースでしょ!?」
「あ、そっか」
当たり前のことを言われてしまった。
そうだった、ここは、女性でないと入れない空間で、そこに俺がいるというのは、俺が女性だから以外に理由はなかった。
「男がこんな所入れるわけ無いでしょ」
石山さんが「大丈夫かしらあなた?」と言いたげな口調で言う。
「う、うん……」
俺は、少女漫画に視線を戻す。
その後も、許嫁からのいじめやいたずらはエスカレートしていく。
その度に主人公は心を折られ、また立ち上がるを繰り返す。その間の心理描写は、女同士で物凄くドロドロとしたものだった。
「ねえ……石山さん」
「ん? どうしたの?」
お説教モードからそらすためには、少女漫画の話題をするのが良さそうだ。
「この漫画、結構生々しいよね」
正直、やりすぎだろうと思う。
あまりにもドロドロした世界だ。
「そうだね。少女漫画だと結構そういうシーン多いわよ。ちなみに、これがあたしが最初に読んだ少女漫画だよ」
「へえ、これがねえ……」
ということは、やっぱり課題にもあるのだろうか?
「それから、主人公の女の子はどう?」
石山さんが聞いてくる。
主人公の女の子は、とにかくひたすらに許嫁から酷い目に遭わされている。
「何かひどい目にあってばかりって感じ。そりゃあいじめっ子も許嫁で嫌な気分なのはわかるけど、それにしたって陰湿すぎると思う」
「ふふっ、最終巻を読んでみて」
石山さんが、最終巻を促してきた。たしかに、ちょうど2巻目を読み終わったところだ。
「う、うん……」
そして、そんな状況が続いた終盤だった。
許嫁の女子が、主人公の女の子のスカートをまくりあげ、「攻略対象」以外の全男子にパンツを見せびらかし、その上で「人の男に手を出す売女」と罵倒し、とうとう主人公が泣き崩れてしまう。
「うわーこれは……」
いくらなんでも、これはひどい。というか、パンツ見られているシーンも男向けのエロよりも深く、そして生々しすぎる。
ところが、その男の子がいないのを入念に確認したにも拘らず、その様子を例の男の子に目撃されてしまった。
途端に、男の方から許嫁の子が糾弾され、最終的には「許嫁の話を考え直させてもらう」と言われてしまった。
「ほほう、やっぱり……」
あー、何だか予想できたことだけど、主人公とお坊っちゃんが急にいい雰囲気になってるな。
場面が代わり、許嫁のお嬢様の企業は経営が傾いて莫大な借金を抱えて倒産し、急に転校して学校側も行方不明、そして主人公は庶民の身ながらも、健気で献身的な性格を買われて晴れて結婚となったわけか。
悪役の子、これ明らかに「売られた」よな。
「あら、全部読み終わったみたいね。どうだったかしら?」
「何か、悪役の女の子はお風呂に沈められたって感じがする」
石山さんが、俺の言葉にキョトンとした表情になった。
「? お風呂に沈る?」
どうやら、意味が分からないらしい。
まあ、元男と言っても女子高生な訳だし、あまり深く突っ込まない方がいいな。
それに、確証があるわけじゃないし。
「ああいやその……知らないならいいんだ。知らないなら……」
無知な石山さんを尻目に、俺は慌ててごまかす。
うむ、大学生と高校生とはいえ、やられっぱなしだった俺が知識で勝つと何だか気持ちいいな。