永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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本来の姿

「ねえ幸子さん」

 

「ん?」

 

 石山さんが、自分にふと声をかけてきた。

 

「着替える前に、さっきの決意のことでちょっといいかな?」

 

「え!?」

 

「幸子さん、女の子になってくれるって言ったでしょ? 実はね、幸子さんの服、1セットだけあたしが預かっておいたのよ。はいこれ、帰りはこれを着ていって?」

 

 石山さんがロッカーからもう1つ服を出してきた。

 石山さんが渡してくれた服は、青い色のワンピースのスカートだった。

 その上には、大小2つのリボンがあって、小さな赤いリボンが胸に、大きな黄色寄りの黄緑色のリボンは、頭部につけると良さそうな感じだった。

 

「え!? これ!?」

 

「そうよ、ロッカーの中にあるのじゃまた『センス無い』って陰口叩かれるでしょ?」

 

「う、うん……!」

 

「じゃあ着替えるわよ」

 

 ついさっきまで、スカートを嫌がっていたことが信じられない。

 今はもう、このかわいらしいスカートを穿きたくて穿きたくて堪らない。

 まず浴衣を脱ぎ、襦袢だけになる。さっきのお説教を思いだし、裸を見せないように注意する。

 ワンピースのスカートに足を通す。そして服の中でもぞもぞしながらじばんを脱ぎ、まずパンツ、続いてブラジャーを服の中でつける。うー、面倒くさいけど、無闇に見せちゃうのはもっと不味いもんなー

 ブラジャーをつけたら、防寒も兼ねたインナーシャツとその上にワイシャツを着こんで、ワンピースの背中の小さなファスナーをゆっくりと引き上げる。この辺りは、ブラジャーの付け替えで大分慣れた。

 そして、小さな赤いリボン、ワンピースのポケットに入っていた紙によれば胸元に蝶々結びにするとあって、ワンピースにもリボン用と思われる部分があったので、そこに通しつつ、蝶々結びを完成させる。

 もう1つの大きなリボンは髪の毛に挟むようなヘアピンが中にあったので、それを使いながら、ロッカーにあった小さな鏡を参考にしつつ、何とかまっすぐに揃えた。

 

 スカートはすごくスースーする。でも、今の自分はとっても晴れ晴れと、開放的な気分だった。

 元の服は、荷物の中に押し込めることにした。

 もう、こんな地味な格好はしないと思う。

 

「うん、まだちょっとぎこちないけど、今はそれでもいいわよ」

 

 石山さんの目は、まるで母親のようにどこまでも優しかった。

 

「は、はい……!」

 

 緑のワンピースに着替え終わった石山さんは、相変わらずきれいだった。

 

「終わったよ。行こうか」

 

「うん」

 

 少し動くと、やっぱり足元がぎこちなくなってしまう。

 

「どう……かな?」

 

 自分からは、相手の全身は見えない。

 

「うん、すごくかわいいわよ。ほら、あそこに鏡があるから見て見てよ?」

 

「う、うん……」

 

 石山さんに体を掴まれ、備え付けの大きな鏡の前に移動させられる。

 見るもの全てを奪いそうなくらいにかわいらしく美しい、青と緑の少女が2人、緑の少女が、鏡から外れた。

 

 

「これが……お……れ!?」

 

 鏡の少女は、自分自身の姿に呆気にとられていた。

 

「俺じゃないわよ。幸子さん、あなたよ」

 

 石山さんの優しい声が聞こえてくる。

 青い色のワンピースに目立つ胸元の赤いリボン、青い服装によく似合う青い色のショートヘアー、更に後頭部につけてあった大リボンに、幼さと美しさとかわいらしさが、この上なく絶妙に配合された顔とをあわせて、まるで妖精みたいだった。

 

「あ、うん。これ、私だよね……うん、私は女の子……私は女の子……」

 

 心から念じ続ける。

 女の子が喜びになっていく。

 もう一度石山さんを見る。

 やっぱりまだまだ、石山さんには叶わないと思っている。石山さんほど、女の子になった日数は長くないから。

 

 

「ねえねえあの2人」

 

「うん、すごいよね、モデルか芸能人じゃない?」

 

「でもあんな顔テレビで見たっけ?」

 

「見かけないわよね。特に緑の子は胸もすごいし」

 

「あんだけ大きければ目立つけど……やっぱり普通の人じゃない?」

 

「うーん、そうだよねえ。街でスカウトとかされないのかな?」

 

「しょっちゅうナンパとかされてそう」

 

「うんうん、ああいう美人は美人で大変なのよね」

 

 

 別の女性たちの会話が聞こえてくる。

 さっきとは対照的に、俺は石山さんと共に誉められている。

 心の奥底で、強い強い自尊心が涌き出てくるのを感じた。

 つい今朝までは、「かわいい」と言われてもちっとも嬉しくなかったのに、今はもう「そうでしょう? かわいいでしょう私?」って、周囲に言いふらしたくてたまらなくなっていた。

 

「石山さん、その……私達……」

 

「うん、幸子さんもあたしと並んでも恥ずかしくないでしょ?」

 

 正直それはまだ、自信がない。

 

「う、うん……でも、普通の人って……」

 

「あはは、あたしたち、確かに普通じゃないわよね」

 

「じゃあ行こうか」

 

「うん」

 

 石山さんに導かれ、外に出る。

 外は暗くなっていて、足元が寒く、一瞬だけさっきの服に戻りたくなったけど、石山さんの緑色のワンピースを見て思い止まった。

 

 帰りのゆりかもめがやって来て、車窓を眺めるとそこには東京の夜景が彩られていた。

 お台場ということもあって観光客も多く、外国語も聞こえてきた。

 

 石山さんは気付いていたかは分からないけど、外国人の何人かは、あたしたちの胸に釘付けになっていた。

 また、自尊心が込み上げてくる。それも、さっきの女性2人組に誉められた時とは比べ物になら無いくらいに。

 

「うわー、すごいねえ東京は」

 

「うん、さすが日本の首都って感じだよね」

 

 石山さんと、他愛もない話をする。

 今まで押さえつけられていたためか、私の中の自尊心は急激に込み上げて来て、今にも噴火しそうな勢いを見せている。

 

「やっぱりこれって坂道の都合なのかな?」

 

「うーんよく分からない」

 

 再び、レインボーブリッジのループ線に向かい、やがて列車は新橋駅に到着した。

 車内は、混んでいた。

 

「ふう、結構疲れたね」

 

「そうだね。温泉でちょっと疲れは取れたんだけどねえ」

 

「立ちっぱなしかあ……」

 

 やっぱり、結構揺れるし疲れる。

 

「でも、この長さだから良かったけど、短いスカートでいきなり座るのはちょっとハードル高いかも」

 

「ああうん、そうだよね」

 

 そういう意味でも、これで良かったのかも。

 

 俺は、予定されていたように、新橋駅の券売機で、上野駅からの新幹線指定席を買う。

 どうして東京からじゃないのか聞いた所、「東京から乗ると高い」らしい。行きも行きで大宮で降りていたし、そういうものなのだろう。

 うん、日曜日の混む時間帯だけど、空いていてよかったわ。

 

「じゃあ、ここで解散だね。今日はありがとう」

 

 きっとこれからもお世話になる石山さんに、お礼を言う。

 

「ねえ幸子さん」

 

「ん?」

 

 石山さんも、言いたいことがあるらしい。

 

「お母さんがもしあれこれ言ってきたとしても、絶対に決意を曲げないでね」

 

「もといそのつもりだよ」

 

 うまく行けば、ちゃんとやれる。

 それにもう、やっぱり聖域に入ったら、もう戻れないという思いが強い。

 

「うん、だからその服を、幸子さんに渡したの。お母さんには必ず、カリキュラムの教育係になって欲しいから」

 

「うん、じゃあ」

 

「またね」

 

 石山さんと別れ、別の電車へと乗る。

 私は、遊び疲れた人たちが駅に向かう中、俺も群衆に紛れ、「上野方面」のホームへと向かうことにした。

 男性たちの視線が、一手に集まるのを感じた。

 石山さんに分散されていた胸への視線、よく見ると周りの女性よりもずっとおしゃれに決まっていて、男たちの注目を集め続けていた。

 

「ああ、気持ちいい」

 

 独り言が、つい漏れてしまう。

 自尊心が更に満たされ、優越感が込み上げてくる。

 女性の一部から、きつい嫉妬の視線を浴びせられるが、それさえ快感に感じてしまう。

 自分の中に眠っていた「女」が、急速かつ大胆に顔を出してくる。

 男性からの注目により快感を感じているという事実は、俺を容赦なく女へと引きずり込んでいく。

 

 電車の中でも「うわー、あの子、どこのグループだろ?」という声が聞こえてくる。

 完全に、アイドル同然だった。

 ……アイドル、悪くないよな。

 そう、今や自分はどのグループでアイドルをしても、絶対にセンターを取れるという確信さえあった。

 そこまで考えて、ようやく「いくらなんでもうぬぼれすぎだ」と、心の中で制することができた。

 

「間もなく、上野、上野です──」

 

「おっと」

 

 そんなことを考えていると、時間はあっという間に過ぎてしまう。

 上野駅からはエスカレーターで地下へと向かい、仙台駅まで新幹線に乗ることになっている。

 

 

「ふう」

 

 エスカレーターを降りて、いくらか冷静になれた。

 確かに今の自分は外見もおしゃれになったけど、言葉遣いや振る舞いではまだまだな所も多い、だから明日から行われるカリキュラムには真剣に挑まないといけないな。

 

 エスカレーターから降りると、青い色の服がゆらゆら揺れる。

 指定席券と乗車券を持って改札口を通り、目的の新幹線に乗る。

 新幹線の時刻表を見ると「やまびこ・つばさ」が先だが、こちらは途中駅で後続の「はやぶさ」に抜かされることが分かっている。

 もちろん、自分が買った切符もこの「はやぶさ」であるから、「やまびこ・つばさ」はそのまま見送ることになった。

 

 

 やがて、行きと同じ緑色の「はやぶさ」が姿を表した。

 俺は列に並びながら、ドアが開いたと同時に、指定された座席に座ることとなった。

 

「ふう」

 

 車掌さんの「間もなく発車いたします」の声と共に、新幹線がゆっくりと動き出した。

 

 ようやく一段落し、俺は夜の暗い車窓に目を向ける。

 新幹線は一向にスピードアップせず、ゆったりとしたスピードで走る。並行の在来線よりは速いものの、それでもかなり遅い印象はぬぐえなかった。

 石山さんが、行きを大宮で降ろしたのも納得の行く遅さで、そんな中で俺は上のニュースを眺めながら今日の総括に入った。

 

「女の子……」

 

 結論から言えば、俺の完敗だった。

 石山さんは、俺が女に目覚めた時を想定して、この服まで準備していた。それくらい、石山さんの思惑通りに、俺は動かされた。

 でも、それは俺にとってもいいことだった。

 おそらく、「体が女の子になった時点で」女の子の人格が芽生えるように出来ていて、そのために、一度TS病になったら男に戻ることを考えてはいけないし、戻ろうとすれば精神に変調をきたして自殺に至るんだと思う。

 そのことに気付かせてくれた石山さんは、自分にとっては正真正銘の「命の恩人」だ。

 石山さんの仕掛けた罠はとても巧妙だった。

 男としての人格が残っているからこそ、「女性専用」に興味を示すし、ましてや「女子更衣室」「女湯」と言えば、間違いなく「男が覗きたいもの」の筆頭格だ。

 それも影からこっそりとか、あるいは盗撮動画とかではなく、「女の体だから正面玄関口から堂々と見ることができる」何てなれば、それはもう食いつかない男なんていないだろう。

 しかし、一旦そこに入ってしまえば、「これだけ堂々と女湯に入っておいて、今更男に戻るの?」と言われて「はい」とは言えない。

 そうすれば、もう女として生きていく以外の選択肢はないし、それに女湯の女性たちが自分を見て何の反応も示さないのを見たら嫌でも女を自覚する。

 俺の場合は、無理矢理女の人格を押さえ込んできたため、一気に噴出した。

 

 今でも、さっきあの時薬湯で感じた屈辱感はとても色濃く残っている。

 これから俺は何百年という時を生きていくことになると思うけど、多分今日のこの日を忘れる日は来ないと、俺は思った。

 

 電車が轟音を立てて小山駅を通過する。

 今頃、石山さんは協会の本部で協議をしているのだろうか?

 石山さんはまだ高校生というのも、もしかしたら俺に火をつけたのかもしれない。

 もちろん、TS病歴では石山さんが先輩だけれども。

 

「女の子として生きていくのも、楽しそうだよなあ」

 

 今、サッカーサークルは、もちろん女子は俺だけ。

 今は「悟」が前面に出ているけど、もし「女の子宣言」をして、女の子らしく振る舞うようになれば、当然周囲は俺をめぐる争いになることは間違いなしだった。

 

「あーでも、あんまりやたらとアピールするのはよくないかなあ……」

 

 男が大人数に女が少数の空間は実はとても脆い。

 女をめぐって、男たちが争いあう可能性も高いからで、これとばかりは男の本能なのでどうしようもない。

 

「……」

 

 周囲に聞こえない声で、あれこれと将来像を浮かばせ、その度に消していく。

 結局、将来的なことは分からない。

 女の子になりきってから、その後のことを考えた方がいいのかもしれない。

 

 スカートで歩くことも、人前に出ることも、何の抵抗感もない。

 隣の席には誰も座っていないが、歩いている男性乗客の大半が、自分の胸へと視線が集まっていた。

 

 

 電車はやがて減速し、仙台へと到着した。

 新幹線から降りると、晩秋の風が吹き付け、スカートの中に少しだけ入り込んだ。

 

「……」

 

 ゆらゆらと小刻みに揺れる青いスカートを気にしながら、改札口を通り在来線に乗り換え、そのまま列車を出た。

 

 家までの馴染みの道のりも、スカートで歩くだけでも全然印象が違って見えた。

 家の前に立ち、俺は鍵を取り出してドアを開けた。

 

「ただいまー!」

 

  ドンドン

 

「あ、お姉ちゃんおかえ……!」

 

「ん? どうした徹?」

 

 徹が、固まっていた。

 

「ど、どうしたもこうしたも……お姉ちゃん、何でそんなスカートなんか……」

 

「幸子お帰り……ってあら! 幸子どうしたのそんなかわいくなって」

 

 母親まで驚いていた。

 

「えへへ、石山さんに渡されたのよ」

 

「あー、そういえば、一着だけスカートを送るように言われてたっけ?」

 

 徹も、思い出したらしい。

 

「うん、東京から仙台まで、おしゃれして帰ってきたんだー」

 

 今までの服もあるから、着替えようと思えば石山さんと別れた後に着替えることもできた。

 その意味でも、これは自分の意思の強さの証拠でもあった。

 

「そう、幸子、もう私も、覚悟を決めるわ」

 

「ああ、それにしたって、お姉ちゃんかわいすぎるよ」

 

 まだ、かわいいと言われるのはちょっと慣れない。

 でも、少しずつ覚えていけば大丈夫、俺はそう思うことにした。

 

「ふう、お風呂も東京で入ったからもう寝るね」

 

「うん、お休み」

 

 夜ももう遅いので、俺は早めにパジャマに着替えて寝ることにした。

 

「うーん」

 

 寝る時のパジャマはどれもゆったり感が勝負で、今までは男が着ても問題なさそうな感じのばかりを選んで、それでも女が強調されるのが嫌だったけど、今日はせっかくなので「女の子らしい」パジャマを着てみたい。

 

「よし、これ」

 

 ワンピースタイプのパジャマで、寝ていたら間違いなくめくれあがってしまう。

 それを考えると論外にも思えるが、でもかわいさならパジャマの中でも随一で、しかも女の子らしいピンク色だった。

 

「女の子らしくなってみよう」

 

 そう言い聞かせ、後頭部のリボンを取り、服を脱いでパジャマに着替えた。

 

「ふふっ」

 

 鏡の前にたったかわいい自分を見て自然と笑みがこぼれる。

 今日は東京で、さまざまな女性ともすれ違ったけど、今のこの自分よりかわいい女の子はいなかったと、断言できる。

 自分で自分もことをかわいいと思う女は痛々しいというけど、今の自分はどうだろう?

 

 他の女性に向けて、「別にかわいいとか美人とか思っていない」何て言ったら、かえってひどいと思う。いやそれくらい、今のこの塩津幸子はかわいらしい女の子になっている。

 

「ふう」

 

 電気を消してもう寝よう。

 とにかく今日は、1日で何もかもが目まぐるしく変わりすぎた。

 それに、さすがにだるい。


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