永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「ん……」
徐々に覚醒が始まる。
朝の気持ちいいひととき。少しずつ体を慣らしながら、ゆっくりと起き上がる。
今日は月曜日、大学の始まる日で、私は女の子としてのカリキュラムを終えて初めて通うことになる。
「幸せな子……」
起きると、教材として貰った少女漫画が目に入る。
少女漫画の変わりに消えていたのはサッカー関係の本や雑誌、今では、大分この光景にも馴染んできた。
少女漫画は、恋愛ものばかりだった。
だからこそ、次の課題もよく分かっている。
「男の魅力かあ……」
女性から見た女性の魅力と、男性から見た女性の魅力が異なるように、男性の魅力も男女で異なる。
それは、いわゆる男性アイドルを見れば分かる。
問題なのは、女性から見た男性の魅力を「この私が」十分に理解するということ。
いや、好みは色々だし、もしかしたら男性視点の男性の魅力でもいいのかもしれない。
どちらにしても、「女として」好きにならないといけないのは同じこと。
そんなことを考えながら、着替え終わって朝食へと向かう。
「おはよー」
「幸子、おはよう」
お母さんの声と共に、ご飯が作られる。
もちろん、食事の量は細くなった私に対応しているが、今でも「作りすぎ」に注意する必要があるのは変わらない。
「いただきます」
女の子の食事量にも、大分慣れてきた。
ちなみに、ダイエットに勤しんでいる女の子は、これの半分くらいしか食べないとか。
勿論、私は男の好みを知っているので、そういったダイエットのやりすぎはよくないことも分かっている。
むちむちむっちりが、一番好まれるのは確かだものね。
「ごちそうさまでした」
朝ごはんを食べ終わると、大学に行くまでまだ時間が残っている。
その時間を利用して、私は部屋に戻る。
実は今、気になっているのがお化粧だった。
石山さんのカリキュラムでは、「TS病の女の子は化粧はいらない」とあったけど、やっぱりせっかく女に生まれ変わったのだから化粧もしてみたい。
「でも、どうしたらいいのかな?」
やはり、インターネットで調べるしかない。
今まで全く無縁だったから、かえって興味も湧いてくるというもの。
「うーん」
通学中のバス車内、スマホでお化粧の仕方を調べてみたけれど、どうにもしっくり来ない。
お化粧の仕方、作法は沢山あって、どれも難しそうだった。
でもそれ以上に──
「やっぱり、石山さんの言う通りなのね」
手鏡から覗く自分の顔は、水色のショートヘアーがとてもよく似合う、お人形さんのような幼くも愛くるしい美少女で、そうした幼さと可愛らしさを残しつつ、胸はとても大きい女の子。
自分のことをかわいいと思うと、痛い女の子に思われるけど、私の場合、「そう思わない方がどうかしている」レベルで美少女だった。
そんなかわいさ満点のこの女の子に、果たして化粧が必要なのかという根本的な疑問だった。
やっぱり、石山さんはお見通しだった。
あれで私より年下の、徹と同級生だって言うのだから驚きだ。永原さんが言うのであればまだ分かるけど、石山さんの達観ぶりには本当に驚かされる。
「それでも……」
もやもやした思いを抱えながら、私は大学へと向かった。
「おはよー」
「おう、塩津おはよう」
「あ、おはよう、元気か?」
手原と大谷が、いつものように挨拶をする。
大谷は慣れたという感じだが、手原はまだどこかよそよそしい感じもする。
ともかく、講義が終わり、サッカーサークルの仲間と過ごす。
心なしか、女子の視線が痛いような気もする。
確かに、絵面だけ見れば、大勢の男を侍らせている女王様って感じでもあるけど、そうはいってもこれは元々私も男だったせいだ。
「うん、女の子のカリキュラムも終わって今日から本格的に女として生きてくって感じ」
もちろん、これから女の子として生きていくにあたっては、そうも言ってられないのだろうけど。
男時代はあれだけ欲しかった女との付き合いについて、今はあんまり乗り気になれない。
「へえー、もう後戻りはしねえんだな」
手原は、とても名残惜しそうにしている。
高校時代からのサッカー仲間は、ついには戻らなかった。
「へえ、でも、こんなにでっかく産まれたのはよかったんじゃね?」
大谷は、恐らく軽い気持ちで言ったんだと思うし、まあそこに思考が向くのは当然だけど──
「こらあ! もう、私は元男だから分かるけど、セクハラになるからダメだよ」
「わ、分かってるって! ごめんごめん」
胸をガードして少し後ずさると、大谷が慌てて謝って来る。
最も、手原も含めて私の巨乳へ余計に視線が釘付けになってるけど。
ま、仕方ないかな。男は大きいの大好きだし。ましてやこんなにかわいい女の子がこの大きさだもの。
これが生まれつきの女の子だったら、不快感だけが残るんだろうけど、幸いにして自分は元男のTS病なので、こういったことには理解があるのだ。
とはいえ、ずっとこのままでも嫌だけども。
そして、大学は私のことなど気にもとめずに講義が進んでいく。
大学での講義などは、男時代と変わらない。
変わることと変わらないこと、それぞれを噛み締めながら講義を受けた。
「やっぱさー塩津雰囲気変わったよな、先週と比べて」
「うんうん」
放課後、今日はサッカーサークルはお休みなのでそのまま帰る。
「え? やっぱり?」
そりゃあもう、カリキュラムでしごかれたし。
「カリキュラムってさあ、結局何したの?」
「えっとその、女の子として生きていくために、少女趣味とか、家事とか学んだり、後は少女漫画読む課題とか」
私は、以前に言っていたことを繰り返す。
「あーうん、前と同じか」
実際、言われていたこととやったことは同じだった。まあそれが普通なんだろうけど。
「でもそれでここまで変わるんだからなあ……」
手原は、何か考えているような仕草を見せる。
「ああ、今まではこう、男と女の中間って感じだったけど、今はもう、完全に女の子っていうか」
「うん、姿勢なんかも悟だった時とは違うし」
「え!? そう?」
正直に言って、私には全く自覚はない。
一人称が変わったとか、そういった所はもう女の子だけど。
「あー、そういうもんか」
「自分からは気づかねえもんかー」
でも、無自覚に女の子っぽい仕草が身に付いているのかもしれない。
やっぱり、肉体が、特に胸の大きな女の子になっていると、それに合わせて女性的な仕草が自然と身に付くのかも。
特に背中とか無意識に丸まっているのかもしれないし。
でも、ある日突然変わるから手探りでは適応が難しく、破綻する可能性があるので、カリキュラムという羅針盤が導いてくれる。そんなイメージだろう。
「ま、確かに塩津は塩津ってもな」
「ああ、女の子になってもう一ヶ月だもんな」
手原も大谷も、そしてサッカーサークルの仲間たちも、私を女の子として歓迎してくれている。
カリキュラムが落ち着いたら女子サッカーサークルに再挑戦してみることも勧められたけど、やっぱり止めることにした。
「でもよ、運動神経悪くたって、センスや経験ってもんもあるだろ?」
どうも、部長は私がサッカーを完全にやめてしまうことに未練を感じていた。
「うーん、今まで出来たことがまるで出来なくなって、肉体が追い付かないって辛いんだ」
サッカーでも何でも、年齢を重ねれば身体能力は衰える。
そうして選手は引退していくわけだけど、それはあくまで30代になってからの悩みでもある。
私の場合18歳で性別が変わるという、年齢的な衰えを遥かに上回る劣化を経験したのだ。
「あー、何かおっさんみたいだな」
「もうっ」
汗をかいた部員たちにタオルや飲料水を渡すと、すっごく嬉しそうにしてくれている。
「それにしても、塩津かわいいよな」
「うん、俺にとっちゃ塩津は天使だよ」
「おいおい、皆の天使だろ?」
「分かってるって」
私を巡って、ちょっとした争いみたいになる。
でも大丈夫、このサークルには、私が男だった頃のことを知っている人ばかり。
「ま、俺たちは圏外だろ。理屈じゃないつっても、あの塩津を見とるからな」
「だなあー」
いくら私がかわいくて美人な女の子になったとしても、ガンガンならした塩津悟を知っていると、恋愛とかにはもつれ込まないらしい。
「ふふっ」
つまるところ、私にとって今のサッカーサークルはとても居心地がいい場所なのだ。
女の子として扱って貰えて、おまけにかわいくて美人な私だから男たちは皆ちやほやお姫様。
でも、私の正体も知っているから本気の奪い合いにはならない。
あるいは、誰かが私と恋人になったとしても、今はこのサークルは崩れない。
何だろうか、こういったところから、より女の子にのめり込んでいく、そんな気がしてきた。
サッカーの試合は終盤に入っていて、手原が所属している赤組が1点リード。
石山さんの言葉が思い出される。
石山さんは、「女の子として、いつかは彼氏を作らないといけない」と。
サークルの人たちは、私に恋愛感情にはならないと言っていたけど、逆に私から見れば、男と積極的に触れあえるのもこのサークルくらいで、私の恋愛が原因でサークルが壊れたりもしない。
いやでも、私が誰かと付き合ってサークルが壊れるのも………
「だめっだめっ!」
ぶんっぶんっ!
「塩津どうした?」
「ああごめん、考え事してて」
慌ててごまかす。
「そ、そうか……」
思いっきり首を振ってしまい、隣にいた控えの部員に怪しまれてしまった。
でもさっき考えたこと。それ以上を考えるのは、私にとってずっと早いことだった。
それに、そんな邪悪なことを考えるのも、ゾッとしてしまう。
「ふー」
深呼吸をして、気分を落ち着かせる。
だけど、これもまた、自分の心が女に近づいていると思えた。
「塩津はさ、女になるってどういう感じだったんだ?」
サークル仲間がふと話しかけてくる。
大学ともなると、制服などもなく、先輩後輩の見分けもつかない。
名前を知っていても、それが何年次なのかお互い知らない。
「えっとその……すごく痛くて血を吐いて──」
「あーうん、そうじゃなくて、もっとこう……カリキュラムとかさ」
どうやらここ数日のことを知りたいらしい。
「うーん、実は、同じ病気になった人たちが皆、精神壊して自殺しないためには、女の子として生きていくしか道はないって、だから仕方なくって感じ」
「仕方なくっかあ……確かに、体が女の子になっちゃった以上そうなのかもなあー」
やはり、このことはTS病の女の子にしか分からない感覚だと思う。
女の子よりも女の子らしく、女の子を意識しなければ、かつての自分のように、男に戻りたくなってしまうから。
「まあ確かに、男に戻れない以上、戻りたいと思っちゃいけねえってことか」
「そういうこと」
どうやら、納得してくれたらしい。
まあ男に戻れないということさえ知っていれば、納得するのは難しくないことなのかもしれないけれども。
「まあでも、サッカー選手の塩津がいなくなったのは痛いけど、代わりにサークルのアイドルが出来たよな」
「え、えへへ」
サークルのアイドル、私が人生でまさかアイドル扱いされるとは夢にも思っていなかった。
確かに、私の容姿は、下手なアイドルよりはかわいいと言う自負がある。
これは自分も自信によるものか、はたまた未だに変化に慣れずに、どこか外側から自分を見ているせいなのかは分からない。
だけど石山さんがそうであったように、せっかくかわいく生まれ変われたなら、新しい人生はそれを活かしたものにしたい。
「まあ、塩津が今後女として生きていくにしても、俺たちとは友達でいような」
「うん」
サークルでの日々がこうして、過ぎていった。
カリキュラム終了後は、変化も日に日に少なくなっていった。
「えーではですね、以上をまとめますと──」
大学での勉強も、順調に遅れを取り戻しつつある。
といっても、楽と評判の教科を中心に選んでいるので、そこまで悲観はしていない。
とはいえ、数多くの単位を受ける1年次でのTS病が痛いことに代わりはない。何せ女の子としての振る舞いなんかも、この歳でまた1から覚えていかなければいけないのだから、単純にやるべき勉強量が増えてしまったということになる。
もちろん、受験が控えている去年になるよりはましだし、あんまり若すぎると今度は思春期ど真ん中で大変そうだ。
それらを勘案すると、石山さんみたいに高校2年生あたりが丁度いいのかもしれない。
仙台は、徐々に晩秋という季節に差し掛かり、気温もどんどん下がっていく。
寒く長い東北の冬が、今年もやって来る。
「うー」
「塩津、寒そうだな」
帰りのバスのバス停、手原と大谷と共に、私もバスで待つ。
「あうー凍えそう……」
今日はいつになく冷えている気がする。
「なあ塩津、お前そんなに寒がりだったか?」
「ああ」
手原も大谷も不思議そうだ。
「う、うん、女の子になってから、体がどうも冷えやすくって」
「あー、女性だと冷えやすいって言うよなあー」
こういった所でも、「女」を自覚することが多い。
自分は仙台生まれ仙台育ちで、寒さへの耐性は仙台人の平均だと思っていたけど、女性になってその考えも改めないといけない。
ふと、近くの女子に目がいった。
この寒さにもかかわらず、膝上のミニスカートを穿いていた。
それとほぼ同時にバスが来て、私たちは中に入る。
「ふー暖かい」
冷えやすい女の子の体にとって、バスの暖房は救世主だ。
さっきの女の子は、本当にすごい。
「だなあ」
手原と大谷も、同じように座ると寛ぐ。
ちなみに、さっきの女の子は、どこか妬んだような目線で私の胸を見ていた。
「それにしても、女の子ってすごいわ。この寒いのに──」
「ははは、塩津、無理するなよ」
実際、真冬の東北でも、女子高生何かはミニスカートが多い。
それはつまり、おしゃれに敏感な女の子が多いということ。
「うん」
女の子としては、私はまだまだひよっこでもあるのだ。
でも、寒さへの強さが変わるわけでもないしうーん──
あ、そうだ。余呉さんに相談しよう。
「ん? どした塩津?」
一人で脳内盛り上がりをしていた私に大谷が疑問符を投げ掛ける。
「ああうん、今日のことは余呉さんに相談かなって」
「余呉さんって確か塩津のカウンセラーだっけ?」
手原もこの辺の記憶は曖昧みたい。
「あーうん、厳密には石山さん何だけど、石山さん関東住みで、普段相談する時は余呉さんにって」
「へえー」
余呉さんに相談すると言っても、まずは日本性転換症候群協会の東北支部に行かないといけない。
東北支部は、仙台郊外にある小さなプレハブ小屋の一室で、家や大学からも近い。
余呉さんにはあらかじめ予約をしておけば大丈夫だと思うけど、彼女も本業持ちなので土日のいずれかになるだろう。
「ともかく、相談しないことには仕方がないな」
「だなあ、餅は餅屋だぜ」
「うんうん」
手原たちと話しつつ、私は1人になって家に帰った。
カリキュラムが終わったとはいえ、やらなければならあいことは本当に数多い。
カリキュラムというのは、いわば女の子として入り口の入り口であることは、分かっていたこととはいえ、今後の苦難を想像するとやはりまだまだ気分が重いことには変わりがなかった。
更新頻度上げたいけど上がらない……昔はもっと更新できていたのに