永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「はーい、篠原君と石山さん、ちゃんと時間通りね」
食事券の整理の時のみ会う実行委員とともに、今回のバーベキューの準備を聞く。
永原先生の事前の説明でも知っていたが、バーベキューの時に実行委員がする作業は僅かで、それよりもチーム全体を見て、監督する。トラブルがあった時に対応したり、先生に取り次いだりするといった後方リーダー的な仕事が主になる。
まあリーダーはもちろん必要ならば現場に出ることも重要だけど、全体の監督のほうが大事ということだ。
会合が終わってしばらくすると、小谷学園の全生徒が集まり始めていた。
私はいつもの2組の生徒たちの前で説明を始める。
「えーっと、まずは野菜を切る、洗う班と火をおこしたり、炭を入れたりする班に分かれてください」
「はーい!」
「うむ、そんな感じだな」
そして、主に野菜を切ったりあるいは早く焼けるように事前に茹でるグループは主に女子、それも桂子ちゃんグループの女子が中心になる。
木を切る他にも、炭や火おこし、テーブルなどのセッティンググループは主に男子。こちらの方が人数が必要だと言うので、旧恵美ちゃんグループの女子もこっちに編入してもらう。
特に腕力が必要な作業は男子を押しのけて恵美ちゃんが担当することも。
まあ、テニス選手と言っても、さすがに男子ほどの力は出せないようだけど。
まず火おこしグループはバーベキューの台を持っていく。
私と篠原くんはそれぞれ肉野菜グループとセッティンググループを監督する。あたしは肉野菜グループの担当だ。
「あ、さくらちゃん、包丁の持ち方が違うよ!」
さくらちゃんが間違った包丁の持ち方で切ろうとするので止める。
「え? そうなの優子さん?」
「これだとあんまり良く切れないよ。そうじゃなくて――」
私は母さんの受け売りでさくらちゃんを指導する。
「あ、すごい! ありがとうございます!」
「さくらちゃんもやって見て?」
「は、はいっ! わーすごいです!」
「すごいですね、優子さん家庭的ですよ」
龍香ちゃんが褒めてくれる。
「えへへ、カリキュラムの後も休日は家事手伝いしてるから」
「ほうほう、それはすごいですねえ。私なんて全然やってないですよ!」
「母さんの話だと、『ちゃんとお掃除お洗濯お料理ができないと可愛くてもダメ』らしくて……」
「ほうほう……」
「母さん、いつも『優子を立派なお嫁さんにする』って言ってて……」
「ふーん、今でも引っ張りだこだと思うけどねえ優子ちゃんは」
キャベツを切って洗いながら桂子ちゃんが話しかけてくる。
「そりゃあ、あたしも自分のことはよく分かってるし……正体さえ知られなければ第一印象は最高だろうけど……」
「でしょ? なら十分じゃないの?」
「……でも、いつまでも正体話さないわけにも行かないし、お嫁さんになるんだったら母さんの言う通り、単に可愛くて美人なだけじゃダメだと思うの……だからあたし、家事も頑張る!」
「優子ちゃんってホント健気よねえ……」
「うんうん、容姿と性別が変わると人ってここまで変わるんだって、改めて思ったわねえ……」
「男だった頃は、怒ることが生きがいみたいだったのに……そういえば、優子さんって女の子になってから怒ったことありましたっけ?」
「うーん、セクハラされた時は結構怒ってましたけど……」
「いやいやそういうのではなくて、本気で怒ってる感じの……」
あれ? そういえば思い出せない。女の子になってから、ほとんど怒った記憶がない。
「うーんそう言われてみれば無いですねえ……」
「……まあ、温厚なのはいいことじゃないの?」
「そうですね。優子ちゃんが本気で怒るって、何か想像がつかないですし」
「うんうん。優子ちゃんって名前の通り優しい子だもんね」
「あ、ありがとう……」
優しい、可愛い、美人、女の子らしい。あたしにとって、いや私だけでなく、女の子なら何回言われても嬉しい言葉だ。
「はーい、あんまりおしゃべりしすぎないでねー」
永原先生だ。
「あ、永原先生すみません」
「皆さん、女の子は同時作業できるからって、油断しちゃダメよ」
「はーい先生」
「分かりました」
「……石山さんも、ちゃんと監督してください」
「はいっ」
永原先生に声をかけられたので、今度はウインナーと人参を茹でる作業を見る。
こちらは田村グループながら野菜班に参加の虎姫ちゃんの担当だ。
火おこし組がまだ到着していないため、水道から水を汲んだ後、野菜を切っている。
ガスコンロなんて言う都合のいいものは無いようだが、一応マッチはあるため、下に新聞紙と炭などを引いて湯をわかすことが出来る。
このあたりは、私もよく分からない。
私が母さんから習っている料理は、現代的なキッチンを前提にしたもので、こういう野外のバーベキューは完全に分からない。
私は現場でトラブルがないか監督しつつ、手が空いた人に油や皿などを取ってくるようにアサインを出していく。
別のクラスで指を少し切った子が居たなんて言うトラブルもあったものの、私達は関係無い。
連絡が入った時には気をつけるように改めて注意喚起するに留める。
ふとセッティンググループを見ると、男子たちがテーブルの作業に入っていた。椅子を立てて8人一組で1つの台を作る。
つまり、野菜や肉を全体で4分割する必要がある。この分割作業はこちらの管轄。注意しないと。
各テーブルでそれぞれどれだけ焼くのかと言った調整もあるし、また焼きそばのこともあるので、料理ができる人を各テーブルに一人は入れなければいけない。
そのあたりも考えて、テーブルを配分する。でも、女子グループの対立の激しかった時代でなくてよかった。
男子たちはバーベキュー用の鉄板を並べる。ほんのり夕焼けになり始めた。
火を起こす前に、まずは新聞紙と炭、更に一部木材をバランスよく入れる。
永原先生によると、まず火である程度鉄板を温め、それから油を敷くといいらしい。母さんも似たようなことを言っていた。温める前に油を敷くのは「略式」らしい。
私は虎姫ちゃんと同じ鉄板に入る。
よし、準備は完了だ。
バーベキュー開始まで15分の猶予があり、私達のクラスは一番乗りだ。
それまでは自由時間、クラスのみんなが他のクラスの邪魔にならない程度に、思い思いに広い草原で遊んでいる。
私はそれを見て、何か問題がないかどうか見る。
よく見ると篠原くんも同じ仕事をしていた。こういう遊びの時にトラブルも起きやすいからだ。
「はーい、みんなーそろそろ始めるわよー」
永原先生が号令をかける。
永原先生の号令とともに、各自が集まり、それぞれ割り振られたのテーブルに着く。
私のテーブルでは、男子の一人が太い木の棒に火をつけていて、それを使いそのまま点火する。なんか原始時代みたいだ。
どうも、あちらの方で火を起こして「種火」を作ったらしい。マッチなどで火をつける計画だったが、永原先生が火おこしを実演してくれたので、それをやってみようという話になったそうだ。
一瞬、「永原先生何で火おこし何て」って思ったが、すぐに「戦乱の時代を生き抜いてきたんだから当たり前」だと気づいた。
火の上に鉄板を置き、熱くなってきたのを見計らって油を入れて敷く。
その間、私が鉄板の周りに明日小さな各人の小テーブルの上にタレと紙皿、紙コップに飲み物を置く。足りなくなったら外側にある予備からとっていく感じだ。
頃合いが良くなったら、まず肉と野菜を入れる。少しだけ野菜、それもニンジンやカボチャ、ジャガイモのように固いものが多めだ。もっとも、ニンジンは茹でてあるので、早めにできるはず。
他のテーブルでも時折「いただきます」の声が聞こえ、私たちのテーブルでもバラバラに「いただきます」をする。
まず焼けた玉ねぎを取る。そして口に入れる。
「お、おいしい!」
何だろう、自然な焼き方というのかな?
「家での焼き焼きとはまた違う味わいだね」
「うんうん」
次にニンジン、ピーマン、キャベツなども続々焼けてきて、タレに着けて食べる。
さらに、肉もあったのでそちらも食べる。
女の子になってゆっくり食べることになったのでより味わって食べることができるようになったと思う。
男の頃は、こう、お腹を満たすためという欲望が先行することが多かった。でも、それを簡単に達成できるようになったために、こういった別のことに目を向けることができるようになったんだと思う。
味覚は変わらないけど、こういった細かいところで、男女の違いを感じられるようになった。
肉の味わい、タレと肉汁の重要性、どれくらい焼けばよく焼けるのか。などなど、母さん任せだった料理を習ったことも大きい。
お腹いっぱいになりやすいから、味付けも自然と薄くなった気もする。
ともあれ、皆より少し少ない量を取る。
途中虎姫ちゃんが「優子の食べる量が少なくなっている」と注意喚起したものの、私は「これでちょうどいい」と言った。
まあ、それでも周囲は遠慮してくれたけど。
また、ピーマンやニンジンが嫌いという人もいて、私はピーマンを集中的に食べた時もあった。
「優子、こんな時もあまり多く食べないんだね」
「ええ、女の子になって最初に病院食を食べた時は驚いたよ。すぐにお腹いっぱいになったから」
「ふむふむ……食べ物の好き嫌いはどうなんですか?」
「特に優一の頃から変化ないよ」
「なるほど……」
女の子になっても変わらないこともある。
私はかつて自分が嫌いな男だった。だから、TS病になったのを契機に、男としての性格も、人格も全部捨てて、今度は優しい女の子になる決意をした。
今ではもう、昔の私も思い出話の一環だ。
林間学校でも改めて分かった。私は、かつての男だった頃の私とは、殆ど正反対になった。
昔の私は、怒りっぽくてすぐ怒鳴る、乱暴な男の子。そしてとても強引で力ずくを好んだ。
今の私は、健気で泣き虫、優しい女の子。そしてとても繊細で力も弱く恥ずかしがり屋。
自分で変わりたから変わった。でもここまでうまく変われたのは本当によかった。
最初はちょっといじめられてたけど、仲の悪かった女子グループも一つになったし、今のあたしは普通に女子として溶け込めた。
歪んだ正義感で偽善を振りかざした先生も、もういない。
「石山、あんまりお肉食べてないよ。ほらこれ食べなよ」
「あ、ありがとう……」
男子の一人が私のために肉を取ってくれた。
この男子も、以前に何回か怒鳴っていた相手だ。
でも今はこうやって、あたしのことを思いやってくれる。
バーベキューは徐々に野菜から肉中心になっていく。
私は、この中では一番最初にお腹が膨れる模様なので、みんなもペースを少し落としてくれる。
「優子、焼きそばもあるから配分に気をつけてね」
「ありがとう虎姫ちゃん……」
男子が一番食べているかと思えば、結構虎姫ちゃんも負けていなくてびっくり。
やはりサッカー部なのか。
「でもさあ……」
「ん?」
「優子ちゃん少食なのに、何でここは大きいのよ……」
虎姫ちゃんが私の胸に視線を移す。
「ちょ、ちょっと虎姫ちゃん! 男子も居るんだから!」
あたしは抗議しながら腕で胸を防御する。
「あ、ゴメンゴメン」
男子も一瞬ビクッとしたが、すぐに元に戻ってくれた。
既にあたしがそう言う女の子っぽい態度をとっても、あまり驚かれなくなった証拠だ。女の子として復学したばかりは奇特の目で見られた。女の子が女の子らしくして何が悪いのかと自問自答していた日々も今では懐かしい。
「あたし、あの倒れた日の翌日、朝起きた時には既にこの姿だったから。最初からって言う感じなのよ」
「そうなんですか……」
「ふうー」
「優子、溜息ついてどうしたの?」
「ああ、いやごめん。何でもないよ」
肉も徐々に減っていく。あたしはお腹がかなり膨れてきて、焼きそばを食べられるか心配だけど、他の生徒達はもりもり食べている。
でも、やっぱり周囲が遠慮しないように、無理しないギリギリを狙って食べる。これが結構難しい。
「さ、肉野菜もこれで最後だよ」
虎姫ちゃんの号令とともに、最後の肉野菜を食べる。
私が食べる量は少ないが、他の男子も食べたがりなので、利害は一致している。
この後はシメの焼きそばだ。
「さ、焼きそば行くよー!」
虎姫ちゃんが号令をかけ、改めて油を敷く。
垂れの付いた紙皿を回収し、私がゴミ箱に捨て、その間に別の人が空の紙皿を用意してくれていた。
この焼きそばの調理が私の担当になっている。
まずもやしとキャベツを入れ、満遍なく炒める。
「おおー!」と歓声が上がる。
女子の間では、もうあたしが家庭的であることは知られているが、料理班ではなかった男子の間では知られていないようだ。
最近は女子でも家事ができない子が増えていて、嘆かわしいとは母さんの話。そんな時代だからこそ家事ができ、女の子らしい女の子はモテるのだという。
野菜がいい匂いをしてきたら、次に麺を入れ少量の水を含んでほぐす。少しだけ油と激しい反応を起こすのではねた油に注意する。
箸でほぐし、片方が温まったら両手に鉄のヘラを持ってひっくり返す。
こんなに大量にはやらないので何度かに分けて行う。
火加減の調整が難しいのがこのバーベキューの難点だが、致し方あるまい。
ここは弱火にしたいので、新しい木を増やして火を一時的に少し弱めさせる。
そして麺が大分ほぐれたところで、焼きそばソースを満遍なくふりかける。
これは他の人にも手伝ってもらう。
ソースを麺に満遍なく浸透させ、白い部分がないように箸で慎重にかき混ぜていく。
そうこうしているうちにソースが均等に行き渡ったので、最後に青海苔をかけて完成だ。
「うおお、石山の作った焼きそば! うまそうだな!」
「いただきまーす!」
私も自分の分を盛り付ける。とりあえず自分で野菜と麺を食べて見る。
……うん、ちょっとだけ失敗しちゃったかな?
ソースがあんまり万遍ないし、野菜の焼き加減もところどころ不均衡なところがある。
でも……
「うおお、美味えな!」
「そうそう、この手作り感がたまんねえよな!」
「優子ってホント完璧な女の子よね」
みんなが心の底から喜んでくれるのを見ると、謙遜する気も薄れてしまう。
夢中でみんな食べるけど、あたしを見るとすぐに声をかけて、あたしの分を取っておいてくれる。
それでも、焼きそばは少しずつなくなっていく。
「あーあ、楽しい時間は本当にあっという間だね」
虎姫ちゃんが言う。
「大丈夫よ、小谷学園に居れば、また楽しい時間は来るよ」
「ふふっ、優子ちゃんらしいわね」
「でもよ、やっぱ人生って短いからさ、今を全力で生きたいっていうの。石山は全力で生きてるよな」
男子の一人が言う。
「え? そうかな?」
「うん、実行委員やってるの見てさ。俺たち、石山……本当に改心してるんだって……それまではさ、心の何処かで弱い子ちゃんアピールしてるんじゃないかって思ってた」
「う、うん……そう思われても、仕方ないよね」
「でもさ、実行委員……本当に頑張ってるよ。いくら許したと言っても、一番いじめてた相手とあんなに上手くやるなんて……俺だったら出来ねえよ……」
「うん、ありがとう……」
「短い人生の中で、そういう心、特に性格を入れ替えることって、俺はとても難しいと思うんだ」
いいことを言う、でもその言葉は私には的外れだ。
「ふふっ、心を入れ替えるのは難しいのはそうだけど……」
「?」
「あたし、人生短くないよ」
「あ、そうだったね……ごめん」
「いいのよ、あたしの長い人生はもっと後になって考えるよ」
「……」
「さ、話し込んでないで、今は今を楽しもうよ。もうすぐ終わるけど、バーベキュー……ラストスパートしよ?」
「ああっ!」