永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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突きつけられた現実 後編

「石山さ~ん、7番にお入り下さい」

 

「ゆう、行きましょう」

 

 待合室で母さんと無事に合流し、これからカウンセリングだ。重要なカウンセリングになること間違いなしだ。

 それにしても、案内放送でも他の人は名字の後フルネームだけど俺は名字だけと言うのはなんだか申し訳がない。さっきはフルネームだったのに変わってるし。

 まあこんな姿で「優一」なんて言われたら白い目で見られるしな。

 

 それにしても、何かさっきからどうも気配に違和感があるなあ。女の子になって背が低くなったせいで視界も低くなったからかなあ。まだ視線の高さもそこまで慣れないし。

 まあいいや、カウンセリングルームに入ろう。

 

「あ、石山さん、こっちに座って?」

 

 って、おいおい、何で永原先生が座ってるんだ!? そういえば、永原先生も午後に戻ってくるとは言っていたけど。まさかカウンセラーなのかよ!?

 親子で驚きながらもとにかく言われるままに座る。

 

「驚いちゃいましたか? すみません。その、手紙にも書いてあったと思うんですけど、この病院、カウンセラーの方は他にも居るんですけど、今回の病気はかなり特殊ですので、同じ病気の私がやることになりました」

 

「うん、分かった。それで、おれ……あー、あ、あたしはこれから何すればいいの……よ?」

 

「あらあら、もう順応しようとしてるの? いい心がけだとは思うけど、早まり過ぎちゃ駄目よ」

 

 永原先生が俺を好意的な目で見ている。

 

「い、いやその、この声だと俺って言うのはなんか違和感があるっていうか……でも今まで男だったからつい癖で出ちゃうからこうなってるだけで……」

 

「あの……先生、いい心がけっていうのはどういうことですか?」

 

「うふふ、それはね。私も教師を本業にしているけど、実はTS病患者の手助けをする仕事もしてるのよ」

 

「手助け?」

 

 まあ確かに珍しい病気だし、そういうのを手助けするってのは分かるけど。

 

「……私は実は『日本性転換症候群協会』の会長なのよ」

 

 そういえば、妙に出張の多い先生だと思ってたらそういうことだったのか。

 

「もしかしたら午前中のお医者様にも言われたかもしれないけど、この病気になると二次障害として性同一性障害にとてもなりやすいのよ」

 

 性同一性障害、つまり自分の心の中の性別と肉体との性別が違うことで苦しむというあの病気か。

 本来は極めて例外的な状況を除いて先天的な病気とされているわけだが、確かに後天的に、それも突然性別が変わればそれに陥るのはむしろ自然の道理かもしれない。

 

「それで、これは私が今まで会ってきた患者さんに何度も言ってることなんだけど……男に戻りたいと思ってはいけないし、仮にそう思ってしまったとしても、絶対に性別適合手術をしちゃ駄目よ」

 

「ど、どうして? たしかに医者も個人的にはおすすめしないって言ってたけど……」

 

「理由は簡単よ。そんな手術をしたところで見た目が男性に似始めるというだけ、生殖能力もなくなるし、『以前のような『完全な男性』に戻れない』という現実を突きつけられるだけで、その手術を受けた患者の大半がその後自殺してるわよ」

 

「つまりあれはあくまでも、肉体的な男性として生活したことのない人向けってことか」

 

「そういうこと。それでも、藁にもすがる思いなのかもしれないわね。男に戻りたいなんて思った患者の殆どは、私や周囲の忠告を無視してしまうわ」

 

「どうして無視しちゃうんだ?」

 

「……石山さん、女性になってみてどう? なんか不便を感じたこと無い?」

 

「あ、あります。背が縮んで届くはずのものが届かなかったり、食べる量が減っていたり、トイレが近くなったり……」

 

「そう、多分予想できてると思うけど、他にも外出の準備や風呂に時間がかかったり、体力がごっそり落ちて疲れやすくなったり、力もなくなって重いものも運べなくなるわよ。男性ホルモンの注射だけじゃ男女の力の差は補いきれないわよ」

 

 確かに、それはよく分かるわね。

 

「実は性別適合手術を受けた患者の多くがそれらも取り戻そうとしてステロイドのような筋肉増強剤を手に入れようとしたりもしちゃうのよ。こうなると健康も害し始めちゃうの」

 

 俺と母さんは、TS病患者がバッドルートに進んだ場合どうなるかを聞きいっていて話さない。どうも恐ろしい話なのだ。

 

「……でもね、何をどうやっても、完璧に男性に戻ることはない。男性としての生殖能力を取り戻すことは絶対に不可能だと知って絶望して、多くの人が自ら命を絶ってきたわよ」

 

「なるほど、とにかく、そっちのルートは無理ってことか」

 

「あの……永原先生、うちの子は……うちの娘はどうすればいいんですか?」

 

 母さんが質問する。

 

「決まってるじゃない。現実を受け入れて、女性として生きることよ」

 

 そりゃあ、自ずと選択肢はそれ一択になるよなあ……

 でもどうやって?

 

「あの、女性として生きるというのは……」

 

「もちろん、心から女の子にならないと駄目よ。慣れるまでは男女の違いに戸惑ったときには、自分は女の子、女の子なんだから女の子らしくしないとダメって心に念じ続けるの」

 

「……でも、それだけでいいのか?」

 

「もちろんそれだけじゃダメよ。早く女の子として慣れるために、まずは私の作ったカリキュラムを受けてもらいたいの。だけど、このカリキュラムも厳しいわよ。今週一杯、正確には日曜日まで休むように言ったのも、この間はずっと私のカリキュラムを受けてほしいからなの」

 

「ど、どうしてですか?」

 

 母さんが質問する。

 

「石山さんには、まず学校生活の前に、日常生活の訓練をしないといけないからです。石山さんには、言葉遣いの矯正はもとより、女性としての風呂の入り方、女子トイレでの振る舞い、生理の対処法、ミニスカートを穿いての外出、更に少女漫画や女性誌を読む訓練もしてもらいます」

 

「うわあ、盛り沢山の内容だなあ……」

 

「もちろん、石山さん、あなたの人生だから、このカリキュラムを受けなさいとは言わないわ、半端な覚悟だとカリキュラムに耐えられなくて投げ出しちゃう人も多いもの、そうなれば最期男に戻ろうとして悲惨な末路をたどるわよ」

 

 うぐぐ、今の俺の状況、結構厳しいんだな。

 

「……カリキュラムを受けずに、少しづつ女性としての振る舞いを自然に身につける方法もあるにはあるわよ。これだと、一部だけ男性の人格を保ちつつなあなあでやっていけることもあるわ。でも、途中で女性の生活の不便に耐えられなくなったら……」

 

「バッドルートに入るってことか? 先生はどうやってそれを回避したんだ?」

 

「先生は……もう男性だったのは遠い昔だからねえ。あの病気になった日のことは覚えてるけど、前後の記憶はもう殆どないわね。女になってしばらくした頃からはよく覚えているんだけど。いつの間にか女性化してたって感じ? 実はあんまり覚えてないのよ」

 

「お、覚えてないって!? 先生は一体何年……!」

 

「あらあら、女性に歳を聞くなんて失礼ね!」

 

 ですよねー。

 

「ご、ごめんなさい。うちの娘が……」

 

 慌てて母さんがフォローする。

 

「……まあでも、教えない訳にはいかないよね……今から話す話は決して口外するなとは言わないけど、なるべく話さない方がいいわよ。何も知らない人に話しても変な人扱いされるから」

 

「う、うん」

 

「私永原マキノは、元々は鳩原刀根之助(はつはらとねのすけ)って名前だったの」

 

「随分古そうな名前だな……」

 

「生まれたのはそうねえ……確か永正15年だったから……そう、499年前の話ね」

 

「よ……よんひゃくきゅうじゅうきゅうねん……」

 

「し、信じられないわ。永原先生、そんな昔から生きてるって」

 

 あまりの衝撃的事実に俺も母さんも固まってる……

 

「私は信濃の国、今の長野県で伝令役の足軽をしていたわ。真田源太左衛門、あー去年大河ドラマでやってた真田丸の主人公のお祖父様に仕えてたのよ」

 

 へえ、真田幸村の祖父ってそう言う名前だったのか。

 

「そ、そんな昔って……」

 

「あれは20歳のときだったわ。あの日のことだけは、今でも鮮明に覚えているわよ。一人で農作業してたら石山さんと同じように下腹部が痛み出し、血を吐いて、耳だけ聞こえる状態で、最後は精力を出し尽くして、誰かが屋敷に運んでくれたみたいだけど、次に気付いたときには、女になっていたわよ」

 

「……」

 

 母さんはまだ固まってる。状況が飲み込めないのも無理はない

 

「じゃ、じゃあまさか!? 122歳が人間の長寿記録ってのは嘘なのか?」

 

 代わりに俺が質問する。

 

「そう、先生こそが長寿番付真の1位なのよ。ただ、本当の年齢がバレると色々とまずいから非公表なのよ」

 

「ど、どうやって生きてたんですか?」

 

「私はよく覚えていないんだけど、確か隣の村に逃げた記憶があるわ。明治頃まではこの病気になると不吉だとして殺されていたのよ。あの時代は難民も珍しくなかったから特に怪しまれなかったわ」

 

 なるほど、それで昔から生きてる人はいないのか。

 

「数年くらいしてから、信濃の元の村に戻ったわね」

 

「名前を変えてしまえば同一人物だとは思われなくて、行方不明扱いになっていた刀根之助の家にも戻ったわ。気がかりだったのは知らない間に私の土地の主君が代わってたことくらいよ」

 

 気付いたら主君が変わっていたって、結構衝撃的なことのような気がするけど。

 

「まあ、その状態もすぐに私の主君、真田源太左衛門様の調略で元に戻ったんだけどね」

 

「まさか当時は私が老けない体になっていたなんて思いもしなくて、確信したのは天下が本能寺で織田前右府が明智日向守の謀反で討ち取られたという話で持ちきりだった頃だったかしら?」

 

 ん? 本能寺の変? 織田前右府ってのは織田信長のことか? 明智日向守はおそらく明智光秀のことだろう。何で先生はこんな言い方するんだ?

 

「その頃からは村人にも怪しまれるようになっていてね……本能寺の変身後に信濃が戦乱に巻き込まれて、その時に危険を感じて諸国を流浪していたわよ。関ヶ原の戦いも見物したわよ。小早川中納言殿の裏切りは本当に突然だったわね」

 

 せ、関ヶ原の戦いを見物したって……小早川ってあの小早川秀秋だよね?

 

「大坂の陣が終わって天下が太平になると江戸に住んだわ。『不老の娘』はすぐに噂になったけど、戦乱の世も終わって年長者を重んじる儒教に助けられたわよ」

 

 ふむふむ。

 

「幕府が開かれてちょうど50年目だったかしら? 私は時の徳川将軍に拝謁が許されたわ。当時、私の主君の孫君で、私の直接の主君とも幼少期に面識があった真田伊豆守がまだ生きていらしたのが幸いだったわね」

 

 ん? またよく分からない人が出てきたぞ。

 

「伊豆守殿も『自分の領地に老けない町娘が居た』という噂はお聞きになっていたようで。私が遠い昔、真田に仕えていたことをどうやって話したか……それは覚えてないわ」

 

「永原先生は、何を覚えているんだ?」

 

「……肖像画に書かれなかった源太左衛門様の顔の特徴を伊豆守殿の前で話したことは覚えているわ、でもどうやって信じてもらえたかまでは……もう350年以上も前のことだから……」

 

 350年以上前……恐ろしく昔だけど永原先生のその時は150歳近かったってことだよな?

 

「でも、私の心に一番残ってるのは伊豆守殿の『よう、よう戻りてきたり、刀根之助』というお言葉ね。私はその言葉を聞いて、上様の御前だと言うのに大泣きしてしまったわ」

 

 永原先生の話を黙って聞く。

 

「家老の一人が『無礼者』と私に怒鳴ったんだけど、上様が『よい』と仰せになって制止されたわ。4代様は幼少だというのに立派な御方だったのを覚えているわね」

 

 永原先生が、当時の将軍のことを話す。

 

「それ以来、明治維新まで江戸城に定住して、江戸城で働いていたわ。本当は元鞘に戻るためにも伊豆守殿に士官したかったんだけど、上様が許してくれなかったわ」

 

「と、ところで、さっきから聞き慣れない名前が出てくるんだが……真田源太左衛門とか真田伊豆守と言っても誰のことかさっぱりわからないんだが……」

 

「……やあねえ! 私の口からそれを言わせるの? それは無理な注文よ」

 

 突然、永原先生の口調が変わる。

 

「え? どうして?」

 

「石山さん、あのね。本来本当の名前を口にするのはものすごく無礼なことなのよ。よっぽど憎む敵でもない限り、例え主君であろうと臣下に対して仮名を使うものなのよ。ましてや自分の主君やその筋の御方の(いみな)を口にするなんてできるわけがないじゃないの」

 

 今までよりもかなり諭すような言い方で俺を咎める。

 よく分からないが、どうも先生の中では重大なタブーらしい。深く詮索はしないでおこう

 

「続きを話していいかな?」

 

「はい」

 

「……単なる町娘と言ってもこの時は既に140歳くらいにはなってたから幕府も丁重に扱ったわ。私の存在は幕府の最高機密とされて、戦乱の時代から生きているというのは比較的武士の間では知られてはいたけど、私の本当の年齢を知っていたのは歴代将軍や一部の大名とか旗本だけだったわね」

 

「じゃ、じゃあ江戸城に住み続けていた女がいたっていう都市伝説は……?」

 

「ああ、あれは私のことよ。最も、名乗り出るつもりはないけどね。私に関する記録文書は明治維新の時に全部私が持ってっちゃったけど、それでも隠し通すのは難しかったということよ」

 

 確かに、ずっと江戸城に住んでたら嫌でも目立つものね。

 

「明治以降はまた各地を放浪する旅に出ていたわ。身分証を偽装する腕ばっかり磨かれた記憶があるわね。日清戦争の頃になるともうTS病患者も殺されなくなっていったから、私もようやく表に出ることが出来たわね」

 

 俺も母さんも、永原先生の話に耳を更に傾ける。

 

「とにかく、紆余曲折を経て今の名前になったのは30年前のことかな。さすがにこの病気の理解もある程度は深まってきたし、もう変える予定はないけどね。私は、TS病患者の中でも最高齢だったということで、自然と『日本性転換症候群協会』の会長になったわよ。2番目に年上の人でも、まだ私の半分も生きてないから、私が生きているのは本当に奇跡よ」

 

「……でも、先生はどうやって年齢をごまかしたんです? 先生、確か最初自己紹介の時30歳って……」

 

 永原先生は、常識的には30歳でもかなり若く見えるから怪しいと思っていた。

 でも実際には逆で、とんでもなくサバ読んでたんだよな……

 

「うふふ、その辺はTS病患者のための国のシステムがあるから大丈夫よ。でも、長生きしたいなら、私の話をよく聞くことよ」

 

「じゃあ、お……わわっ、私はそのカリキュラムを受ければ……!」

 

「受けるっていう選択肢は私個人が勧めるものよ。少しずつ女性としての振る舞いを自然に身につける方法で上手くいくというのが一番ストレス無いわよ。私もそうだったからね」

 

「で、でも、先生の話を聞く限り、どう考えてもカリキュラムを受けるのが低リスクで最善としか……!」

 

「そうね。でも、もう一度家族で話し合ってみて。このカリキュラムを受けるということは、今までの男性としての人格を一気に捨てることになるのよ。少しずつ、自分のペースで捨ててくよりも、ずっと辛いことになるわよ」

 

 そうは言っても、死んでしまうよりはマシだろうし。

 

「……今はここにお父様がいらっしゃらないみたいだから、カリキュラムのことに関しては、もう私が話せることはもう無いわよ。最も、他にもまだまだ話すことはあるけど」

 

「永原先生、一つ質問いいですか?」

 

 俺はもう一つ、質問したいことがあった。

 

「何ですか?」

 

「永原先生にとって500年というのはあっという間ですか?」

 

「そうねえ、正直言うと最近の200年、特にここ100年はそれまでの3、400年に比べると時間の進みが遅く感じるわね。それまでは300年でさえあっという間だと思ってたんだけど、今や70年前でさえ遠い遠い昔に感じるわよ」

 

 なるほど、激動の時代ほど時間の進みを遅く感じるのか。

 そういえば、先生は古典の先生だったが、教え方が独特だと評判だった。時に学者の間でも異端だとしていた説にも、まるで見てきたように断定的な口調だったのも、こういうことだったのか。

 そういえば、先生は稀にだけど「え」が「いぇ」のような発音になっていたり、「せ」の発音が「しぇ」のようになっていたり、「は」や「ひ」を「ふぁ」「ふぃ」と発音していたりしていた時があったのも、昔の名残なのかもしれないのか。

 

「じゃあ、次の話をするわね……」

 

 その後は、3者で心理状態の確認などをして終了した。生命保険がどうたら言ってたがまあ俺には関係ないや。

 

 最後の方は雑談も多くて、「大河ドラマの登場人物や当時の様子が私の見てきたのと似てなさすぎる」という愚痴も聞けた。

 ちなみに、この服は先生からのプレゼントだそうなので、そのまま使って良さそうだ。

 ともあれ、ようやく精神的にも落ち着いてきた。という確信を持てるに至った。




物語中で永原先生がかつて仕えていた主君の真田源太左衛門は真田幸隆/真田幸綱のことで真田昌幸の父に当たる人物で、真田丸主人公の真田信繁や真田信幸/真田信之の祖父です。
真田伊豆守は真田信幸/真田信之のことで幕府が開かれて50年目の時点で88歳、当人は93歳まで生きていました。ちなみにこの時の永原先生は136歳です

真田左衛門佐はご存知真田信繁(講談上では真田幸村)です


とりあえず、掲示板を見た限り第二次大戦までは大丈夫とのことですので出しました。
旅行編については現在考え中です。

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