永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
バスは出発する。行きのときより心なしか雑談の頻度も小さい。
何より初日に坂を登った下りを運転するんだ。それは揺れるし酔いやすく、みんな警戒している。
シートベルトをしているとはいえ、なるべく遠くの方を見るようにする。
これなら視点がずれにくいから酔いにくいのだ。
普段は同じTS病ということで、行きのバスでは話し相手になっていた永原先生も押し黙っている。
途中、いくつも曲がりくねった道路を進み、バスは慎重に走る。
どれくらい時間が経っただろうか? 実時間よりも長く感じていると分かるほど時間が経った頃、道は徐々に急なカーブも少なくなり、勾配も緩くなる。
時計を見ると出発して20分後だ。その頃になると完全に山の麓という感じになり、車窓には田んぼが見え上り坂も見えた。山の麓まで来た証拠だ。
そして、農地は徐々に住宅地、商業地となり、街の中心へと進んでいく。
バスの中が賑やかになる。私も永原先生と他愛もない話をして盛り上がる。バスの添乗員さんが麓の町について解説している。
添乗員さんの方を向くと、頭が私の方に固定されている。うーん、気のせいかなあ……
添乗員さんの説明は、主に観光案内。これが終わっても再訪して欲しいってことだろうか? 実際、ご丁寧にこれを運行しているバス会社のツアーの宣伝までしてるし。
ともあれ、添乗員さんの説明が終わると、すぐにバスは上り坂を感じた。緑色のおなじみの看板。ここからが高速道路だ。
一般道路も長いので、高速道路に入って最初のサービスエリアかパーキングエリアで休息となるはずだ。
ここは主にトイレ休憩が主で20分程度。2時間後に別のサービスエリアで昼食だ。
まあ、20分の間を利用してここで食事したり、コンビニ等で買ってきてバスで食べても、時間さえ守れば怒られないけど。
ともあれ、高速道路に入り、今度は音楽を流し始めた。それを聞きつつバスは道路をひた走り、最初のパーキングエリアに到着した。時間はちょうど朝が終わる頃合いだ。
添乗員さんの「20分後には戻ってください」という声のもと、ほぼ全員がバスの外に出た。
私も、念のためトイレを済まし、また渋滞情報を見ようと思った。
まずはトイレに入り、音姫ボタンがあるのを確認したら、それを押してトイレを済ませる。
よし、初日に学習したことが出来た!
……ふうスッキリ。スカートをもとに戻し、トイレを流す。
おっと、スカートがちょっとだけ乱れている。気をつけないと。
手を洗っていると、知っている人ともすれ違った。中には3日目の自由時間の時に初めて話した人の顔も見え、ちょっとだけ挨拶もした。
……さて、残りの時間はメインホールに行こうかな。
メインホールに入りすぐの所にある渋滞情報を見る。どうやら行きのように事故もなく、順調に流れているみたいだ。
……さて、特に飲み物とかもまだいらないし、バスへと戻るかな。
「ねえねえ優子ちゃん!」
「?」
バスへと戻ろうとして身体を向けた矢先、突然男性の声がして振り返る。
「ちょっと付き合ってくれない?」
「な、何……? バスに戻るんですけど……」
よく見ると添乗員の野洲さんだった。
「ほら優子ちゃん、お前可愛いじゃん……ちょっとさ、俺、お前に一目惚れしてさ……」
何これ、ナンパ? まあ、こんな顔と体だしいつか来るだろうなあとは思ってたけど。
「い、いやちょっとその……」
「まあ固いこと言わず付き合ってくれよ」
「そんないきなり言われてもダメですよ!」
「いいじゃねえかよ、ちょっとぐれえ!」
野洲が腕を引っ張ろうとする。
「ちょっと……やめて!」
弱い力で腕を振り払う。
「っ! おい、人がせっかく誘ってやってんのに……!」
「お断りします!」
「このお……調子に乗るなよ……!」
まずい、逆ギレされた。本当に理不尽だが、声をかければついてくるとでも思ってるのだから質が悪い。
「あ、あの、バスに戻りたいんだけど……今は離してくれる?」
やんわり言う。
「大丈夫間に合うから、ほら!」
再び腕を捕まえられ、更に強く引っ張られる。
「やめて!」
何とか腕を掴まれそうになるのを振り切り、逃げるが、すぐに捕まってしまう。
「何で逃げるんだよ……そんなに俺が嫌いか!?」
「や、やめてください!」
「ほら、こっちに来い!」
「いや!」
周囲はみんな見て見ぬふりだ。
「んだと……!」
野洲が引っ張ろうとする。その力でよろけてしまう。
怖い、怖い。
「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!! 誰か助けてええええええええええええええええええ!!!!!!」
思いっきり叫ぶ。叫ぶことへの躊躇心は、急速に襲いかかる恐怖で簡単に吹き飛んでしまった。女の子の叫び声に、周囲は一斉に振り向くが、誰も助けに来ようとはしない。
「あ、このっ!」
「んん!?!? むんぐぐぐぐぐぐぐぐ……」
口をふさがれる。そしてそのまま引きずられていく。ああ、乱暴される……!
「んーーー!!! んーーー!!!」
やだ……嫌だ! 助けて……!
「おい!!!!!」
「!!!」
誰かの声がする。必死に声がした先を探していると、篠原くんが目の前に立っていた。
「何やってんだ、離せよ!!! てめえ!!! 優子ちゃんを離せよ!!!」
篠原くんが怒っている。それはあたしのため、あたしを守るための怒り。
「ほう、お前、あの時の……また俺の邪魔をする気か!?」
「聞こえねえのか!? 優子ちゃんを離せ!!!」
篠原くんが更に怒った顔で野洲に凄む。
「はっそんなに言うなら離してやる……おらよ!」
「いやあっ!」
野洲がいきなり手を離したかと思ったら次の瞬間には思いっきり突き飛ばされ、私は床に倒れ込む。
まず痛みと涙をこらえながら、突き飛ばされた反動でめくれたスカートを直す。次に立とうとするが立てない。恐怖と痛みで体が震えて動けない。
「ううっ……えうっ……ひぐっ……」
男の力で思いっきり突き飛ばされ、痛みのあまりまた泣いてしまう。
強打した背中が脳に痛覚を送り込んでくる。
「何をするんだ!? てめえ、それが女の子への扱いか!?」
「お前に何が分かる。この女、せっかくの俺の誘いを頭ごなしに拒否しやがって!」
「ふぃ……ぐずっ……えうっ……いやぁ……」
「おい、優子ちゃんに謝れよ!!! 泣いてるじゃねえか!!!」
「このお……まずてめえから始末してやる!」
ゴンッ!
「あだあ!」
篠原くんが頬を殴られよろける。
「し、篠原くん!!! いやあ!!!」
あたしは泣きながらもその言葉を叫ぶ。
「っ……このおっ!」
篠原くんが反撃のため、素早く重心を下にする。
「なっ!」
野洲が抵抗しようとするが、それよりも早く篠原くんが思いっきり野洲の腹に抱きつき、そのままの勢いで仰向けに倒した上で両腕をつかむ。
見事に一瞬で取り押さえた。鍛えているというのは本当だ。
「あっ! くそ!! 離せ!!! おい!!!」
野洲がもがくが無駄に終わる。
「おい!!! 誰か、誰か警察を呼べ!!! 暴行の現行犯だ!!!」
しかし、みんな躊躇している。あたしは痛みも引かず、まだ泣いている。
「こ、これは何の騒ぎなの!? 篠原くん、石山さん!」
「な、永原先生! あ、あの、私……ひぐっ……私……」
「先生! 警察だ警察! 大至急110番だ!」
「……分かりました!」
永原先生が手持ちの携帯電話を取り出し110番通報する。
「少し大人しくしなさい」
電話の先でお巡りさんからサービスエリアの場所を告げた後、永原先生はなおも暴れる野洲の膝の上に座り込んだ。
「うっ……えぐっ……あうっ……」
野洲に突き飛ばされた痛みも一向に引かず、またその余韻もあってか私は20分くらい後に警察が来るまでずっと泣き続けた。
「何の騒ぎですか?」
「暴行の現行犯です。頬を殴られました。それから、この子に乱暴しました」
お巡りさんが取り押さえられてなお抵抗している野洲の両腕を掴み、篠原くんと永原先生が離れた。さすがに警察に捕まっては野洲も大人しくなった。
「あ、君……大丈夫か?」
まだ床に座り込んだまま泣いている私に別の警察官の人が声をかける。
「だ、大丈夫じゃない……です」
「立てるか?」
「う、うん……」
お巡りさんの手を借りてなんとか立ち上がる。ようやく背中と腕の痛みも引いてきたけど、それでもヒリヒリするように痛い。
「な、なあ……ゆ……石山……大丈夫か?」
私を守ってくれた篠原くんが寄ってくる。
「し、篠原くん……うっ、ううっ……」
また溢れる涙。最初よりもずっと大量の涙。
泣きたい、今すぐ泣きたい。
「うわああああああああああああああああんんんんんんんんん!!!!!!!!」
私は篠原くんの胸元に来てひたすらに泣き続けた。
怖くて怖くてたまらなかった。さっきは痛みで泣いてたけど、それが強すぎて恐怖では泣いてなかった。泣くのを我慢していた涙が、恐怖の分の涙が全部出る。
篠原くんの広くて立派な胸板。女の子の柔らかさとは全然違う、男の人の胸。
「大丈夫か? 辛かっただろ?」
篠原くんが優しく頭をなで、背中を優しく押してくれる。
「うううっ……ふえええええんんんんんんんんん!!!」
「怖かったか? もう大丈夫だよ……」
「あああああああんんんんんん!!!!」
ああ、もうずっとこのままでいたい。もう周りのことなんかどうでもいい。もうこのまま、ずっとずっと泣いていたい。私を守ってくれた、かっこいい男の子の胸元で。
久々に、ひどく声を上げて泣く。今までも、あたしはよく泣く女の子だった。
でも、ここまで泣いたことは、殆どなかった。
一回目は、篠原くんにいじめられて、殴られる恐怖で泣いた。
二回目は、篠原くんに守られて、抑えていた感情を抑えきれずに泣いた。
この林間学校、篠原くん、ずっとかっこよかった。
登山の時も、篠原くんの力で、私は頂上まで登れた。
花火師さんの手伝いで、物を運ぶときも、私が持てないと知ると私の分まで一気に持ってくれた。
今だって、篠原くんが助けてくれなかったら、私は今頃ひどいことをされていた。
周囲も声をかけ辛いのか、ざわつきの一つしない。ただひたすら見守っている。いや、もしかしたら私の泣き声があまりに大きくて、聞こえないだけかもしれない。
「えう……ひぐっ……うぅっ……」
大泣きする体力もなくなったのか、私の大泣きは、あの時と同じように、やがてすすり泣きに変わった。
「……」
篠原くんが黙ってあたしの頭を撫でてくれる。その時、あたしは心の中で、何かを支えていたものがなくなり、一気に崩れ落ちていく感覚を受けた。
どれくらい時間が経っただろう、ずっと泣いていたいと思っていても、涙はいつか枯れる。急にバスの出発時間のことを思い出した。
「ありがとう篠原くん。とりあえずもう大丈夫……」
ようやく泣き止み、篠原くんから離れる。とても名残惜しく感じる。もっと泣いていたかったのにって。
篠原くんは顔が真っ赤になっていた。うん、多分私も真っ赤かな……うん、まあいいや。
「あの、永原先生……バスは……」
そばにいた永原先生にバスのことを聞く。
「あーそれなんだけど、先に出発してもらったわ」
「え!? じゃあ俺達、置いてきぼりかよ!」
篠原くんが動揺している。あたしもだ。
「ごめんなさい、バスの添乗員さんが暴力を振るったってことで、色々と問題が起きたのよ。あたしたちのことを待ってたら、あまりに時間がかかり過ぎちゃうわ」
「じゃあここから別行動?」
「そうなるわね。ともあれ、パトカーに乗って、この先にある警察署で事情を聞くことになってるわ。野洲容疑者は先に署についてるわよ」
「あ、うん……」
「荷物はバス会社の方で家に送っておくそうよ。財布と貴重品は持ってるわよね? それならまずはパトカーに乗りましょうか」
あたしと篠原くんは財布と携帯電話を持っていることを確認する。生理用品がないのがちょっと不安だけど、まあ仕方ない。
「失礼ですが、お名前の方を」
「永原マキノです。こちらが石山優子さんと篠原浩介君です」
「……分かりました。こちらへどうぞ」
案内されたのはオーソゾックスなデザインのパトカーだ。警察官が二人前に乗り、私達は後部座席に3人とも乗り込んだ。
「シートベルト締めてください」
「はい」
助手席のお巡りさんがあたしたちを監視する。やはりこのあたりは警察なのできちんとしている。
締めたのを確認し、出発。
駐車場をちらりと見ると、やはりバスはなくなっていた。
「バスの方は、木ノ本さんと田村さんに任せたわ。パンフレットがあるからそれで何とかやってもらうわね」
「そう、よかった」
「それよりも、今は石山さんのほうが大事よ。怪我はない?」
「うーん、痛みは引いたけど、背中を大分打ちました」
「病院は行かなくて大丈夫そう?」
「うん、とりあえずは。行くとしても帰ってからで」
「了解。篠原くんの方は大丈夫?」
「ええ、問題ないです先生」
パトカーはしばらく高速道路を走る。
一つ先のインターチェンジで降りる。
一般道を逆方向に暫く進む。誰も一言も喋らない。
「随分と長いですね。通報してからはすぐに来たのに……」
「ああ、近くの交番から来ましたので、でも話を詳しく聞くのは警察署になります」
「分かりました」
そんなこんなで警察署に着く。これから事情聴取だという。もちろん被害者なので犯人を追求するような感じには当然ならない
現行犯なのでほぼ事実関係は争われることはないだろうとも言っていた。
私たちは三人で取調室に入る。
「えっと、永原マキノ先生に篠原浩介くん、それから石山優子さんですね。で、暴行罪の現行犯が野洲康平容疑者。間違いないですか?」
「「「はい」」」
3人がほぼ同時に頷く。
コンコン
「どうぞー」
「あ、こちらなんですけど……」
お巡りさんが書類を渡す。
「はい、はい……ありがとうございます」
書類を渡したお巡りさんが出る。
「そちらの書類は?」
篠原くんが質問する。
「えっと、暫定的ですが野洲容疑者の供述書類です」
「供述には何とあるの?」
「えっと……野洲容疑者によると、石山さんに一目惚れした。彼女にしたいと思った。石山さんを発見して声をかけられたが無碍に断られてついカッとなった。無理矢理連れ出して脅して付き合わせようとしたが、篠原に止められた。まず篠原を倒してから自分のものにしようとして一発殴ったものの返り討ちにされた。と」
「間違いないな」
「あ、でも篠原くんは相手の懐に入り込んでそのまま倒して取り押さえてました」
「ほう、篠原くん、逮捕術の心得があるのかい?」
「あ……いや夢中だったもので。ゆう……い、石山を守らなきゃって思って……」
「かっこいいね君」
「ああ……いや……」
警察官の何気ない一言に篠原くんが顔を赤くしてそっぽを向く。あたしも顔が熱くなってるのがわかる。
「ともかく、分かりました……事実関係は概ね争わないと。目立った内外傷も無さそうですね」
「ええ」
「では暴行罪として扱います。異論はありますか?」
「あたしは特にないです」
「一番の被害者がそう言ってるんだ。俺もない」
「私もです」
3人がそれぞれ答える。
「じゃあ……また何かありましたら警察署の方で対応いたしますので、その時には一旦学校を介す形でいいですか?」
「それでいいです」
私が答える。
「ところで証拠とかは?」
篠原くんが質問する。
「一応目撃証言をこちらで聴取しています」
「え? でも証言だけじゃ難しいんじゃ……」
「……とは言え今回の場合はなかなか難しいですからねえ。初犯だそうなので刑事裁判にはならずに不起訴になると思います」
「不起訴ですか?」
「裁判しないということです」
「そ、そんな……!」
女の子になって犯罪に巻き込まれるのは2回目だが痴漢の時は常習犯ということもあって刑事事件だけではなく慰謝料まで請求したのに。
「まあそれでも、バス会社の方から何らかの補填が来ると思いますし、客に手を出した野洲容疑者は間違いなくクビになりますよ」
「なるほど、まあそれなら……」
社会的制裁だけでもまあ大変なものだろうし、これから後ろ指差される人生になるならまあ許してあげようかな。
その後は雑談が多く、「こうやって犯人を自白させる」とか「証拠を突きつけるタイミングが大事」といったことを言ってくる。
お巡りさんも大変だなあと思った。これからは無闇に警察批判をすることは慎もうとも感じた。
「それじゃあ今日はここまでにします。どうもお疲れ様でした」
「「「ありがとうございました」」」
ともあれ取り調べも終わり、お巡りさんに見送られ、警察署を出る。かなりあっさりと開放された感じだ。
「駅はここから右に2回曲がって、一番最初の大きな道の十字路を左に曲がれば見えてきます。こちらが地図になりますのでどうぞお持ちください」
「ありがとうございます」
「ふう……災難だったわね石山さん」
「う、うん……それよりも永原先生、これからどうするんですか?」
「帰りの電車代もバス会社の方が払ってくれることになってるから、私達は新幹線で帰るわよ」
「……分かりました」
「でも、今から新幹線で直帰だと流石に早すぎるから……もし2人の都合がよかったらだけど……ちょっと付き合ってくれるかな?」
「え? 何処にですか?」
「私の……故郷よ」
林間学校が終わると第四章になります