永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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林間学校四日目 原点への旅

 お巡りさんに言われた通り、まずは警察署を出て右に2度曲がり、最初の十字路を左に曲がり、しばらく歩いていると駅についた。

 駅は有人駅であり、券売機があった。駅のデザインを見る限り、私達の地元にもある大きな会社ではなく、何処かの地方鉄道だろうか?

 

「篠原くん、石山さん、ここからは私が切符を買いますので心配しないでください。まずはとりあえず上田って所まで買うわね」

 

 永原先生が大人三人分を買い、切符を渡してくれる。

 永原先生は駅の時刻表と時計を見比べて、次の電車の時間を推し量る。

 

「目的の電車は後数分で到着するから、ホームで待ちましょうか」

 

 そう言うと永原先生がホームの方に行く。

 しかし改札口がない。駅員さんが立っているだけだ。

 

「……あれ? 自動改札は?」

 

「そんなの人が多い駅とかにしかないわよ」

 

 永原先生が駅員に切符を見せる。よく見ると切符には鉄道会社の名前が書いてある

 

「ありがとうございました」

 

「二人とも、ぼーっとしていないで、ホームに行くわよ」

 

「は、はーい!」

 

 ともあれ、永原先生に続き、有人改札で切符を見せる。

 駅員さんの「ありがとうございました」という声を聞きつつ、永原先生の背中に私と篠原くんも続く。正午前とあって少し人は少ないが、傍から見るとちょっと奇妙な3人かもしれない。

 

「上田っていうのが永原先生の故郷なんですか?」

 

「ええ。正確には上田駅から北東の方向にバスを使うのよ」

 

「どれくらい変わってる?」

 

「ええ、様変わりと行っていいわね。本能寺の後、大坂の陣の後江戸に住もうとする移動中に一回、その時はそこまで変わってはいなかったんですが、明治になって250年ぶりくらいに訪れた時はもう、当時の光景ではなかったわね」

 

「そうなんですか……」

 

「私が住んでいた時は山に幾つか城や屋敷があったんですが……明治になった時には全てなくなってました」

 

 まあ、無理も無いことだ。

 

 やがて電車が入る。私達の大都会の電車と違い、編成はとても短い。

 にも関わらず、車内は私達の路線の昼間よりも空いていて、4人ボックスがちょうど一つ空いていた。

 私は進行方向窓側、永原先生が進行方向逆の窓側、篠原くんは進行方向逆の通路側に座った。

 

 ふと、膝に篠原くんの視線を感じる。

 気を紛らわせようと車窓に目をやり、あたしは足を閉じる。スカート丈を考えればよほど開かないと見えるはずはないのに。篠原くんのことを意識すると、顔が少し熱をこもる。

 そういえば、さっきあいつに突き飛ばされた時、スカートが思いっきりめくれてしまったことを思い出す。

 

 ううう……篠原くんに見られちゃったらと思うと、他の人に見られるよりずっとずっと恥ずかしいよ……

 ああ、やっぱり、あたし篠原くんを好きになっちゃったんだとしみじみ感じる。でも、まだ……まだ心も体も準備できていない。

 あたしはまだ恋する乙女にはなれていない。もうちょっとのところなのに、もどかしいわ……

 

 

「昔はこの形の電車、日本中どこでも見られたけど、今はめっきり少なくなったわね」

 

「そうなんです?」

 

「私も先生で色々な所回ってたから。この車両は本当に日本中走ってたわよ。あ、でも今も広島山口あたりなら主力だったわね」

 

「ふむふむ」

 

 篠原くんが興味深そうに聞く。私はさっきのこともあって聞き流す。

 別の疑問も湧き出ている。ちょっと聞いてみよう。

 

「永原先生の故郷って……あの真田家の?」

 

「ええ。真田に仕える足軽だった頃の一番最初に住んでいた故郷よ。私がまだ鳩原刀根之助だった時代から住んでいた場所よ」

 

 

「えーまもなく千曲――」

 

 かなり長い時間が経った後に次の駅に付くという車掌のアナウンスが流れる。

 

「上田は乗った駅から6つ先よ」

 

「結構長いね」

 

「うん、1駅1駅が長い感じ」

 

「地方の鉄道はこんなものよ」

 

 私達の大都会だと、各駅停車の場合、一駅3分以上だと長い印象がある。でもこの電車は違う。

 乗客もまばらで、比較的老人が多く、のんびりとした時間が流れている気がする。

 永原先生が故郷に寄っていくというのはどういうことだろうか? なぜそこに誘ったのかは分からない。もしかしたら、たまたま近かっただけかもしれない。

 

 

「真田家での生活っていうのは?」

 

「うーん幼少期のことはほんの少しだけ、他愛もない両親との思い出とかが残っているかな。足軽として奉仕を開始した直後に相次いで死んだのは覚えているわね」

 

「ふむふむ」

 

「伝令役だったから足軽身分でも主君にお目通りは叶うことはあったわ。でも私が覚えているのは概ね顔とか任務に対する労いの言葉くらいで……あまりエピソードは覚えていないわ。戦乱の時代を必死に生きていたのは覚えているけど」

 

 そういえばそんなことを言っていたな。

 

「TS病になった当日も、畑仕事をしていて倒れたことと、殺されたくない一心で村を逃げ出したことだけよ」

 

 永原先生本人が覚えていなくても、それがとても壮絶な人生だったことは分かる。

 

 

「次は上田、上田です。乗り換えのご案内です。新幹線下りあさ――」

 

「降りるわよ」

 

「はい」

 

「お、おう……」

 

 車掌のアナウンスが流れると、永原先生が、上田駅が近いため降りる準備をするように指示する。

 ドアが開いて列車を出る。そしてさっきと同じように有人改札を出る。

 

「ありがとうございましたー」

 

 駅員さんの声を聞きつつ、妙に茶色い暖簾をくぐる。後ろを振り向くと、六文銭とその上に奇妙な模様が書いた幕がある。

 やはりこの上田という街は真田を観光資源にしているようで、上田城というのもあるらしい。

 

「永原先生……これは?」

 

 あたしが質問する。

 

「六文銭と、それ以外に使用していた我が主君、真田家の家紋です。六文銭は我が主真田源太左衛門様のご考案です」

 

「へー、六文銭以外にもあったんだー」

 

 あたしも驚く。真田=六文銭のイメージがとても強かったのだ。

 

「ええ、そうよ。江戸時代なんかは太平の世には物騒ということでこう言った家紋も使われたのよ」

 

「ふむふむ、そうだったのか」

 

「さ、この話はこれくらいにして、行きましょうか」

 

「「はい」」

 

 

 ここ上田駅は新幹線の駅とあってそれなりに人で賑わっているが、こちらの改札も自動改札ではなく有人改札だった。新幹線の方はさすがに自動改札だと思うけど。

 

 

「それで、これからどうするの?」

 

 駅構内を歩きつつ質問する。

 

「あ、ちょっと先生用事があるから……ここで待っててくれる?」

 

「はーい」

 

「あの……用事って?」

 

「ふふっ……内緒よ」

 

 そう言うと永原先生は駅構内の部屋に入っていった。他のお客さんも何人かいるし、きっと次の切符を買う予定なんだろう。

 

 思わぬ状況で、篠原くんと二人っきりになってしまった。あたしの心臓の鼓動が速くなる。

 そうだ、さっきのスカートの中を見られちゃったかどうか、確認してみよう。

 

「ねえ篠原くん……」

 

「な、何……!?」

 

「……水玉模様って、篠原くん好きかな?」

 

 直接言うのは恥ずかしいから、この手で行く。

 

「え? それは?」

 

「どうなの?」

 

「え、えっと……い、石山にはとっても似合ってたぞ!」

 

 篠原くんが顔を真っ赤にして答える。あたしはそれを見てもっと赤くなる。やっぱり見られてた……!

 

「も、もう! 篠原くん、ちょっとこっちに向いて?」

 

「え?」

 

「向・い・て!」

 

 篠原くんが恐る恐るこちらを向く。あたしは、篠原くんの顔を見て恥ずかしさがこみ上げる。さっきスカートがめくれた時の記憶が、篠原くんに見られたという印象で埋め尽くされていく。

 それをごまかす意味もあってあたしはあの日のように平手で思いっきり頬を打つ。

 

  ペチッ!

 

「っ!」

 

 やっぱりあたしの力ではびくともしない。

 だけど、ビンタが飛んできたことに対する、篠原君の驚きの表情が見えた。

 

「もう! えっち!」

 

 恥ずかしい気持ちを何とか発散するにはこれしかない。

 

「って、しょうがねえだろうよ……心配になって……」

 

「もう、見えちゃってもごまかすのが紳士でしょ!」

 

「おまっ、助けてもらってそれは――」

 

「これは乙女のはじらいよ! もう、女の子にとってパンツ見られるのすっごく恥ずかしいんだから。ま、ましてその、す……んっ、見てたなんて言われたら――」

 

 つい勢いで好きな人と言いそうになる。あたしの心は日頃の行いもあってもう殆ど女の子だけど、まだ反射的な本能などに男が残ることがある。

 

「わ、分かったよ……ご、ごめん……」

 

 あたしはその後、また目をそらし、ふと何の気なしに駅構内を見る。多分顔は真っ赤だ。

 そう思っていると永原先生が帰ってきた。

 

「お待たせー! あれ、二人共どうしたの? 顔が真っ赤だよ」

 

「べ、別に赤くなってなんか!」

 

「あ、あたしは……その……」

 

 二人してごまかす。

 

「……まあいいわ。さ、次の目的地に行くわよ」

 

「え? どこへ?」

 

「ちょっとお昼には早いですけど……お昼にしましょうか。せっかくだし信州そばにしましょうか」

 

「ええ」

 

「俺も異議なし」

 

 昼食のため、上田駅を出る。

 駅構内を見ただけで分かるが、永原先生が仕えていた真田家は大河ドラマ以外にも、いくつか長編ドラマになってくるくらいメジャーな家なので、ここ観光地もそれをアピールしている。

 

 駅前には真田家でも最も有名と思われ、「真田日本一の兵」と呼ばれるきっかけを作った「真田幸村像」が立っていた。

 

「……まだ立ってたのね。これ」

 

 永原先生が吐き捨てるように言う。

 

「せ、先生……幸村像が何か?」

 

「何かも何もないわよ! 私の主君の筋の御方の諱を曲げて伝えるなんて!」

 

「ああ、そういえば去年、真田信繁って言ってたよな……」

 

「そうよ! それが左衛門佐殿の本当の諱よ。真田幸村なんて人物はこの世に存在したことはないわよ」

 

さいぇもんのすけ? さえもんのすけのことかな?

 

「あの話、あたしの記憶だと、確か大坂城に入って真田幸村と名乗り始めたとか――」

 

「大嘘よ!!! 左衛門佐殿が幸村などと名乗られたことはただの一度もないわ!!!」

 

「わっ……!」

 

 永原先生が驚くほど大声を上げる。こんなに大声を上げた永原先生は見たことがない。道行く人も何事かと振り返っている。

 

「せ、先生落ち着いて……」

 

 篠原くんがなだめる。何とか別の話題にそらさないと……

 

「な、永原先生……その、真田十勇士ってのは?」

 

「石山さん! そんなくだらない作り話、忘れなさい!!!」

 

 しまった、ますます怒らせてしまった。

 

「せ、先生……そんなに怒らなくても……」

 

「あのね、私にとって真田家はねえ……それこそこの身この命全てを捧げる覚悟でいたのよ!」

 

「……」

 

「……豊臣方とは言え私の主君の孫君の嘘話を流すなんて畏れ多いことを……徳川の世ならばともかく……平成にまでなって……我慢などすれば鳩原刀根之助の名が泣くわよ!!!」

 

「でも永原先生はもう既に……」

 

「分かってるわよ!!! 私なんてもうとっくに刀根之助などではない、500年近く……無力な女の子で……主君の役になど立てないってことくらい……!」

 

 永原先生が少しだけ涙声になる。

 

「でも……でも……私も忠義だけは捨てたくないのよ。確かに私はもう女の子よ。でもかつて……遠い遠い昔に、男だったことを覚えておくためには、真田に奉公してた事実だけは……忘れたくないのよ」

 

「でも、もう武士の時代は――」

 

「分かってるわよ! それでも……それでも、誤った名を消すことこそ、左衛門佐殿の本当の姿を一人でも多くの人に知らしめることこそ、私が……私が真田家臣として課せられた最後の奉公なのよ!!!」

 

 なんか珍しく永原先生が感情的に怒ってる。真田幸村にはあまり触れないほうが良さそうだ。

 

「……えっと、先生……永原先生、お怒りはごもっともですからそば屋に行きましょうか」

 

「え……ええ……分かったわ。ごめんなさい、熱くなりすぎて……でも、当時を生きてた私には、どうしても許せないのよ……」

 

 ようやく冷静さを取り戻した永原先生と篠原くんと共に、そば屋に行く。

 

  ガラガラ……

 

「いらっしゃいませー3名様で?」

 

「はい3名です」

 

「奥のカウンターが空いています」

 

 昼前だと言うのに、結構混雑している。奥のカウンター席が3席ちょうど空いているのみだ。

 私はいち早く席の真ん中を陣取る。篠原くんの、隣になりたい。多分、彼と触れあえば恋する乙女になるための困難を乗り越えられると思ったから。

 篠原くんが一番壁際に、永原先生があたしの左側に陣取る。

 

「石山さん、篠原君、何にする? あ、私のおごりだからいいわよ」

 

「うーん、天ざるそばにするわ」

 

「お、俺も!」

 

「ふふっ、じゃあ私もそうしますわ……すみませーん!」

 

「はい。ご注文お決まりですか?」

 

「天ざるそば3つで」

 

「かしこまりました。オーダー入りまーす! 天ざる3点です」

 

 無言の沈黙が流れる。

 なんとなく気まずい気がする。どうしよう? ここで思い切って告っちゃうのもありかもしれない。

 いくら身体が、特に性的な部分でまだ男の感覚が抜けてないとは言っても、この心のドキドキを抑えることが出来ない以上、いつかは塗り替えないといけない部分。

 それはあたしが、あの日に決意したこと。私が一人の女の子、「石山優子」になるために絶対に避けられないこと。

 

 でも決心がつかない。どうしたらいいのかわからない。

 解けないパズル、私は不老の命とともに永遠の迷路に閉じ込められた気分になった。

 

「な、なあ……石山」

 

「ん?」

 

 沈黙を破ったのは篠原くんの方だった。

 

「そ……その……な、何でもない……」

 

 がっくし!

 

「あ、篠原くん」

 

 今度はあたしが声をかける。

 

「何?」

 

 そう言えば、まだお礼を言ってなかった。

 

「あのね、今更だけど……助けてくれてありがとう。思えばこの4日間、ずっと助けられてばっかりだったけど」

 

「あ、ああ……」

 

「篠原君、ずっと石山さんを守ってたわよね……女の子を守ってくれる男の子って、やっぱりかっこいいよねえ……」

 

「な!?」

 

 永原先生が煽る。篠原君がまた顔を赤くする。

 

「あ、あのさ……」

 

「うん?」

 

「あの……と、友だちになってくれないか!?」

 

「あらっ!」

 

 永原先生がちょっと驚く。

 でも、篠原君にしても、あたしにしても、まずそこから始めたほうがいいと思うのは同じ。

 

「うん。いいよ」

 

 もう両想いだってことは分かってるから、この関係が崩れたりはしないと思う。

 まだもう少し、本当の恋する乙女になれるまで、友達でいよう。もしうまく行けば、友達関係もすぐに終われると思うから。

 

 

「お待たせしました天ざるそばになります」

 

「「「いただきます」」」

 

 3つ同時に来る。どうも10割そばらしい。

 

「お、美味しいわね」

 

「うんうん」

 

 さすが信州、そばは美味い。恐ろしいほど自然と食が進む。

 永原先生はもちろん篠原君も食に夢中で、私に視線を向けない。

 

 色気より食い気、花より団子ってことかな? ちょっとだけ悔しい気がする。

 いつもなら篠原くんはもちろん、永原先生とも結構な時間差で食べるのが遅いんだけど、天ぷらもそばも美味しくて、久々にそこまで差がつかなかった。まあ、ビリはビリだけど。

 

「それじゃあ、行きましょうか。会計済ませるから先に出てくれる?」

 

「はーい」

 

 篠原くんと歩き外に出る。

 

「あの、もうあたしたち友達だよね……」

 

「う、うん……」

 

「あの……!!!!」

 

 あたしは勇気を持って篠原くんの顔に近づく。もっと近くで見たいと思ったから。

 でも、その次の瞬間、私は反射的に顔を引いてしまう。

 

「ど、どうした石山?」

 

「ご、ごめん何でもない……」

 

 ああ、ダメだ。やっぱり身体が本能的に同性愛だと思って拒絶してる。

 どうすればいいだろう? もし、この気持ちに整理をつけるなら、決して今の不安定な状態はいけない。

 でも……

 

「あのさ……お、俺も、まだ気持ちの整理がつかないんだ。あの時は夢中だったけど……俺……」

 

「いいのよ。あたしの正体を知ってるだけでもそうなるのが普通だし、それに……お互い思い出したくもないだろうけど……」

 

「あ、ああ。言わなくていい……」

 

「あのね、篠原くんはもう……あの時にいじめられた分なんてとっくに返済して余りあるくらいあたしを守ってくれたわ。だからもう、罪悪感じゃなくて、これからはあたしを守ってくれたこと、誇りにしてほしいの」

 

「う、うん……」

 

 

「あのーいい雰囲気な所悪いけどー」

 

 永原先生が声をかけてきた。

 

「わっ!」

 

「……バス停に行くわよ。ちょっと急ぐわね」

 

 そう言うと永原先生が小走りで向かう。あたしたちはとりあえず、二人の今後の関係については先送りにして、今は永原先生の故郷をめぐることにした。


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