永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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補講 前編

 生理の辛い日々も終わり、恵美ちゃんが決勝で6-0,6-1の圧倒的な実力で女子シングルスのインターハイを制覇した2日後、体育の補講の日がやってきた。

 生理の時に宿題で紛らわせるという作戦は、意外と功を奏した。

 夏休みの宿題を多く終わらせることが出来、しかも今日のお泊り会で更に終わらせる事ができるだろう。

 とは言え、次の生理まではもちろんある程度ある。1ヶ月より少し後ろにずれる感じになりそうだ。

 

 でもその前に、体育の先生に言われた通りに、補講に出かけなきゃいけない。

 今年の夏休み中に制服を着るのもこれが最初で最後だろう。

 

 ともあれ、体操着を持って学校へと行く。

 定期券は夏休み中に切れているため、ICカードをチャージする。何だかとても新鮮な気分だ。

 

 車内はいつもたくさんいる私達の学校の制服もほぼなく、不慣れな雰囲気になる。

 

 

「ねえねえ、あの子かわいいよね」

 

「うんうん、俺好みって感じ」

 

「胸もでけえしエロいよなあ……」

 

「制服も似合ってて可愛いし、何よりリボンがキュートだよな」

 

 

 いつもはいない乗客がいるのか、それとも空いているのか、久々にこんな噂話も聞く。

 外面で褒めてくれるのには慣れたけど、それでもやっぱり嬉しい気持ちはある。

 

 林間学校の時も、あたしは一貫して女の子として扱ってもらえた。

 自分のクラスだけではなく、他のクラスの子たちも、少女漫画を読むという作戦が功を奏して、「元男」という「意識」を「知識」に追いやることができたと思う。

 それでも、潜在意識として、他のクラスではまだ「優一」の印象が残ってしまっているかもしれない。

 

 でもそれも、性格や感性まで女の子になりきれば、男の子を好きになれれば、きっと周りの潜在意識も変わってくるはず。

 

 電車を降りる。いつもなら一斉に降りる小谷学園の制服も殆どまばら。部活の朝練をする人はもっと早く出るとあって、中途半端な時間帯だ。

 

 跨線橋を渡り、改札に出て通学路へ。

 

 通学路も人はまばらで、学校の近くに来ると、部活の練習をしている人たちが見て取れた。

 テニスコートではやはり恵美ちゃんが練習している。

 

 ……おや? 恵美ちゃん苦戦しているな? と思って奥を見たら対戦相手が男子だった。

 いくら全国一の実力を持つ恵美ちゃんでも、男が相手では中々セットを取れないらしい。

 まあそうだろう。テニスの場合男女差が大きくて、高校生男子といえどインターハイに出場出来る実力があれば女子に混じったらプロ選手のレベルらしいからな。

 ってサッカーもそうだっけ? その辺の高校男子サッカー部のレベルは女子の最上位より高いって聞いたこともあるし……うちは例外だろうけど。

 

 ともあれ、正門の下駄箱に来る。

 まずは職員室に立ち寄る事になっている。

 

  コンコン

 

「失礼しまーす」

 

 職員室の扉をノックして開ける。

 

「お、石山か。よく来た。悪いな来てもらって」

 

 私が体育の先生の名前を呼ぶ前に、向こうから声をかけてきた。

 既にジャージの姿だ。

 

「い、いえ。あたしの成績が悪いのがいけないんです」

 

「そう言ってもらえるとこっちも気が楽だよ。とりあえず、こっちも準備をするから体育館に来てくれないかな……あー、更衣室だけど今日は他のクラスの子はいないから職員室のを使ってくれてかまわないよ。ここから一番近いからね」

 

「は、はい……」

 

 あまりいい思い出がない場所だけど、まあ今回はしょうがない。

 職員室の更衣室に入り、鍵を締め、使用中であることを示す。

 

 中に入るとやっぱりあの時のことを思い出してしまう。

 小野先生の意向で、男子とも女子とも引き離され、一人寂しく着替えた体育。

 幸い、その経験は2回で済んだ。3回目の体育は生理で見学だったし、4回目以降は女子のみんながあたしを受け入れてくれたから。

 

 いつもの着替えの方法でもいいんだけど、今回は更衣室一人なのでちょっとだけ楽をしよう。

 スカートとブラウスを脱いで下着姿に。そしてそのまま体操着を穿く。

 

 これだとかなり短縮できるし意識も必要ないけど、やっぱりみんなで着替えるときは止めたほうがいい方法だ。誰も居ないからこそしていい方法とも言えるわけだな。

 

 ロッカーに制服とバッグを入れて、鍵をかけて更衣室を出る。

 

「お、石山か。よし、鍵は預かっておくぞ。じゃあ体育館に行こうか」

 

「はい」

 

 鍵を体育の先生に渡して並んで体育館へ。

 やはり夏休み中とあって、人通りはまばらだ。

 体育の補講はあたしの他にも何人かいるが、いずれも生徒先生それぞれの都合から別の日・別の時間に行われる。

 特に欠席しやすい女子は補講になりやすい。

 ちなみに、前期のあたしは生理で1回見学しただけで、特に授業態度が悪いというわけではない。普通なら補講にはならないのだが……あまりにも成績があんまりということで補講になった。

 

「本当に、異例のことで申し訳ない」

 

「いえ、いいんです」

 

「補講と言っても、体力テストも兼ねてあるんだ。だからやることはほとんどすべて体力テストだと思ってくれ」

 

「……ええ。優一の頃の成績はもう使えないですから」

 

「そうだなあ。男だった時の石山の成績はとても良かったし、乱れてる生徒によく檄を飛ばしてくれていたんだがなあ……」

 

 体育の先生が男だった頃のあたしを懐かしむ。胸がズキリと痛む。

 

「あ、あたし! もう男には戻りたくないです!」

 

 少し強く主張する。

 

「そうだったな、すまない……だが、男だった頃の石山を懐かしんでる人もいるんだってこと、それは伝えたかったんだ」

 

「……そんなこと言われたの、初めてよ」

 

「そうか……知っていると思うが、私は顧問をしている部活では鬼コーチとして知られているんですよ。とは言え……部活でもない授業ではそういうのは封印しているんだ。授業のレベルだと生徒がついてこないからね」

 

「……う、うん」

 

「まあ確かに、石山優一がやってたやり方は乱暴ではあったが……高校生なんて本来ならああでもしないと秩序よくなんて難しいもんだ。先生が出来なくなった汚れ仕事をしてくれたって今では思っとるよ」

 

「でも、あたしはそれが……」

 

「わかってるよ。石山がそう言う自分が嫌で、TS病になってからは必死で過去を消そうとしたことくらいな」

 

 あたしは驚きの気持ちしか無かった。

 「優一」の時代は、誰からも嫌われる存在だとばかり思っていたし、現にクラスではそうだった。だから、高月くんや篠原くんにいじめられていた。

 唯一桂子ちゃんと彼女のグループだった女子だけは、必要悪的認識だったくらいだ。

 体育の先生も、おそらく理由は違うけど、「必要悪」と思っていたのかもしれない。

 

 でも、そう言う人がいたとして、仮に優一に戻って欲しいという人がいたとしても、あたしは、優子として生きてく。その決心だけは、絶対に曲げないつもり。

 来月初めには、女の子になって3ヶ月目に入る。3ヶ月、まだまだ短い。

 でも日数にすればもうすぐ100日にもなる。そう考えると意外と早い。姿や格好、態度や言葉遣い以外の部分で女の子になるにはまだまだだ。

 

 そんなことを考えながら体育の先生に誘導され、体育館に来た。

 

 

「よし、じゃあ準備するからその間に準備体操をして待っててくれ」

 

「はーい」

 

 体育の先生が奥の控え室の方に消えていく。あそこは確か……球技大会のときに篠原くんが隠れてた場所。

 今思えば、篠原くんが「また一つ罪を重ねてしまった」の意味がわかる。

 それはきっと、あの時泣いていたあたしを見て、弱りきったあたしを見て、好きになってしまったということ。

 かつていじめて、傷つけてしまった相手を、無責任にも好きになってしまったことへの罪悪感。

 

 篠原くんは、きっと「俺には優子ちゃんを好きになる資格はない」と思って、必死で気持ちを押し殺そうとした、それが出来ずに壁に頭を打ち付けていたんだ。

 

 それはきっと、永原先生の初恋と同じ。

 自分にそんな資格はないと思っていたからこその、余計に辛い恋のお話。

 

 あたしは少女漫画をそれなりに読み、そうしたことで悩む漫画の女の子たちのことも見てきた。小学校の時、どんくさくていじめていた男の子を、高校に入って好きになるお話も読んだ。

 もちろん漫画の中だから、最後は過去を乗り越えてハッピーエンドだけど、現実は中々うまくいかないものだ。

 

 永原先生はともかく、あたしと篠原くんの恋だって、きっとあたしが許し続けなければ、実ることもなかった。

 いや、そもそも文化祭の実行委員のくじ引きの時に、篠原くんが選ばれなければ、さくらちゃんが勇気を出してあたしを実行委員にするように勧めなければ、あたしは多分、ずっと篠原くんの思いを単純な罪悪感だとしか見られなくて、今みたいにはなっていないはずだ。

 もちろん、まだ正式には「友達」だ。ここからは、あたしたちが頑張らないといけない。

 

 

 そんなことを考えて準備体操をしていると、体育の先生が幾つか機材を出してきた。

 ストップウォッチや握力計の他、おそらく20メートルシャトルラン用のテープレコーダーもある。

 

「あー、まだだ。とりあえず全部出させてくれ」

 

 小さく頷くと、体育の先生が再び奥の控え室の方に走る。

 準備運動もまだ全て終わっていないので、毎日の授業で何を習ったかを思い出し、順調に準備していく。

 

 しばらくして、体育の先生が残りの機材を抱えて戻ってくる。

 本来何回かに分けるものを一日でやるためか、酸素ボンベや水などもある。

 

「よし、これで全部だ。補講と言ってもほとんど全てが4月にやった体力テストが中心になる。まずは握力からだ」

 

 体育の先生が握力計を差し出す。

 やり方はわかっているので、早速開始する。

 

「ふんっ! あーーーー!!!」

 

「ふう……どうですか?」

 

「うーん、13キロかあ……」

 

 やっぱり成績は悪い。

 

「お、男だった時、4倍はありましたよね?」

 

「あ、ああ……そうだったなぁ……」

 

 体育の先生が、おそらくあたしが男だった頃の成績表を見て言う。

 

 ともあれ、時間もあまりないので続いて上体起こし。先生が足を支えながら器用にストップウォッチを扱う。

 

「よーい、はじめ!」

 

「んー! んー! はぁ……はぁ……」

 

 胸が大きいせいもあるけど、上体を持ち上げるだけで物凄い疲れて苦労する。1回目と2回目はまだ良かったけど、それ以降は地獄だった。とにかく全然身体が上がらない。

 

「そこまで、4回っと……」

 

「ひどい……」

 

 男の時は1秒間に1回は余裕だったのに……

 

 

「よし、次は長座体前屈だ。これが終わったら一旦休憩にするぞ」

 

 柔軟性のテストだし、これはそこまで疲れないはず。

 壁際に移動し、体育の先生が計測紙をセット。

 

「よし、はじめ!」

 

「すぅーーーーーふうーーーーー」

 

 少しずつ息を吐きながら、身体を前に倒す。お、やっぱりこれはいいぞ。

 身体能力は軒並み落ちていたが、柔軟性は以前より男の頃よりは良くなっていた自覚があったものだ。

 

「お、石山! これはすごいぞ、48センチ、平均以上だ!」

 

「え!? 本当ですか先生!?」

 

「ああ、石山の普段の成績が壊滅的ということを鑑みれば、素晴らしいの一言だ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「それに……石山優一だった頃の記録よりも3センチ伸びているぞ!」

 

「うわーい!」

 

 あたしは両手をバンザイして無邪気に喜ぶ。予想できたことでも、やっぱり普段ダメな体育で褒められることの嬉しさは、「女の子らしい」と褒めてもらえるのと同じくらい嬉しい。

 

 

「よし、疲れただろうから10分休憩だ。そしたら反復横跳びを開始するぞ。先生は準備しているからちょっと待っててくれ」

 

 休憩中、ゆっくりと休む。よく見ると体育の先生が巻き尺とテープを持っている。

 なるほど、あれで反復横跳びをするのか。

 

「よし、時間は20秒だ。はじめっ!」

 

「はぁ、はぁ、ふう、ふう……はぁ、はぁ、ふう、ふう……」

 

 体育の先生の号令とともに、ラインを超える。ちゃんと超えてないとポイントにならないから特に意識する。

 20秒という短い時間もあって、息切れもそこまで激しくならなかった。

 

「よし30点だ」

 

「はは、優一の半分以下かあ……」

 

 そうだよね、今のか弱い女の子のあたしが、昔の強い男だった自分に勝てるわけないもの。

 

「さ、少し休憩したら、次は20メートルシャトルランだ」

 

 体育の先生がやはり20メートルを計測し、ラインを2つ引く。

 

「これが終わったら次の50メートル走に向けて昼の休憩に入るぞ」

 

「はいっ」

 

「……よし! じゃあ始めるぞ」

 

 体育の先生がカセットの再生ボタンを押す。

 女性の声で、だんだん早くなっていくことを示してくれる。

 

 そして開始。

 こちらの方は、最初は歩くような感じでも大丈夫だということを知っているため、最初はとにかくゆっくりを意識。

 10回でもまだ息は大丈夫。

 14回目、ここから少し早くなるので、小走りにする。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 でもジリ貧だ。小走りでも疲れるし、休む暇がなく、何より折り返すのが辛い。

 

「だ……だめだあ!」

 

 22回目から更に早くなる。全力で走ろうとするが、息が切れるとすぐにだめになってしまう。

 

「よし、そこまで。27回だ」

 

「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……はぁ……」

 

 やはりこの種目は辛い。とにかく果てしないからだ。

 それでも、この種目は男の頃は大の得意種目だった。

 4月の体力テストの時には篠原くんと最後まで争ってて130回目で振り切って勝ったくらいだったのに。

 

「そういえば、優一だった時って?」

 

「ああ、150回位だったな。運動部でもないのにそれだけの記録出せるのはすごいことだよ……」

 

「……というより、体力テストの時は無所属のあたしが運動部に勝ちまくっちゃってて結構気まずかったかなあ」

 

「石山も部活に入ればよかったのに。そしたら大学の頃には247回出来たかも知れねえぞ」

 

「先生、高校2年になってTS病になるから無理ですよ」

 

「おっと、そうだったな」

 

 それに、仮に運動部に入っていたら、こんなひどい運動神経になったら、男に戻りたいと思うようになってしまい、そして自殺の道一直線だった気がする。

 

「よし、ともあれ昼食休憩だ。その前に疲れたろ? マッサージするか?」

 

「あ、うん」

 

「よし、うつ伏せになってくれ」

 

「う、うん……」

 

 野洲のこともあってお尻を触られないかちょっと警戒するが、体育の先生はふくらはぎをマッサージしてくれた。

 

「よし、どうだ?」

 

「うん、そこ気持ちいいです」

 

「午後は外に出て50メートル走からだ。ちゃんとほぐせよ」

 

「うん。ところで持久走は?」

 

「ああ、今回は省略する。シャトルランで代用だよ」

 

「分かりました。あ、先生、足もいいんですけど……肩も揉んでくれます?」

 

「え? 肩?」

 

 困惑する体育の先生を尻目に、あぐらになりやや前かがみになって肩を出す。

 体育の先生が肩をもみ始める。

 

「んっんー! やっぱり気持ちいい……」

 

「おわっ、石山、若いのにこんなこって大丈夫なのか?」

 

「あ、あはは。女の子になってからずっと肩こりが酷くて……」

 

「んー……まあ確かに無理も無いか……よし! 午後は校庭に集合だ」

 

 体育の先生が後片付けをする。

 午後の体育の補講の後は、みんなとのお泊まり会も予定されている。今から楽しみになってきた。

 


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