永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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補講 後編

 まずは昼食を取りに学食へ向かう前に一旦更衣室に立ち寄り財布だけを取る。

 体育の補講が午後まで続くので、体操着のまま昼休みを過ごす。

 実は女の子になってからだけではなく、男だった頃も含め、体操着で学校をあちこち歩き回るのは実は去年の体育祭以来だ。

 制服だと胸などは目立たなくなるけど、それでも私の胸は隠しきれず、かなり目立っていた。

 それが体操着ともなると、本当にでかい。とにかく目立つ。目立つだけではなくボヨンボヨンと揺れることもあって、男子たちの視線を一気に釘付けにすることもある。

 あたしがTS病だったから、男子に理解があってよかったけど、なるほど胸の大きい女性が猫背になったりコンプレックスになったりしちゃうのも頷ける。

 

 お昼時になると午前の部活練習で疲れた他の生徒達も学食へと向かっている。

 そんな中で、男女様々な部活で様々な集団がいる。

 

 

「おいおい、あれ体操着の石山か?」

 

「間違いねえぜ。あのでけえ胸に長い黒髪……かわいい顔。石山優子だぜ」

 

「なあ、あいつ部活なんか入ってたっけ?」

 

「どうだろう? でもよ、やっぱすげえよな」

 

「うんうん、俺さ、あいつ彼女にしてえと思うんだよ」

 

「お、おいおい。本気かよお前!?」

 

「だってよ……うちの後輩の話によればあいつ少女漫画とかお人形遊びが好きらしいんだぜ」

 

「冗談だろ!? おいおい、あの乱暴の塊みたいな石山が……例によって少女漫画とお人形遊びって……」

 

「それどころか、私服もスカートが多いって話らしいぞ」

 

「一生懸命に女の子らしく振る舞っているって噂本当なんだよな」

 

「むしろ変わるべきなのは俺らかも知れねえぜ」

 

「だから、俺は石山優子ちゃんを純粋にかわいい女の子だと思ってるんだ。だからこそ、男として、俺はあいつを彼女にしたいって思ってるんだよ」

 

 

 3年生の運動部の集団があたしのことを話している。

 でも、もうあたし、まだ友達だけど……好きな人ができちゃったから……悪いけど他の人を探して欲しい。あたしは心の中でそう思った。

 

 夏休みの学食に来る。体操着がちょっと非日常だ。

 今日の学食は野菜ラーメンにする。生理中と生理終了直後はとにかく野菜、特にほうれん草や人参などを食べたくなる。今日は特に直後と言うほどではないが、何となく野菜を食べたい気分だった。

 女の子になってちょっと貧血気味になることが多くなったのかもしれない。

 

 学食を見ると、多くの生徒が体操着のままだ。中にはその競技用のウェアの生徒もいる。

 

 

「お! 優子じゃねえか!」

 

「あ、恵美ちゃん!」

 

 恵美ちゃんが話しかけてきたので隣に座らせてもらう。

 恵美ちゃんはあたしの知らない顔の女の子を連れていた。あたしは多分女子テニス部の仲間だろうと思った。

 

「どうしたんだ? 体操着なんか着て」

 

「ああ、うん。今日が体育の補講なのよ」

 

「あ、そうだったな。すまねえすっかり忘れてた」

 

「……そう言えば恵美ちゃんもお泊まり会来るんだったっけ?」

 

「おう」

 

「それと……恵美ちゃんってテニス部だよね?」

 

「それがどうした?」

 

「うん、テニスって体操着なの?」

 

「ああ、テニスウェア? あれは大会とその前に着るだけだよ」

 

「そ、そうなんだ」

 

「うんうん」

 

 テニス部の他の女子たちも同調してくる。よく見ると林間学校で見たような顔も見受けられる。

 

「田村先輩、この人が石山先輩なの?」

 

「おう、そうだぜ」

 

「は、はじめまして」

 

 1年生の女子が挨拶をしてくる。

 

「こちらこそはじめまして。あたしが恵美ちゃんのクラスメイトの石山優子です」

 

 お互いに自己紹介を交わし、話す。

 1年生の間でも、「今は可愛らしいけど中身は乱暴な性格だった先輩」と認識されているそうだ。

 だけど、1年生の子も、話すうちに「田村先輩より女の子らしい」と褒めてくれる。

 ただ、そんな中でも別の女子が「でも最近は恵美ちゃんも女の子らしさに気を配るようになった」と指摘していた。

 それに対して恵美ちゃんは、「女の子になってまだ時間が経ってない優子にどんどん女子力で差をつけられてしまってて流石にまずいと思った」と返答した。林間学校でも同じことを言っていたっけ?

 

 

「そんじゃ、あたいらは午後の練習があるから。またな」

 

「うん、午後もがんばってね」

 

「おうよ!」

 

 私はまだ食べてる途中だけど、恵美ちゃんたちはコンディショニングのこともあって、早速部活に向かった。

 本当に熱心だなあと思った。

 

 ともあれ、あたしもしばらくして食べ終わったので、午後の体育の補講に向けて準備をする。

 財布をもう一度更衣室のロッカーに入れて、校庭へと向かった。

 

 

 校庭は陸上部が普段使用しているが、陸上部自体小谷学園では不人気の部活なので、補講をしても邪魔にはならない。

 

 ふと見ると、体育の先生が白線を付けていた。

 

「よし、午後は50メートル走と立ち幅跳び、それからハンドボール投げだ……どれからやる?」

 

「うーん、じゃあハンドボールから」

 

「よしわかった。早速始めよう、こっちだ」

 

 体育の先生が校庭の真ん中へ案内してくれる。

 

「はい、これがハンドボールだ。合図があったら投げてくれ」

 

「う、うん……」

 

 正直ハンドボールがずしりと重い。4月にやったときとは全然違う。

 所定の位置につき、助走をつけて投げる。

 

「やああっ!」

 

 かわいい声に似合わない、妙に気合のこもった掛け声とともに投げるが、全然伸びてない。

 体育の先生が巻き尺で図る。もちろん片方は持つ。

 

「6メートル48センチ」

 

 体育の先生が冷静に告げる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「まあ女子ならこんなもんだ。男女差が最も出る分野だからな」

 

「にしたって4月は33メートルだったのに……」

 

 いくら理屈では「もう女の子だから弱くてもいい」と分かっていても、流石にここまで記録が激減するとショックも隠せない。

 もう一度投げてみたが、結果は一回目より悪く、記録としては一回目を採用する。

 

 

「ともあれ少し休んだら立ち幅跳びにするぞ。50メートル走は疲れるから最後がいいだろ?」

 

「う、うん……」

 

「よし、ハンドボールを片付けてくるから砂場に来てくれ」

 

 体育の先生がメジャーとハンドボールとストップウォッチを持ち、体育倉庫の方向へ消える。

 その間にゆっくり歩いて砂場へ行く。もちろん、陸上部の邪魔をしないように、だ。

 

 陸上部は走り込みに入っている。中には垂直跳びや走り高跳びに講じるものもいる。

 でもだいたいは趣味のノリで、気合を入れた掛け声なんかもほとんどなく、そこまで追い込んでいるという感じではない。

 小谷学園は自由な校風だから、体育会系との相性も悪いのかもしれない。

 

 ともあれ、体育の先生がメジャーを持ってこちらに向かってきた。

 立ち幅跳びの開始だ。

 

「よし、初めていいぞ!」

 

「はーい!」

 

 いち、にの……さんっ!

 

 ズシャッ……

 

 腕の反動も利用し、砂場に向けて一気に飛ぶ。飛んだつもりだったんだけど……

 

「1メートル2センチ」

 

「せ、先生この記録……」

 

「正直言うとかなり悪い」

 

 男の頃は2メートル半だったのを考えればやはり深刻ではある。

 というか、優一だった頃の立ち幅跳びに、優子としての走り幅跳びでさえ負けていたことに今気付いた。

 

「先生、よく考えたら……あたし、走っても2メートル25センチだったような……」

 

「あー確かそんな感じだったな。石山が4月に出した立ち幅跳びの記録が2メートル49だからなあ……」

 

「うーん、でもまあ……あたし女の子だし……」

 

「女の子だとしてもこの記録はまずいぞ」

 

「あ、あはは……女の子だし弱くてもいいかなあなんて……」

 

「むむっ、それはいけないぞ。身体があまりに不健全だと心も荒むぞ」

 

「でも先生、あたし老化しないから……それを考えたら運動神経の悪さを差し引いても超健全だと思いますよ」

 

「むむむっ……」

 

 結構痛い所を突いてしまったか。

 

「……まあ、それを差し引いても、だ。石山は体育の成績が悪いことで不便や迷惑をかけたことがあるんじゃないか?」

 

「う、うん……」

 

 球技大会の時にはあまりにもひどいあたしの運動神経に対して、特別ルールのハンデを付けられたし、林間学校では登山や、花火師さんたちの手伝いで、篠原くんに助けてもらっちゃった。

 

 

「……石山は、もしかして自分は女だから困ったときは強い男に助けてもらってもしょうがないって考えてたか?」

 

「う、うん……だって……」

 

「まあ気持ちは分かるし、男もそう言うので助けたい本能はあるけどな。あんまりに情けなくするのも考えものだぞ」

 

「……はーい」

 

「ま、とにかく今は50メートル走るぞ。陸上部の邪魔にならないようにな!」

 

「はい」

 

 

 体育の先生が所定の位置につくように促す。

 体育の先生の所がゴールだ。

 

「位置について……よーい……どんっ!」

 

「はああああああああ!!!!」

 

 体育の先生の掛け声とともに一気に声を出して全力疾走する。遅いながらも精一杯だ。

 

「はぁ、はぁ、ふぅ、ふぅ……」

 

 でも真ん中を過ぎたあたりで急にペースが落ちる。走り幅跳びの時も思ったけど、全力疾走が30メートルと持たない。

 

「11秒5!」

 

 後半はほぼバテて急減速してしまい、11秒5という記録になった。男だった時は7秒をギリギリ切っていたことを考えれば、4秒半以上も遅くなった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 あまりの疲れっぷりにトラックの脇に倒れ込んで休む。

 

「……石山、大丈夫か? 何、気を落とすこともない。さ、これで体力テストも全部終わりだ。補講はここまでにする。先生は先に片付けて作業しておくから、休み終わったら着替えて職員室まで来てくれ」

 

「は……はい……ふぅ……」

 

 体育の先生が後片付けを終え、職員室に戻る間も、ずっと息を整理する。

 しばらくして立ち上がり教室へ向かう。陸上部はあたしのことは気にも留めず練習を続ける。

 まあ、あれこれ陰口叩かれるよりはいいかな。

 

 十分に休んだら、職員室へ戻ろうとする。

 途中、ある部活の休憩時間と思しき集団が前に来る。

 

 

「ねえ、あのリボン、あのおっぱいに黒髪……石山先輩じゃね?」

 

「あ、本当だ! やっべえ、近くで見るとずっと可愛いよなあ……」

 

「ていうか、石山先輩のおっぱいってあんなに大きかったのかよ……」

 

「ちょ、お前聞こえてたらどうするんだよ!?」

 

「だってよお、あれは反則だろ……石山先輩に挟まれてえと思わねえのか?」

 

「だから、聞こえてたら俺たち嫌われるだろ?」

 

 バッチリ聞こえているし、よしっ!

 

「聞こえてるわよ。あたしの胸が気になる?」

 

 わざと腕を胸の下に組む。こうすることであざとく見えずに胸を強調できる。

 男子集団の目線は全員胸に行っている。

 

「わわっ……す、すみません」

 

「気にしなくていいのよ。本能だもんね本能。今もジロジロ見てるでしょ?」

 

「あああ、す、すみません!」

 

「じゃあ、あたしは職員室だから……あたしが可愛いのはいいけど、ちゃんと部活頑張るのよ」

 

「は、はい先輩!」

 

「よーし、午後も頑張るぞー!」

 

「お前ホント単純だな」

 

「うるせえ――」

 

 1年生の男子たちを元気付けたところで職員室へ進む。

 もちろん、職員室と言っても、まず着替える必要がある。目標はその近くの更衣室だ。

 

 

 職員室近くの更衣室に戻り鍵をかける。

 軽くタオルで汗を拭き、いつもならここでスカートを一旦穿くんだけど、今回は体操着をまず全部脱いでその後スカートと制服を穿く。

 男子の時のような着替え方。もちろん理屈では良くないことはわかっているけど誰も居ないし来ないと分かっている密室くらいでは気を抜いてもいいだろう。

 もちろん、これが家の中のように誰かが入ってくる可能性もある場所じゃダメだけどね。

 実際カリキュラムの時も気が緩んだせいで一回おしおきがあったし。

 

 ともあれ制服に着替え終わったらロッカーのドアにある鏡を見て身だしなみをチェックする。

 ……おっとちょっとリボンが曲がっている。

 ……これでよしっ。

 

 忘れ物がないかどうか確認してから、更衣室を出る。

 すると、既に体育の先生が職員室前で立っていた。

 

「お、石山か。これを渡しておく。とりあえずさっきも言ったようにこれで補講は全部終了だ。石山は他の科目の成績もいいらしいし大丈夫、留年にはならないよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「それじゃあ、気をつけて帰れよ」

 

「はーい」

 

 あたしは携帯電話を確認する。

 すると1件のメールを発見した。

 

 届いていたのは桂子ちゃんからのメールで、「優子、体育の補講が終わったら天文部に来てくれる?」だ。

 

 メールで返信してもいいけど天文部に行くまでに何か事件が起きるとも思えないし、そのまま進む。

 

  コンコン

 

「はーい! 入っていいですわよー」

 

「失礼します」

 

 一瞬、誰の声だったっけ? と思いつつ、坂田部長の声だったこと思い出す。

 

「あ、優子ちゃんいらっしゃい。ごめんね急に呼びつけて」

 

 桂子ちゃんが応対する。

 

「ああ、うん。それはいいんだけど……何だか坂田部長が懐かしくて」

 

「そうねえ、林間学校とかもありましたし、久しぶりですわね」

 

「坂田部長、このミニチュア……」

 

「ええ、石山さんや木ノ本さんが不在の間、私の方で少し作っておきました」

 

「でも、坂田部長は受験とかは大丈夫なんですか?」

 

「ふふっ、大丈夫よ。こう見えて成績は上向いているのですわ」

 

 まあ、坂田部長の心配はしなくていいか。

 

「ところで、石山さん、木ノ本さんから聞きましたけど林間学校中大変だったんですって?」

 

「う、うん……添乗員がナンパしてきて……それで……」

 

「無理には聞きませんわ」

 

「で、でも永原先生や篠原くんと一緒に観光もできたわ」

 

「え? 優子ちゃん何処言ってたの?」

 

「……永原先生の故郷よ」

 

「故郷って?」

 

「上田からバスで行くと昔の真田家が治めていた集落があったのよ」

 

「そうなんだ」

 

「永原先生、真田幸村って言い方が大嫌いだったのよ」

 

「え? どうして?」

 

「うーん、畏れ多いからって言ってたわね。確かに本来は真田信繁らしいんだけど……永原先生の場合、本物の家臣だったわけだし、あたしたちとは見方が違うのよ」

 

「石山さん、木ノ本さん。永原先生のことは私も気になりますけど、今はそれよりミニチュア作りのことですわ」

 

「そ、そうね……」

 

 坂田部長の声で、あたしはミニチュアに視野を移す。

 

「それで……どんな感じですか?」

 

「とりあえず、一番小さな系外惑星や白色矮星を作っておきましたわ。後は恒星を作って位置関係を調べるだけですわ」

 

「えっと、あたしはシリウスを作ればいいのかな?」

 

「うん、私は赤色矮星を、坂田部長は――」

 

「私は近傍恒星の位置関係を切り取った立体図を探しますわ……もしなければ私が作りますわ」

 

「お願いします」

 

 林間学校よりも前、数週間ぶりにシリウス作りの続きだ。

 白い綿を太陽のミニチュアと比較しながら作っていく。

 

 

 よしっ……こんなものかな?

 

「け、桂子ちゃん」

 

「ん?」

 

「シリウス……これでいいかな?」

 

「どれどれ? うーん……」

 

 桂子ちゃんが太陽とシリウスのミニチュアをメジャーで何度も測る。

 すごいこだわりだ。

 

「大きさは後もうほんのちょっとだけ大きくしてくれる? 1センチ位よ」

 

「う、うん」

 

「それが終わったら、もう一度見せてくれる?」

 

「う、うん……」

 

 桂子ちゃんに言われた通り、ほんの少しだけ素材を加えてシリウスを大きくする。

 そしてもう一度持ってきて、今度はOKをもらった。

 

「じゃあ次はプロキオンを作ってくれる?」

 

 プロキオン、これも太陽より大きい恒星で、シリウスより更に大きいけど、明るさはシリウスより暗い恒星だという。

 ちなみに、この星もシリウスと同じく「白色矮星」の伴星を持つらしい。

 

「そういえば、白色矮星ってこんなに小さいの?」

 

 白色矮星は、殆ど点みたいな大きさで、球体というよりは「粒」のミニチュアだ。

 

「うん、地球と同じくらいの大きさに、太陽と同じくらいの重さがあるのよ」

 

「というと?」

 

「手の上に車が乗っかっているようなものよ」

 

「そ、想像できない……」

 

「実は私もよ……」

 

 桂子ちゃんが珍しく宇宙で弱音を吐く。

 プロキオンはまず、大雑把に外側だけを作る。

 夏休み中とあって下校時刻もやや早い。他の部活は練習しているけど、天文部はそこまでやらないらしい。

 

 帰り道、桂子ちゃんと並んで帰る。

 

「あたしも着替えたら優子ちゃんの家に行くから、部屋とかもし散らかってたら片付けておいてね」

 

「集合時間とかは?」

 

「それはお楽しみよ。私含めて3人で行くから待っててね」

 

「う、うん……」

 

 あたしと桂子ちゃんは、他愛もない話をしつつ、最寄り駅からいつもの分かれ道で分かれた。

 あたしはお泊り会に備え、制服から私服に着替える。

 今日は水色のワンピース、可愛らしいミニスカートだ。


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