永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「おーい、優子ちゃん! 優子ちゃーん! 起きてー!」
目覚まし時計もない夏休みの時間、何か布団から出たくない。もう少し寝たい。
そういえば今日はお泊り会でえーっと……まあいいか……
「おーい、優子! みんな起きてるぞー」
「うーん、後ちょっとだけー」
「起きませんねえ……」
「よし、あたいに任せろ!」
恵美ちゃんの声がする。
「起き……ろ!」
ガバッ
布団が一気に剥ぎ取られる。
「ひゃ、ひゃあ!」
あたしは驚いて短い悲鳴を上げる。
「わわっ、ゴメン!」
ワンピースタイプのパジャマなので、朝起きた時はおへそまでめくれていたりすることも多い。
林間学校の時もパンツ見えるくらいめくれてたけど一番最初に起きたから良かったし、そうでない時も、これを着ている時は、まず布団の中で、スカートを直す事から始めなきゃいけない。
だからこうやっていきなり布団を剥ぎ取られるとかなりまずいことになる。
「だ、大丈夫大丈夫。見えてない見えてない」
「は、はい……確かに見えてないですよ……」
桂子ちゃんとさくらちゃんがフォローする。
寝た体制で、足元を見てみると、確かに見えてない。嘘はついてなかった。
よかったよかった。もし布団を剥ぎ取ってみてパンツ丸見えになっていたら、私も恥ずかしいし、恵美ちゃんたちも気まずいだろう。
「ご、ゴメン、優子がワンピースなの忘れてて……」
恵美ちゃんが謝る。
「まあ、見えてなかったからいいわよ」
「お、おう……すまん……」
「でも、優子さんも無防備だと思いますよ……」
さくらちゃんがあたしの落ち度を指摘する。
「うんうん、可愛いの着たいのはわかるけど、いくら女の子だけの空間だからって、そのパジャマは危ないわよ」
桂子ちゃんも、ワンピースタイプのパジャマが持つ危険性について語ってくれる。
「す、すみません……」
「まあそういうのは、これから覚えておけばいいだろ……あたいも含めて、な」
恵美ちゃんが自分も含めて、と言う。
そうだ、女子力を学んでいるのは、何もあたしだけではないんだ。
恵美ちゃんも、少しだけ取り戻そうとしているんだ。
「さ、優子ちゃんも起きたし着替えよっか」
「そうね、そうしましょうか」
ともあれ、あたしたちはまず普段着に着替えることになった。
そして、例によって順番を決めることになった。
まず、風呂場の脱衣所で着替えるチームと、あたしの部屋で着替えるチームの2チームができたので、チーム分けと先手と後手をじゃんけんでそれぞれ決める。
あたしは脱衣所で後から着替える方になった。まずは恵美ちゃんが着替えている。
恵美ちゃんはどういう服で来るだろう? と考える。今回のお泊り会と、林間学校の様子を見る限り、夏の恵美ちゃんは動きやすい短パンが多いと思う。
しばらくするとドアの鍵が開く音がする。
「お待たせー!待ったかー?」
「ああ、うん大丈夫……」
恵美ちゃんの私服でのスカート姿は初めて見る。ちょっとびっくりだ。
「どうした? 浮かない顔して?」
「いや、恵美ちゃんの私服スカートって初めて見たから……」
「ああ、あたいも制服以外だとあんましスカート穿かねえからなあ……」
心なしか恵美ちゃんは前かがみだ。
「うん、珍しいと思って」
「今日はお泊りだけじゃなくて、出かけるわけだからな。あたいだってせっかく女に生まれたんだ。たまにちょっとはおしゃれしねえと」
「う、うん……とってもいい心がけだと思うよ」
「ありがとうよ。じゃっ」
恵美ちゃんと入れ替わり、あたしが部屋に入る。
パジャマを脱ぎ、パンティーとブラジャーを取り換えてから今日の服を手に取る。
今日はみんなでお出かけということで、一段と可愛いデザインを選んで、赤いミニのプリーツスカートと赤いブラウスを選んだ。
この服はほとんどが赤だけど、胸元の大きめのリボンだけは黄色にし、また頭のちょこんとしたリボンも、いつも通り白でメリハリをつける。
最後に身だしなみを少しそろえる。うん、今日もばっちり可愛くできた。
ここはあたしの家なので、昨日着ていたパジャマと下着は洗濯籠に入れる。
「お待たせー!」
「お、優子可愛いな!」
「えへへ……今日はお買い物もするからおしゃれしないとって思って」
「殊勝な心掛けだな。ま、あたいもめいっぱい頑張ってみたんだけどよお……やっぱ差がついちゃってんなあ……」
恵美ちゃんがまた落ち込んでいる。うーん、ちょっと悪いことしちゃったかなあ……
とりあえず、あたしの部屋に戻る。
「こっちは終わったわよー」
「あ、お二人とも……こちらも着替え終わりました……」
さくらちゃんと桂子ちゃんもそれぞれ私服に着替え終わっている。
「あれ? 恵美スカートなの?」
「あ、ああ……ちょっとたまにはあたいも……か、可愛くなりたいし……」
恵美ちゃんが少し照れ気味に話す。
「へえ、恵美さん珍しいですね……」
「だ……あたいだって、せっかく女に生まれたんだからって思うこともあるし……」
「でも思ったより可愛いと思うわよ。何より初々しいし」
恵美ちゃんの今の外見は正直そこまで気を使っている感じじゃない。
あたしや桂子ちゃんの方が、普段から気を使ってるし、生まれつきの容姿もあって可愛いというのが正直なところ。
でも今の恵美ちゃんはそういう可愛いのとはまた違った魅力があると思う。こう普段慣れない背伸びをしているというか……
そう……いわゆる内面の可愛さというか……ギャップ萌えというか……
「あ、でもさくらちゃんも可愛いと思うけどなあ」
あたしがさくらちゃんの服を褒める。こちらもギャップ萌えを突いてる気がするのだ。
「え? そ、そうですか……?」
「うんうん、昨日と比べると別人みたい」
昨日は無地の黒いタンクトップとジーパンといういかにも地味な格好だったのに、今日は明るい白と黒のワンピースで決めている。
「でもやっぱ桂子が一番ファッションはすげえと思うなあ」
恵美ちゃんが桂子ちゃんのファッションを見る。
桂子ちゃんはこの4人の中では一番肌の露出が多い服で、スカートもあたしより短いし胸元も少し見えているけど、不思議と下品さを感じない。
あたしのように無地頼りでもなく、かといってしつこくないチェック柄のデザインだ。
「あーあ、あたしも桂子ちゃんみたいに、素敵な服を着こなしたいなあ……」
「うーん、優子ちゃんの場合はこの服はちょっとまずいと思うのよ」
桂子ちゃんが言う。
「え? どうして?」
「優子ちゃんには似合わないというか……優子ちゃんが着たら男どもの性欲を煽り過ぎちゃうわよ」
「うぐっ……」
「うーん確かにそうだよな、特に胸とか!」
恵美ちゃんが私の胸を見ながら言う。
桂子ちゃんも決して小さいわけじゃないけど、やっぱりあたしと比べると小さい。
というよりも、クラスの中でもあたしの胸は特別大きいと言ってもいい。
つまり、胸元の開いた服は、あたしが着るとあまりにも刺激が強すぎるということか。
そういえば、あたしが女の子になった時に買っていた服の中にも、そんなタイプのがあったけど、まだ着ていなかったことを思い出す。今度試してみようかな?
「あ、みんな着替えた? あら、みんな可愛いわね。ささっ、朝ご飯にしますわよ」
母さんが軽快な足取りで、いつもよりも多い朝ごはんを持ってくる。
「恵美ちゃんが見違えたわねえー絶対評価ではまだまだだけど、昨日との落差を考えるといいわねえー」
やはり母さんも一番に目についたのが恵美ちゃんだ。
「うんうん」
「でもどういう風の吹き回しかしら? 昨日は気も強くて言葉遣いや服装ももあんまり女って感じじゃなかったのに」
「あ、あたいもちょっとは女の子らしくしたくなる時だってあんだよ!」
「ふふっ、いい心がけねえ。そうやって意識していけば、女の子はどんどん可愛らしくなっていくのよ。特に好きな男の子が出来たときとかねえー」
母さんが意味深な表情で恵美ちゃんにニヤける。
「なっ! あ、あたいは好きな子なんて……ただ、優子に差をつけられてるって思うと……」
「ふふっ、それでもいいわよ。まずは気持ちからよ気持ちから」
「あ、ああ……」
ともあれ、今日は母さんが全ての朝食を作ってくれた。
いつもの昨日の残りもあるが、今日はどちらかと言えば少数派だ。
「優子の家の朝ごはんってどんな感じなんだ?」
「うーん、いつもは昨日までの残りをおかずにして、ご飯とパンや味噌汁なんかを新しく作る感じかなあ……」
「ふふっ、でも今日はいつもより3人多かったし、残り物は先に出ていったお父さんに大半押し付けたから……」
やっぱり……扱いが悪い……
「さて、じゃあいただきますしましょ」
「「「いただきます」」」
いつもと違う朝食を、みんなで食べる。
桂子ちゃんも、さくらちゃんも美味しいって言ってくれる。
一方で恵美ちゃんはガツガツとひたすら黙々と食べている。
「恵美ちゃんって、食べ方豪快だねえ」
あたしが話を振る。
「ん? そうか? 朝はよく食べねえと、練習が大変なんだぜ。今日は休みだけど、そう言う日はなおさら栄養補給なんだぜ」
「でも恵美ちゃん、お行儀が悪いのはダメだよー」
桂子ちゃんがダメ出しする。
「な!? そんなこと言ってもよお……性分は中々変えられねえぜ……」
「あらあら、優子は性分を変えられたわよ。決めつけないで、頑張ってみてよ」
母さんがエールを送る。
「っ……ったってよお……あたい、優子ほど……心強くねえしよ……」
恵美ちゃんが言う。
「えー? そうかなあ!? 恵美ちゃんテニス選手だし、あたしなんかよりよっぽど――」
「いや、確かにあたいだってメンタルトレーニングはしてるさ。身体的、あるいは技術的には同じ高校生だと負ける要素はもうねえからな。むしろ大事なのがメンタルだ。高校の大会で、あたいが負けるとしたらそこなんだ」
「……」
「でもよ、あたいはそれでも、優子ほど心は強くないと思う」
「あはは、虎姫ちゃんにも同じこと言われたよ……」
林間学校の時のやり取りを思い出す。でも、あたしは本当によく泣く女の子。すごく弱い女の子だと思う。
「優子はな、弱い自分を受け入れられる女の子だ。あたいは、強くねえと気が済まねえ。それだけならまだしも、1番強くじゃねえと気が済まねえ、欲張りで強情な女だ」
「でもそれは――」
「確かにそれはテニスには必要なことだ。でも、ありのままを受け入れられる優子は……やっぱあたいの方が弱いよ」
その後、朝食が進む。
あたしは女の子の中で、強い女の子だと思われている。でも、それは誤解だと言った。
桂子ちゃんが言う、「もう少し女の子を続けていれば、私達が言った意味が分かる日が来る」とも。
そんな日、来るのだろうか? 今のあたしには、こんな泣き虫の自分の心が強いと言われるのにどうしても納得がいかない。
「よし、朝ごはんが終わったらホームセンターに行くわよ」
「はーい」
「みんな車に乗ってくれる? 優子の部屋の模様替えのために、写真も撮った?」
「はい、ばっちりです……」
「それから、私木ノ本桂子が、模様替え案を持って参りました!」
ビシッと母さんにあらたまった口調で話す桂子ちゃん。
よく見ると部屋の大まかな見取り図みたいなものに、改善点が書かれていた。
更に、「お人形のレパートリーを増やす」「座布団を増やす」「小物を飾る」などと言った具体的な計画案もあった。
優一時代から引き継いでいた殺風景な部屋が、女の子らしさ溢れる部屋になると思うと、ワクワクドキドキだ。
ホームセンターは駅から少し距離が離れていて、車での来訪者が多い。場合によってはトラックを貸し出すこともあるが、今回は使わなくて済みそうだ。
「さて、まず何から買う?」
母さんが提案する。
「とりあえず、私と優子ちゃん、優子ちゃんのお母さんで、優子ちゃんの部屋の大きな模様替えを担当するから、恵美ちゃんとさくらちゃんは、部屋の小物の追加と、後は優子ちゃんに似合いそうなシャンプーの候補を見つけてくれる?」
「優子ちゃんの人形も、小物コーナーにあるから、ぬいぐるみなんかも候補を絞ってくれるかな? 多分恵美ちゃんたちの方が時間かかるから、後で探して合流するわね」
「おう!」
「わ、分かりました……」
桂子ちゃんが的確に指示を出し、メモ帳を持ったさくらちゃんと恵美ちゃんが飛び出す。
「それじゃあ、私達も行くわよ」
「よし!」
桂子ちゃんの気合の入れ方がすごい。
桂子ちゃんはまず売り場の見取り図を見て、一番近い布団の売り場へとあたしと母さんを誘導する。
「ねえねえ、あれって親子?」
「優子と桂子でしょ? あの二人姉妹かなあ?」
「たしかに二人ともすごい美人だけど……でもあんまり似てないわよ」
「それになんか親子って雰囲気でも無さそうだよねえ……」
また噂されている。確かにあたしは元々男で、TS病で今の容姿になったし、桂子ちゃんは血のつながりは当然ない。だから、親子姉妹と考えるのにはあまり似てないかもしれない。
いつものように、ホームセンターの男性客の視線を釘付けにしている私の胸。若い女性の何人かが嫉妬丸出しでこちらを睨みつける。
正直その姿はブサイクで女子力のかけらもない妬みの感情。
基礎がかわいくても、ああいう風になったらダメと反面教師に思いつつ、部屋の模様替えの大コーナーのうちの、布団のコーナーへ進む。
「ねえねえねえ、これなんてどう?」
桂子ちゃんが掛け布団の一つを指差す。それはピンクを基調に花柄でデザインされたもの。
「うんうん、可愛いとおもうよ。優子は?」
「うん、確かに今の布団よりはこれで寝たいかなあ……でも、あたしはこっちもいいかも……」
あたしが指したのは、花柄ではなく薄いピンクの落ち着いた印象のもの。枕カバーとセットになっていて、統一感あるデザインできそうだ。
「なるほどー優子ちゃんって結構シンプルなのが好き?」
「うん、落ち着いてる感じがするの。それでいて可愛いし」
「確かにシンプルなのはいいことよ、でも少しはこういうのにも慣れておいたほうがいいと思うの」
「そうねえ……優子は女物に抵抗はないとはいっても、やっぱり色々な女物を試さないと」
「なるほど……言われてみればそうねえ……」
確かに一理ある。ということで、桂子ちゃんの花柄布団を買う。もちろんこれはサンプルなので、レジには購入用の紙を持っていく決まりになっている。
枕カバーの方は、あたしの案でシンプルな落ち着いたピンク色になった。
「さ、次にカーテンと鏡付き机よ」
「え? 鏡付き机?」
「うん、あの部屋で着替えてみて、鏡がないのが一番不便だったわね。一応クローゼットにもあったけどあれじゃ小さいわよ」
「そうねえ……確かに必要かも」
うーん普段はお風呂場でチェックしてたからよく分からないや……
「鏡の所の机にオシャレのための小物を置いておくのよ。例えば白いリボンとか」
「なるほどー」
あたしが納得する。
「これならいちいち脱衣所まで行かなくてもいいでしょ?」
「うんっ!」
「優子の部屋はちょっと余ったスペースもあるから、大丈夫そうね」
母さんが言う。
「これなんてどう? 入りそうかな?」
「うん、確実に入るわね」
一つの小さな鏡と机の一体型の家具を指差す。後ろが少し膨らんでいるので調べてみたら、三面鏡にも出来るみたいだ。
「さ、次にカーテンね。優子、どれがいい?」
すぐ近くにあったカーテンコーナーで母さんがあたしに選ばせる。
あたしは薄いピンクの上に濃いピンクのバラの花で決めているカーテンを指差す。
「あたし、これがいい」
「ほほう、優子ちゃん成長したわねー、やっぱ優子ちゃん、女子力のことになると飲み込みが早いよねえ」
桂子ちゃんが褒めてくれる。
「えへへ、ありがとうー」
「これは桂子ちゃんもうかうかしてられないかもよー」
母さんが煽る。
「大丈夫よ。私だって日々努力しているし、優子ちゃんが5歩進む間に10歩先を行くつもりだもん」
桂子ちゃんが胸を張って言う。
「でもここは、あたしもこのカーテンがいいと思うわ。お母さんは?」
「うん、私も異議はないわよ」
「そういえば桂子ちゃん、箪笥とクローゼットとPCはどうするの?」
あたしが質問する。
「あれは白だしあのままでいいわ。真っ黒とかだったらちょっと買い替えたかもしれないけどね……さ、恵美ちゃんとさくらに合流するわよ」
あたしたちは、桂子ちゃんの指示で恵美ちゃんとさくらちゃんの元へ合流することになった。