永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「お! 優子、桂子! そっちは決まったか?」
「あ、うん」
ホームセンター内は広いため、その中で見つけるのに苦労するかと思ったが、案外すぐに発見できた。
まあ、木材とか日曜大工コーナーも広いし、そんな所にいるわけ無いと分かっていたのもあったけど。
「じゃあとりあえず、ぬいぐるみの候補を発表してくれるかな?」
「ああ、うん。全部じゃねえけどいいかな?」
「ええもちろん」
恵美ちゃんはまず、小物コーナーに案内してくれ、そこからぬいぐるみを見つけてきた。
「優子さんには……このくまさんのぬいぐるみと……犬さんのぬいぐるみがいいと思います……」
さくらちゃんが話しながら、恵美ちゃんが茶色いくまさんと犬さんのぬいぐるみを出してきた。
「うーん……」
確かに可愛いけど……
「あ、あの……あたし……こっちとこっちがいい!」
あたしが指したのは白いうさぎさんのぬいぐるみと黒い猫さんのぬいぐるみだ。
ぬいぐるみで遊ぶなら熊とか犬よりも、うさぎや猫といった大人しい動物のほうがいいと思ったのだ。後単純にこっちのほうが可愛いと思ったのもある。
「うーん、どうしたものかねえ……あたいはこっちの方がいいと思うんだけどよお……」
「あ、あの……ウサギさんと猫さんは大人しい動物だから……」
「ほほう……そこまでは考えてなかったなあ……」
「あら、優子には全部あってもいいと思うわよ。どれも可愛らしくて、きっと優子に似合うわよ」
母さんが最大公約数的な提案する。
「え!? でもお金は……」
「大丈夫よ。まだまだ予算はたっぷりあるわよ」
「そ、そうか……」
母さんの声により、ぬいぐるみ4つ全てを買い物カートに入れる。
このホームセンターでは、小物類は全てカートに入れた後に直接レジで精算することになっている。
「それから、私……これも欲しいと思うのです!」
さくらちゃんがぬいぐるみから少し離れた所にある「人工観葉植物コーナー」という所を指差す。
「さくらちゃん、人工観葉植物って?」
「あ、あの……観葉植物のような作り物です」
「天然の観葉植物でもいいんだけどよ、いきなりあれこれ世話するのは大変だろ?」
「う、うん……」
植物の世話なんて小学校の時の課題でしかやったことない。
間違いなく枯らしてしまう。
「このバラの花なんかは置物として女子力を高めてくれるぜ」
「そ、そうなの……?」
恵美ちゃんの言うこと、イマイチ信用できない。
「優子ちゃん、こういうのを毎日見るだけでも、女子力は高まっていくのよ」
桂子ちゃんが言うならまあそうなんだろうけど……
「うーん……」
「優子、今は桂子ちゃんのことを信じたほうがいいわよ。女の子らしくなりたいんでしょ?」
母さんに言われる。
「う、うん……そうだね。じゃあこれも買う……」
とりあえず、机の上に置いておこう。
母さん曰く、本当はアロマグッズとかも買った方がいいけど、それはもっと後になってからとのこと。
続いてきたのは、ぬいぐるみコーナーの隣にある人形コーナーだ。
「ほら優子、着せ替え人形だ」
恵美ちゃんが指差す先には、林間学校で買った着せ替え人形シリーズの衣装がずらりと並べられていた。
「わーかわいいー」
あたしがコーディネートしたお人形さんとは大違いで、とっても可愛く着こなしているお人形さんたち。本当にかわいいと思う。
「服のバラ売りもあるけど、あの人形だけじゃなくて、別のキャラクターも試すのもいいかもしれないわねえ……」
母さんが展示を物色している。
更に、あのお人形さんの服と互換性のある別のキャラクターも買う。
これでお人形さんに出来る衣装の組み合わせは爆発的に増えたという。これでしばらくお人形さん遊びができそうだ。
「さて、人形とぬいぐるみはこの辺にして、次は優子のシャンプーね」
「あ、待ってください……その前に一つ買っておきたいものがあるんです……」
さくらちゃんが止めに入る。
「うん? 何?」
「こっちです……」
さくらちゃんが来た道を戻る。家具コーナーだ。
「これです。このクッションです……」
「え? これ?」
あったのはハート型のピンクの柔らかいクッションだった。
「はい……どう……でしょうか?」
「か、かわいい……」
思わず声が漏れる。すごくかわいいクッションだと思う。これだけであたしの部屋も格段に女の子らしい部屋になると思う。
「そうよねえ、このクッションの上でカップルなんかが二人っきりってのもいいかもねえ……」
「え、か、カップル!?」
桂子ちゃんの何気ない一言にドキッとしてしまう。
篠原くんの顔を思い浮かべてしまう。二人きりでハート型のクッションの上で見つめ合って……
ボンッと音がして顔が真っ赤になった気がする。もちろん音はしてないはずだけど。
「お、どうしたんだ優子? 顔が真っ赤だぞ」
「う、うん……その……」
恵美ちゃんの声かけに、言葉に詰まる。
「ははあん、やっぱりそうなのねえ……」
桂子ちゃんが勝ち誇ったような表情をする。
「ええ、私も薄々そう思ってました……」
「まあ、あたいもあんなことがあったらそうなるのはわかると思うけどよ……」
さくらちゃんと恵美ちゃんが続く。
「あら? うちの優子がどうかしたの?」
「か、母さん……その……」
「優子ちゃん、好きな男の子が出来たのよ」
「ちょっ、ちょっと桂子ちゃん!」
「ふーん、やっぱりそんな感じなんだー」
「え? 母さんももしかして……?」
「そんなんじゃないかなあと思ってたのよ。優子、何かそわそわしているし。それに今までもだったけど、最近は今まで以上に『女の子らしさ』を追求したがっていたもの」
「そんで、好きな男の子が出来たのか」
「……」
「ふふっ、沈黙は肯定よね」
あたしは小さくコクッと頷く。
「優子さんも女の子ですから、男の人を好きになるのは何も変じゃないわよね」
それはそうだ、女の子が男の子を好きになって何が悪い。
「で、でも……!」
「あら? 優子、何か悩みでも――」
「は……はい、恋の悩みが……」
「恋の悩みなのは分かるわよ。問題はその中身よ」
母さんが言う。
「ここで言うのは恥ずかしいから、今は買い物に集中させてくれる?」
「あ、そうだったね。うん、ごめんね優子ちゃん。このクッションはどうする?」
「もちろん買うよ。かわいいし……それに……」
「それに?」
「あ、うん……やっぱり言わない……」
篠原くんと二人でこのクッションの上……ダメ、想像したらまた顔が赤くなっちゃう……変な人だと思われちゃうよお……
「さて、とにかく次は優子ちゃんのシャンプーなんだけど」
「母さんと同じのを使っているのよねえ……」
「でもロングヘアーの優子ちゃんと違ってショートじゃない」
「え、ええ……」
「それに、優子さんは……お母さんと違って癖毛の一つありませんよ」
確かに髪の毛の質はあたしと母さんでは全く違う。
手入れの暇だって全然違う。あたしは特に毛先に気を使わなきゃいけない事情もある。
「……そ、それならこれなんてどうですか?」
さくらちゃんがシャンプーの一つを差し出す。
「うーん、よく分からない……」
「いい優子? シャンプーは色々な匂いがするのよ。男の子とデートする時はそれを使って落とすのよ」
「そ、そういうの気にするのかなあ……」
正直元男としてあんまりそんな気がしない。
「そうねえ……確かに普段から使うシャンプーといざってときに使うシャンプーは分けたほうがいいかもしれないわねえ……」
母さんが考える。
確かにそれはそうかもしれない、デートでのギャップの演出は男が好きなシチュエーションだからだ。
って、篠原くんとデート……
ど、何処に行くんだろ? どんな格好しよう? もちろん落ち着いた格好がいいけど……
「優子ちゃん、また赤くなってるわよ」
「はわっ、け、桂子ちゃん……」
「好きな男の子のこと考えてた?」
桂子ちゃんが言う。
「え、ええ!? ど、どうして?」
「もう、分かりやすすぎ。でさ、優子ちゃんはやっぱり弱さと庇護欲、そういうのを煽っていくのがいいと思うのよ」
「そうだなあ、あたいみたいなアピールは天地が逆さになっても無理だろうし」
恵美ちゃんが言う。実際、あたしは泣き虫だし、恵美ちゃんみたいに振る舞うのは無理だと思う。
「そうすると……これなんてどうでしょう? 優しい香りのするシャンプーだそうですよ」
さくらちゃんがシャンプーを手に取る。
ふわりとしたバラの香りがするという。
「バラの香りかあ……あたしの頭から……」
また想像する。うん、何だろう、メルヘンチックで素敵な感じがするわね……
「優子ちゃん?」
「あ、ゴメン。とりあえず、これ試してみるよ」
「それじゃあ、買い物はこんな所かしら?」
母さんが再度確認する。
「そうね、布団、鏡付き机、カーテン、ぬいぐるみ、人工観葉植物、着せ替え人形、ハート型クッション、そしてバラの香りのシャンプー……」
あたしが一つ一つ今日買う商品について確認する。
「だいたいよさそうだぜ」
「私も……追加はありません……」
「それじゃあレジに行こうか」
母さんの先導でカートを押す。
そしてレジに並ぶ。ホームセンターのレジということで、一件一件時間がかかるが、致し方あるまい。
もちろん小さい買い物の人も居て、その場合は助かる。また空のレジも空き始め、あたしたちもそこにうまく滑り込めた。
「こちらの布団と、カーテンですね……少々お待ちください」
店員さんが何かボタンを押す。おそらく注文のことだろう。
その間に別の小さな商品をレジで打ち、処理していく。
さすがの手際の良さだ。
会計が出る。かなりの買い物だ。でも母さん曰く、慰謝料の4分の1もないとか何とか。
なるほど。たしかにこれならお金には困らない。
その事実を知っても、誰も羨ましいとは言わない。そのあたりは女の子としてちゃんと超えてはいけない一線を知っているということか。
そういうのも、ちゃんと学習しないといけないよなあ……今はみんなあたしの正体を知ってるから理解があるけど、今後はあたしも生粋の女の子と同じように扱われることも多いだろうし。今のままじゃ嫌われる危険性もある。
買い物カートを駐車場に停めてある車の前に持っていき、荷物をトランクに入れていく。
布団とカーテンで大半を占拠してしまったので、残りは運転手の母さん以外でそれぞれ分担して持つことになった。
「よし、これ返してくるぜ」
恵美ちゃんがすごい勢いでカートを押す。さすがスポーツ選手と行ったところか、絶妙の反射神経で、しかもダッシュで帰ってきた。
トランクからはみ出ていた恵美ちゃんの取り分の荷物を持ち、トランクを厳重に閉め、全員で車に乗り込みあたしたちは家に帰る。
座席の後ろでは、3人が部屋の模様替えについて話し合っていた。
「はい、じゃあ荷物持ってきたわね。さ、模様替え始めるわよ。優子ちゃんは悪いけどちょっと出て待っててくれるかな?」
「はーい!」
優子ちゃん、恵美ちゃん、さくらちゃん、そして母さんの4人があたしの部屋を変える。
その間、あたしはリビングで待機中。
いい部屋ができるといいわねえ……何て考えながら、ぼーっとして過ごす。
ジリリリリリリ……ジリリリリリリ……
ん? 電話? 小谷学園? とりあえず出よう……
「はい、石山です」
「あ、石山さん?」
かけてきたのは永原先生だった。
「う、うん……」
「石山さんって今度の土日って暇かしら?」
「え、ええ……」
僅かに残った宿題以外、特に夏休みの予定はない。
「夏休みにクラスで親睦を深めようと思って、海と夏祭りに行こうと思ってるのよ」
「へえーいいじゃないですか。どこに?」
「ええ――」
永原先生から海岸の場所と集合時間、集合場所を聞き、メモを取る。
「はい、はい……あの、それで――」
「もちろん篠原君も誘ったわよ」
「う、うん……」
まずい、顔がまた……
「今は石山さんの他には篠原君にしか電話してないわよ。篠原くんがもし断ったら最初から企画倒れの予定だったのよ」
「つ、つまりこれって……」
「そうそう、石山さんと篠原君を応援するためのものよ。今回は私が企画したけど、次からはいつでも会えるように、ちゃんと連絡先は交換しておきなさい」
「は、はひっ……!」
海、海……水着……篠原君に水着……
多くの思考がグルグル回る。
「ふふっ、じゃあ私もクラスのみんなに伝えておくから」
「あ、あの……!」
「ん? どうしたの石山さん?」
「桂子ちゃんと、恵美ちゃんと、それからさくらちゃんが今お泊り会で家にいるから」
「あ、うんわかったわ。その3人は除いておくわね。それじゃあ切るわよ」
「はい」
永原先生から電話を切り、メモを確認していると、ドアが空いた。
「優子ちゃん! 出来たわよ!」
「あ、うん!」
あたしは、永原先生の話を一旦横に置く。そして模様替えされた自分の部屋を楽しみにしながら扉を開ける。
「お、来たか! どうだ、ここが優子の新しい部屋だぜ!」
「……」
「ん? どうしたのですか優子さん?」
「い、いやその……すっごく可愛い部屋ね……」
「ええ、優子にピッタリの部屋でしょ」
殺風景だった勉強机兼PC机には、横にバラの人工観葉植物があり、白無地の地味なカーテンはバラ色のカーテンに、箪笥クローゼットや本棚と、テレビの間にあった何もない空間には鏡のある机が置かれ、そこには洗顔料やリボン、髪飾りなどがある。
テレビの周りには、画面に支障がない範囲で着せ替え人形が置かれ、テレビの高さを調節するために使っていた何も入っていない机の下に着せ替え人形の服が収納されていた。
テレビを見ながら、ちょっと視線を下ろせば可愛らしいお人形さんが目に入るようになっている。
極めつけはベッドだ。殺風景な布団と枕だったそれは、壁際と枕元に犬さん、くまさん、ウサギさん、ネコさんのぬいぐるみがそれぞれ置かれ、ぬいぐるみに囲まれながら寝ることができる。
布団もピンク色の可愛らしいデザインへとリニューアルされ、更にハート型クッションも、朝布団から起きるとそこへ立てるように位置が工夫されている。
「どうだ? 気に入ったか?」
「うん……すごく嬉しい! あたし、こんなに、こんなに女の子らしい部屋で過ごせるなんて幸せ!」
多分あたしが自分でデザインしようとしたら、こうはならなかった。
実際、あたしは今まで、これだけ一生懸命に女の子になろうとしておきながら、部屋のデザインを変えることを思いつかなかったんだから。
「ふう、それは良かったわ。まあ、今更優子ちゃんが女の子らしいものに拒否反応起こすとは思わないけど」
「桂子ちゃんありがとう。ところで、実は――」
「ん? どうしたの優子ちゃん?」
あたしは、永原先生からの電話の内容を伝える。ただし、篠原くんについては隠しておく。
「なるほど、クラスで親睦会を兼ねて海と夏祭りに。か。いいぜ、インターハイも終わったからあたいはその日も暇だしたまには息抜き必要だしな」
「ええ、私も……行きます」
「私も行っていいけど、優子ちゃん、水着と浴衣あるの?」
「え?」
桂子ちゃんが当然の疑問を投げかける。
「あ、しまった。そういえば優子の買ってないわねえ……」
母さんがまずいという表情をする。
「あたいは2つとも去年のがあるぜ」
「わ、私も……」
恵美ちゃんとさくらちゃんは去年のを使いまわすそうだ。
「うーん、私は……去年は学校の水泳の授業でスクール水着を着ただけで、他に着る機会なかったし買わなかったわね……浴衣も最近全然着てないし……」
「よし、お泊まり会は本来朝解散だし、あたいとさくらは先に帰って、優子と桂子で水着を選んできたら?」
「……そうね、そうするわ」
「う、うん……」
桂子ちゃんとあたしも賛成する。
「よし、じゃああたいらは帰る支度するぜ」
恵美ちゃんとさくらちゃんが帰り支度をする。
それはすぐに終わり、玄関で見送る。
「んじゃ。またよろしくな」
「さようならです……」
「うん、恵美ちゃんさくらちゃん道中気をつけてね」
「おう!」
「はい……」
恵美ちゃんとさくらちゃんが駅に向かって歩く。あたしと桂子ちゃんと母さんで見送る。
「さ、私達はもう一度車に乗るわよ」
「あれ? 母さんも行くの?」
「優子の水着と浴衣だもの。母さんも見ないと!」
「えー!?」
「そうねえ、大人の女性の意見も欲しいわねえ」
桂子ちゃんが同調する。
「け、桂子ちゃんまで!」
「まあまあ、意見は多方面からのほうがいいわよ」
「……はーい……」
結構暴走気味なところもあるからなあ母さんは……
まあ、仕方ない。ここは素直に従っておこう。
あたしと桂子ちゃんは、水着売り場のある例のデパートを目指し、母さんの車に再び乗り込んだ。