永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
目隠しでは真っすぐ歩いたつもりでもどうしても曲がってしまう。
目隠しがなければ、実は案外人間は多少曲がりつつもまっすぐ進めるらしいが、目が見えないとなるとかなりまずい。
その男子もまっすぐ歩いているつもりでも、次第に左へとそれ始める。
浩介くんが「左! ずれ行き過ぎ!」と言うも、今度はそのまま真っすぐ右に曲がってしまい、違う場所で振り下ろしてしまった。
スカッという音とともに、永原先生が「はーい残念!」と言う。
「うえっ、こんなにずれてたのか!」
驚きの声を上げる。次に挑戦したのは高月くんだ。
高月くんが一気に駆け巡る。さっきまではゆっくりまっすぐ進もうとしたからずれたと思ったからだろう。
「あーストップストップ!」
「ぶつかるぞ高月!」
クラスのみんなが声をかける。スイカに触れたら失格なので高月くんはすぐに急ブレーキをかけると、慌てて前へと振り下ろす。
スカッ!
しかし、感触は砂だった。
「はいそこまで!」
振りかぶり下ろしたときに、棒がスイカを飛び越えていたのだ。
「あーそうか、あの後下がらないといけないんだ。自分の身長を計算に入れてなかった」
目隠しを解いた高月くんが敗因を分析している。普通に考えればすぐ分かることでも、慌ててしまうと判断力がなくなってしまうという好例だ。
「あまり速く歩きすぎるのも考え物だな」
「ほとんど走った感じだったなあ」
3人目の男子は中間くらいのスピードだったが「右! 右!」という声に足を延ばしたら足がスイカに触れて失格になってしまった。
「これで男子は残り一人ねえ……」
「こ、浩介くん……頑張って!」
あたしが応援の言葉を言ったその時だった。
「「「え!?」」」
他のクラスメイトの男女が驚いた顔であたしを見つめてきた。
「ど、どうしたのみんな? あたしを見て」
みんなキョトンとした表情であたしを見ていて、あたしも思わず聞き返してしまう。
「優子! そ、それはこっちのセリフだぜ」
「優子ちゃん、いつから篠原くんのこと、名前呼びになったのよ?」
「あっ!」
桂子ちゃんのその一言で気付く。日焼け止めクリームを塗ってもらうときに、呼び方を変えようと決心したんだ。
元々が両想いだったこともあって、苗字呼びから名前呼びに代わるのはほとんど違和感がなかった。
そのため、かつてカリキュラムを受けた時の一人称の変化とは比べ物にならないくらいスムーズに行っていたために、こんな簡単なことにさえ、気付けなかったのだ。
浩介くんの方を見ると、男子にからかわれてまた赤くなっている。なんかあたしも顔が赤い気がする。
以前まではあたしはよく泣く女の子だったけど、最近は泣くより顔を赤くしてしまう方がずっと多い。
「優子さん……最近よく照れますよね……」
「うんうん、優子ちゃん恥ずかしがり屋さんだったんだね」
「う、うん……」
女の子になってから、恥じらいをとことん叩き込まれたせいかもしれない。
「でも、最近は優子ちゃん以前にも増してかわいくなった気がするのよねー」
「うん、それあたいもそう思ってた。こう振る舞いとか歩き方とか、そういうのも女の子っぽくなってるし」
恵美ちゃんが言う。
「逆に恵美はそういうところが少ないよねえ……」
「ううう、虎姫が鋭い……」
虎姫ちゃんの鋭い一言。
「やっぱり恵美ちゃんも恋をした方がいいと思うのよねえ……」
「うんうん、そうすれば恵美もきっとかわいくなれると思うよ」
なんか話があらぬ方向にそれ始めている。
「なあ篠原、お前本当に羨ましい奴だなあ……」
「くそお! あの時実行委員になっていれば……」
「それだけじゃダメだぞ高月。あの事件の時ちゃんと優子ちゃんを守ってあげなきゃ」
「うぐっ」
男子たちの会話に注意を向けてみると、浩介くんが力こぶを作っていた。
鍛えていると言っただけあって、すごい力こぶだ。
つい見とれてしまう。あたしもかつて、力こぶはあった。
でもあたしは、それを乱暴に使うだけだった。浩介くんも、あたしを殴ろうとしたのは一回だけ。それも、それはあたしの責任でもあること。
その後は、浩介くんは女の子を……ううん、あたしを守るためだけに、力を振るってくれている。そう思うと、ますます浩介くんの力こぶに惚れてしまう。
ああそうか、やっぱり心はもう女の子なんだ。
「ささ、そろそろスイカ割り始めますよー」
あたしの「浩介くん呼び」で中断していたスイカ割りだったが、永原先生が声をかけたことで、スイカ割りが再開される。
「浩介くん! 頑張ってー!」
あたしはひときわ大きな声で浩介くんに声をかける。今度は周囲もリアクションをしない。
浩介くんはなかなか目隠しを閉じなくて、あたしをじっと見たまんまだ。
水着なので無防備に体育座りしているから、浩介くんは丸見えになっている白い水着から目を離せないのだろう。まさに男の性だ。
女の子は不思議に思うかもしれない。なぜなら永原先生やさっきまでの桂子ちゃんのようにパレオなしで普通にショーツを穿いているビキニが大半だからだ。
それがパレオになっただけで、水着のショーツから目が離せなくなる。超ミニだから簡単にチラチラ見えるものだけど普通に無風で気を付けをしているとぎりぎり見えない。
つまり平常には隠れているものが見えるところに、浩介くんは興奮を感じているのだ。
この辺りは中々生粋の女の子だと理解は難しい。女の子になりきると言っても、男の子の気持ちを理解できなくなる必要まではない。「知識」は多いに越したことはない。
「おーい、篠原! 早く目隠ししろー!」
「優子ちゃんが好きなのはいいけど、スイカ割ってやれよー!」
高月くんや他の男子の言葉でようやく目隠しし、スタートだ。
浩介くんは「いち、にの、さん」で3段ジャンプをし、その後も片足ジャンプで距離を縮め、そのまま一気に割ろうとする。短期決戦だ。
すさまじい威力で棒が叩かれるが、左にそれる。まっすぐジャンプしたつもりがちょっとだけそれていたのが敗因だ。
「あーくそ! これでもダメかー!」
最初の男子が時間をかけたため、短期決戦に持ち込もうとする男子たちだったが、結局誰もスイカを割れなかった。
「おっしゃあ、次は女子のターンだぜ!」
恵美ちゃんが気合を入れる。
「誰からにしますか……?」
「うーん、あたしはちょっとねえ……」
誰かがスイカを割ればそれで終了になる。あたしは間違いなくこの手のことは醜態を晒しそうなので遠慮したいのが本音だ。
「よっしゃ、あたいから行くぜ!」
恵美ちゃんが威勢よく叫ぶ。男子と同じスタート地点に立ち、目隠しをしてもらっていざスタート。
恵美ちゃんが今度は普通に歩く。
「よし、この辺かな?」
「あー恵美ちゃんもっと前!」
かなり手前でそういう恵美ちゃんにあたしが声をかける。
「おし!」
恵美ちゃんが思いっきり歩幅を出して前に出す。
「あー!」という間もなく、恵美ちゃんは足をスイカの横にのせてしまった。
「はいそこまで! 田村さんスイカに足を触れたので失格です」
「くそお! この腕、振るえなかったぜ!」
続いて参加したのは虎姫ちゃん、まっすぐでいい線行っていたのだが、振りかぶるときに何を血迷ったのか右方向に打ってしまい、失敗。
どうやら、最初の男子のことを頭に入れ、まっすぐのつもりでもずれると思っていたために、あえてこうしたのだという。正面に振りかぶっていれば成功だった。
「あの……次は私が……」
さくらちゃんが恐る恐る手を上げる。目隠しにはちょっと恐怖の表情を浮かべ、棒を振りかぶってスタートだ。
「ん……んっ……」
緊張した面持ちで前へとゆっくり歩く。
周りから「頑張れー」「怖くないー」という声が聞こえていく。
しかしそれでも、歩く姿はぎこちない。
「わっ、わっ……きゃっ!」
ドサッ!
さくらちゃんが足と足を引っかけ、転んでしまう。その拍子に両手がバンザイ状態になり、棒が手から離れ。手がスイカについてしまった。
「ふええ……ごめんなさい……」
転んで謝るさくらちゃんに、みんなが駆け寄って起き上がらせてあげる。これで残るは桂子ちゃんとあたし、そして永原先生。
永原先生は審判も務めているので参加しないということなので、桂子ちゃんが失敗したらもうあたしが出るしかない。
「桂子ちゃん、お願いね。ちゃんと割ってね」
「うん分かってるよ。優子ちゃんこういうの苦手だもんね」
桂子ちゃんの言葉からは、わざと負けるという意思は見受けられない。
目隠しをし、永原先生の「スタート」の号令で始まる。
声援と方向の指示もあり、桂子ちゃんはまっすぐに進んでいく。しかし途中で右にそれ始め、弧を描き始めた。
「桂子ちゃん右に寄ってる!」
あたしが声をかけ、桂子ちゃんは左にずれ、そしてそこからまっすぐ進んでまたあらぬ方向へ。
あたしがまた声をかけ修正させる。
「そこそこ」とは言えないため、最後の判断は桂子ちゃんだ。
「ここかな……えいっ!」
桂子ちゃんは全く違う場所で振りかぶり、外れてしまった。
「あーだめかあ……途中まではうまくいってたんだけどなあ……」
桂子ちゃんが悔しがる。あたしはみんなの失敗を見て、一つの作戦を思いついた。
「じゃあ優子ちゃん、最後にお願いね」
スタート地点に立ったあたしに、桂子ちゃんが目隠しをしてくれる。
「もし私が割れなかったら?」
「その時は私が普通に包丁で割るわよ」
永原先生とそんな会話をしつつ、棒を振りかぶり、いざスタート。
あたしは精神を集中させ、右足を出す。他と違うのは、それがすり足だということ。足を地面から離すからずれるのではないかと考えての作戦だ。
2歩目、左足を気持ち内側にすり足させ、右足に当たったら、両足をそろえて幅を取る。
これを慎重に繰り返す。これで左右にずれることはほぼない。
「ねえ見て優子ちゃん」
「……ほう、すり足か。優子のやつ考えたな」
桂子ちゃんと恵美ちゃんが話す。
数回それを繰り返すと「もう少し」「近い近い」との声が聞こえる。
あたしは歩幅を大幅に狭める。後ろに下がろうとしないためかメンバーの声がもっと焦りになる。
皆はあたしから見て右側にいるので少し体を左に倒し「危ない危ない」という声を聴きつつ、左足をちょこんとスイカに当てる。
誰もこれには気付いていない。でもスイカの感触から、スイカの球体も含め、イメージがつかめた。
先ほどと逆の要領で右足を大きく下げる。そして左足を気持ち内側にし、足に当てる。
気を付けに近いレベルで足をそろえる。ここで大丈夫のはずだ。
「えーい!!!」
ごんっ!
「おー!」
クラスメイトの歓声が上がる。確かにスイカをとらえていたが、感触がない。
「ええいっ!」
あたしはルールも忘れもう一度振りかぶってスイカを叩く。
「……あれ?」
割れていない。あたしの力が弱すぎる。
「割れて! えい! えい! えい!」
しかしだめだ。渾身のヒットなのに。
「何でよ! スイカの場所はわかったのに! 狙いは正確なのに!」
あたしは目隠しを投げ捨て、視界をはっきりさせて思いっきりスイカを何度も叩く。しかし、それでもスイカはびくともしない。
周囲は「もういいわよ。あなたの勝ちよ優子ちゃん」という声を出しているが、ムキになっているあたしは気にも留めない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
誰かが駆け寄る。
「石山……」
「こ、浩介くん……」
「ほら、俺の力も使えよ」
浩介くんが顔を赤くしながら、あたしの握っている手の上の部分を握ってくれる。直接手と手が触れているわけじゃないけど、まるで結婚式のケーキ入刀みたいだ。
「よしいくぞ」
「う、うん……」
浩介くんと一緒に振りかぶる。
「……ええい!」
「わっわっ!」
ふりかぶってから振り下ろすとき、浩介くんの勢いに翻弄される。ほとんど運ばれているだけだけど……でも……
スイカは上から勢いよく割れた。ほぼ均等のサイズにパカッといった感じ。
「や、やった……」
「いいぞー!」
「よっしゃあ!」
各人がそれぞれ歓声を上げる。目隠しも何もない、2人がかり、それもほとんど浩介くんの力で割ったようなものなのに。
みんなはスイカに触れたのに気付いてないから、やっぱりちょっとだけ罪悪感がある。
「じゃあ、そろそろお昼にしましょうか」
「「「はーい!」」」
永原先生の提案にみんな賛成する。
「スイカだけじゃ少ないから、海の家で買ってきてくれるかな?」
「じゃあ優子ちゃんと篠原くんで」
「え? あたし?」
「うん、二人で行ってきなよ」
「お、おう……」
「うん分かった」
「じゃあその間に残りのみんなはスイカを切るわよ!」
桂子ちゃんから食料の調達を頼まれた。二人っきりにする時間をくれたのだ。
「じゃあ行こうか浩介くん」
あたしはさり気なく浩介くんの背中に胸を当てようとするが、やっぱり身体が反射的に嫌悪していて、出来なかった。こんなに好きなのに、あたしは恋人として満足に触れ合えないでいる。
それは、浩介くんだって……いや、男の子の浩介くんの方が辛いことのはずなのに。あたしに何一つ不満を漏らさない。
もしかしたら過去のことで罪悪感が残っているのかもしれない。でも、あたしもTS病だからわかる。
男の子の性欲はそんなこと簡単に吹き飛ばしちゃうことを。
永原先生も、みんなも少しずつでいいと言ってくれているけど、それでも今は健全な状況とはとても言えない。
「海の家で買うか? ちょっと混んできてるぞ」
「う、うん……早くした方がいいよね」
「ああ、そういうわけでみんな行ってくるぞー」
「「「いってらっしゃーい!」」」
ともあれ、あたしと浩介くんは、他のクラスメイトに見送られつつ、近くの売店などを兼ねている「海の家」に二人で行くことになった。
今はこうやって、二人きりの時間を過ごすことで、解決の糸口が掴めそうだから。
昼食の時間、海の家は混んでいる。
海の家の近くになるにつれ、人口密度が増えていく。そして移動できる速度も落ちる。
「うひょーなにあれ、めっちゃかわいいじゃん」
「おっぱいもでけえしよ、やべっ……」
「おいおい、目立つから気を付けろよ」
「ちっ、隣にいんの彼氏かよ」
「あーあ、つまんねえなあ……」
やっぱり海のビーチでも、あたしは相当注目されている。
胸が大きくかわいい女の子の水着姿というだけで、周囲の男の視線を一点に集めるのに、男の性欲を考えた水着にしたものだからなおのことヤバイ。
さっきの男の会話を聞いて、浩介くんが砂を蹴って顔をそらす。
「浩介くん、あそこの焼きそばにしようよ?」
あたしは野外で売っている焼きそば店を指さす。
「あ、う、うん……」
何時ものぎこちなさとはちょっと違う感じ。まだ友達だし、自分のために選んでくれた水着だから、他の男からも注目されるのは仕方ないと思いつつも、嫉妬をやめられないという感じ。
浩介くんの中で、理屈と感情がぶつかり合っている様子が見て取れる。
ともあれ、そちらの仮設焼きそば店の行列に入る。
「焼きそば、いくつだっけ?」
「えっと、男子が4人で……」
「こっちが5人と先生1人で10個かな」
永原先生からは5千円札を渡されていて、1個500円だからちょうどになる。
「ちょうどだね」
「まあそりゃあ事前に見ただけだろ」
「まあねえ……」
それ以降、ちょっと会話がなくなる。たまたま隣になっただけの二人という感じになる。
「なああれ……」
「ああ、ウブそうだな……」
「一発ヤろうぜ」
なんか不穏な言葉が聞こえてきた気がするが、今は前の行列に集中しなければいけない。
少しずつ行列が前に進む。一回「おーい、追加!」という声とともに、焼きそばが補充される。
これは待ち時間は増えるが安堵ももたらす。売り切れの心配はなくなった。
メニューが焼きそばのみなので、個数の確認だけでいい。行列は順調に、だが確実に捌けていく。
全ては順調だった。