永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「ねえお姉ちゃん!」
? 誰だろう? 知らない人の声だ。
「ねえお兄ちゃんたちと遊ぼうぜ」
うえーまたナンパだわ……
しかもこの前とは違って今度は3人組、いかにもチャラい恰好をしている。
「えっと、その……焼きそば買いますので」
列を前に移動する。
「まあいうなよ、お兄ちゃんが焼きそばよりもっとおいしいもの食べさせてやるからさ」
「いやその、友達の分とかあるから……」
「固いこと言うなよ……お友達の焼きそばならほら、お兄ちゃんたちのがあるからよお……」
「とにかく、お断りします!」
あたしは無視して前に進む。
「あいたあ!」
わざとらしく男の一人が倒れる。すると焼きそばが落ちる。ちなみに中身はぶちまけていない。
「ったあー……なにすんだよこのアマ!」
無視無視っと。
「おい!!! 無視すんなてめえ!!!」
別の男が大声で怒鳴る。
「おら、こっちへ来いよ!」
「やめて!!!」
また腕を掴まれる。あの時の思い出がフラッシュバックする。
でもあの時ほどの不安はない。何故なら……
「おい!!!」
腕を掴んだ男を引き剥がし、あたしを後ろへと引き寄せる強烈な力。
浩介くんがあたしと男3人の前に立つ。
周囲もざわざわと見ている。
「んだてめー!?」
「……」
「おい!!!」
「優子ちゃんに手を出すな!」
やっぱり無我夢中になると呼び方が変わる。
「んだこのー!」
男が一人殴り掛かる。浩介くんがすんでのところで避ける。
「このお……やっちまえ!」
男が三人がかりで襲ってくる。
「浩介くん!!!」
「ふっ!」
ドゲシッ!
「がはっ……!」
「わあ!」
「キャー!」
周囲が悲鳴を上げる。
浩介くんの拳が一人の男の下半身、一番の急所を直撃したからだ。
「あがあがああああああああああああああああああ!!!!!!」
急所を押さえ込み、倒れもだえ苦しむ男。まさに一撃必殺だ。
「っこのー! よくも!」
二人目の男と三人目の男が、それぞれ浩介くんの足元を蹴って顔を殴る。
同時の攻撃に一瞬怯んだものの、大したダメージにはなってなくて、浩介くんは更に怒りを強めている。
「はああああっ!!!」
気勢を上げた浩介くんが右肘で思いっきり二人目の頬を打つと、男がその場で倒れ込む。
こちらはすぐに起き上がろうとするが、素早く三人目の男を足払いにすると、浩介くんは起き上がった二人目の男めがけ、今度は拳を鼻と口の間にドカンと直撃させる。
二人目の男が鼻血を出しながら、倒れ込むと、再び起き上がってきた三人目の男の腰を掴み思いっきり持ち上げる。
「わーわああああ!!!!」
「た、助けてくれ!!! 悪かった許してくれ!!!」
持ち上げられた男が恐怖の声を上げる。
「うありゃあああ!!!」
浩介くんは近くに倒れ込んでいた二人の男の上にそいつを叩きつける。
下敷きになった2人の男が鈍く声を上げると、男は三人共戦意を喪失した。
「うわーつえー」「怖い怖い」と言う周囲の声が聞こえる。
「さあ、行こうぜ。早く焼きそば10個買わないと」
「う、うん……」
「すいません、焼きそば10個お願いします」
「お、おい……」
何事もなかったかのように焼きそばを注文する浩介くんに、焼きそば屋のお兄さんが引いている。
「10個お願いします」
あたしが5千円札を渡す。
「……お兄さん、彼女を守りたいのは分かるけどよ、限度ってもんがあんだろうよ」
「あ!? それじゃあお前、3人がかりで襲われて手加減できるってか? お前はお相撲さんか何かか? 仮にお前がボクサーか力士だろうが相手もそうだったらどうするんだ?」
浩介くんが怒る。あたしも、自分のために怒ってくれていると分かっているので口は出さない。
「あのねえ……」
「どっちなんだよ!? 3人に襲われて手加減できるくらいてめえは自分の腕に自信あんのかコラ!?」
浩介くんがキレる。
「そう言う問題じゃ――」
「そう言う問題だろうがバカか!? おら、5千円だ!!焼きそば売ってくれねえってんならてめえも――」
浩介くんがより大声で脅すように言う。
「わ、分かったよ……」
さっきの喧嘩の様子を見て勝てないと思ったのかお兄さんは恐怖の表情で焼きそばを10個取り出し渡してくる。
「さ、行こうか」
「う、うん……」
ともあれ、永原先生たちも待っている。早くこの場から離れたほうがいいだろう。
さっきの3人の男を見ると、ライフセーバーが声をかけている。
「あ、君!」
あたしたちは何事もなかったかのように立ち去ろうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。
「……仕方ねえだろ、3人に襲われるってことは9倍強くねえと勝てねえんだぜ、手加減なんか無理だってよ」
3倍ではなく9倍なのか。どうしてそうなのかはよく分からないが、何となく3倍以上の力が必要なのは分かる。
「あー、まあ確かにそうなんだがねえ……」
「2人だったら4倍で済むだろ? だから一人は確実に速攻で仕留めねえと不利だったんだよ。とにかく長引けば長引くほど、俺が負けて、優子ちゃんがこいつらの餌食になる確率は高まるんだ」
浩介くんは入念に計算してさっきの戦闘をしていたということね。
「い、いやそうは言ってもねえ……」
「それとも何か? 俺は素直に殴られて、優子ちゃんがレイプされる所を黙って見ていろっていうのか?」
「まあ確かに君の行動も無理はない。周りは見て見ぬふりってこともあるからな。ただ、この急所を突かれた男性の方はちょっとまずいかもしれないなあ……君、名前は?」
「ああ、俺? 俺は敦賀恭一(つるがきょういち)だ。学園は――」
浩介くんが全く別の名前と個人情報を言う。
あまりにリアリティがありすぎる設定だが、おそらくデタラメで架空の個人情報だろう。ライフセーバーはメモを取っていく。
多分これでこの事件は迷宮入りしてしまうだろう。
「なあおじさん……」
「ん?」
殴られた男の三人がライフセーバーの人に声をかける。
「頼むから事件化しねえでくれ。3対1で先に手を出したのは俺たちだからよ……俺達が負けそうだからよ……」
「あ、ああ……」
実際の所は知らないが、まあ確かに2対1ならまだしも3対1ならナンパ男側の分が悪いのは確かだろう。浩介くんは強いけど一介の高校生だし。
「さ、行こう」
「うん」
ああ、また守られちゃった。心の中でそうつぶやいた瞬間、胃の中がひっくり返るようなほどに緊張し、心臓がひどく高鳴る。
あたしの心の中は、ますます浩介くんを素敵な男性と思うようになった。
いくら暴力的だと分かっていても、あたしのことを危険を顧みずに守ってくれた好きな男の子に、より深く惚れない女の子はいない。
それはきっと、女の子という生き物に組み込まれた本能だから。
自分を守ってくれる強い存在を好きになる。逆らうことは出来ない。
「あ、あの……浩介くん……」
「ん?」
「また助けてくれて、ありがとう。それにしても強かったねー」
あたしがにっこり笑う。
「あ、ああ……」
「あたし……また守られちゃった」
「石山は……守られるの好き?」
「う、うん……た、逞しくて惚れちゃうの……」
顔についた水がじゅううと蒸発しそうなくらいに熱くなる。
よく見ると浩介くんも同じだった。もうほとんど告白しているに等しいのに、あたしの身体のせいで満足に付き合えない。
申し訳ない気持ち、悔しい気持ち、悲しい気持ち。でもいつまでもしょげていても、この問題は解決しないだろう。
「あ、あれ河瀬じゃね!?」
「え!?」
少し沈黙ムードになった矢先、浩介くんが指さした先、青いビキニに身を包んだ龍香ちゃんが一人の男性と楽しそうに会話しているのが見えた。多分彼氏だろう。
「あっ!!!」
浩介くんとあたしが同時に驚く、彼氏が龍香ちゃんに対して、何の前触れもなくお尻を触ってなでなでしたからだ。
龍香ちゃんは恥ずかしそうに笑いながら「もーえっち」という表情で彼氏を叩く。
シリアスな感じではなく、龍香ちゃんも彼氏から日常的にセクハラされていて、それも笑って流せる関係になっている。
あたしはそれを見て、ちょっと悲しさを覚える。いつかあたしも、浩介くんとああやってじゃれあうことができるのだろうか?
浩介くんも右腕が震えている。そうだ、浩介くんだって、自分の性欲と必死に戦っているんだ。
男子の性欲を女子はキモイという。それで破局したカップルだって多い。
そんな中で、龍香ちゃんは彼氏の性欲を受け入れられた。多分他のところでイケメンなのかもしれない。
せめて手くらいはつなぎたいと思うけど、やっぱり怖い。それに今は焼きそばを運んでいるから無理だ。
「おまたせー」
「あ、石山さん、篠原君、おかえりなさい」
「おう、遅かったな? なんか海の家の方が騒がしかったけど大丈夫だったか?」
「う、うん。問題なかったよ恵美ちゃん」
実際には浩介くんがいなかったら危なかったけど。
「それよりも優子ちゃん、焼きそばは?」
「ああうん、これ」
「えっと……1、2、3……お、ちゃんと10個だな」
虎姫ちゃんが確認する。これでOKだ。
一人一人に焼きそばを配っていく。
「はーい、こっちもスイカできてるわよ!」
永原先生が紙皿を出す。さっきのスイカがきれいに均等に10等分なっている。
「へへん、私と永原先生で切ったのよ」
桂子ちゃんが胸を張って言う。
こうして、焼きそばにスイカというやや面白い組み合わせの昼食が並ぶ。
「じゃあいただきますしますよ」
「「「いただきまーす!」」」
2年2組のクラスメイト達が一斉に食べ始める。
あたしはまずスイカから食べる。
種がところどころあるので、紙皿に捨てていかなければいけない。ちょっと面倒だが、まあ仕方ないだろう。
「このスイカ冷えてておいしいわね」
「ええ、結構鮮度もいいですから」
スイカ割りしたスイカはそこまでおいしくないという噂もあったけど、どうやら杞憂だったらしい。
スイカを食べ終わると次に焼きそばを食べる。男子の中にはもうすでに二つとも食べ終わっている人もいる。早い……
焼きそばをまず一口。うん、まずまず。ただあたしが林間学校で作ったちょっと失敗作の焼きそばよりはおいしいかな?
「虎姫ちゃん、この焼きそばどうかな?」
この中で、唯一一緒だった虎姫ちゃんに話しかける。
「うーん、優子の焼きそばの方がおいしかったかなあ?」
意外な言葉が返ってくる。
「え? どうして?」
「何だろう? 身内びいきかなあ……」
「ありがとう、今だから言えるけど、実はあれ、ちょっと失敗しちゃったのよ……」
「えー!? 優子ちゃんあれが失敗って……」
「あの焼きそばは確か……野菜の焼き加減と、ソースの分散かな。それが不均衡だったのよ。本来はこの焼きそばのようにちゃんと均等に混ぜないといけないのよ」
虎姫ちゃんがふむふむと聞き入っている。
「うーん、そう言われてみれば確かにそうなんですけど……」
虎姫ちゃんが不思議そうな表情をする。
「ほら、あの場は雰囲気ってのもあったでしょ?」
「なーるほどー」
虎姫ちゃんが納得の表情をする。
「あー、そういえば優子ちゃん焼きそば作ったんだったっけ?」
「うん、そうだよ桂子ちゃん」
「失敗しちゃったんだ」
「……うんっ」
やっぱり失敗の事実を指摘されると耳が痛い話だ。
「ちなみに、私はうまくいったよ。みんなからもおおむね好評で、この焼きそばとは……同じくらいかな」
「や、やっぱり桂子ちゃんってすごいねえ……」
桂子ちゃん、見た目のかわいさでは、あたしが上回っていると自負しているけど、やっぱりこういった内面的な振る舞いという面では、生粋の女の子とあって大きく水をあけられているのは認めざるを得ない。
「でもさ、優子ちゃんだってすっごい頑張ってるじゃん」
「う、うん……」
「女子力って面倒くさいものなのよ。まあ、あたしは男に好かれようとするの好きだからそこまで感じないけど」
確かに、服装とかおしゃれとかも面倒と言えば面倒だ。あたしはやっぱり桂子ちゃんと同じで、女の子らしくなるのは楽しいからいいけど。
「あたし、女の子らしくしたいから、面倒だって思ったことはないかなあ……」
「あはは、優子ちゃんは一生懸命だからそう思うのよ。恵美ちゃんみたいに面倒だっていう人も多いわよ」
「確かにそうよねえ……」
確かに恵美ちゃんみたいに面倒だと思ってる女の子もたくさんいると思ってた。
「というか、そういうのを面倒くさがってモテない女の子が大量に増えちゃったから、危機感の意味も込めてこういう言葉が出てきたのよ」
「ふむふむ確かに……」
「女の子に生まれた以上、やっぱりなんだかんだで男の子に好かれたいからねえ……おかげであたしは、『学園一の美少女』ってまで言われちゃったし」
「でも今は――」
「まあ、さすがに過大評価かなって思ってたし、肩の荷が下りたって感じでもあるけどね」
そう言えば、以前も似たようなこと言っていたような気がする。
焼きそばを食べながら、ガールズトークに花を咲かす。
浩介くんとも話したいけど、浩介くんは浩介くんで、男子同士で会話している。
少しだけ聞くと羨ましいとかどうとか言っている。
太陽がさんさんと照りつけるが、この日焼け止めクリームのお陰でほとんど焼けた感じがない。
「そういえば、優子ちゃんは日焼け止めクリームどうしたの?」
「え? そう言う桂子ちゃんたちは?」
「私達は女子で二人一組になったのよ」
女子たちの話によると、桂子ちゃんとさくらちゃん、恵美ちゃんと虎姫ちゃんがそれぞれ組んで日焼け止めクリームを塗ったという。
「あ、あたしは……その……」
「う、うん……」
「こ……や、やっぱり恥ずかしいから言えない!」
「あー、うん。優子ちゃん、それ自白しているようなものよ……」
「やっぱりお見通しってことね……」
「そりゃあまあね。私もそろそろ龍香みたいに彼氏作りたいなあ……そしたら彼氏に塗ってもらえるのに……」
やがてそれぞれが食べ終わり、形式的にごちそうさまをして、所定の位置にゴミを捨てる。
「さあー! 午後も遊ぶぜー!」
恵美ちゃんの号令とともに、午後はクラスが固まって遊ぶことになった。
「おっしゃあ! ビーチバレーにビーチサッカーやろうぜ!」
そう言うと恵美ちゃんは自分のカバンから網と棒を取り出してきた。
午後になって人も増えてきたので、海水浴場の端の方に移動して行うことになった。
それに伴い、基地も端の方に移動、男女10人がみんなで荷物持ちながら運ぶ姿はシュールだ。
傍から見たら外見年齢が一番年下に見える永原先生が引率役というのも不格好ではある。
よく考えたら、あたしたち9人の年齢を全部足しても、永原先生の3分の1以下にしかならないということに気付いた。
永原先生はもう、現代人80年の人生の8倍も生きている、それどころか永原先生の時代は人間50年、既に10倍に達しているほどだ。
ともあれ、この辺は海の家からも遠く、人も少ないので、存分に遊べそうだ。
さて、海辺のスポーツということなんだが……
「言い出したはいいんだが、どう分けよう?」
メンバーは男子4人、女子5人、そして永原先生。あたしはあまりに弱いからプラスワンでいいとして……
「でも男女混合だとルール複雑よねえ……」
「女子も女子で運動部の恵美ちゃんと虎姫ちゃんは強いだろうし……」
「うむ、でもあたいらも男子には勝てんだろうしなあ……」
「それに優子ちゃんは……また特別ルールが必要ですよ……」
「少人数でやる感じにした方がいいわねえ……」
「そうだ、サッカーのPK戦見たく1対1の個人戦にしてみては?」
桂子ちゃん、恵美ちゃん、虎姫ちゃん、さくらちゃんが輪になって議論している。
桂子ちゃんが体育座りになっていて、パレオからは水着と同じ色の中身が見えているわけだが、男子の一人がチラチラ見ている。
ちなみにあたしも無防備に座り込んでいるので、浩介くんにジロジロ見られている。
「恥ずかしくないよ、水着だから大丈夫よ。恥ずかしがったら水着の個性がなくなるわよ優子!」と、自分にそう言い聞かせる。
さっきと比べるとそうしたエッチな恥ずかしい気分は大分落ち着くようになった。
一方で、あたしを除く女子陣は喧々諤々の議論を続けている。
「なあ、ミックスダブルスみたいにしてはどうだろ?」
「どういうこと?」
「ああいや、サッカーやバレーじゃなくて、このボールでテニスっぽくアレンジできねえかなって」
「恵美、このボールじゃ砂で跳ねないから無理よ」
「あ、そうだった……」
「そうだ、2対2のサッカーっぽくできねえか?」
「なるほど……それはいいですね……」
「問題はゴールよねえ、どう表現しよう?」
「うーん、ゴールライン全部をゴールにするってのはどうだ?上限をこの棒の高さにすればそう簡単に入らねえぜ……まあ頻繁に入っても楽しいけどな」
「よし、とりあえずやってみようか」
「そうね、そうしましょう」
お、議論がまとまったようだ。
どんな種目が出るのか、あたしは楽しみになってきた。