永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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初めてのデート

 デートの集合時間は午後の予定。そのため、昼食を食べてからの集合ということになっている。

 母さんはデートということで、朝ごはんも配慮してくれた。

 今日出す予定だったご飯に納豆を急遽なくし、海苔巻きにしてくれた他、宿題が終わった後夏休み中に行われていた家事手伝いもしなくていいと言われた。

 

 といっても、今日着ていく衣装はもう決まっていて、朝ごはん食べた後着替える予定だったが、母さんからは「初めてのデートは第一印象にもなるの、清潔感はとても大切だから、念のためにもう一回お風呂に入って、それから着替えなさい」と言われた。

 

 母さんの言ってることは確かに正論なので、素直にそれに従うことにする。

 まずは今日の衣装、茶色い膝丈のジャンパースカートと、胸に小さな黒いリボンのある白いブラウス、そして純白のパンツとブラ、そしていつも付けている白いリボンを持ってお風呂の脱衣所に入る。

 

 服を脱ぎ、洗濯かごに入れてお風呂に入る。

 

 身体を洗いながら考える。

 「初デートが第一印象になる」と言う母さんの言葉だが、それは本当なのか?

 そもそも、あたしと浩介くんは、あたしの身体的な問題のために「友達同士」ということにしてもらっている関係だ。

 

 男女の友情は成立しないという意見には賛成できないものの、少なくとも今のあたしと浩介くんの関係が友情というものではないことだけは確かだ。

 でも恋人としてデートするわけでもない。友達でも、恋人でもなく、ましてや友達以上恋人未満でもない。

 今のあたしと浩介くんの関係を示す単語が思い浮かばないのだ。

 もしかしたら、過去に同じような状況に陥ったTS病の人たちも同じような状況だったのかもしれない。

 

 そういえば、あたしと永原先生以外のTS病の人って何をしているんだろう?

 そりゃあもちろん極めて珍しい病気だしそう簡単に会えないものだろうけど……

 ……まあ、いっか。今は自分のことを考えないと。

 

 髪の毛をもう一度洗う、とは言えシャンプーは付けない。さすがに洗いすぎだとも思ったから、寝てる間の分を考慮するだけにしておく。

 

 うん、清潔なのは大事だけど、女性誌には洗いすぎもダメとあったのでその知識を活かす。

 

 よし、こんなもんだろう。

 夏ということで湯船は軽く温まるにとどめ、タオルで身体を拭くと、ドライヤーで髪を乾かし、デート時の服装に視界を移す。

 

 まず下着から。

 純白の勝負パンツ。もちろんTバックのような派手なデザインじゃない。

 遊んでいると思われたらマイナスだ。あくまでも清純を貫き通さないと。

 

 ブラジャーも真っ白だ。前かがみになり後ろに両手を移しパチンとかける。

 今でもたまに脱衣所のかごに胸をぶつけることがある。この距離感のとり方はとても難しい。

 今日はまず上から着る。またもや白いブラウス。胸元のボタンを開け着ると次にボタンを閉める。

 

 よしよし、次は胸元の黒リボンだ。大きさは頭の白リボンよりちょっと小さい程度。

 曲がっていないか調べて、次にジャンパースカートに手をかける。

 こちらは肩に紐をかけた上でブラウスをちゃんとスカートの中に入れて……うん、OKだ。

 

 くるりと後ろに回り、後ろ姿も確認する、女の子になったばかりの頃より、ほんの少しだけ伸びた髪、そう言えば髪を切る時もロングヘアーということで、あまり切らなかったかなあ。

 母さんは「労力が減った」って言ってるし。

 

 最後に頭につけるいつもの白リボン。あたしのデートの服はこれで完成。

 

「母さんー風呂から出たよー」

 

「はーい、あらあらかわいいわねえ……」

 

 もう何度も言われた「かわいい」、言われた回数で一番多いのは今のところ間違いなく母さんだろう。

 「かわいい」と言われ続けると本当にかわいくなるという話もある。恋をするとかわいくなるとかエッチすればかわいくなるとかそういうたぐいの亜種だ。

 

 でも今のあたしはどうだろう?

 TS病になって目が覚めた第一印象から「かわいい」だったくらいで、正直外面はあまりかわいくなったという感じはしない。

 もちろん、部屋のデザインや言葉遣い、仕草といったような内面的な話なら、あたしは間違いなくかわいくなったと自信を持って言えるけど。

 

 空いた時間、もう一度荷物を見てみる。

 ナプキンとか色々あるけど、バッグを肩にかけて熊さんのぬいぐるみを持っていこうと思った。

 

 

「優子ー! ご飯よー!」

 

「はーい!」

 

 お昼ご飯のお知らせ。今日はスパゲッティだ。

 

「優子、これかけて」

 

 母さんが持ってきたのは紙ナプキン。丁寧にかけてくれる。

 

「母さんこれ……」

 

「普段は使わないけど、今日はデートでしょ。服を汚したら大変じゃない」

 

「う、うん……」

 

 どうも気が引けるが、まあ今日ぐらい仕方ないだろう。

 フォークを取ってソースに絡め、スパゲッティを食べる。

 

「母さん、あたしが女の子になって、食事の負担減ったでしょ?」

 

 何気なく振ってみる。

 

「ふふっ、食費は減ったけど、他の費用が増えてて、ちょっと家計簿ピンチかも」

 

 母さんが言う。

 

「え? そうなの?」

 

「なーんて、うそよ。女の子のための服は全部保険が下りてるし、部屋の模様替えも慰謝料でまかなえたし、むしろお金はかからなくなったわ」

 

 そうなんだ……

 

「あーでも、高校卒業してからはちょっとお金かかるかもね。そのころにはまた別の服とか下着とか買わないといけないだろうし」

 

 そうだろうなあ、諸行無常だしいつまでも同じ服は着られない。この前の夏祭りの永原先生の服なんて言うのは例外中の例外だ。いや、あれだって片手で数えられるくらいしか着てないんだっけ?

 

「でも今は、愛しの彼とのデートを楽しんできなさい」

 

「か、母さん!」

 

 愛しの彼という言葉でまた思い浮かべる。浩介くんとデートするあたし、そこでのあたしは浩介くんにべったり触れ合ってて……ああ、やっぱりそうだよね、それが恋人だもん。

 今日のデートでもう一つ触れ合えるといいかもしれない。

 

 スパゲッティを食べ終わり、紙ナプキンを母さんに返して、歯を磨いて口をゆすぐ。

 デート用の鞄を肩にかける。

 

「いってきまーす!」

 

「いってらっしゃーい優子! 鍵は閉めておくからそのまま行っちゃってー」

 

 母さんの声を確認し、鍵を閉めずにそのまま駅へ。駅の近くになるとやはり人が増える。そしてどうしても男性の視線を感じる。

 今日は中年男性よりも若い男から視線を集めているような気もしないでもないけど、まあ考えても仕方ないか。

 あたしが好きなのは、篠原浩介くん。だから、他の男のことは今は関係ない。

 

 電車のアナウンスとともに電車に乗り、そして集合場所になっている駅で降りて、改札口を出る。

 

 あ、浩介くんがいる。

 

「おっとっと……」

 

 慌てて隠れる。鞄を開けて、熊さんのぬいぐるみを取り出し、もう一度鞄を閉めてぬいぐるみを持ちながら登場することにする。

 

 

「あっ!」

 

「こんにちはー! 待ったー!?」

 

 実は集合時間の5分前。

 

「あ、ああうん、だ、大丈夫……い、今来たばかりだから!」

 

「えへへ、よかったー」

 

 本当はずっと前からいましたよって感じでもあるが、ここは素直に笑っておきたい。こういう些細なことからでも、相互不信に発展してそれが積もり積もって破局になったカップルも多いって女性誌に書いてあったし、これはあたしの「知識」からも同意見だ。

 

「な、なあ石山……その……」

 

 石山と呼ばれる。

 

「あの、浩介くん!」

 

「え?」

 

「きょ、今日くらい……ちゃんと名前で呼んで!」

 

 あたしが気持ち強く言う。

 

「い、いやその……」

 

「やだ! 今日はデートでしょ!」

 

 ここは譲れないのでわがままに言う。

 

「そ、その……は、恥ずかしくて……」

 

「やーだー! 『優子ちゃん』って呼んでー!」

 

 今度は幼稚園児や小学生の駄々っ子のように言う。

 

「うっ、わ、分かったよ優子ちゃん……」

 

 浩介くんが小声になる。

 

「わーい! ありがとう浩介くーん!」

 

 初めて面と向かって「優子ちゃん」と呼んでもらえた。

 好きな男の子に名前で呼んでもらえる嬉しさと、ドキドキ感はたまらない。すぐ慣れると思うけど、でもやっぱり初めて名前で呼んでくれたこの瞬間は格別だ。

 

 名前で呼んでもらうための態度は計算も含めているけど、こっちは純粋に喜ぶ感じになる。まあ、男は単純だから全部天然だと思ってくれると思うけど。

 って駄目駄目、そういう計算もいいけど、あんまり露骨だとバレちゃうし……あ、でも「俺のために一生懸命」って思ってくれるかも……

 

「な、なあ……ゆ、優子ちゃん……」

 

「ん?」

 

 またドキンとする。あたしがいない場所やあるいは冷静さがなくなったときは「優子ちゃん」と呼ばれていたけど、こういう時に呼ばれたかった。

 

「どこに行きたい?」

 

「え? 浩介くん決めてなかったの?」

 

「ああいや、候補は決めてたんだけど……」

 

「けど?」

 

「その……どうしても一つに絞れなくて……」

 

「……まあいいわよ。とりあえず候補を見せてみて」

 

「う、うん……」

 

 浩介くんがポケットに手を入れて紙を見せてくる。

 そこには、公園、ゲームセンター、デパートでお買い物、スポーツ観戦、郷土歴史資料館とある。

 

「ふーん、浩介くんはどれがいいと思う?」

 

「決められないから5つ並んでるんだよ」

 

「あ、そうだったねゴメン。じゃああたしはどれにしたら喜ぶと思う?」

 

「これ」

 

 浩介くんが「デパートでお買い物」を指さす。

 

「うーん、お買い物って言っても、あたし実はよく分からないのよ」

 

「え? そうなの?」

 

「ほらあたし、元々男だし……男受けしない女の趣味ってしないのよ。ネイルとかね」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「もちろん、あたしは髪を切るつもりもないし、ましてや染めるつもりもないわよ」

 

 黒髪のロングストレートを捨てたら、胸が大きいと言っても絶対ここまで町の人に注目されなかったと思うし。

 やっぱり女の子は見られて自信がついて、かわいくなるというのは本当だ。

 

「うん、優子ちゃんはそれでいいと思う」

 

 髪染めたらこのリボンも似合わないだろうし。

 

「逆に聞くけど浩介くんは何か買い物で買いたいものとかないの?」

 

「うーん、俺は特にかなあ……」

 

「プラモデルとか模型とか鉄道とかそういう男性に多そうな趣味とかは?」

 

「うーん、なかったなあ……ジムで鍛えるのは好きだけど、優子ちゃんは連れていきたくないし」

 

「そ、そう……」

 

 あたしが筋肉ムキムキになっても失望されるだけだろうし、何よりあたしに強さは求められてないもの。

 

「じゃあさ、このスポーツ観戦っていうのは?」

 

「あ、うん……実は今日草野球の大会があって……」

 

「ああ、あそこの野球場なの」

 

「そそっそこそこ」

 

 ここから少し先にある公園に併設された野球場だ。「郷土歴史資料館」はそこから更に遠くになる。

 

「じゃあさ、今日はベタに公園にしようよ。初めてのデートでしょ」

 

「う、うん……どこの公園にしようか?」

 

「ここから一番近くて広いのが――」

 

 あたしと浩介くんで行く場所を決める。野球場とほぼ同じ場所だ。

 

 

「でもよ、公園で何する?」

 

 浩介くんが歩きながら話しかけてくる。

 

「うーん行ってから決めようよ。それよりも、今日のデートのあたし、どうかな?」

 

「え、その? いつもより女の子女の子してるなって思った」

 

 女の子らしいと褒めてくれる浩介くん。

 でもその根拠が知りたいかなあ。

 

「ふーん、どんなところがいつもと違う?」

 

「そ、そのくまさんのぬいぐるみ抱えてるところとか」

 

「ああ、これね。お気に入りのぬいぐるみなんだー」

 

「ええ!? 優子ちゃんぬいぐるみ持ってるの!?」

 

 浩介くんが驚いている。

 

「そうだよ、女の子がぬいぐるみ好きなのって変かな?」

 

「ああいや……うん、全然変じゃないぞ。女の子だもんな! 普通だようん……」

 

 やっぱり浩介くんの中でも、優一の面影が残っている。そりゃそうだよな、3カ月しか経っていないもの。

 それまではあたしは石山優一と名乗っていて、浩介くんにひどく怒鳴り散らしていたっけ?

 もしあの時の自分に、「これからTS病になって浩介くんと両想いになる」なんて言ったらどんな顔をするだろう?

 いやそれ以前に、「あたしのこの姿がTS病になった石山優子」と伝えるだけでも信じてもらえそうにはないと思う。

 

 でも、もしかしたらあの時の優一も自分のことが嫌いだったから「将来こんな風に生まれ変われる」って聞くと嬉しく思うかも。

 

「浩介くんはこのぬいぐるみはどうかな? 男の子にはちょっと難しいかな?」

 

「ぬ、ぬいぐるみ単体というよりもその……」

 

「うん」

 

「ゆゆ、優子ちゃんが持ってるからぬいぐるみも可愛くなると思うんだ!」

 

「あうう……もう、浩介くんずるいよお……」

 

 顔が真っ赤になり、お互い顔をそらしてしまう。どこからか「初々しい」という声が聞こえてくる。

 うん、当たり。今日が初デートだし。

 そう言えば手をつないでいないことに気付く。両手がお人形さんでふさがっているからしょうがないのかなあ……

 

 公園は駅から少し外れた、住宅街の中にある。

 広さは都市公園としては結構広めで、隣には例の野球場もある。

 今日も地元住民以外にも様々な人が遊んでいて、営業マンと思しきスーツのおじさんもベンチで休んでいた。

 

 公園で小学生と思しき子供たちがサッカーしている。

 あたしと浩介くんはベンチに座り、それをじっと見ている。

 

「元気だなあ……」

 

「そうだねえ……」

 

 女の子の一人がスカートのまま遊んでいて、ついそっちに視界が行ってしまう。

 あ、ダメダメ。それじゃいつまでたっても「男」から抜け出せない。

 いや待てよ……こういうのって女の子でも気になるのかもしれないから別に矯正しなくてもいいのかもしれない。

 いやでも……うーん、うーん……

 

「どうしたんだ優子ちゃん、何か考えごとか?」

 

「ああいや、うん……何でもない」

 

 まあ気にしてもしょうがないか。あ、ちなみにパンツはあたしと同じく白でした。

 

「浩介くんはこんな風に遊んだの?」

 

「覚えてないや、優子ちゃんは?」

 

「うーん、小学校の頃は普通の男の子だったかなあ……」

 

「え、そうだったの?」

 

 ちょっと浩介くんが驚いている。

 無理もないか。桂子ちゃん以外乱暴に育つより前の優一を知らないんだし。

 

「う、うん……小学校の、特に前半はあんまり記憶もないんだけどね」

 

「じゃあいつから……あっごめん、思い出したくないなら……」

 

「あ、うんいいよ。浩介くんだもん。やっぱりあたしの過去から目を背けるばかりじゃだめだよね」

 

「あ、ああ……」

 

「話すよ。あたしの過去のこと」

 

 浩介くんもちょっとうつむきがちになっている。

 浩介くんにもトラウマがある。あたしをいじめていた時のことだ。

 でも、とっくにそれは乗り越えた。だからあたしも、高校に入る前の「優一」について話さないといけない。

 

「それでね、あたしが乱暴になったのは中学入ってからで――」

 

 あたしは公園のベンチで、優一時代の嫌な思い出について話す。

 思い出すのは辛かったけど、浩介くんも被害者の一人だ。

 やっぱり中学時代の経緯についてもちゃんと知らないといけない。風化しちゃいけないことだから。

 授業中話し声がうるさい生徒に怒鳴り散らしたことについては、桂子ちゃんが「内心ありがたいと思っていた人もいた」ということも付け加えておく。

 高校入学後も、浩介くんの知らない悪行の中で、いくつか印象に残っている辛い記憶を話しておく。

 

 

「――ということなのよ……こうしてあたしは、両親からの名前だった『優一』を裏切り続けたのよ」

 

「優子ちゃんは、今は『優一』についてどう思ってるの?」

 

「何とかして消したい存在よ。完全に消せないけど、それでも……ひどい記憶ばかりだから」

 

「ふーんそうなんだ……でもさ、俺思ったんだよね」

 

「え?」

 

「優子ちゃんはさ、やっぱり優一でもあるんだって」


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