永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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優一と優子

「優子ちゃんはさ、やっぱり優一でもあるんだって」

 

 浩介くんの意外な言葉、あたしは固まってしまう。今まで何度も何度も、「優一」を捨てていくために頑張ってきたのに。

 あたしはショックの色も隠せない。今までの努力は、実を結ばなかったのかもしれない。

 

「あ、あの……浩介くん……あたし……」

 

「ああいや、女の子になる前の性格がじゃないよ」

 

 浩介くんがちょっと慌て気味に訂正する。

 

「じゃあどういう?」

 

「名前だよ名前」

 

「え!? 名前?」

 

 あたしが聞き返す。

 

「『優一』に込められた意味だよ」

 

「あっ!」

 

 言われて気付く。両親があたしに込めた優一の意味。

 「一番優しい」人になってほしいという意味を込めての「優一」の名前。

 

「一番優しい子に育ってほしいから優一なんだろ? 優子ちゃんは……もう俺の中では、十分に『優一』だよ」

 

「だ、だけどやっぱり……」

 

 でもやっぱり、優一という言葉にはトラウマがある。もちろん女の子になったばかりの頃に、高月くんや浩介くんにそう呼ばれたことも含まれているかもしれない。

 

「……もう一度言うぞ。優子ちゃんの親は一番優しい子に育って欲しくてそう名付けたんだろ?」

 

「うん」

 

「だったら、俺は今の優子ちゃんこそ『優一』にふさわしいんと思うんだ。優子ちゃんは『優一』を消したんじゃない、取り戻したんだよ」

 

「……」

 

「優子ちゃんは汚れた『優一』を捨てたんじゃない。きれいにして『優一』を元に戻したんだ」

 

 浩介くんは取り戻したと言った。つまり、あたしは「一番優しい子」ということ。

 

「でもあたし、本当に『一番優しい子』なの?」

 

「その……な。俺が一番優しいって言ったら、もうそれでいいだろ?」

 

「あ、うん……」

 

 また二人して赤くなる。ベタな台詞だけど、やっぱり面と向かって言われると、胸がドキドキしてすごく恥ずかしい。しばらく沈黙が流れてしまう。

 そんなこともつゆ知らず、子どもたちは相変わらずサッカーで遊んでいる。

 するとボールがこっちへ転がってきた。あたしはボールを手に取る。

 

 

「すみませーん」

 

「はーい!」

 

 あたしは軽く投げ返す。子供が元気な声で「ありがとうございました!」と言う。自然と笑顔が溢れる。

 そして、子供たちも何事もなかったかのようにサッカーを再開する。

 

「……今の、昔の優一だったら、機嫌が悪ければ怒ってたんじゃないか?」

 

「あはは……さすがに子供にはこんなことはしなかったよ……」

 

 実際、優一の頃も、女子には手を出さなかった。まあ、単に女子は男子よりも怒れる隙が無かっただけかもしれないけれど。

 

「でもさ、ちゃんと子供の足元に優しく投げてたじゃん」

 

「あ、あれはほら……女の子になってあたしの力が弱くなったからで……んむぐっ……」

 

 浩介くんが口をふさいでくる。

 

「だから言っただろ、俺が一番優しいって思ってるんだから……少なくとも『優一』の名前にふさわしいって思う人が一人いるんだからさ」

 

 浩介くんが優しく言って手を離す。

 ちょっとだけ乱暴な仕草。でも、既にメロメロになっているあたしは、ちょっと強引にされたことでまた心臓の鼓動が増す。

 

「はぁ……うん、分かったよ……」

 

 「俺一人がそう思っていればいい」何てカッコイイセリフを言われちゃったら、もう反論する気概もない。浩介くん、やっぱりちょっとずるい。

 

「……田村には二度と呼ぶなって言われてるけど、やっぱり言わずにはいられないよ。おかえり、『優一』」

 

「ううっ……」

 

 その名前で呼ばれたの、何ヶ月ぶりだろう。

 あたしは、必死になってなかったことにしようとしたその名前を呼ばれた瞬間に涙が溢れてきた。

 浩介くんが優しく「優一」と呼ぶ。そこにかつての悪意はまったくない。

 まるで、ずっと居なかった人の帰りを待ちわびるかのように「おかえり」と付けて。

 

「あたし……あたし……うっ……」

 

「もう、優子ちゃんは泣き虫だなあ本当に」

 

 また泣いてしまう。でも、浩介くんは優しく頭を撫でてくる。もうダメ、心を奪われちゃう。

 

 あたしは、「優一」を消すことに躍起になっていた。でもそれは、かつて「優一を裏切っていた自分」を消そうとしただけだった。

 それは「優一」を消すのではなく、「優一」を取り戻すこと。浩介くんが教えてくれた。

 

 

「優子ちゃんだって優しい子に……ずっと優しい子になりたいんだろ? だったら、俺にとって『一番優しい子』は優子ちゃんだよ」

 

 あたしが泣き止むと、浩介くんが話を続けてくれる。

 

「……ありがとう、浩介くん……」

 

「優子ちゃんは2つの名前を手に入れたんだ。少なくとも、俺の中ではね」

 

「うん……うん……」

 

 嬉し泣きもやがて笑顔に変わる。泣き顔がすぐに笑顔になったのは、女の子になって初めてのことだった。

 今までは、ともすれば「優一」という言葉そのものがトラウマでもあった。

 あたしはカリキュラムでも、「優一」としての軌跡を消し、そして「優子」で埋める作業をしていた。それは確かにあの時は有効な方法だった。

 でも、浩介くんは、「優一」の名前は「優子」になってから手に入れたものだって言ってくれた。

 

「だからね、優子ちゃんには『優一』も大事にしてほしいと思うんだ」

 

「うん……うん……」

 

 笑顔で答える。

 

「それは過去の自分を大事にするってことじゃないよ。優子ちゃんのお父さんとお母さんの願いを大事にしてほしいってことだよ」

 

「ありがとう……あたし、過去を捨てたいあまり大事な物まで捨てそうになっちゃった……」

 

 今までは、過去の全てを捨てることこそ、あたしの中では最重要課題であった。

 乱暴な男だったことを消すには、女の子らしくなっていくべきだと信じていた。

 そうやって、感性や本能から過去を追い出し「知識」の中に押し込めてしまい続けた。それは多分、間違いではない。

 でも、過去の全てが間違いではなかった。そう言えば体育の先生もちょっと「優一」に名残惜しさを感じていたっけ?

 

 それは例外としても、あたしは、「優一」という名前に込められたことさえ「知識」の中に葬り去ってしまいそうになっていた。

 

「だからね、さっきの優子ちゃんの話を聞いて『優一』も大事にして欲しいって思ったんだ。もう一回言うよ。優一には、『一番優しく』なって欲しいから」

 

「うん……うん……」

 

「もう大丈夫だね。『優一』の名前にトラウマはなくなったかな?」

 

「……うん、ありがとう」

 

「でね、優一――」

 

「あ! 待って浩介くん。やっぱり今後も『優一』はちょっと勘弁かな。心の中に秘めておくだけにしておいて、普段はちゃんと『優子ちゃん』って呼んでほしいな」

 

「え!?」

 

 浩介くんが驚く。

 

「だって……この体で『優一』なんて呼ばれたら変じゃない」

 

「そ、そうだったね……あ、あはは……」

 

 あたしはもう女の子の体になっちゃってるから、「優一」と呼ばれるのはやっぱり変だ。

 

「ふふっ」

 

 自然と笑みが溢れる。小川のせせらぎのような時間。

 

「……浩介くん、本当にありがとう。浩介くんのおかげで、ちょっとだけ『優一』に対するトラウマが拭えたよ」

 

「いいって、俺は思ったことをそのまま口に出しただけだ。もしかしたら、嫌われるんじゃないかって、ちょっとだけ不安だった」

 

「そう……でも良かったわね」

 

 浩介くんだって、言うのは怖かったはず。でも勇気を出して、言ってくれた。

 優しく、大きく、強く、勇敢な浩介くん。もう、誰にも渡したくない。

 

 

 あたしたちはまた、子どもたちのサッカーを見る。後から来た子供が砂場で遊んでいた。

 何気ない時間が流れる公園でのごく普通の一時、子供たちの遊び場であり、多くの人の安らぎの場にもなっている。

 

「なあ、せっかく公園に着たんだし、優子ちゃんも遊具で遊ばないか?」

 

「うん、懐かしいわね……でもこの服じゃねえ……」

 

 ここには、今では珍しくなった公園の遊具が立ち並んでいる。

 たまには童心に帰って浩介くんと遊ぶのもいいと思う。

 でも、滑り台とか滑りたいけど下から覗かれてパンツ丸見えになりそうだし、ブランコだって立っても座ってもスカートめくれちゃいそうだからやめておく。

 

「大丈夫じゃない?」

 

 スカートは膝丈で長いと言っても、やっぱり公園の遊具で激しく動き回ったら見えちゃうと思う。

 

「浩介くんだけならまだいいけど、他の人もいるから……」

 

 本当は浩介くんに見られるのが一番恥ずかしいけど。

 

「あ、ああ……」

 

 浩介くんもちょっと残念そう。公園だと分かっていたならズボンでもいいけど、やっぱり個人的にスカートよりかわいくないし、トイレがちょっと面倒なのよねえ。

 それに浩介くんスカートダメっていうほど嫉妬深くないみたいだし。あんまり露出高いのはやめたほうがいいけどやっぱりデートはスカート中心で行きたい。

 

 うーん、今後デートでズボン穿くとして、遊園地とかで動き回るときはズボンかな……後は風の強い日とかかな?

 今日は初デートで行き先も不明だったので、おしゃれと少女性のアピールのための服装にしてきた。

 ぬいぐるみも持っているし、公園みたいに動きやすい恰好ではない。

 

「うーん、ズボン穿いて来ればよかった?」

 

「ああいやそんなことないぞ」

 

 何か浩介くんがまた照れている。

 

「むしろスカートのまま動き回ってほしかった……」

 

 小声で小さくそんなことを言う。もちろんちゃんと聞こえている。

 

「ん? どうしたの? 何か言った?」

 

「ああいや、何でもない何でもない!」

 

 明らかに動揺している。あたしは浩介くんの耳元で囁こうとする。

 ……んっ!!!

 

 ああ、またよからぬことを考えていたのか、本能的な拒絶反応が出てしまう。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「ああうん……ごめん……」

 

 本当は「浩介くん、パンツ見たいんでしょ? 恥ずかしいなあ」と囁きたかった。

 

「また拒絶反応か?」

 

「う、うん……」

 

「……そうか。焦るなよ」

 

「分かってる。ありがとう……」

 

 また浩介くんに気を遣わせてしまった。

 浩介くんの理解があるとは言っても、やっぱり罪悪感が襲ってくる。生き急がないでと言われても、とにかく早く退治しないといけない。どうしてもそう思ってしまう。

 

「ところで、何て言おうとしたの?」

 

「……いやね、浩介くんってえっちだなって。あたしのパンツ見たいんでしょ?」

 

「うっ……!!! ご、ごめん……その……」

 

 浩介くんが顔を赤くして謝ってくる。

 

「いいのよ、あたしも男だったから、気持ちはわかるわよ」

 

 パンチラは男のロマンだもんね。林間学校の時も水玉パンツを凝視されちゃったし。

 

「あ、ありがとう……」

 

 気持ちが分かっちゃうからこその苦悩というのもあるけど、そのことは話さないでおこう。

 

「ううん、あっ! あのシーソーなら大丈夫だと思う」

 

 勢いよく持ち上げられたりとかじゃなければスカートが浮いたりとかもしないだろうし。

 シーソーはそれぞれ4席あって最大8人が座れる形になっている。

 

 あたしが一番端に座る。まだ子供たちがサッカーで遊んでいるので、エロガキに覗かれないように、またパンツが汚れないようにスカートは手で揃えて座る。

 片方には誰も居ないので、シーソーはあたしの方に全開で傾いている。

 

「浩介くーん!」

 

 あたしが浩介くんの名前を呼ぶと、浩介くんが一番端より一つ手前に座る。

 

「ん? ん???」

 

 シーソーはゆっくり浩介くん側に傾くが、水平よりはかなりあたしが重いことになっている。

 上から浩介くんが見る格好になっていて、浩介くんはあたしの胸元を凝視している。

 

「あれ? もしかして優子ちゃん……」

 

「う、うん。あたしこれでもちょっと重いのよ」

 

 体重は50超だけどコンプレックスだと思ったことはない。それというのも胸の重さがかなりあるためというのと、痩せすぎも男受け悪いことを知っているからだ。女子はよくダイエットの話してるけど。

 お腹の肉も程よくむちむちなので「優一」の好みからすれば合致している。

 

「ちょ、ちょっと優子ちゃん……」

 

「でも別に、重いことは気にしてないわよ。さすがに60とか70になったらダイエットすると思うけどね」

 

「そ、そうか……女子って体重気にするのかなって思って……」

 

「うーんどうだろう?」

 

「いやいや、優子ちゃん、そこは考えちゃダメでしょ!」

 

 確かに女の子だけどまだなりたてでそこまでわからない。

 

「でもさ、浩介くんも別にあたしが重くてもそんなに気にしないでしょ?」

 

「ま、まあそりゃあねえ……」

 

「むしろ痩せてるよりちょっとだけお腹出てた方が健康的に見えない?」

 

「うっ……そ、それは……」

 

 浩介くんが言葉に詰まる。

 

「ふふっ、どうなの?」

 

「ど、どんな体型でも、優子ちゃんは優子ちゃんだぞ!」

 

「ふーん、そうなんだ……」

 

 浩介くんがシーソーから立ち上がる。急に落ちないようにゆっくり慎重に降りてくれる。

 それに続いてあたしも降りる。

 

「浩介くん、嘘つきだね」

 

「え!? どうして――」

 

「だって、さっきからずーっとあたしの胸元見てたよ」

 

 女の子になって、男性の視線には本当によく分かるようになった。

 デート中もシーソーの時も、浩介くんの視線はいつも顔より下、ぬいぐるみを抱いても隠しきれない大きな胸に固定されていた。

 

「うぐっ……」

 

「図星? うんいいよ。だってこれは、客観的に見てもあたしの魅力の一つだもん」

 

「い、嫌じゃないのか?」

 

 浩介くんが不安そうな顔で聞く。

 

「うーん別に。女の子になったばかりとかは結構そう言う風に感じたこともあったけど、それもどちらかと言えば、あたしが胸を見る男の気持ちを分かっちゃうことへの自己嫌悪が大半だったし」

 

 それに浩介くんは好きな男の子だし。

 

「それって知識?」

 

「うん知識」

 

「……でも、それってやっぱり優子ちゃんの『男』としての個性だと俺は思うよ」

 

 うーんこれは異議ありかな。

 

「そうかなあ……女の子でも知識は蓄えられるよ」

 

 実際知識豊富な女性は計算高く、男を騙す能力に長けているし。

 

「いやほら、分かっていても納得出来ないことってあるじゃない。俺が最初に優子ちゃんをいじめていた時もそうだったし、体育の着替えや林間学校の時の小野先生や教頭先生みたいにさ」

 

「……確かにそれはあるわね。でも、女の子だってちゃんと割り切れるわよ」

 

「あ、ああ……」

 

「浩介くん、あたしだってそれなりに『男』を捨てようと頑張ってきたわ。永原先生から褒められるくらいにはね」

 

「う、うん……」

 

「だからね、男の子に好かれたいっていう『女の子の気持ち』に則って、あたしは『知識』を使うのよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 浩介くんも納得してくれた。

 

「さ、この話はこの辺にして今日は初めてのデートだし、この辺でお開きにしておく?」

 

「うーん、隣の野球場に行ってみようよ」

 

 浩介くんが提案する。

 

「ああ、そう言えばさっき言ってたわね」

 

「うん、これから草野球の大会があるんだよ」

 

「へえー野球ねえ……ちょっと見てみようか」

 

 野球の試合はテレビではたまに見ていたけど、生ではもちろん殆ど見たことない。

 女の子になってからは女の子らしくなるために忙してくて、スポーツ中継なんて殆ど見てなかった。

 久しぶりという感じもあったので、あたしは浩介くんの案内のもと、公園の隣に位置している野球場へと足を運ぶことにした。


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