永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

88 / 555
草野球の観戦

 ここの野球場は地域の少年野球チームや草野球チームが使っている野球場で、正確には公園の一部。

 

 浩介くんはここでの観戦をデートプランの一つに上げていたから、今日のデートは公園デートとスポーツ観戦デートを合わせたような格好になった。

 よく見ると草野球のチームが練習を終えていた。

 

 観戦者はあたしたちの他、草野球チームの人たちの身内と思しき人達が参加していた。

 

「結構観戦してる人多いね」

 

「そうだな、邪魔にならない場所に座ろうか……外野がいいかな?」

 

「うん」

 

 ファールグラウンドは、あたしにとってファールボールが危険という名目で、外野スタンドから見ることにする。

 

「結構遠いねえ……」

 

「だねえ……」

 

 ちなみに、キャッチャーのすぐ後ろのいわゆる「バックネット裏」には既に他の身内客が占拠していて入り辛かった。

 あそこならネットが張られてて安全なんだけど。

 

 まあ草野球だしそうそうホームランは飛ばないでしょ。多分。

 見ると外野席にはやはり数人の暇そうなおじさんなどが陣取っていた。そして外野席の女性はあたしだけみたいだ。

 

 

 草野球のおじさんたちが守備に就き、最初のバッターが打席に入る。審判も位置についた。

 草野球コミュニティということで、審判もどちらかのチームの人なのだろう、親しそうに話している。

 

「プレイボール!」

 

 審判役のおじさんの一人が宣言する。

 

 ピッチャーが振りかぶる。

 

  パンッ

 

「ストラーイク!」

 

  パチパチパチパチ

 

 ストライクが入るだけでも拍手が出る。

 確かに草野球だとストライク入りにくいもんなあ。

 

 2球目、低めに外れてボール

 3球目、キャッチャーが取れないくらいの暴投をしてボール

 4球目、バッター空振りでストライク

 

 これでカウントは2-2になる。

 

 浩介くんもあたしも、野球に集中しているので会話はない。

 

 5球目、ピッチャーがかなり置きに行った遅いボール。しかしバッターはピッチャーゴロ。

 これで1アウトだ。

 

 そして2番打者が入る。

 もちろん草野球なので、打順守備位置名前が放送される何て言うことはない。

 

 ピッチャーの投球が乱れてストレートのフォアボールになる。

 

 3番打者、2球続けてボール。これで6連続ボール。

 ストライクが入らなくなったピッチャーがど真ん中を狙い置きに行く。これは痛打パターンだ。

 

  カキーン!

 

 バッターがボールをとらえようとするも、ショートの正面の併殺コース。

 ショートがキャッチしセカンドに……ってアッー!

 

 ショートが投げそこないあらぬ方向へとボールが転々とし、ライトがカバーする。

 

「うわーこれは辛い」

 

「うん……」

 

 3アウトでチェンジのはずが1アウト二三塁のピンチに。初回からこれは辛いよなあ……

 

「でも誰も気にしてねえみたいだな」

 

「草野球じゃ日常なんでしょ」

 

 むしろゲッツー取る方が難しいのかもしれない。

 

「さて次は4番だよな」

 

「うん」

 

 右打席に体格の大きいおじさんが入る。

 ピッチャーが初球を投げる。やや高め。

 

  カキーン!

 

 ボールは勢いよく外野へ。

 でも打ち上げすぎたのか全力疾走で後退していたレフトの足がやがて止まり補給の構えへ。三塁ランナーがレフトを凝視。犠牲フライの構えだ。

 レフトのキャッチを確認し、レフトが勢いよくバックホーム。プロなら余裕で1点だろうけど……

 

「「あっ!」」

 

 あたしと浩介くんがほぼ同時に声を上げる。

 他の観客も一瞬驚いた後でため息も漏れる。

 ランナーが転んでしまったのだ。

 急いで立ち上がろうとする。

 

 ホームはクロスプレーにはならず、ボールを持ったキャッチャーが前に立ちあえなくタッチされ2アウト3塁へ。

 

 今度は攻撃側のベンチから励ます声が聞こえてくる。

 

 次の打者は四球を狙って全投球見逃ししたものの、三振に倒れこれで3アウトチェンジだ。

 

「浩介くん、これ……」

 

「んーまあ草野球だしなあ……」

 

「でもランナーが転ぶってのはあんまりないみたいね」

 

「グラウンドの状況にもよるんじゃないかな?」

 

「あそっか。プロみたいに整備が行き届いているというわけじゃないよね」

 

 色々な意味で、テレビでよくあるプロ野球とは違うわけだ。守備位置も特に外野手はかなり前進守備だし。

 

 かなり迅速に守備が交代される。そういえばピッチャーも投げるのが早かった。プロ野球の様に駆け引きはそこまでないのか。

 

 1回裏、今度は先程の攻撃。1番打者はさっきのピッチャーだ。

 

  カーン!

 

 お、面白い位置に転がった。三遊間……追いついたけど一塁には投げられない。

 このおじさん、かなり足が速いぞ。優一とどっちが速いかな?

 

 まあいいや。次に2番打者。構えは送りバント。

 草野球のレベルなら守備の乱れも計算に入れられる。

 

 初球は高めに外れてボール。

 次にピッチャーが一球牽制を入れるが、悪送球になるのを恐れてか、かなりゆっくり投げている。

 

 2球目、バントをする。

 

 あ! ピッチャーの正面だ。

 ピッチャーはボールを取るのにあたふたしつつ二塁へ投げる。

 

「「「アッー!」」」

 

 またあたしと浩介くんがシンクロする。というか観客もシンクロしているし、ピッチャーマウンドからも同じ声が聞こえてくる。

 

 セカンドに誰も居ないのに反射的に投げてしまったのだ。

 ピッチャーの表情は見えないが両手を広げながら後頭部を押さえつけているように見える。

 

 その後、左手だけを離している。

 何かどこかで見たことあるようなポーズに見えなくもないがまあいいや。

 

 ともあれこれでノーアウト二三塁で3番打者というチャンス。

 

 ピッチャー一球目を投げる。外れてボール。

 

 さっきの動揺が耐えないのか1ボールから1球だけストライクを入れたものの結局フォアボール、更に次の4番打者にはストレートのフォアボールで押し出し。これで1失点。

 その次の打者にもストライクが入らず2ボールから2球続けてど真ん中に起きに行ったところ、ヒットを打たれ、2点タイムリーでなおもノーアウト二三塁。

 

「ありゃあ、悪循環だなこりゃ……」

 

「うん、こうなると大量失点コースだよね」

 

 こちらのバッターも待球作戦を採用している。ストライクが入りにくい草野球でこの戦法は脅威だ。

 6番打者は三振に倒れたものの、続く7番打者でまたしても珍事が起きた。

 

「「アッー!」」

 

 またも同時に声を上げた。高いバウンドになったサードゴロを一塁に投げようとして、三塁手がまたも転倒したのだ。

 カバーとランナーの暴走のお陰で、二塁ランナーがホームでアウトになった。

 続く8番打者はピッチャーゴロでこの回0-4だ。

 

「初回から4点かあこれはきついわねえ」

 

「でもあんまり悲観視してないな」

 

「うん、こちらもさっきは奇跡的に0点だったけど……」

 

 その予想は的中する、2回表、いきなりフォアボールを2者連続で出し、続くバッターがサードに強烈なゴロ、プロなら最悪トリプルプレーも覚悟しなきゃいけない状況だが、サードはあっけなくトンネル。

 

 このエラーで1点返されなおもノーアウト二三塁、次のバッターが内野フライを打ち上げるが、内野手同士が交錯し、2点目を返され一三塁。

 次の外野フライも取り損ねるなどして、この回一挙5点を取られ逆転を許した。

 

 ところが、1点のリードなんて守れるわけがない。

 2回裏、今度はエラーこそないものの、フォアボールを過度に警戒したため、ど真ん中にヤマを張っていたバッターに連打を浴びて2失点再び逆転を許す。

 3回表、2アウトまではこぎつけたもののそこからエラーとフォアボールで満塁。何とかピッチャーフライで守りきる。

 3回裏、再び投手が置きに行きすぎてバッターに痛打されて大崩れし4失点、この時点でリードは5点だが4回表にはセカンドが突然消えたり、バント処理の時にファーストがよそ見してエラーしてしまうなどして再び5失点してすぐに追いつかれてしまう。

 4回裏には2アウトから投手が崩れて1点勝ち越し。スコアは既に10-11になっている。

 

 ちなみに、この草野球の親善試合、5回で最終回だそうだ。

 

「熱い譲り合いだな」

 

「うちの野球チームのほうが強いんじゃない?」

 

「うん、見るからにもうおっさんって感じだしなあ……」

 

 一回戦敗退常連である我が小谷学園の弱小野球部でもここまでひどいチームではない。

 

 5回の表、早速変わったピッチャーが崩れてノーアウト満塁になる。

 

「なあ優子ちゃん」

 

「うん?」

 

「この試合ってさ、よく言えば最後まで分からない試合だよな!」

 

「ああ、うん……」

 

「ここを最初のデート候補地にしないで、公園の後の『ついで』にしておいてよかったよ」

 

 浩介くんが苦笑いする。あたしも同感だ。

 

「あはは、でもたまにはこういう試合もいいかなって」

 

 プロのレベルの高い試合の方が確かにいいけど、高校野球にプロにはない魅力があるように、このアホみたいな試合にも、魅力がある。

 実際、エラーやフォアボールでもみんな笑いながらプレーしている。

 プロや高校だったらこんな試合すれば非難なんてもんじゃない。いや、少年野球だって指導者によっては怒鳴られる内容だ。

 

 いや、むしろあたしたちだからこそ楽しめるのかもしれない。どっちを応援しているというわけでもなく、ぼんやりと外野から眺めているからだ。

 

 これがどちらかに肩入れしていたら、あまりにも心臓に悪い試合になったに違いない。もはや何回逆転したかも分からない。

 野球で5点差ならある程度安心して見られるが、この草野球はそうも行かないということだ。

 

 さすがにピッチャーも一球一球が長くなる。バッターも見極めようとするのかカウントは2ストライク1ボール。内野は前進守備。

 

  コンッ!

 

 詰まった! ファーストゴロ、ん? ファーストを踏んでバックホーム! 間に合わない。

 これはダメだ、すぐにバックホームしなきゃいけない場面だ。

 どうしたんだファースト! 何のための前進守備だー!

 

「おいおい、これはいかんでしょ」

 

 浩介くんが言う。

 

「うん、前進守備してたのに何で一塁に戻ったんだろう?」

 

 取ってホームに投げていればフォースプレーになっていた。その後キャッチャーから一塁に送球してのゲッツーも十分に狙えたはずだ。

 これで11-11となりなおも1アウト二塁三塁になる。

 さすがにチームメイトからも今のプレーは「おいおい」と言う声だ。

 

「これはピッチャー立ち直れるかなあ?」

 

「うーん、きつそうだと思うよ」

 

 実際、今日の試合はこの手のエラーや四球からミスが連鎖することが多かった。

 次のバッターは敬遠し、満塁策に出て再び1アウト満塁で内野は前進守備。

 

 いわゆる「馬鹿試合」ではあるものの、点差的には1点を争う試合になっている。

 

 次のバッターは初球攻撃! 再びファーストゴロ。今度はホームでアウトになり、一塁へキャッチャーも投げて、この試合初めてのゲッツーが成立。

 

 これには観客席からも歓声と拍手が起きる。うん、でもあたしたちにとっては、さっきのミスがあまりに印象に残ってて冷めた表情で見ている。

 

「ともあれ、これで最終回の裏か」

 

「そうだね、1点取ればサヨナラで同点なら……どうなるんだろ?」

 

「延長はやらないんじゃないか? よく知らんけど」

 

 中身はともかく、点差という意味では一進一退なのか、外野席で観戦している人たちも殆ど帰っていない。

 

 先頭打者、まず四球。そして次の打者はショートが捕球でエラーをしノーアウト一二塁。また絞まらない展開になった。

 

 3人目、ここでバントの構えを見せる。

 やっぱりそうだろう、三塁方向に落ち着いて決める。このあたりはピッチャーもボールが遅いのでバントもしやすいのだろう。さすがにここでもミスしたらサヨナラ負けなので、慎重に確実にアウトを一つ取る。

 でも1アウト二三塁のサヨナラのピンチなのには変わらない。

 次打者は敬遠し満塁策へ出る。敬遠の時も暴投しないように注意しながら外している。この草野球だと敬遠申告制じゃだめだ。

 

 そして次の打者、1ストライク1ボールからの3球目だった。

 

  ゴンッ!

 

「あがっ!」

 

 バッターにボールが当たり、蹲ったかと思えば、次の瞬間飛び上がって喜びながら一塁へと走っていった。

 

「さ、サヨナラデッドボール……」

 

 浩介くんが口をあんぐりしている。

 究極にグダグダだった試合も、終わってみれば「まあある」程度のヲチだ。

 でも、あれだけノーコンの投手だったのに、デッドボールはこの試合初めてだった。

 

 そういえばサヨナラデッドボールだとヒーローインタビューとかどうするんだろう?

 新聞記事とかでは見たことあるが、生のテレビ中継とかでは見たことがなかった。

 

 バックネット裏の観客が拍手し、審判役のおじさんが「試合終了、礼!」と言って両チーム握手する。

 

 勝ったチームの一人がマイクを持ち挨拶をする。

 

「えー今日はご観戦ありがとうございました! えーこんな試合でしたが、ご観客の皆様にはが少しでも楽しんでいただけたらと思います。以上です」

 

 外野席のあたしたちも含め拍手する。そして両軍ともにベンチの裏へと回る。

 

 外野席の他の観客は帰っていく。あたしたちはもう少しこの試合の余韻に浸りたい。

 何より、浩介くんと見た初めてのスポーツ観戦だったけど、プロの試合にない魅力について、少し語り合いたかった。

 

「優子ちゃんって、やっぱり男も残ってるよね。こういうのが好きなのってさ」

 

「うーん、そうかなあ? あたしはずっと見ることしかしてなかったし、するとなるとまた違うと思うけど……見るだけならそんなに男社会でもないんじゃない?」

 

「うーん確かに……」

 

「ただ、ファールボール当たりやすい危ない席とかは勘弁かなあ。やっぱりほら、身体……特に顔とか傷つく恐れは極力避けたいし」

 

「……なるほどねえ、確かに優子ちゃんは女の子だね」

 

「えへへ、ありがとう!」

 

 浩介くんと話すだけでも、ちょっとしたことで笑みがこぼれていく。

 浩介くんはあたしが笑顔を向ける度に赤くなって、それを見たあたしも赤くなって……

 うん、幸せな時間だと思う。

 

「じゃあ行こうか」

 

「うん、そだね」

 

 無人の球場から、最後にあたしたちが出る。

 

「次は何処へ行く……ってもうこんな時間か」

 

「午後からだもんね。しょうがない、初めてのデートだし今日はここまでにしようか」

 

「そうだね」

 

 野球の時間は結構長かった。5回までとは言え、あの展開じゃまあ当然だ。

 公園を離れ、もと来た道を戻る。

 

「浩介くん、今日のあたしどうだった?」

 

「うん、か、かわいかったぞ」

 

「かわいい? うん、ありがとう」

 

 やっぱり浩介くんにかわいいって言われる時が一番幸せ。

 

「でもね、あたしからも」

 

「うん?」

 

「今日の浩介くん、かっこよかったよ」

 

「え!? そうかな?」

 

「うん、あたしに『優一』を取り戻してくれたこと。すごくかっこよかったよ」

 

 今までは昔の自分を全否定していたけど、ほんの少しだけ、大切なことを見つけられたから。

 

「う、うん……」

 

「そういえばさ、浩介くんのことについて、もっと教えて欲しいな」

 

「あ、あのえっと……」

 

 そういえば浩介くんについて、あたしはあまり知らなかった。

 お互いの家族構成、好きなこと、得意なこと、苦手なこと、趣味、そういった何気ない自己紹介を、あたしと浩介くんでしながら、最初の駅前の集合場所に戻る。

 

 幸いにして浩介くんの最寄り駅も知っていたから、改札口を通って電車へと進む。

 

「もうすぐお別れだね」

 

「でも、またいつでも来れるだろ?」

 

「次のデートはどうするの?」

 

「うーん、最初に浩介くんが見せてくれた候補で、今日行ってないところに行きたいかな?」

 

「ああ、いや……あれはちょっと封印。次は優子ちゃんが考えてきてよ!」

 

「え? そ、そうだよね……うん、分かった」

 

「考えるのは明日からでいいよ。今日はむしろ今日のデートを振り返って過ごして欲しいからさ」

 

「ありがとう……」

 

 こういう気遣いができるんだから、浩介くんこそ、あたしにとっての「優一」だと思う。

 

 電車が来る。電車に乗り、まずあたしの最寄り駅から来ることになっている。

 

 

「バイバイ、浩介くん」

 

「うん、さようなら」

 

「じゃあ次のデートでね」

 

「うん」

 

 電車のドアが閉まったあとも手を降っている。

 他の乗客は、一部が殺意の目線を投げかけつつも、大半はあたしのことを見向きもせずにホームへ。

 

「ふうー」

 

 一つ息を吐く。改札口を出る。

 そして家までのいつもの道程を経て、家に戻る。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー優子! 後30分位でご飯だよ!」

 

 鍵を閉め、靴を揃えて自室に戻る。

 くまさんのぬいぐるみを元に戻す。そしてベッドに横になる。

 

 

「んーっ! んーっ!」

 

 あたしは枕を抱きしめて左右に転がり往復する。

 枕がまるで、浩介くんみたいに切ない。

 大好きな男の子と、夢にまで見たデート。まだ本能的な部分に「男」が残るから、肉体的な触れ合いという意味では少なかったし、正式に恋人同士ではなかったけど……それでも両想いの男女のデートには変わらない。

 

 今日という日を、忘れちゃいけない。これからの永い人生の中でも。

 それに浩介くんは、あたしの、女の子としての初恋でもあるんだから。




今回の草野球の試合は実際にプロであったプレーもあります

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。