永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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数奇な運命

「優子ーご飯よー!」

 

「はーい!」

 

 デートの日の夕食、あたしは食事を食べながら、ずっと今日のデートのことを思い出す。

 二人で公園に行き、シーソーで遊び、おっさんたちの草野球を見て過ごした。

 そんな他愛もない、というより、デートと言うには分量の少ない内容だった。

 

「ところで優子、今日のデートはどうだったの?」

 

「ちょ、ちょっと母さん!」

 

 お父さんもいるのに……

 

「あらまあ、いいじゃないの。優子も女の子でしょ? 好きな男の子とデートするなんて普通のことじゃない」

 

「……うー、確かにそうだけどぉ……」

 

 やっぱり、好きな男の子とのデートを話すのはちょっと恥ずかしい。何よりもデートとしてはかなり薄い内容だからだ。

 あ、でも「優一」のことは話したほうがいいかな?

 

「ふふっ、母さんのアドバイスも聞けるわよ。彼とどこに行ったの?」

 

 うーん、あんまり役に立ちそうにないけど、何分信用がない。

 まあ、一応聞いておいて損はないかな。

 

「あのね、公園と野球場が一緒になってる所あるでしょ?」

 

「うん」

 

「そこに行ったのよ」

 

「うんうん、それでどうだったの?」

 

「それは――」

 

 あたしは、ベンチで遊ぶ子供たちを見たこと。

 浩介くんはあたしに、「優一」は捨てたのではなく、取り戻したということを教えてくれたこと。

 二人でシーソーで遊んだこと、草野球のとんでもない自滅合戦試合を見たことを話した。

 

「へえそうなんだー。ところで優子が好きなその篠原浩介くんっていうの? 立派な子だねえ」

 

「うん、お父さんもそう思う」

 

 珍しくお父さんが発言する。

 

「優子はね、今まで『優一』の名前も含めて全部無きものにしようとしてたでしょ」

 

「うん」

 

「お母さんもお父さんも、そのことはちょっとだけ違和感があったけど、でも優子を傷つけたくなかったから黙ってたのよ。勇気あるわ」

 

「うん、それが浩介くんの取り柄だし」

 

「しかもその浩介くんってその『優一』に一番怒鳴られていた子でしょ? そんな子がそういうことを言うんだもの……普通なら彼にとっても一番捨てたい過去でしょ?」

 

「うん。そうだと思う」

 

 実際、復学当初はそういったことさえ認めずに、男扱いされてしまっていたし。

 

「数奇な運命よねえ、いじめていた男の子といじめられていた男の子がいて、いじめっ子はか弱い女の子になって……それでいじめられっ子は復讐したんでしょ?」

 

「うん」

 

「それが色々あって、両想いになるなんてね……優子が詳しく惚れた経緯教えてくれる?」

 

 母さんが聞いてくる。

 

「え? それはちょっと……」

 

「聞きたいなあ、優子の恋バナ」

 

「あうあう……」

 

 やっぱり女の子は恋愛話が大好きだ。

 それは少女漫画を読んで知っていたけど、まさか母さんのような「おばさん」と呼ばれる年齢の女性まで恋愛話が好きだとは思っていなかった。

 

「じゃあ、復学初日の頃から話すね。既に知ってる話もあると思うけど復習がてら全部話すね」

 

 あたしは復学初日からの経緯を、時間をかけて説明した。

 最初は整形外科医の両親を持つ高月くんが「性転換手術を受けたんじゃないか?」と疑念を抱き、そこから男子扱いといういじめが始まったこと。

 女の子として見てほしいという訴えは通じず、最初は桂子ちゃんとそのグループの女子しか味方が居なかったこと。

 

 生理が来た時の苦しみとあたしの決意で、恵美ちゃんも味方になってくれたこと。でも、高月くんや浩介くんはあたしのせいで性格が歪み、更に男子扱いといういじめを繰り返すようになったこと。

 

 それでも最終的には、あたしがいじめに耐えきれずに教室で大泣きしちゃった時に桂子ちゃんと恵美ちゃんのお陰でいじめも止まったこと。

 

 その後はあたしも男子たちを許すことにしたこと。球技大会の時最後のドッジボールでボールを当てられた時に泣いちゃった時、浩介くんが飛び出していったこと。

 

 今なら分かるが、多分あの時浩介くんはあたしのことをはっきり好きになった。

 それ以来、浩介くんは恋心と罪悪感の狭間で戦っていたこと。あたしは何度も何度も浩介くんを許し続け、最終的には「あたしを守るために力を振るう」と決意してくれたこと。

 

 林間学校の時、部屋割りで教頭先生に向かってくれたこと、ナンパしようとした添乗員から守ってくれたこと。そしてその時、あたしも浩介くんと恋に落ちたこと。

 

 その後は、母さんも知っての通りだ。

 

 永原先生の秘密は、絶対に口外してはいけないこと。本当は話したほうがTS病の女の子の恋愛について分かりやすいんだけど、約束は守らないといけない。

 

「ふうん……意外とよくある惚れ方よね」

 

「う、うん……」

 

 少女漫画とかでも主人公の女の子が悪役のお嬢様にいじめられている所を男の子に目撃されて物語が一気に進むことがよくあるし。

 

「優子は、守られるのに抵抗ある?」

 

「ううん、ないよ」

 

 あたしは即答する。

 

「どうして?」

 

「だって、あたしこれだけ身体も弱い女の子になっちゃったもの。意地を張るメリットなんてもう何処にもないわよ」

 

 素直に本音を言う。

 

「そうね。確かに優子はもう女の子だし、浩介くんは強いんでしょ?」

 

「うん。だからこれからもいっぱい守られちゃうと思うの」

 

「うん、それでいいわよ。でも守られて当然みたいな態度だけは気をつけてね。ちゃんとお礼も言うのよ」

 

 母さんがちょっと注意する。

 むしろお礼どころか最初なんて浩介くんの胸で泣き出しちゃったし。

 

「う、うん……だけど守られたから恥ずかしいとはもう思えないの」

 

「ふふっ、優子も女の子だね」

 

「そ……それに浩介くんがあっ、あたしを守ってくれるところ……たくましくて……たまらないのよ」

 

 恥ずかしいけど、やっぱり母さんにも偽りのない本音を伝えたい。

 

「あらあらまあまあ。教育の成果が出てるわねえ……」

 

「そうだな。お父さんも、優子はいい娘に育ったと思うぞ」

 

「えへへ……」

 

 娘、うん。あたしは二人の娘。

 女の子に生まれ変わったから、優しい子になるためにも、もっともっと、女の子らしくなりたい。

 

「さ、デートの後も風呂に入りなさい」

 

「うん」

 

 あたしは食事を終え、パジャマを持ってお風呂に行く。

 お風呂でも同じことを考える。今までのこと、これからのこと。

 初めてデートし、少しずつ女の子を深めていくこと。

 

 鏡で顔を見る。恋をすると女の子はかわいくなると言うけど、今のところ自分の中で区別はついていない。

 

 もしかしたら他の人が見たらまた違う評価かもしれないけど、とにかく今日は、デートのことを思い出したい。

 浩介くんから、次のデートの宿題は明日以降と言われている。

 その言葉に従って、明日デートについて考えよう。

 

 

「んんっ……」

 

 ゆっくり意識を回復し、ベッドから出る。ハート型のクッションに立つ。

 ふとテレビの下に置いてあるお人形さんが目に入る。

 今日は椅子に座らせてあげよう。うーん、まだ何か足りない。

 そういえばテーブルやコーヒーカップみたいなのはないんだっけ?

 まあ、そこまではまだいいかな。ともあれ、お人形さんの片方の衣装を変えてあげる。

 

 うん、今日はこんな所かな?

 やっぱり時間も経つと、徐々に新しい発見も減っていく。それでも、意外なところで見つかるから、お人形さん遊びも馬鹿にできない。

 

 子供っぽいなんて言う人もいるかもしれないけど、あたしはまだ女の子になって4ヶ月足らず。それを考えれば幼稚とは言われたくない。

 

 そんなあたしが最近ハマっているのが女児向けアニメだ。

 この作品は「大きなお友達」を意識していることで有名だ。

 つまり、製作陣としてはメインターゲットの幼女だけではなく、10代後半や成人男性、あるいは幼女の親たちも一緒に見ることを前提にマーケティングをしているアニメでもある。

 なので、仮にあたしがまだ「優一」だったとしても、見るのはそこまでおかしなアニメではない。

 ただ、心が女の子になって、またTS病患者として「男」の知識も持つあたしにとっては、このアニメが不思議なくらい上手く出来ていることに気付かされたのだ。

 

 あるシーンにおいて、女児、大きなお友達、親においてそれぞれ感じ方が違うだろうなあと思うところがとてもよくある。

 このアニメもそれなりにロングセラーなので、最初期のシリーズを見ていた女児はもう成人していてもおかしくない。

 

 そんな時、大人になって昔のシリーズを改めて見返したり、あるいは今のシリーズを娘などと一緒に見ることで、新しい発見も出来るという仕組みだ。

 「このアニメ、本当によく出来ているわねえ」とは、母さんの言葉だ。普通こんなにあちこちにターゲットを分散させたら、中途半端になるはずなのに。

 

 

 朝食を手伝い、洗濯機に洗濯物を入れたら、浩介くんとのデートについて考える。

 あたしはこの前の海のことを思い出す。あそこの近くには確か水族館もあったはず。水族館といえば定番のデートスポットだ。

 そう思い、ちょっとPCで調べてみる。

 ちょっと電車賃と水族館の入場料がかかる。あたしは例の事件のこともあって金銭はまだ余裕があるけど、浩介くんの事情はよく分からない。

 

 うん、こういうときこそ「ほうれんそう」だ。

 

 

 浩介くんのメールアドレスにメールする。

 

 

 題名:明日のデートの場所

 本文:明日はこの前永原先生たち行った海の近くの水族館に行きたいけど大丈夫?

 

 

 よし、これで送信っと。

 

 あたしはわくわくしながら返信を待つ。題名にデートと入れたけど多分大丈夫。

 浩介くんが食事中かもしれないとかそういうことさえ思考回路から抜けてしまう。

 

 数分後、携帯電話がブルブルと震える。

 「メールを受信しました」というメッセージとともに差出人が「浩介くん」であることを示している。

 

 

 題名:Re:明日のデートの場所

 本文:うん大丈夫だよ。集合時間と場所はいつどこにする?

 

 

 あたしは返信する。

 

 

 題名:Re:Re:明日のデートの場所

 本文:前回午後だったから今回は早めに駅前に午前9時50分でいい?

 

 

 すぐに今度は返ってくる。

 

 

 題名:明日のデートの場所

 本文:うんいいよ、楽しみに待ってる

 

 

 あたしはベッドに横になると、また身悶えた。枕を浩介くんに見立てて抱きしめ左右に転がり続ける。こうすると恋する気持ちが強まっていく。

 時間が近付くにつれ、明日のことで緊張していく。

 お昼ごはんの時も、食べ物の味さえ殆どわからなかった。

 たった一日会ってないだけなのに、すごく寂しい思いをしてしまう。あたしが今まで読んだ少女漫画でも、好きな男の子に会えなくて寂しいという女の子はたくさんいた。

 

 女の子として、こうやって恋するにつれ、少女漫画での知識が役に立つ。

 カリキュラムを受けた時は、ただ何となくで読んでいた部分もあった。でも、やがて少女漫画に引き込まれるようになった。

 それはやっぱり、こういう恋愛話が無意識のうちに好きになったからなのかもしれない。

 

 いや、今まで気付いていなかっただけで、心の奥底では、林間学校よりもっと前から浩介くんが好きで、それもあって少女漫画を読んだのかもしれない。

 いずれにしても、今はあまり考えないようにしよう。

 

 それよりも、明日のデートの服だ。水族館に行くわけで、しかも2回目のデートになる。

 お人形さんは赤い服を着ている。

 そう言えば、赤い巻きスカートってまだ浩介くんには見せてないっけ?

 一部からはちょっと幼いという意見もあったけど、男相手ならあたしのこの童顔なら幼い方がいいはず。

 

 よし、それにしよう。

 初めてのデートは服装にとても悩んだけど、二回目は気が楽になってもう少し悩まずに済んだ。

 

 

 翌デート当日、あたしは約束の時間もあるので、お人形さん遊びもそこそこに着替え始める。

 

 あ、そういえば下着の色を決めていなかった。って、2回目も白でいいかな。

 浩介くんの好みはよく分からないけど、少なくとも清潔な白なら不機嫌になることは絶対にない。

 もちろん布面積も普通のフルバックにして、派手なレースもないタイプにする。

 

 女の子の下着は本当によくフィットして付け心地がいい。

 もしかしたらそう言うものに慣れるところが、最初の「女の子への道」だったのかもしれない。

 

 そして上の赤い服に下の赤い巻きスカート。家でも何度か着ているけどデートにも使える服。今回は、ぬいぐるみは持っていかない。

 

 そして鏡付き机の前に座り、白いリボンを頭につける。

 ……うん、これであたしも、女の子らしくかわいくデートできるわね。

 

「優子ー! 朝ごはん手伝ってー!」

 

「はーい!」

 

 母さんの家事を手伝い続けていたおかげで、清潔感の大切さを学べたと思う。

 母さんも「優子は細かい所に気を使えている」と言ってくれた。うん、やっぱりじわじわとカリキュラムの効果が出ているんだ。

 一人暮らしをしてから独学で覚えていたら、こうはならなかったと思う。

 

 朝食も今日がデートと知っているのか、母さんは口臭などに影響しない様に配慮してくれている。

 

 

「じゃあ行ってくるよー」

 

「はーい、鍵閉めておくからねー!」

 

 今度は駅に向かい、1回目のデートとは逆方向の電車へと乗り込む。車内はとても空いている。

 この前の乗り換えた電車から、一番前が改札だと知っている。

 

 一番前の車両に乗り込む。やがて、学園の最寄り駅から、浩介くんの最寄り駅へ。

 

 あっ! ホームに浩介くんがいる。気付いてくれるかな……

 ドアが開く、浩介くんが乗ってくると、一目散にこっちへ来てくれる。

 集合時間ギリギリの電車より一本前に乗って余裕を持とうと考えていたのだが、どうやら考えていることは同じだった。

 

「あ、優子ちゃんおはよう」

 

「うん、おはよう、浩介くん」

 

 約束とは違う集合場所。そして開始時間もちょっと早いけど、あたしたちの2回目のデートが始まった。


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