永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「ゆうー! 永原先生よー!」
「はーい」
母さんの呼び出しに応じて玄関に行くと、そこに永原先生がいた。
「こんにちは、石山優子さん」
「こ、こんにちは」
一瞬、「あれ? 優子?」って思ってしまった。なんともバカな俺だ。自分で新しい女の子としての名前を考え抜いた上で決めたじゃないか。
両親は相変わらず「ゆう」と呼ぶし、考えてみれば女の子の名前でちゃんと呼ばれたのはこれが初めてだ。
でもこれからは慣れないといけねえな。
「ちゃんと女の子してるかしら?」
永原先生が質問する。
「い、いえ……わ、私、がっ……決心したのも昨日、伝えたのも今日の朝ですので、まだ女の子らしいこと全然……」
正直に答える。
「あら、でも仕方ないよね。ま、これから女の子になるためのカリキュラムについて話すから、まずは失礼させてもいいかしら?」
「ええ、お構いなく」
母さんが一声上げ、ともあれ永原先生をリビングルームに通す。
そして机に俺と母さんで隣に座り、対面に永原先生が座る格好になる。そして永原先生は持っていたバッグから書類や本を取り出し山にする。
「じゃあ、まずカリキュラムのことの前に、一つやってほしいことがあるの」
永原先生は、そう言うと書類や本の山の中から2枚の書類とボールペンを取り出してきた。
早速見せてもらう。
1枚目には「名の変更届」と書かれていて、改名事由には「完全性転換症候群のため」と書かれている。
大半がすでに書きこまれていたが、3箇所だけ大きな空欄があった。
「こことここに、以前までの名前、そしてこっちに変えたい名前を書いて、それから印鑑を押してくれる? あ、後一応間違いがないか確認しておいて」
既に書かれている情報を見る。間違いはない。
そして名前欄、ここは自分で書かなきゃ駄目ってことか。
永原先生のボールペンを借りて、「名を変更する人の氏名」の欄に「石山優一」、もう一箇所の「変更前」の所にも「優一」、そしてそのすぐ右の変更後の欄には「優子」と書き、ふりがなに「ゆうこ」と書き込む。
その間に親が持ってきたハンコと朱肉を受け取り所定の場所に押す。
随分と簡単な作業だが、この辺の書類も役所に提出しないといけないということか?
「本当は家庭裁判所なんだけど、TS病の場合は争う余地もないから役所でも大丈夫ってことになっているのよ」
また一つTS病の知識が増えた。
次に永原先生が2枚目の書類を出す。
そこには「性別変更届」と書かれていた。
変更事由も先程と同様「完全性転換症候群のため」と書かれている。
「ここに名前を書いて。名前は新しいので大丈夫よ」
言われるがままに「石山優子」と書き、再びハンコを押す。
「うん、大丈夫。後はこれ、医師の診断書よ。これも渡しておくわ。あ、これに書くことはないわよ」
見てみると患者名に以前の名前と「完全性転換症候群」と言う診断書があって、2名の医師の名前が書かれていた。
そのうち1名はこの前診察してくれたお医者さんの名前だ。
「さ、書類のことはこれで大丈夫。最も、石山さんに役所に提出してもらいますけど。ともあれ、まずはカリキュラムについて話しますね」
永原先生が再びカバンをあさり、そこから一冊の本を取り出す。
「お母さんの方に、こちらの本を渡します。石山さんには見せないでね」
「分かりました」
おそらくカリキュラムの具体的な内容が書かれているのだろう。
題名は「TS病の事後対処カリキュラムとその実行法」となっている。
「正式には明日から始めるから、今日はガイダンス的なことをやるわ」
「はい」
「まず、このカリキュラムの目的から話すわね。分かってるとは思うけど、このカリキュラムは石山さんのようにTS病となって、学校や仕事に戻る前に、女性としての日常生活や女性としての感覚を理解し、身につけるためのものよ」
永原先生の話に、俺達は耳を傾ける。
「このカリキュラムは、いわゆる女になって不便になったということに対する対策の他にも、男の感覚や男心を女心に上書き……とまでは行かなくても、少なくとも表面上はそういった振る舞いが出来るようにするものよ」
「表面上?」
「ええ、私みたいに余程女になってから長いとかじゃなければ、このカリキュラムを受けて女の子になることに前向きな人でも完全に女の子になりきるのは難しいのよ。もちろん、出来る限り内面も女の子にしていくけどね」
「そういうもんか?」
完全になりきるというのは、どこまでなのかよく分からないけど。
「ええ。例えば、自他共に女の子そのものになったと思っていても20年位たってもとっさに『男』が出ることもあるわ」
うげえ、まあやっぱ生まれつきのことは中々変えられねえよな。
「……それでも、これを受けずに表面上も女の子になっていない状況で学校生活にいきなり入るよりはずっといいわよ。ちなみに、本以外にも教材はたくさんあるけど、都度郵送するから心配しないでね」
そういえば、少女漫画とか女性誌って言ってたもんな。
「それで、本格的なカリキュラムに入る前に、今からできることがあるわ」
「何ですか?」
「お母さんに今からしてほしいことは、まずは男言葉が出たらとにかく訂正させることです。特に一人称には気をつけて下さい。そして、優子さん、もし男言葉を使っちゃった後は必ず『私は女の子……私は女の子』って心の中で暗示し続けて下さいね」
「は、はい」
「分かりました」
永原先生の話に、俺達が頷く。
うーん、心の中で暗示するのか……
「そして、振る舞いも同じです。カリキュラムでは『スカートに慣れる』事が重要になりますし、そうじゃなくても女性として良くない振る舞いがあったら注意するように今から心がけて下さい。石山さんもわかったかな?」
「う、うん、わかったぞ」
「ほらほら、それじゃ駄目よ」
うっ、早速やっちゃった。
「う、うん、分かった……わ」
「何か変ねその間は」
「分かったわ! その通りにするわよ!」
「うん、いいわよ。じゃあちゃんと暗示もかけてね」
早速永原先生からダメ出しと特訓を受ける。うぐ、もうトレーニングは始まってるってことか。
私は女の子……私は女の子……何か間違えたらこう暗示しなきゃいけないわけだな。
「それじゃあお父様、お母様、カリキュラムをよろしくお願いしますね。メールで構いませんので毎日が終わったらその日の成果を報告して下さい。アドレスと簡単なテンプレートは教材の中に挟んである紙に書いてあります」
「分かりました」
母さんが確認する、どうやら簡単に発見できたようだ。
「……石山さん、以前から言っていますけどもう一度確認です。このカリキュラムは結構厳しいものになりますよ。本来なら幼稚園から小学校中学校と上がるに連れて覚えていく女の子としての日常生活や立ち居振る舞いを、しかもこれまで男子として生きてきた感覚を捨てながら1週間程度で終わらせなければいけないものです」
永原先生が、さっきよりも真剣な表情で話す。
「このカリキュラムは、今までの自分を全否定して、男としての人格を捨てる決意がある人にだけ受けて欲しいんです……最も、この病気になった以上それ以外の選択肢は殆どないんだけど……とにかく、生半可な気持ちで受けないでね」
「わ、分かっています。もう、乱暴だった男は捨てる。そう決意しました」
それはもう、後戻りすることはしない。
「実は言葉遣いの課題は結構簡単なんです。男子の身体でもやろうと思えばうまくいくことがあります、ですが長年染み付いた習慣はそう簡単には変えられないですよ」
「心当たりあるな。病院でトイレに入ろうとしたときのことだな」
「こらこら」
うー、またやっちゃった。気をつけねえと。
「こ……心当たりがある、わ。病院でトイレに入ろうとしたときのこと、よ」
「うーん、まだぎこちないけど今はそれでいいわ。ちゃんと暗示もかけてね」
……私は女の子、私は女の子……
「それで、トイレに入ろうとした時にどうしたの?」
「そ、その、最初男子トイレに入ろうとしちゃって、奥の鏡で自分の姿を見たら間違いに気づいて、それから女子トイレに入ろうとしたら抵抗感があって……それで、最終的に目の前にある多目的トイレに入っちゃって……」
「そうね、トイレ。私の時代はそんな区別なかったけど今の時代は特に気をつけないといけないところよね」
「そうですね、ところで先生、他には何かありますか?」
今度は母さんが質問者になる。
「他にも、お風呂とか、スカート穿いてる時の座り方とかもあるわ。後はそうねえ……女の子の座り方の訓練もあるわよ」
「う、うん」
とにかく、こうなってしまった以上、カリキュラムは受けねえとな。
「それじゃあ、この本は親御さんに渡しておくから石山さんは見ないようにね」
「分かりましたわ」
「よろしい、その調子で頑張ってね」
短い一文とはいえ、もう女の子の言葉がすらりと出てしまった。
なるほど、男でも言葉遣いはやろうと思えばうまくいくというのはこういうことか。考えてみれば「オカマ」何ていう人種も居るわけだしな。
「さて、それじゃあ先生の方から話すことは以上よ。あ、この改名届などは石山さん持っててね」
「は、はい」
「他に何か質問あるかしら?」
「あ、あの、先生! 一点だけ」
母さんが声をかける
「はいなんですか?」
「暗示をかけてるかどうかってどう判断するのです?」
「それは判断しようがないから、ちゃんと逐一指示をして下さい」
もちろん、暗示をかけたつもりになる気はこちらとしてもない。
「分かりました」
「他にはありますか?」
「あ、あの!」
今度は俺が声をかける
「はい、何でしょう?」
「永原先生、お……わ、私にこんなにつきっきりで大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、カリキュラムそのものは親御さんにしてもらいますし、それに、TS病の支援の仕事もあるので、部活の顧問はしてないです。ですから、石山さんが心配することじゃないですよ」
そ、そういうものか。まあ永原先生がそう言うなら納得するしかあるまいな。
「あ、そうだ、忘れてました。先生の方からもう一点だけ親御さんにお願いがあります」
荷物をまとめていた永原先生が、再びこちらに首を向けてくる。
「何でしょう? 私たちにできることなら」
今度は親父の声だ。
「石山さんの呼び方、『ゆう』ではなくちゃんと『優子』って呼んであげて下さい」
「……」
「確かに彼女は『ゆう』ではありますが、それでは『優一』だった頃と同じ呼び方になってしまいます」
確かに、それは重要な事かもしれないな。
今の俺は「優子」として、まだまだよちよち歩きだもんな。
「ちゃんと『優子』と呼んであげることで女の子になったという自覚が強くなると思います」
「わ、分かりました」
「それじゃあ、今度こそ失礼します。カリキュラム、厳しいけど途中で投げ出したりとかしないようにね」
「は、はい」
永原先生が家から帰っていった。
時間は午後5時、これからしばらくすれば夕食だ。
部屋に戻って、今度はゲームではなく、本を読む。
それも保健体育の教科書だ。
ふと、男の子の身体と女の子の身体の違いを見る。そこにはおなじみの子宮の図があった。
あの日、最初に下腹部に激痛が走ったのは、これが出来るせいなのかなあ……
月経について書かれている。女の子になった今、これも付き合わなきゃいけない問題だ。それに、間違いなく、今後の人生で閉経することはないだろう。
それだけじゃない。妊娠のこと、受精のこと、卵子のこと、これらは全く他人事ではなくなってしまった。
そのことも、これからカリキュラムでやるのだろうか?
ともあれそれは明日以降分かることだ。
更に読み進めていく。思春期のページ、「異性への関心が深まる」とある。
異性への関心、ついこの間までは、それは女性への関心だった。
美人だが孤高で、異性の話し相手も付き合いが長いと言うだけで自分だけだった木ノ本桂子のことを思い出す。
恋心はなかったが、いつか変化するかもしれないと考えたこともないわけじゃなかった。
でも、これから異性への関心というと、男性への関心ということになる。むしろ、これまで通り女子に関心を持ったままなら、それはいわゆる「レズビアン」ということになるわけだよな……
別に自分は同性愛者でも何でもないしわざわざなるつもりもない。それに女の子になると決めた以上、恋愛対象も変えなきゃいけないということは明らかだ。
でもこれまでの十数年の人生が、そんなすぐに反転するんだろうか? 今はまだ、男に恋をする自分が想像できない。
ふと、本棚の端にあった昔の写真集が目に入る。
男性時代の俺への関心? もし関心が深まったとして、それはナルシストになるのか?
自分自身ではあるが、姿形はもう過去のもの。それに惚れることは果たして自己愛に入るのか?
疑問は尽きないが、考えてもよく分からない。
性自認だって、主観的にも客観的にも、今の俺はどこからどう見ても女の子だと断言できる。
生物学的にも、そして自分の意識も、ともに女性で一致している。それこそ性同一性障害でも何でもない。
自分はついこの間TS病になった元男と言うだけで、それ以外は普通の女の子だ。
それなのに、何故迷うんだろうか?
ああ! ダメだ! 答えが出ない。
考えるのをやめ、保健体育の教科書をもう一度丁寧に読み返した。以前やっていた保健体育の授業の内容のことも思い出す。
それにしても、今までは保健体育の授業なんてあんまり真剣に聞いてなくて、ろくに予習復習してなかったのに、いざこういう重大事が起きてから学ぶ。自分が典型的な「愚者の行動」をしていることに呆れるばかりだ。
教科書には、第二次性徴期における女性の体の成長の特徴が書いてある。胸が膨らむ、お尻が大きくなる、性器にも毛が生えてくる、月経が始まる。
……でも、この体は明らかにそれが終わっている。
胸を見る。やっぱり大きい。
胸に隠れているが、お尻だって大きいはずだ。
この身体とこの顔なら、何もしなくても男にはモテる。はずだ。
……いや、それは違うだろうな。
性格が最悪だったら男からはすぐ悪女扱いだ。
そのためには、「立ち居振る舞い」も女の子にならないといけないよな。どうせもう戻れないんだ。早く気持ちを切り替えないと。
スポーツ選手も、結果が悪いときにはよくそんなことを口にするじゃないか。
「優子ー! ご飯よー!」
母さんの声がかかる。
「はーい」
ともあれご飯を食べて、それから考えよう。とにかくお腹空いた。
「お、今日は唐揚げか!」
よっしゃ! 大好物じゃないか! よし、これを食べて明日以降に備えよう。