永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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水族館へ

 ガタンゴトンと電車が揺れながら、浩介くんがあたしの隣に座る。

 隣り合って座ったのは、野球観戦や公園の時以来だけど、電車の中はまた別の緊張感がある。

 

「今日はよろしくね」

 

「う、うん……」

 

 実際には前回のデートから2日しか経っていない。

 

「そう言えば、浩介くんは宿題終わった?」

 

「あ、うん。ちゃんと終わったよ。優子ちゃんは?」

 

「あたしもバッチリ。だからいつでもデートできるよ」

 

 笑顔で言う。

 

「そ、そうか……でも毎日してたらさすがに……」

 

「お金が足りないんでしょ。分かってるよ」

 

 毎日会いたいというのは本音だが、飛ばし過ぎはダメだ。

 

「あ……でも……ああいやなんでもない」

 

「うん、あたしも毎日だとさすがに疲れちゃうかな」

 

「あ、ああ、うんうん。そうだよねうん」

 

 あたしがおごってもいいんだけど、浩介くんのメンツも立ててあげなきゃ。

 それにさすがに毎日デートだとすぐにネタもなくなるだろうし。

 

「俺さ、こっち来たのあの海の日の時は久しぶりでさ」

 

「うん、あたしも。学園までは毎日使ってるのにね」

 

「いつも使うルートから外れるととたんに非日常になるよねえ」

 

「うんうん、あたしも不思議な感じがする」

 

「そうそう、日常と非日常って言うの。それが地続きなんだよね」

 

 あたしは浩介くんと、海へ行った時に思ったことと同じことを繰り返す。

 

「さ、次で終点だ」

 

 最近では車掌の放送も少なく、自動音声が多くなっていて、しかもドアの上には広告と案内がある。

 

 広告はテレビでも企業のCMが流れていて、それは音がない代わりに字幕になっている。あるいはよく分からないクイズなんかもある。ちなみに毎回あてずっぽうだが正答率は結構低い。

 

「次は終点――」

 

「あ、終点だね」

 

「でもこっから乗り換えだろ?」

 

「うん」

 

 一両目の一番前に進み前の人に続いてゆっくり降りる。

 

「それにしても優子ちゃんも同じ電車だっただなんて」

 

「集合時間ギリギリより一本前にしようと思って」

 

「ははっ。同じ」

 

「あたしたち相性いいね」

 

 あたしの何気ない一言、浩介くんが赤くなる。

 もしかしたら「相性がいい」という言葉に反応しちゃったのかもしれない。

 

 女の子になって考えることがめっきり減ったのが「エロいこと」だ。

 それも不特定多数に対し性欲をばらまくということがなくなってしまった。もちろん、浩介くんには身体はともかく、心は性欲も持っているけど。

 

 もちろん男にも女にも性欲はあるが、そのベクトル傾向は結構違うんだということを思い知る。

 あーでも女の子になったばかりは「優一」の性欲を引きずってたかも。

 

「やっぱりさ」

 

 改札を出て、乗り換え駅の改札にICカードをタッチした後、浩介くんが声をかける。

 

「うん?」

 

「優子ちゃんってTS病の子ならではの魅力があると思うんだ……老けないということ以外に」

 

「つまり、生粋の女の子にはない魅力ってこと?」

 

「そう」

 

 老けないこと以外で、生粋の女の子にない、TS病の子ならではの魅力って何だろう?

 

「あはは、そりゃああたし、元々は男だったから、男心について――」

 

「知識じゃないよ」

 

「え?」

 

 意外な言葉が出る。

 

「もしかしたら、突き詰めたら結局『知識』のことかもしれないけど、何ていったらいいんだろう……女の子らしさを追求する中で、優子ちゃんは自己中心的じゃないっていうの?」

 

「うん、男にどうすれば好かれるか知っているからね」

 

「でもさ、それって知識じゃないと思うんだよ」

 

「え? どういう?」

 

「例え知識があったとしても、男の為なんて思わずに振る舞うことだって、優子ちゃんには出来たはずだ」

 

 浩介くんが指摘する。

 

「でもそれはだって……あたしが女の子らしくなりたいと思ったからで――」

 

「女の子らしくなりたいのはどうして?」

 

「そ、それは……過去の自分を変えたくて」

 

「でもさ、その女の子らしさっていうのも、結局『男』がベースな気がするんだよ」

 

 浩介くんの指摘。正直考えもしなかった。

 

「いや、そうは言っても、女の子らしさを客観的に評価するのって結局は男子でしょ?」

 

 女子同士で女の子らしさを評価することももちろんあるけど、やっぱり男の子からの評価のほうが大事だと思う。

 

「うーん、そうなのかなあ……」

 

「うん。あ、電車来るよ」

 

 電光掲示板の表示を見て言う。その数秒後、「間もなく電車が参ります」と言うアナウンスが流れ、あたしと浩介くんが電車の来る方向に視線を向ける。

 

「なんか兄妹みたいだね」

 

 あたしがさり気なく言う。

 

「そうかなあ? 顔とか全然違うし」

 

 あっさり返されてしまう。

 

「あ、そうだったね」

 

 まあいつも会話がうまくいくわけではない。

 さっきよりは電車が混んでいて、あたしたちは車内の奥に行く。

 

「ところでさっきの話の続きだけど」

 

「うん」

 

「確かに男の考える女子力と女の考える女子力は違う。でも優子ちゃんは女の考える女子力を知らなかったし、男にモテたいからと無意識にそれを削っちゃったんだ」

 

「あっ!」

 

 浩介くんの指摘で気付く。

 

「つまり、優子ちゃんには男から見ても『背伸びして空回り』していないということだよ。優子ちゃんは常に男子を意識するから、とても思いやりがある子になったと思うんだ」

 

「そ、そうなのかな?」

 

「うん、優子ちゃんはさ、復学当初は女の子しか友達がいなかったでしょ?」

 

「う、うん……」

 

「その時に女の集団に閉じこもることだって出来たんだよ。でも優子ちゃんは決して逃げなかった」

 

 浩介くんの指摘が続く。

 

「でもそれは、カリキュラムで男に好かれてこそ女は輝くって……」

 

「最終的には、全部優子ちゃんの意思だろ? 女の子になったばかりと言っても、男としての16年の人生だって全く役に立ってないわけじゃない。優子ちゃんだって、分別付かない子供じゃないだろ?」

 

「うんそうだけど……」

 

「だったら自信持ちなよ。優子ちゃんには優子ちゃんにしかない強みがあるんだからさ」

 

「うん……ありがとう……」

 

 やっぱり、浩介くんは優しいなあと思う。

 

 電車は次々に駅へと向かい、観光客で賑わい始める。海水浴客が多いみたいだ。

 

「海水浴の人多いね」

 

「うん、何だか懐かしいなあ……」

 

 ついこの間の話のはずなのに、やっぱり多くのことがあると時間が短く感じる。

 

「うん、俺も。昔のことみたいに思えてくるなあ」

 

 4ヶ月足らずの短い時間なのに、段々と「男」が遠くなっていく。

 こうやって好きな男の子とデートしていけば、女として他の女性たちとも何も変わらずに生きていける。

 

 女の子として生きていく喜びは、きっとこれからもたくさんあるはずだ。

 そう思いながら、浩介くんと話す。

 

「ところで浩介くん」

 

「ん?」

 

「今日のデートの服はどうかな?」

 

 あたしのこの赤い服を浩介くんに見せる。

 

「え、ああその……か、かわいいな」

 

「ありがとう……ふふーん、前回とどっちがかわいい?」

 

 ちょっと意地悪する。

 

「え!? き、決められないよ……!」

 

「まあまあ、どっちも優子なんだから。遠慮する必要はないのよ」

 

「そ、そうだけど……」

 

 浩介くんが戸惑っている。

 

「ん?」

 

「優子ちゃん、この問題……純粋にとても難しいと思うんだ」

 

「ふーん、そうなんだー……どうして?」

 

 あたしが顔を傾ける。

 

「今日のは何というか、一昨日のにも増して幼さの残るかわいさというか……少女というか……そういうのはいいんだけど……」

 

「うん、それで?」

 

「でも何かこう、おっぱいが大きいのを活かしている服と言う意味では、一昨日が上だったと思う」

 

 浩介くんが面白いことを言う。

 

「ふーんそうなんだ……」

 

「つ、つまりその……一昨日はセクシーさもあったというか、今日は純粋にかわいらしさで勝負と言うか……」

 

「うん分かったありがとう。今後の参考にするね。浩介くんはかわいらしさと幼さが好き? それともセクシーさが好き?」

 

「ゆ、優子ちゃんはどっちも似合っていると思うよ! 逃げじゃないよ! 本当だよ!」

 

 浩介くんが必死に取り繕いながら言う。

 確かにあたしはどっちも似合うというのはその通りだし、比較するのはものすごい難しいから、無理に聞き出すことはない。

 その時の雰囲気や気分に合わせて、配分を決めればいいからだ。

 

「ねえ浩介くん……」

 

「ん?」

 

「手、繋ご!」

 

 そう言うとあたしは左手を浩介くんの右手に合わせ、更に腕を絡める。

 うん、ここまでは全く大丈夫。

 

 その時、電車が揺れる。

 

「わっ」

 

 あたしが少しだけバランスを崩し、胸を浩介くんの腕に当ててしまう。

 ……あれ? あんまり嫌悪感が出ない。

 

 よし、ちょっとだけ……

 

 もう一回微妙に揺れたのを利用し、浩介くんの腕に胸を当てる。

 ……や、やった! 嫌悪感が出ない!

 

「ゆ、優子ちゃんその……」

 

「どうしたの?」

 

「胸が当た……」

 

「ふふっ、あててんのよ」

 

 お決まりの台詞に浩介くんがビクッとする。

 

「そ、その……嬉しいんだけど、身体は――」

 

「うん、どうやら大丈夫みたい」

 

 近くの前の座席に座った女子高生二人組がこちらを睨む。校章を見ると女子校の女の子みたいだ。

 そう言えば、浩介くんが「優子ちゃんは女子の中だけで閉じこもることも出来た」って言ってたっけ?

 

 もしかしたら、女子の中で閉じこもっていたらああなっていたかもしれない。

 今は恋をして、より一層かわいい女の子を目指して頑張っているし、TS病は老けたりしないけど……でもあんな風に妬みやヒガミで感情が占められたら、きっとあたしでもブスになっちゃう気がする。

 

 それ以前に、女子だけの世界に自分から閉じこもっておきながら、男女のカップルに殺意の視線を向けていることに、あたしは「同情心なき哀れみ」を感じざるを得なかった。

 

 ともあれ、電車は目的の駅につき、改札口へ。

 前回の海と違い、今回は終点の2つ手前で乗り換える必要性がない。

 ICカードをタッチする時は、さすがに手を繋ぐのを離し、改札を出てから今度は水族館の方向へ。

 

 多くの客が海水浴場を目指す中で、水族館はちょっと穴場になっている。

 海水浴場には家族連れやカップルもたくさんいるが、何故か水族館は海水浴場の知名度に押されてちょっとマイナーだ。あたしは浩介くんともう一回手をつなぎ、腕を絡める。

 

 そしてもう一回胸を……

 

「っ……!!!」

 

 反射的に胸を引っ込める。

 

「どうしたんだ優子ちゃん? やっぱり身体が――」

 

「ううん、さっきは大丈夫だったのに……」

 

 うーん、どうしてだろう?

 

「そ、そうか、とりあえず水族館に行こう」

 

「う、うん……」

 

 ともあれ、腕を少しでも長く絡めていれば、原因が分かるかもしれない。

 

 水族館の入場口から入る。するとチケット売り場が目に入る。

 

「料金は高校生1600円かな?」

 

 高校生であることを証明するものが必要と書いてある。

 

「優子ちゃん生徒手帳は?」

 

「うんあるよ」

 

 「石山優子」と書かれたまだ真新しい生徒手帳を見せる。

 

「へえー、やっぱ新しいんだな……」

 

「うん」

 

 ともあれ、チケットをそれぞれ買って、受付で小谷学園の生徒手帳とともに見せる。

 

「はいどうぞ、お入りください」

 

 受付の人がチケット切り取り半券を渡してくる。浩介くんも同様だ。

 

「優子ちゃんは水族館って最後に行ったのいつのこと?」

 

 浩介くんが聞いてくる。

 

「うーん、覚えてないかなあ……小学生の時行った記憶はあるんだけど……」

 

「俺は全く記憶にないや」

 

「うーん、どっちにしてもこの水族館は初めて出し……どんな感じなんだろう?」

 

 エスカレーターを上り、また浩介くんと腕を絡めて手をつなぐ。周囲からは完全にカップルに見えるはず。

 エスカレーターを登って最初のラウンジ、ここでは「今が旬の魚」を展示している。調理された魚なんかの写真もある。

 よく分からないけど、こういう魚が漁場に出るのかな?

 そういえば、ここは近くに漁港もあったんだっけ? この辺一体巨大都市だし利便性は高そうだ。

 

「美味しそうな魚だねえ……」

 

「ここに展示されている魚も、食用になるとこうなるのかぁ……」

 

「でもよ、魚はうまいぜ」

 

 浩介くんが言う。でもちょっとこれは趣味が悪いかもしれない。

 まあ、確かに魚を展示したりするという意味ではこういう側面もあるという意味を込めてなのかもしれないけれども……うーん……

 ……まあいっか。

 

 浩介くんと一緒に調理された魚達の写真を見る。中には意外な魚も食べられていたり、あるいは高級食材になっていることも知ることが出来た。

 これはこれで、あたしとしても知識が深まった。

 これで料理のレパートリーを増やせるかもしれない。館内が撮影禁止なのがちょっと痛い。

 まあ博物館だし撮影されたら困るしそれはしょうがないか。

 

 あたしたちは最初の展示場を過ぎ、「身近な海」と言うコーナーに出た。

 幾つかの水槽の中で、まず目を引くのが「干潟コーナー」と称し、時折海岸に打ち上がる生き物の展示だ。

 潮干狩りなんかでの貝の展示もされている。さっきの調理コーナーにもあったアサリとかだ。

 

 ガラス越しに、この湾の浅瀬で泳ぐ魚達が展示されている。

 どれも比較的メジャーな名前の、身近な魚だ。

 

「やっぱ『身近な海』っていうから、あんまり珍しいのは居ねえな」

 

「でもさ、いきなりすごい魚なんか出したら後がよくないよ」

 

「うんそうなんだけど……」

 

 他にも、イワシやシラスなんていう漁業で取れる魚なんかも、水槽から見ることが出来る。

 

「お、こっちは海藻だ」

 

「へえ、昆布って海の中だとこうなっているんだー」

 

 普段海に潜らないあたしたちにとって、「身近な海」と言っても新しい発見だらけだ。

 

 魚の水槽だけではなく、食物連鎖を表現した「作り物」による解説図解なんて言うのもある。まあ、食べる食べられるを展示するわけに行かないもんなあ……

 

「にしてもよ、徐々に水深の深い魚を展示していくんだな」

 

「あ、そうだね。言われてみれば……!」

 

 つまり最初に「料理された魚」を展示したのも、魚の「地上での姿」という意味も含まれていたんだ。

 そこから干潟、海岸線近くの海藻、沿岸漁業で取れる魚、食物連鎖と言った感じで水深が深まっていく。

 

 あたしたちは次の部屋に行く。

 今度は「身近な海」から特にピックアップすると言う名目での「クラゲコーナー」だ。

 「クラゲの大量発生」はこの近くではよくあることらしく、時折海水浴客に被害を与えていく存在でもあり、また食用でもある。

 

「クラゲだけでさっきと同じくらいの広いコーナーだな」

 

「うん、この前の時は大丈夫だったけど、海水浴中は注意しないといけないよねえ……」

 

「だな、せっかくの楽しい海が台無しになりかねない」

 

 浩介くんが同意する。

 浅い海に打ち上げられるクラゲから、ドククラゲ、深海に住む無害なクラゲなどなど、クラゲの多様性は凄まじい。

 それらのクラゲが生きたまま展示されていて、実に飽きないものだ。

 

 後半、一つのクラゲの前で立ち尽くす男性がいた。

 他のクラゲは見ていないので、男性がどいてくれるのを待っている。

 

「うーん……」

 

「なかなかどいてくれないね」

 

「まあ、気長に待とうか……」

 

 そんな風に話していると、聞こえていたのか男性が振り返る。

 

「「あっ!」」

 

 あたしと浩介くんが同時に驚く。

 見知った顔の男性だった。

 

「おや、君たちはいつぞやの……」

 

「ほ、蓬莱伸吾教授!」


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