永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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蓬莱教授の野望

 そこに居たのは、以前林間学校の部屋割りの時、教頭先生と対決した時にお世話になった蓬莱教授だった。

 

「蓬莱教授、どうしてここに?」

 

「少し研究に行き詰まってな。息抜きに水族館に来てみたんだこのベニクラゲ……」

 

 蓬莱教授が水槽を眺めながら言う。

 

「これがどうしたんですか?」

 

「……まあ見てみてくれよ」

 

 蓬莱教授がどけてくれる。

 あたしと浩介くんでベニクラゲを見る。

 

「浩介くん、これ小さいね……」

 

「うん、よく目を凝らさないと見えない」

 

 僅かに、水槽に顔をくっつける勢いで見ないと見えない。体調は1センチあるかないかだ。

 

「脇にある虫眼鏡を使ってみてくれ」

 

 蓬莱教授のアドバイスを聞き、右にあった虫眼鏡を使ってみる。そうすると拡大してよく見える。

 中央に赤い玉があって下には線が伸びている。

 

「へえ、こうなってるんだ」

 

「でも蓬莱さん、これが一体?」

 

 浩介くんの関心をよそにあたしが疑問をぶつけてみる。

 

「ベニクラゲというのはな……一般には不老不死の生き物と言われているんだ」

 

「え!? つまりもしかして……」

 

「ああ、君の同類だと思うだろう?」

 

「うんだって……」

 

「……ベニクラゲはな。別に不老不死じゃない。確かに老衰で死にはしないが……『不老でも不死でもない』生き物なんだ」

 

「え!? 蓬莱教授、それっておかしいじゃないですか」

 

 確かに、老衰で死んだりしないのになぜ「不老でも不死でもない」のか。

 

「……ベニクラゲは老いてくると『若返る』習性があるんだ」

 

「「あっ!」」

 

 あたしと浩介くんは蓬莱教授が言わんとしていることを理解する。

 

「だから、君……確か石山優子さんだったか……」

 

「あたしの名前を覚えていたんですか?」

 

「ああ、こう見えて俺は記憶力に関しては自信がある。伊達にこの歳でノーベル賞学者をやってるわけじゃないからな」

 

 確かに他のノーベル賞学者って大抵おじいさんだもんね。

 

「とにかく、君の場合は若返るというわけではないのだ」

 

「つまりどういう?」

 

「あー、物凄く短いスパンで言えば同じかもしれないがベニクラゲと違って老けきってから一気に若返るわけじゃない」

 

「確かに、永原先生もずっと――」

 

「だろう。君たち『完全性転換症候群』、通称『TS病』と呼ばれる人々は『老衰せず、不老ではあるが不死ではない』という状態だ」

 

「う、うん……」

 

「ベニクラゲは不老不死の生命と言われているが正確には違う。おそらく不死は実現不可能だということを考えると、君や永原先生たちというのは生命として理想形とも言えるんだ」

 

「でもどうしてそれを?」

 

「俺はTS病も研究していてな。最初はこのベニクラゲの研究でヒントが掴めると思っていたんだ」

 

 うん? よく分からない。

 

「蓬莱さん、言っている意味がよく分からないのですが……」

 

「ふっ、今は知らなんでもいいよ。だがこれだけは言っておく、私の研究は必ず多くの人々に……少なくとも君たちには恩恵をもたらすものだ」

 

「蓬莱教授の専門って難病解決のための遺伝子研究ですよね? それって誰もが恩恵を受けられるものじゃないんですか?」

 

 少なくともというものではないはずだ。

 

「ふん。あれはただの、脇道の研究だ。ノーベル賞を取ったのも含めてな」

 

 蓬莱教授が信じがたい言葉を言う。あたしと浩介くんは固まってしまう。

 ノーベル賞は大天才と呼ばれる学者が同じ研究を数十年続けても取れないことが多い文字通り最高権威の賞だ。実際蓬莱教授の受賞した研究成果だってここ10年のノーベル生理学・医学賞で最も偉大なものとさえ言われている。

 ところが、この中年の大学教授は「あれはただの脇道の研究」と言ってのけた。

 

「おっと、驚いてしまったか。だが私と助手の瀬田さんで進めている研究はそんなもんじゃない」

 

 あたしは蓬莱教授が何を目指しているのかが何となく分かってしまった。でも自信がない。

 それに、もしそんなことが実現したら、ノーベル賞どころじゃない。全地球が大混乱に陥りかねない研究だ。

 

「ねえ浩介くん……」

 

「うん、深く追求しない方がいいと思う」

 

 浩介くんも、何か嫌な予感がしていたみたいだ。

 

「おや、そうかい。まあ今はそれでいいさ。しかるに、石山さん」

 

「は、はい何でしょう?」

 

「君も、俺の研究に参加してみないかね?」

 

「え!?」

 

 あたしは驚いて素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「ああいや、昔の人体実験とかじゃないぞ。ただちょっとだけ情報をもらうだけだ」

 

「おい、いくら蓬莱教授でもそんな怪しいことに優子ちゃんを――」

 

「あーそうだよな。うん、すまん。信用できねえってのは分かるよ……それにしてもやっぱり、そう言う関係だったんだな」

 

 蓬莱教授が浩介くんを見て言う。

 

「あ、ああ……」

 

 隠す理由はない。

 

「そうか。今は信用出来ないかもしれないが、もしこのまま関係が続くようなら、もう一度私のもとに訪れた方がいい。それも早ければ早いほど。な」

 

 蓬莱教授が何やら意味深な言葉をつぶやく。

 確かに、あたしの推測が正しいなら、蓬莱教授の言うことも最もだ。でも今は、やっぱり信用ができない。

 

「ふう……さ、俺はもう少しここにいるよ。こうして会ったのも何かの縁だから一緒に水族館を回るのもいいが……二人で回った方がいいだろう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 やはりこの辺の分別がつく辺りが、よく分からない。というよりも、より蓬莱教授を不気味にしている気がする。

 

「あでも、俺もう一つ蓬莱教授に聞きたいことがあるんだ」

 

 浩介くんが言う。

 

「ほう。答えられる範囲でなら答えよう」

 

「うちの小谷学園の……永原先生と一体……」

 

「ああ、永原先生か。いいだろう」

 

 永原先生の証言に拠れば年齢証明のためにお世話になったと言うけど。

 

「俺が永原先生と会ったのは25年前だ。その時俺は修士論文を書き上げていてな、博士課程で何をしようか考えていた。その頃から俺は再生医療の道に進もうと思っていた。TS病という人々の存在が気になっていてな」

 

「そんな時、たまたま俺の大学で『日本性転換症候群協会』の講演会があった。以前より気になっていた俺はそこに出席し、永原先生と出会ったんだ」

 

「……」

 

「彼女はそこで60歳と称していた。にわかに信じがたいと会場がざわついていた。だが、俺は、すぐにそれさえ嘘ではないかと考えた」

 

「講演会が終わり、永原先生を問いただした。本当はもっと年齢を重ねているのではないかとな。女性に歳を聞くのが失礼かどうかなんてのはその時の俺にはどうでもよかった」

 

「永原先生は『本当の年齢は言っても信じてもらえない』と繰り返すばかりだった……だから俺は、博士論文に『TS病患者の年齢証明』ということを研究テーマに選んだんだ」

 

「当時調べたのは永原先生ではなく2番目と3番目に年上の患者だった。それでも彼女たちは世界最高齢と信じられている122歳を大幅に上回っていたから特に問題はなかった」

 

「それで結果は?」

 

「ああ、もちろんいい返事だった。科学的には疑う余地もなく、彼女たちは不老体だったよ。俺はこの業績で、若くして博士号を取ることが出来た。そして永原先生が、俺の研究所を訪れて礼を言うとともに、『今度は私の年齢を証明して欲しい』と言ってきたんだ。ただし『世間に公表しない』ことを条件にな」

 

 なるほど、そう言う経緯でああなったのか。

 

「俺の研究成果は……博士課程の時をも遥かに上回る衝撃的なものだった。君たちも知っているだろう? 何せ1番年上の人は永原マキノ先生その人だった。しかも2番目に年上の患者の2倍を優に超える年齢が出てきたんだから」

 

「その後、永原先生は戦国時代から現代までの人生を語ってくれたよ。俺には、作り話には聞こえなかったね」

 

「そうだったんですか……」

 

「ああ、これが俺と永原先生の関係だ。その後、俺はTS病の研究をすることにした。永原先生には協力をよく要請しているが、あまりいい返事はもらえてないな」

 

「確かにあの時もそんな感じでしたね」

 

「……とは言え、俺と永原先生の関係は別に何も悪くない。永原先生は昔の人とあって義理堅い人だ。今でも勤務地が近いからふとしたことで会うことがあるからな……さ、これが俺の話せる全部だ。他に聞いておきたいことはあるかね?」

 

「いえ特には……」

 

「そうか、じゃあ俺はもう少しクラゲを見ていくから、ここで解散としようか」

 

「はい」

 

「分かった」

 

 あたしと浩介くんが蓬莱教授に挨拶し、次のエリアに行く。

 

「しかし、蓬莱教授もこんな所にいるとはなあ」

 

 浩介くんが言う。

 

「うん、でもあの時はお世話になったからねえ」

 

「だねえ。永原先生の年齢証明がなければ教頭先生の意見が通ってたかもしれないしな」

 

「うん」

 

 あたしたちは再び腕を絡め、「浅い海と河」のコーナーにやってきた。

 

「ふむ、ここは主にハゼのコーナーかな?」

 

「ハゼの分類って色々あるんだねえ……あ、でも他にも海や川の魚が沢山あるよ」

 

「お、大陸棚の魚じゃないか。これは理科の授業でもやったな!」

 

 このあたりはまだ太陽光がよく届く海の浅部だという。

 エビやカニ、他にもイワシとかシラスの展示もある。

 

 

 続いてやってきたのが「浅い深海」のコーナーだ。

 今までとは打って変わって、館内はやや薄暗い。あたしは心なしか、浩介くんに絡める腕をぎゅっと強くする。

 また胸が当たる。今度は反射的な反応はない。よかった。

 

 

「浅い深海って、何か矛盾してないか?」

 

 浩介くんが矛盾していると話す。

 

「うーん、深海と言っても水深に幅があるんでしょ。深い深海って言うと……例えばマリアナ海溝とか」

 

「なるほど……するとここは深海魚のコーナーなのかなあ?」

 

「そうみたいだね。へえー、水深200メートル以上で太陽光が届かなくなっちゃうのね」

 

 最初の展示にはこんなことが書いてある。

 

 曰く、「地球の海の平均水深は富士山の標高とほぼ同じである。海面の殆どが『深海』に属していて、また深海探査は水圧の問題もあり容易ではない」だそうだ。

 

 どうやらここでは、水深1000メートル以下の比較的「浅い深海」をテーマに、生態系を展示していると見て良いだろう。

 

 このくらいの生命の場合は、人間の目には見えなくても、僅かながら日光が届いているらしく、目が退化しているというわけではないようだ。

 

「身近な魚でも、結構深海に住んでいることもあるんだね」

 

「うん、そうみたい」

 

 とはいえ、徐々に知らない名前の魚が増えている。

 だんだん深く潜るにつれ、未知の魚も増える。それに連れて、実物の展示も減っていくのだろうか?

 

 それは次のコーナーで分かる。

 

 さっきよりも暗い館内。今度は「富士山より深い海」をテーマにしている。

 いよいよ「深い深海」ということで、深海魚の殆どは未展示だ。

 

「深海魚は展示できないのかなあ」

 

 浩介くんが残念そうだ。

 

「水圧の再現とか難しいんじゃないかな? あ、見てよこれ」

 

 そこに展示されていたのは沈没船の写真、確かこれって……

 

「お、林間学校の映画でやってたやつか」

 

「そうだねえ。映画の冒頭だっけ? そこにもあったよね」

 

 100年以上前に沈没した豪華客船をテーマにした映画。

 

「そういえば、あの映画の時、永原先生と話していたけど、何を話していたんだ?」

 

「ああ、うん。あたしたちは救命ボートに乗れたかっていう話」

 

「? そりゃあ乗れるだろ。優子ちゃん女の子なんだから」

 

「ふふっ、ありがとうね……実はそれだけじゃなくて――」

 

 あたしは浩介くんに話した。

 今は男性差別とされているが、当時はこれが女性差別だとされたこと。

 男と女の両方を経験し、その壁を埋めることなど到底不可能であることを、身をもって思い知ったこと。

 だから、昨今叫ばれている「男女は同じ」などという価値観には到底同意できないこと。

 TS病として長生きしている人の大半が、それに同意していること。

 

「なるほどねえ……」

 

「どう思う?」

 

「確かに、優子ちゃんの変わりっぷりを見れば説得力ある話だよ」

 

 ふと話していると、別のものが目に入る。

 

「ところで、こっちは深海潜水艇みたいだね」

 

 よく見ると「深海潜水艇」とある。

 

「お、本当だ。でも結構古いんだな」

 

「まあそりゃあ現役の深海調査に使うものはここには展示しないでしょ」

 

 身もふたもないことを言ってしまう。

 浩介くんと二人で中に入ってみる。

 

「これで日光の届かない深海に潜るのか」

 

 コックピットにはよく分からない機材が多く並んでいる。

 

「ライトを照らさないと危ないよねえ」

 

「でもよ、そこまでして深海に潜る理由って何があるんだろ?」

 

「あ、こんなことが書いてあるよ」

 

 そこには、「船が沈没したり、飛行機が海に墜落した際、事故調査と再発防止のためにも、深海の調査能力が必要になる。もし深海での調査能力がなければ、航空・船舶の事故の多くが調査不能になり、同じ事故が繰り返されたかもしれない。また深海の生態系を知ることで、強力な素材を作ることにもつながり、私達の生活にも役に立つのです」とある。

 

 そういえば、林間学校で見た航空事故の番組でも、「4000メートル級の大西洋の海底から機体の残骸を探す」というテーマがあったな。まあ、事故原因はお粗末だったけど。

 

「いずれにしても、深海探査も俺達の生活に欠かせないんだなあ」

 

「やっぱり研究に予算がつくのは何かしらの『意味』があるからなんだね。桂子ちゃんも宇宙開発について似たようなこと言ってたよ」

 

「へえ、何て?」

 

「宇宙開発の意義というのは、究極的には将来的に太陽系がダメになるから、別の恒星系に移住しなきゃいけないんだって。そのための研究なんだって」

 

「なるほどねえ……それは説得力がある」

 

 

 さて、退役した深海潜水艇の展示コーナーの隣には「深海の再現」と書いてある。

 どうやらこの深海潜水艇や、現役で稼働中の深海潜水艇の調査結果を元に、「水深4000メートルの海」についての再現で、「深海潜水艇の光を当てた」と言う想定になっている。

 

「ふむふむ、こうなっているんだなあ……」

 

 もちろん植物は育たないが、意外にも動物の多様性は多く、また海溝の底でも生き物がいるというのが驚きだ。

 

 最後にやってきたのが、「マリアナ海溝」にある地球の海の最深部である「チャレンジャー海淵」の展示だ。

 

 海溝に限らず、深海の大半が未踏であるといい、訪問だけでも困難を極めるそうだ。

 こうして、水族館の展示は一旦深海の最深部まで来たことになる。

 

「ふう、でも水族館はこれだけじゃないよね?」

 

 その証拠に展示はまだ続いている。

 浩介くんと部屋を出ると、館内は一気に明るくなり、休憩所になっていた。

 扉の向こうは海に面している。

 

「そうだな、ペンギンとかアザラシとかイルカとかそう言う展示もあるんじゃないかな?」

 

「だねえ。ここまではどちらかと言うと『博物館』って感じだったけど」

 

 知識欲のある人にはいいけど、水族館のエンターテインメントを楽しみたい人にはちょっと不親切だ。

 あたしにはお父さん譲りの知識欲があるからいいけど。

 

「とりあえず、あそこの海に面している部分を見てみようか」

 

「そうだね」

 

 あたしたちはドアを開け、海を一望できる場所に来た。

 下を見ると海水浴客たちが海で遊んでいた。

 

「あ、こここの前来たところだね」

 

「うん、そうみたい……わっわっ……!」

 

 少し強い風が吹いてスカートがなびく。まだ大丈夫だけどちょっとスカートを抑える。

 

「お、優子ちゃんその仕草かわいいな!」

 

「も、もう!」

 

「女の子らしいよねえ」

 

 ストレートに面と向かってかわいいと言われるとやっぱり顔が赤くなる。

 反射的に絡めていた腕も離してスカートに集中する。

 

「まあ高いところだし、海風も強いよなここ。中に戻るか?」

 

「う、うん……」

 

 中でも休めるみたいだし。

 

「お、レストランもあるのか」

 

「そうみたいだね。あ、イルカショーの時間もあるよ」

 

「うーん、でも1時間後か……」

 

 浩介くんが唸る。

 

「そうだ、ここで食事にしようよ」

 

「そうだな」

 

 というわけで、あたしと浩介くんは水族館の食事コーナーで食事をすることにした。


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