永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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蓬莱教授の予言と水族館ショー

 水族館の食事というと海産物かと思ったが、あるのは普通に「カレー」とか「うどん」「ラーメン」「そば」と言ったものだ。

 あ、でも鯨肉カレーなんて言うのもあるんだ。

 

「何にする?」

 

「うーん、鯨肉カレー何てどうだろう?」

 

 あたしが水族館らしいメニューということで、これを提案する。

 

「でもかなり高いよ」

 

「うーん、でもせっかく水族館に来たんだし……それに限定品だから早めに食べないと」

 

「そうだなあ……俺もちょっとバイト代持て余し気味だし。今日くらいいいか」

 

「まあ、ずっとこんなんじゃまずいけどね」

 

 あたしも忠告する。お金は本当にあっという間に無くなるものだし。

 浩介くんが「鯨肉カレー」のお代を出す。

 あたしの分と合わせる。

 

「すいません、鯨肉カレー2つ」

 

「分かりました。ちょうどですね。ありがとうございます。こちらの番号札でお待ち下さい」

 

 食堂の担当者に渡し、空いているテーブルを見つけて空のトレイを置き、暫し待つ。

 

 別の人の料理が作られ、番号札が呼ばれる。

 

「うーん、4つ先かあ」

 

「結構掛かるかな」

 

 しかし、来るのは意外と早い。「鯨肉カレー」を注文する人はそこまで多くなく、あたしたちの分ももうすぐになってきた。

 

「俺はここで取ってくるから優子ちゃんは待っててくれ」

 

「うん」

 

 番号で呼ばれたら、浩介くんが取りに行く。

 程なくして2つのカレーを持ってきた浩介くんが汲んできた水とともに戻ってくる。

 

「ありがとう浩介くん、気が利くね」

 

「えへへ。それほどでも……」

 

 ともあれ、備え付けのスプーンを取って「いただきます」し、鯨肉を一口食べる。

 

「うん、おいしいね」

 

「ああ」

 

 鯨肉なんかまずいなんて言う言動をネットでよく見ていたが、あたしや浩介くんの口は違うみたいだ。まあまずいという言動もすぐ反論されていたけど。

 会話もなく、黙々と食べる。同じ食べ物なので、あーんしても意味が無い……って何を考えてるのよ……!

 

 同じ分量だから浩介くんが食べるのが早い。

 

 浩介くんは「俺はまた海を眺めているから食べ終わったら来てくれ」と言ってくれる。そのまま座っていると急かすようになってしまうという考えからだろう。

 浩介くんが先に返却BOXへと足を運んでいく。

 

 あたしは残りをマイペースに食べ続ける。そう言えば、水族館に来てから一人になったのは初めてだ。

食べ終わって周囲をゆっくり見回す。

 家族連れ、カップルと言ったメンツだけではなく、単独行動している人も多い。この水族館、穴場であんまり人が居ないと言いつつも、やっぱり何だかんだで昼になると沢山の人で賑わうようだ。

 

 返却BOXへと向かう途中、ふと食堂のテーブルを見ると、一人の男性が食べ終わっている。蓬莱教授だ。

 

「あ、蓬莱さん……」

 

「おや、彼氏はどうしたんだね?」

 

「先に外に出て待っています」

 

「そうかい、引き止めて悪かったね」

 

「ああいえ、話しかけたのあたしなので……」

 

「うむ、しかし君……将来佐和山大学で、偉大なことを成し遂げるかもしれないな」

 

「え!? どういう――」

 

 蓬莱教授から意味深なことを言われる。偉大なこと?

 

「ああいや悪い。ただ何となくそんな気がしただけだ。だがこれだけは言っておく。大学は偏差値が全てではないということだ、俺に教えてほしいという目的で、佐和山大学を受けてくれる学生もいるんだ」

 

「……ノーベル賞を取ったのに、なぜ佐和山大学に?」

 

 普通なら全国トップの国立大学から引く手あまたのはず。

 

「ああ、頭の固い学会連中の嫌がらせだよ。何問題ない。奴らもいずれ、俺にひれ伏す時が来るさ」

 

 蓬莱教授が不穏な言葉を述べると共に、立ち上がって返却BOXへ

 

「そ、そうですか……」

 

「さ、彼氏が待っている。早く行くといい」

 

 二人で返却BOXを返し終わると、蓬莱教授が別の方向へ向かう。

 あたしはもう一度外に出る。今は海風もあまり吹いてない。

 

「浩介くん」

 

「あ、終わったか。じゃあ行こうか」

 

 ほんの数分なのに、何だかすごく寂しい気分。

 

「えへへ、ちょっと寂しかった」

 

 あたしは今まで以上に勢い良く腕を絡める。もちろん意図的に胸を当てているけど、気分は悪くならない。浩介くんもビクッとなるけど何も言ってこない。

 どうやら、少しずつ段階を踏んで、トラウマを解消していけばいいみたいだ。

 

「おまっ、数分だろ?」

 

「うーん確かに……なんでだろう……デート中だからかな?」

 

 自然と笑顔になる。楽しい時間だ。

 

「ふふっ、さあ続きを見ようか」

 

「おうっ!」

 

 次に来たのはペンギンのコーナー、子供の密度が一気に高くなる。

 

「やっぱ子供が多いなあ」

 

 結構騒いでる子もいるし。

 

「やっぱり深海とか海の中とかより、こういうのが人気なのかな?」

 

「うむ、このガラス……冷たっ!!」

 

 ガラスの向こうは空調が寒くなっているらしく、浩介くんが手を触れるとかなりヒンヤリとしたようだ。

 

「どれ……わおっ!」

 

 あたしも触れてみたが確かに冷たい。でも大げさだなあとも思った。

 

「浩介くん大げさだね」

 

「優子ちゃんの手が俺より冷えているんだよ」

 

「うーんそうだよね……女の子になって冷えたなあって感じること多いのよ」

 

 あたしが偽ざる本音を言う。

 

「ああ、やっぱり? 女の人って冷え性とか大変でしょ」

 

「うんうん、女の子になってはじめてお風呂入った時はびっくりしちゃったよ」

 

 今は真夏だから、手先が冷える感覚はさすがにしないけど、それでも他の体の部分が熱い時に手を付けると冷たく感じることはある。

 

 

「わーペンギンだアザラシだー」

 

 子供が騒いでいる。子供と言ってもかなり前列を占拠していてペンギンに負けないくらい子供が多い。

 

「へえ、昔アザラシが多摩川に迷い込んだんだねー」

 

 展示にそんなことが書いてある。

 

「他にも関東関西、日本の川に北のアザラシが迷い込むってあるんだな……」

 

「あれはたいてい行方不明になるんだね」

 

 あたしたちは生まれてはいるものの、全く物心がついていない時期の話だ。

 

「でも報道されてないだけで、最近現れたのもあったんだねえ」

 

 こちらのアザラシはちゃんと飼育されているもの。子供たちの声が大きい。

 でも心なしか、アザラシの数が少ないような……

 

「浩介くん、次に行こうか……」

 

「そうだな、イルカショーもあるしな」

 

 次にやってきたのがイルカとシャチのコーナー。

 

 左の水槽にイルカたちが、右の水槽にはシャチが展示されている。

 

 こちらもやはり子供に人気、だけどあたしたちが目を引いたのは動物そのものよりも次の一文だ。

 

 

 クジラとイルカの境界は明確ではなく、同じような生き物を身体の大きさで分けている。

 

 

「へえ、クジラとイルカって曖昧だったんだねえ」

 

「そうなんだねえ。鯨類っていうのか」

 

 また、展示コーナーには捕鯨文化も記されていて、そこでは欧米諸国を欺瞞だと批判していた。

 特に暴力行為を繰り返すとされている団体に関しては、危険物を投げ込む暴力行為の写真とともにかなり強烈な言葉で批判が書かれてある。

 

「これって大丈夫なのかなあ?」

 

「うーん、鯨肉カレー何て提供する場所だしあんまり気にしないほうがいいんじゃないかな」

 

「確かに水族館の自由ではあるけど……」

 

「そう言えば、一時期インターネットでこの水族館を応援する書き込みが拡散されてたっけ? もしかしてこれが犯人なのかな?」

 

「あー! あったなそれ! 結局展示継続になってインターネットでは万雷の拍手だったな!」

 

 実際この騒動以降、この水族館は訪問客を増やしているらしい。更に「好評」を理由に展示を強化したらしく、まさに「騒いだことで逆効果になった」といえるだろう。

 ちなみに、海水浴場もそれに引きずられて好調だとかネットニュースでやっていたな。なるほど、前半の部分はあまり人は居ないけど、ここは結構人がいるのか。

 

 

 一方でシャチのコーナー。シャチはとても強い生き物らしく、サメやクジラでさえシャチは天敵だと書いてある。

 

 

「結構親しいと思ったらじゃれたりもするらしいけど、それでも危険らしいね」

 

「イルカと違ってシャチのショーは珍しいってさー」

 

「結構海外では事故も多いらしいし、シャチのイメージが変わりそう……」

 

 

 女性二人組がそんな話をしている。

 結構この水族館、夢の国というよりは現実の国だ。

 

「さて、そろそろショーが始まるから席を取ろうか」

 

 順路によると、次がショーの開催所らしい。

 

 あたしは浩介くんと腕を絡めながら次の部屋に進む。

 来てみると席はまだまばらだった。一部でガヤガヤと話し声が聞こえるくらいだ。

 

「浩介くん、あそこにスケジュールがあるよ」

 

 ショーはそこまで長いものではなく、アザラシとイルカのショーだ。

 時間が近付くにつれ、他の客も増えていく。あたしたちはカップルで手を繋いでいるのか、避けられていて隣りに座る人はいない。

 

 

「ここ開いてるかな?」

 

「ああはい……って蓬莱教授じゃないですか!」

 

 隣りに座ったのは蓬莱教授だった。

 

「ああ、すまない。デートを邪魔するつもりはないんだが、他の席が空いてなくてね。すまないね、デートの雰囲気を壊してしまって」

 

「ああいや、そうじゃないんですけど」

 

 あたしがフォローする。

 実際、蓬莱教授に最初に声をかけたのはあたしたちだし、昼食の時だってそうだ。見て見ぬふりをしようと思えば出来たものだ。

 

「ええ、元はと言えば声をかけたのは俺達からですから」

 

「ふぅ……そう言ってもらえると嬉しいよ。世の中には自分から声をかけておきながら勝手にキレる愚か者のなんと多いことか」

 

「あはは……」

 

 実際信じられないがいるんだよなあ……

 

「まあともあれ、今はイルカのショーを楽しもうじゃないか」

 

「ええ」

 

「そうだ、な」

 

 あたしと浩介くんが話し、それ以降会話は続かない。

 浩介くんに強く腕を絡める。胸が当たる。

 

「あ、あの優子ちゃん!」

 

「な、何?」

 

「ちょっと当てすぎてない? ショーを見ようよ」

 

 浩介くんが照れ隠しにショーに集中したいと言ってくる。

 

「あ、うん……あたしに腕絡まれるの嫌?」

 

「ああいや、もちろんそうじゃないけど……」

 

 浩介くんがあたふたする。それを聞いてあたしは腕を緩め、離す。

 

「うん、分かってるよ。あたしも子供じゃないから」

 

「ああ、うん……ありがとう」

 

 ちゃんと引く時に引けないと、関係は悪化してしまう。

 心が女の子になって、男の子の気持ちを分かりたいという感情が強くなった。

 おそらく他の女の子も、好きな男の子が出来たらそうなんじゃないかと思う。だから、「知識」を持つあたしにとって、そこはアドバンテージ。

 

 かつて龍香ちゃんに彼氏のデートの服装でアドバイスした時も、そうした「知識」は役に立った。

 

 知識を忘れれば、もっと女の子らしくなるかもしれないが、それはあまりいいこととも思えない。

 桂子ちゃんが言うように「男に好かれなくなったらダメ」だということだ。

 

 大丈夫、永原先生だって「男の知識」を忘れてないんだし、少なくとも後400年は大丈夫だ。

 400年後かあ……まあ今はそんなこと考えてもしょうがないよね。

 

 そうこうしているうちに水槽の向こう側の台に立った司会者がマイクを持つ。

 

「皆さん、大変長らくおまたせいたしました。只今より2017年8月17日のイルカ・アザラシショーを始めます!」

 

  イエーイ!!!

 

 周囲から拍手喝采が起きる。

 ともあれ最初に出てきたのがアザラシだ。

 

「さあ、アザラシのバランス感覚をご覧ください!」

 

 飼育員さんがボールを渡すとアザラシがバランス感覚を持ってボールを維持する。

 

「おおお!!!」

 

 観衆の歓声が上がる。確かにあれは人間でも難しい。

 そして餌が水槽の中に投げ込まれアザラシがそれを追う。

 

 更に今度はラッコの登場だ。

 

「あれ? ラッコなんていたっけ?」

 

 あたしが疑問を呈する。

 

「この先に展示されているんじゃないか?」

 

「そうだ、この先にラッコはいるぞ」

 

 浩介くんが推測してくれるが、蓬莱教授がネタバレをする。

 

「そう、ありがとう」

 

 あらかじめお礼をいうことで悪い空気にならないようにする。

 

 そんな会話があるとは露知らずにショーは続いていく。

 ラッコと言えば例の貝殻を打ち付けるのが有名だが、このショーでもやっぱりそれを見せてくれるらしく、飼育員さんが貝殻と石を起き、ラッコにそっちに向くように促す。

 

 するとどうだろう、お腹が空いていたのかラッコは海に潜って例の貝殻を石で割る仕草をし始める。

 

 歓声と拍手が沸き起こる。あたしも浩介くんも拍手しているが、隣の蓬莱教授は黙って静かに見ているだけだった。

 

 さて、ショーごとには結構準備に時間がかかるため、その合間に司会の人も場のトークで和ませなきゃいけない。

 海の生態系とかそう言う話をしているが、子供はつまらなさそうに見ている。

 

 続いてやってきたのが本日の真打ちのイルカ。

 まず奥の水門が開き、2頭のイルカが入ってくる。

 イルカたちはまず飼育員さんのもとに乗り上げてくる。

 飼育員さんが合図を送ると、イルカが再び水の中に入り、輪の中をくぐる。

 

「わああああああーーーーー!!!!!」

 

 歓声と拍手が一際大きく沸き起こり、飼育員さんはイルカに餌を与える。

 なるほど、こうすれば餌がもらえると習性で分からせるわけだな。

 

 

「みなさんありがとうございましたー! 引き続き当水族館の展示をお楽しみください!」

 

 そう言うとみんなバラけていく。

 

「さ、今度こそ本当にお別れだ。私はここからまっすぐ家に帰る。この後にも幾つか展示があるからそれを見ていれば、もう偶然会うこともないだろう。さらばだ」

 

「うん」

 

「蓬莱教授、また機会があれば会いましょう」

 

「うむ、そうしたいな」

 

 蓬莱教授が去っていく。多くの観客が席を離れる。

 混雑を避けるため、あたしたちはもう少し時間を潰す。

 

「さっきのショーどうだった?」

 

「うん、水族館にありがちだったけど、やっぱり王道はいいよな」

 

「うんうん」

 

 そんな話をしながら、あたしたちは次の部屋へ。

 

 次の部屋はラッコのコーナー、また向かいにはなぜか植物プランクトン・動物プランクトンのコーナーもある。

 「海の微生物が生態系を維持する」などと仰々しく書かれているが、実際その通りだ。

 クジラでさえ、プランクトンを食べる種もいるそうだし。そういえばさっき見ていたベニクラゲも小さかったよなあ。

 

 この展示を見ると、生命の歴史は人間の目には見えない微生物の時代が大半だとも言うし、本当に神秘だ。

 

 隣はラッコが展示されている。さっきのショーとは別の個体もいる。みんなお昼寝中だ。

 

 

 次のコーナーはマグロのコーナーだ。

 一面広い水槽に、マグロの集団が猛スピードで泳いでいる。

 

「うわーすごい」

 

「でもマグロだけかあ……」

 

「他の魚を入れるとよくないのかなあ……」

 

「あ、でもマグロが何か食べてるよ」

 

 どうやら上から餌を投げる仕組みらしい。

 あたしたちはここで7分ほど滞在した。

 

 

「この次が出口かな?」

 

「うん、そうみたいだね」

 

 当日に限り再入場可能ということで、スタンプを押して貰う。

 時間を見ると正味合わせて3時間ほど滞在したことになる。

 

「これからどうしようか?」

 

「うーん、水着は持ってきてないんだよねえ……」

 

「まあ、この前行ったばかりだしなあ……」

 

 この水族館の入場券を持っていると、入場料が半額になるみたいだけど。

 

「まあ水着無しで傍観してても仕方ないしなあ」

 

「うんうん」

 

「じゃあ……ちょっと早いけど帰るか」

 

「うん、そうだね」

 

 今日は8月17日、夏休みは8月31日まで残りは14日、ちょうど2週間だ。

 

「デートは週に一回にしようか」

 

「そうだね。あんまり行き過ぎても困るし」

 

「新学期からは毎日のように会えるわけだし」

 

「そ、そうだな……」

 

 あたしたちは、駅に戻る。そして再び電車に乗り込む。

 腕を絡めて胸を当てる。うん、もう完全に平気。

 浩介くんは相変わらずあたふたしているけど、あたしの中では、今回の水族館デートは2つのことを得られた。

 

 一つは海の知識、そしてもう一つは、また一歩、女の子に近付けたこと。

 名残惜しく浩介くんと分かれ、家に戻る。

 

 楽しい時間もいつか終わる。でもあたしに、終わりはあるのだろうか?

 蓬莱教授の言葉が引っかかる。

 

「いつか俺を頼ることになるだろう。君はいつか偉大なことをするのではないか?」

 

 あれは一体どういうことなのか、あの時は何となく感付いていた気もしたのに、今ではどういう意味なのか、思い出すこともできなかった。


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