少なくとも、彼女以上の女性を私は知らなかった。
彼は、最良の友であった。
少なくとも、私にとってはそうだった。
彼女に振られた。
彼女と付き合っていけるようにあらゆる努力をした。
勉強もした。卒業するまでずっと首席だった。
運動もした。在籍していた部は全国ベスト8に入った。
身形も整えた。少なくとも蔑まれる事はなかった。
就職もした。安定した公務員に就くことができた。
そして、私は、彼女に、一世一代のプロポーズをした。
ここまで努力したのだから、断られる可能性は低いだろう。断られるにしても私に原因があるのだろうと思っていた。
彼女は、こう言った。
「私では、貴方に釣り合わない。貴方は高すぎる」
そう、言ったのだ。
何度も聞き間違いではないかと疑った。
聞き間違いではなかった。
彼女は、私の努力を拒絶した。
彼女は、私よりも高みに居たというのに。
私は、彼女の為の努力で彼女に振られたのだ。
私は、どうすれば良かったのか。
この理不尽に対し、私は酒を飲んで忘れるしか術を知らなかった。
私には、友がいた。
共に切磋琢磨し、高めあった友だった。
少なくとも私はそう思っていた。
彼女に振られたとき、私は相当落ち込んでいた。
そんな私を見かねて、彼は飲みに行こうと誘ってくれた。
飲めば忘れるだろうと。
辛い記憶は酒で流そうと。
私は感動した。彼は本当に私を心配してくれているのだと。
彼女への想いが届かなくとも、彼との友情は永遠だと。
一杯目に口をつけ、軽く酔いも回ったところで私は彼女に振られた事を話した。
彼は、笑ってこう言った。
「まあ、お前に釣り合う女ではなかったんだよ。誰が見てもお前と彼女は釣り合っていなかった。仕方ないさ。お前は高すぎたんだよ」
私は、信じられなかった。
彼はそんな目をする男ではなかったはずだった。
彼は、そんな、邪悪な目をする男ではなかった。
彼は、私を憐れみ、蔑んでいた。
彼は、私が彼女に振られて喜んでいた。
私は、彼が信じられなくなった。
私には友がいた。
今は、友ではない。
私は、この二つの出来事により、深く傷ついた。
体ではなく、心が。
私は、この傷を癒やさねばならないと考えた。
何か、他のことをしていなければ死んでしまいそうだったのだ。
私は、長期休暇を取り、傷心旅行に出た。
そこで私は、得難い出会いと別れを経験することとなった。
最もそれは、序章に過ぎなかったが。
私は、イタリアに行くことにした。
北は寒いだろうし南に行くことにした。
そして、最終的にシチリア島に行くことに決めた。
特に何も理由はなかった。
シチリア島は楽しかった。
美味しいご飯。これを機に料理を始めようかと思うほど美味しかった。
美しい海。入って遊ぶのが躊躇われるほど透き通っており、美しかった。
荘厳な歴史的建造物。思い出に残そうと躍起になってシャッターを切った。
明るい人々。私が立ち直れたのは、彼らがいたからだ。
そして、『彼』。
『彼』はそう悪い男ではなかった。
寡黙ではあったが、誠実さを持ってもいた。しかし、どこか炎のような熱も感じた。
『彼』は不思議な男だった。
まるで太古の昔から島にいた様に私と話した。しかしその語りには躍動感があり、嘘には思えなかった。
ただ酒場で話が合っただけではあるが、『彼』と私はまるで昔からの友の様に意気投合していた。
『彼』は、これが酒の力だと言った。
私は、『彼』になら話してもいいかと思った。
私は、話を聞いてくれるか、と聞いた。
『彼』は、構わない、と言った。
『彼』は、何も言わずに聞いてくれた。
なんとなく心が軽くなったので、ありがとう、と伝えた。
『彼』は、構わない、しかし、お前だけが語るのもなんだろう。私の話も聞いてくれるか、と言った。
私は、もちろん構わない、と言った。
『彼』は、私に、『彼』の隠していた秘密を打ち明けた。
なんでも、『彼』は人ではないらしかった。
ただ、それだけであった。
どうだ、軽蔑したか、と『彼』は言った。
別に、と私は言った。
『彼』は、では恐ろしいのか、と聞いた。
私は、アホか、と言った。
『彼』は目を見開いて、怖くないのか、と聞いた。
私は、別に、君は君だろう、と言った。
突然、『彼』の纏う空気が変わった。まるで、燃え盛る炎の様であった。
『彼』は、これでもか、と言った。
私は、ああ、何も違わないさ、と言った。
『彼』は、そうか、と言って酒を口にした。
「ありがとう、こんな俺を受け入れてくれて。このままいけば、俺は消え去る存在だった。だが、お前に出会えた。お前になら、コイツを託してもいいと思えた。だから、ありがとう。お前に、コイツを託す。受け取ってくれるか」
私は、構わない、友の頼みだ、と答えた。
『彼』は、笑っていた。
次の日から、『彼』に会うことはなかった。
『彼』の託した短剣には、Hephaestos、と銘が打ってあった。
彼は、彼女と結婚したそうだ。
私は、彼が彼女を好きなことを知らなかった。
彼は、私を友とは思っていなかったらしい。