出会い、別れと残ったもの   作:PPlaper

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「結局……彼は、一体?」

万里谷祐里は、目の前に座る沙耶宮馨に向けて、至極当然の質問を投げかける。
何故なら、神そのものと見紛う神器(うち一つは本当に神そのものだったが)を持つ男が、それだけで不可解なものであるからだ。
何故正史編纂委員会が没収していないのか。
何故私に霊視の依頼が回ってきたのか。
何故。何故……。
ーーなんて。
そんなごちゃごちゃとした悩みを押し込めた媛巫女の言葉を、沙耶宮の麒麟児は事も無さげに突っぱねる。

「貴女には関係の無い事です」

「そう、ですか……」

疑問を押し込めた質問を心の奥底にしまい込んで、祐里は少し俯く。

そんな祐里を見かねたのか、馨は珍しく親切心から口を開く。

「そんなに悪い事にはならないと思いますよ。ええ」

「えっ?」

「確かにまつろわぬ神は降臨してしまった。いや、すでに降臨していたのかな?まあいいや。ともかく私は、被害は最小限にとどめられると、確信しています」

「……どうしてですか?」

「私の、自慢の懐刀が付いてますからね」

麗人はふっ、と得意げな笑みを浮かべると、ニヤリと笑った。

「そう、ですか……いえ、そうですね。きっと、そうなるでしょう」

巫女は険しかった表情に柔和な笑みを浮かべて、微笑んだ。

きっと、彼らがこの事件を解決に導くと信じて。
そして信じれば、そうすればどんなことでもきっと叶うと、信じて。







なおその頃男衆は飲みまくっていた。


賢明

かの神は、ヘパイストス。

 

ギリシアのオリンポス十二神に名を連ねる、偉大なる鍛治、発明、炎の神である。

 

古くは雷と火山の神であったようだが、ギリシア神話に集合される際に鍛冶の神とされた。

最高神ゼウスとその妻ヘラの子という来歴を持ちながら、両足がきかないという奇形児であったため天界から追放されてしまう(一説には醜かったためとも言われる。また両足は天から落とされた時に障害を負ったとも)。

しかし海の神テティスに助けられることで一命を取り留め、その後鍛冶の神としてオリュンポス十二神に加えられるほどの力を身につける神だ。気性は頑固であったとかなんとか。

 

彼の作った武具は神話にいくつも登場する。

ゼウスからアテナに受け継がれた無敵の盾アイギス。

ゼウスの代名詞である雷霆(ケラウノス)

アポロンとアルテミスの扱う矢。

神速の英雄アキレウスの『盾』を含む武具一式。

ゼウスが愛人エウロペに与えた青銅の巨人ターロス。

ペルセウスが怪物ゴルゴン退治に用いた魔鎌ハルペー。

『始まりの女』パンドラの肉体を造ったのも彼だ。

ギリシア神話では、彼の作った武具は一種のステータスだったようである。

 

ギリシア神話には珍しく、目立った……というか目立つ要因となるロクでもない逸話がそんなにない神だ。

ロクでもない話はエリクトニオスの生誕についてくらいで、後はアフロディーテへの復讐くらいしか特に目立つ逸話はない。

それでもオリュンポス十二神の末席に名を連ねるのは、そのような逸話がなくとも信仰されたという証だろう。

 

しかし、神話ではそのように語られる神でさえ、まつろわぬ神となれば全てが変わる。

在り方が反転したりするのではなく、ただ歪むのだ。

『人を殺すことこそ人を救うことである』とかなんとかちょっとおかしいことを突然宣いかねない。

例えどんな神性であろうとも、だ。

故に、まつろわぬ神とは、往々にして己以外を気にもかけず暴虐の限りを尽くす、天災とか台風見たいな連中であるのだ。

 

だが、この(ヘパイストス)は違う。

 

一般的な常識ーーやや外国的ではあるがーーを持ち、神特有の威を無差別に放つこともなく、フレンドリーで。

理不尽でもなく、情緒不安定とかでも無く、全く話が通じないとかも無い。

何も説明しなければ、気のいい外国のおっさんで通じるだろう。

そういった態度を取った後に突き落として愉悦する……とかでもなさそうである。

 

 

 

異常だ。

 

まつろわぬ神としてこれはありえない。

 

まつろわぬ神とは人々の祈りや請願に背を向けた神が(堕ち)る物。

 

断じてこんな……こんな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はみんなで一緒に遊ぼうねー!(野太い声)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

断じて、こんな着ぐるみ被って子供を喜ばせるようなまつろわぬ神とか……聞いたことないんですけど……。

 

 

甘粕は、いつもの薄ら笑いを引きつらせながら、こうなった顛末に思いを馳せる。

 

それは、昨夜の神による講話が終わった後、二人してフラフラしながら甘粕の家に帰りつき朝になって二日酔いに唸りながら起きた時のことだった……。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「え?バイトですか?」

 

衝撃の日から夜が過ぎ、朝になって着信に震える携帯を反射的に取ると、そこからは先輩からの頼みごとが聞こえてきた。

 

『ああ、急遽頼める人を知らないだろうか』

 

なんでも、都民広場での着ぐるみショーのアクターが足りないそうだ。丁度先日大きめの事故の怪我で休んでしまった人達の分の空きができてしまったのだとか。

しかもそのイベントの着ぐるみは人気の物を沢山集めたせいで一人二人ならともかく十人単位だと抜かそうにも抜かせず、片っ端から知り合いに電話をしているらしい。

別にそんな都合のいい人物も思いつかず、返事が少し申し訳なさそうなる。

 

「あー、あんまり心当たりはないですねぇ」

 

流石に正史編纂委員会を動かすほどではあるまい。

というかこんな事で動かしたら職権濫用もいいところである。

 

『そうか……』

 

「力になれなくて申し訳ないです」

 

電話が終わったらへパ◯ーゼ買いに行かなきゃ……なんて、胃の痛みに気が逸れつつ応対する甘粕。

 

彼の言葉に生返事を返していると、ガシッ、と手元の携帯が強奪された。

 

「……ん?え?あれ!?」

 

困惑する甘粕を尻目に、電話を交代する男神。

 

「よオ、おはよう!ところでそのバイト俺が行ってもいいか?」

 

『ん?ああ、構わないが…冬馬君はどうしたんだ?』

 

「あー、アイツは寝ぼけてるから俺が変わったんだ」

 

『そ、そうか…』

 

「で、だ。バイトはいつくらいに何処に行けばいいんだ?」

 

『ああ。9時くらいに都民広場に来てくれれば……』

 

「良し!じゃあ行くからな!」

 

『あー…来てくれるなら、遅れないように頼む』

 

「了解!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

……なんて事があったのだ。

 

「…………ハァ……」

 

思わず溜息も出るというものだ。

一見温和ではあるが男神ヘパイストスはまつろわぬ神であるので、突然『うっとおしいわぁっ!』とか言ってうじゃうじゃ集っている子供達に何かするのではないかと気が気ではない。

大丈夫だろうか……心配だ。

いや、もしそんなことが起こったら私達にはどうしようもないが。

 

沢山配置されたヘパイストスを監視する人員達と逐一連絡を取りつつ、まつろわぬ神ヘパイストスの動向に気を揉んでいると、昼休憩でこちらの様子を見に来た先輩が、コンビニの袋を傍に置き私が座っていたベンチの隣に座った。

 

「……やあ、冬馬君。今日はありがとう」

 

「えっ!?いやいや、こちらこそすいません。あの方がワガママを言ったもので……」

 

「いや、今回はこちらの都合で振り回してすまなかった。お詫びに今日はご飯を奢ろう。日給が出るのは彼だけだからね」

 

「いや、そんな……」

 

「こういう時は奢るのは年長の義務のようなものだ。黙って奢られておきなさい」

 

「でも……いえ、ありがとうございます」

 

「君も好きなあそこのラーメンでいいかい?」

 

「はい、ゴチになります」

 

彼は懐かしむように目を細める。

 

「前にもこんな事があったな。あの時とは大分違うが」

 

彼の言葉に、甘粕は苦笑を返す。

 

「そうですね。あの時のラーメンは美味しかったなぁ……」

 

昔の思い出を思い返していた甘粕は、ふと、気になった事を聞いてみた。

 

「先輩」

 

「なんだ?」

 

「姉さんとは……本当に別れたんですか?」

 

甘粕の言葉に、彼は何かを堪えるように下唇を噛み、そして口を開く。

 

「………………ああ。そう…だ」

 

「そう、ですか……」

 

彼の苦々しい表情を見て、甘粕は嘘や冗談ではなく本当に別れてしまったのか、という驚愕を感じた。

 

彼は、本当に良い人だ。

もちろん人格もそうだが、それを除いても優良物件と言っていいだろう。

優しく、誠実で真面目。頑固で一直線な所もあるが、その頑固さも甘粕の姉に向いていたから彼女の害になるようなことはなかった筈だ。

甘粕がもし姉のように一般人として生きるなら、そう簡単に逃がしはしないだろう男である。

それ故に、手酷く振ったことが理解できなかった。

 

これは、考え方の違いだ。

かつての居場所への執着があり、それを諦め切ることができない普通の感性の姉と、その居場所を倦厭していて、常々やめたいなぁとボヤいている甘粕冬馬の。

 

彼女はかつてからの憧れを追い続けることを目的として行動し、甘粕冬馬は今の自分が楽しくなることを目標として生きようとする。

そもそもの目標が違うのだ。

 

だから、姉がもう魔の道を諦めたと思っている甘粕冬馬には、甘粕春香の気持ちはわからないのだ。

 

悲しい、すれ違いであった。

 

 

 

「……まあ、その話はいいだろう」

 

彼はそう言って話題をそらすと、今日はこれからどうするのかという話題を甘粕に振った。

 

 

「私はチャーシュー麺にするつもりだが、君はどうする?」

 

すくっと立った彼は手に持った未開封のアクエリアスのボトルを手渡して、緩やかに口角を上げた。

 

「そうですね、じゃあ私も同じもので」

 

ありがたくアクエリアスを受け取り、甘粕はそれを一息に半分程まで飲み干し、一息ついて立ち上がる。

 

「さて、お互い午後もがんばろう」

 

肩を軽く叩いて、彼が去っていく。

その後ろ姿を見送りながら、甘粕もゆっくりと歩みを進める。

 

「そうですね。私も頑張りますか……!」

 

甘粕はそう独りごちると、懐から取り出した小型の通信機に二、三言呟いて、そしてもう一度懐に仕舞う。

 

前を見据える甘粕の顔は、なんだかやる気に満ちているようであった。

 

 

 




都内某所、個人経営のラーメン屋。
カウンター席にて。

「チャーシュー麺2つでー!ヘパさんは何にします?」
「そーだなー……じゃあ同じのをもう1つー!」
「あいよー」
「ここのラーメン、特にチャーシュー麺は絶品だからな。きっと貴方も気にいるだろう」
「ほほーう?そいつは楽しみだな」
「あまりの旨さに伝説すら生まれるほどですからね!ねぇ!親父さん」
「そうだなぁ。結構根も葉もないのが多いけどなー」
「へえ、例えば?」
「この店は実は旨味成分を研究するための実験施設でその実験の為にグルタミンが増やされてるから旨いとか!」
「ラーメンの神、則ちラーメン神に気に入られてるから何をどうしても旨くなるとか」
「ああ、そういやここのラーメン食べ始めてから急激に健康体になる人が多いからうちのラーメンは実は旨味成分を配合した完全食品なんじゃないかってのもあったなー。栄養バランスよくしてるだけなんだけど」
「……流石に誇大広告すぎないか?ちょっと胡散臭くて信じられんぜ」
「そんなことないですって!ね!先輩!」
「そうだな。先ずは一度食ってみるべきだろう」
「お前らがそこまで言うなら……食ってみるかな」
ーーーーーーーーーーーー
「うーーーまーーーいーーーぞーーー!!!!」
「あははは、ですよねー!」
【チャーシュー麺 野菜入り 800円】
「こってりとした印象のスープが麺に絡みつき味を際立たせていて、しかし野菜のおかげで後味はサッパリとしており幾らでも食べられる!うまい!」
「スープがこってりしているとは言ったがしかし、それはスープがどろっとしていると言うわけではなく寧ろスープは透明感があり清潔な印象を受ける……しかしそこからの破壊力抜群のこってりとしたコクのある味の奔流!!これに堕ちない男はおるまい!うまい!」
「麺も素晴らしい!敢えて固い麺を使うことで伸びるのを防ぐと同時に味が染みすぎることをも防いでいる!うまい!」
「添えられたチャーシューは敢えて脂身の少ない部位を使い、味付けを薄めにすることでこってりとした味の中に一種の清涼感を与えている!箸が止まらないぞ!うまい!」
「こってり→サッパリ→こってりの無限機関!胃袋の容量が尽きるまでこの快楽を続けられると思うと……ゾクゾクするなぁ!!」

「……大絶賛ですね。あっ替え玉ひとつー!」
「そうだな。やはり旨いものに貴賎はないと言うことだろう。こちらにも替え玉をひとつお願いします」
「あいよー」
「神でも人でも、旨いものは旨いんですねえ」
「はははは、違いない」
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