彼は、私が悪いのだ、と考えた。
だが、本当にそうだろうか。
彼女にも、原因はなかっただろうか。
これは、未練を引きずった女の話。
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彼は、別れ際、邪悪な目をしていた。
しかし、本当にそうだろうか。
彼の友は、そんなつまらない男だったのだろうか。
これは、不器用な男の話。
私は、選ばれている。
そう思い始めたのは、いつだったか。
幼少の頃、祖母に媛巫女のことや、カンピオーネのこと、呪術のことを教えてもらってから、だったか。
最も、その思い上がりは、直ぐに砕け散ることになったが。
私が五歳の時、母は、私にこう言った。
「貴女には、呪術の適性がない。降霊、予見、霊視、その類は一切出来ないでしょう。呪力も体に僅かにしか貯められないから、他の媛巫女の負担の肩代わりすら出来ない。死ぬほど踏ん張ってもライターほどの火を灯せるかどうか、といったところでしょう。だから、貴女は一般の人々の中で生きなさい。それが、お互いにとって、一番良い」
私は、大きなショックを受けた。
そして、その時思い知ったのだ。
私は特別でもなんでも無く、ただのひとりのちっぽけな人に過ぎない、と。
私は、選ばれていなかった。
それからは、呪術に関することを忘れようとするかのように、勉強に打ち込んだ。
しかし、諦めきれず、各方面の神話に手を出した。
そんな私の様子を見て、弟は、私の真似をした。
私の真似をして、呪術に興味を持ち、その才を開花させた。
私の真似をして、各方面の神話に手を出し、いつしか私の知識量を超えた。
私は、弟に、勝てない、と思った。
しかし、弟は、無邪気に笑って、私を、姉ちゃん、と呼んだ。
私は、弟の姉でいることに、耐え切れなかった。
私は、弟を突き飛ばし、家から追い出された。
その時の弟の顔が、今でも忘れられない。
住み慣れた場所から離れて数ヶ月。
未だに未練を断ち切れない私に、彼氏ができた。
高校一年の、春だった。
彼は、真面目な人だった。
彼は、どこからか私が入試で一位だったことを聞いて来ると、私に追いつけるように、一生懸命に努力するようになった。
私は、その様子を、微笑ましく見ていた。
私だって相当頑張ったし、たった一カ月で追い抜かれるとは思いもしなかったからだ。
しかし、彼の努力は常人のそれをはるかに超えていた。
文字通り、寝食を削りながら、勉強したのだ。
その甲斐あってか、彼は、中間試験では、私を抑えて一位に輝いた。
彼は、その後も努力を続け、終ぞ一位を譲ることはなかった。
私は、自信を喪失していた。
彼は、一緒に遊びに行ったり、といったことをあまりしてくれなかった。
しかし、愛が無いというわけではなかった。
私が、どうしても遊びに行きたい、と言うと、彼は、仕方ないな、と言って付き合ってくれたし、誕生日には、素敵なプレゼントをくれた。
しかし、それでも、彼との触れ合いは少なく、私が、彼の私への愛を疑うには十分な素っ気なさだった。
だが、彼は私を一心に見つめていた。
まるで、私よりも優れていることが私への愛の証明だ、とでも言うように、一心不乱に努力をしていた。
私が、軋む音が、聞こえる気がした。
大学を卒業して、私達は社会人になった。
私は、私の家が良家だったこともあり、大企業に就職することができた。
彼は、彼自身の弛まぬ努力で、公務員になった。
私の努力に、価値など無いのだと、言われた気がした。
数年経ち、私は勤務年数にしては高い地位についていた。
彼は、地域課のトップに立っているのだとか。
私の、軋む音が聞こえた。
彼から、私に連絡があった。
大事な話だから、聞いてほしい、と。
私は、行くことにした。
予想通り、彼は私にプロポーズをしてくれた。
だが、私はもう耐え切れなかった。
私が、こわれる音がした。
私は彼より上ではないし、彼よりも心が醜い。
だから私は、彼にこう返した。
「私では、貴方に釣り合わない。貴方は高すぎる」
と。
その時の彼の顔は、一生忘れないだろう。
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俺は、選ばれた人間だ。
そう思ったのは、ガキの頃だった。
皆がわかんねぇような問題も必ず解けたし、喧嘩でも負けたことがなかった。
その自信が砕かれたのは、高校一年の頃だった。
俺は初めて、俺以外の奴に負けた。
悔しかった。
しかし、俺は外ヅラは良くしていたので、そいつに関する情報を得ることができた。
なんでも、美しい女で、才色兼備とは彼女の為にあるような女だそうだ。
それは楽しみだ、と思った。
ある時、その女とすれ違うことがあった。
俺は、生まれて初めて、良い女だ、と思った。
そして同時に、欲しい、とも思った。
しかし、情報では、彼女には既に付き合っている男がいるらしかった。
俺は、好都合だ、と思った。
次のテストで、男よりもいい点数を取れば、彼女は俺の方が彼氏にふさわしいことに気づくだろう、と考えたからだ。
しかし、予想に反して、俺は男に負けた。
次こそは、と思った。
が、次も負けた。
その次も次も次も次も次も次も次も、俺は負け続けた。
何故勝てないのか、理解できなかった。
彼女を諦めきれなかった俺は、彼女や、あの男と同じ大学に入った。
手始めに、男の弱点を知るため、男と友達になることにした。
孫子曰く、敵を知り、己を知れば百戦危うからず、と言うように、奴のことを知れば、まだ勝ち目はあると考えたからだ。
奴は、無愛想で、人との関係に慣れてないようであった。
俺は、突くならそこだ、と考えた。
この分なら、コイツと彼女は、遠からず破局するだろう。
俺は、熟した果実が落ちるのを待つように、ただ待つだけでいい。
よし、と気合いを入れ、この作戦で行くことに決めた。
お互い社会人になり、数年が経った。
俺は、有名商社のエリートとなって、日々を過ごしていた。
そして時たま奴と会い、彼女の近況を聞き出す日々だった。
だが、今日で終わりだ。
ついに奴が彼女にフラれた。
ようやく、ようやくだ。
俺は、ようやく彼女に想いを伝えられる。
しかし、その前に形だけでも奴を慰めておこう。
奴は今かなりのポストにいるらしいからな。
関係を保っておいて損はないだろ。
そう思って、俺は奴を、飲みに行こう、と誘った。
奴は喜んでついて来た。
予想通り、奴はあらゆる希望を全て打ち砕かれたかのような顔をしていた。
電話口では相当酷い声をしていたが、今は少し持ち直したらしかった。
奴は、愚痴を吐いた。
私が悪かったのだ、私のせいだ、私がもっと努力していれば…。
奴の口から出るのは、自身を責める言葉だけだった。
だから、俺は、慰めるような表情をしながら、しかし目だけは怒りに染めて、こう言ってやった。
「まあ、お前に釣り合う女ではなかったんだよ。誰が見てもお前と彼女は釣り合っていなかった。仕方ないさ。お前は高すぎたんだよ」
と。
その時の奴の顔は、酷いものだった。
まるで、信じていたヤツに裏切られたかのような顔をしていた。
だが、必要だった。
言って置かなければならないと思った。
奴は、俺を、彼女を、軽く見すぎていた。
俺は、負の感情をぶつけられた程度で狼狽える男じゃねえ。
彼女だって、俺の見込んだ女だ。
その程度、笑って流す筈だ。
それが何だ、あの男は。
いつまでも自分一人でうじうじしやがって。
俺は彼女への愚痴を聞くつもりでここにいたのだ。
そのくせ、まるで自分にたくさんの欠点があるから振られたみたいに言いやがって。
じゃあ、そんなお前に負けた俺はどうなる。
そう、ただその一点だけが許せなかった。
俺には、友がいた。
今は、もういない。
できれば、これで人に感情をぶつけられるようになればいいんだが。
そう思って、二人分の酒を呷った。
彼女は、私よりもいい女がいる筈だ、と思った。
彼は、彼女以上の女はいないと思った。
彼は、もっと人に感情をぶつけていいのに、と思った。
彼は、人に感情をぶつけることを嫌った。
彼女/彼の想いは、届かなかった。
だが、彼は心の友を持った。
願わくば、その出会いと別れが、良い結果を導かんことを。