神の如き能を持ちながら、それに気付かず、呑気に生きている。
そう思えば、身の丈に合わない勇気を出して、行動する。
どこまでも人で、だからこそ、あれは……、いや、これはまだわからぬか。
ただ、まあ、好ましくは、あったな。
ああいった奴は、神としては、応援したくなる。
しかし、思わず毛のまま渡してしまったが…あれ、どうするつもりなのかのう。
その日、甘粕冬馬は、至って平穏な休日を過ごしていた。
朝から撮り溜めたアニメを消化し、
昼から秋葉原に繰り出して、好きなアニメのグッズを買う。
そんな悠々自適な一日を送っていると、こんなところで会うには珍しい人物に出会った。
確か、最近長期休暇を取って、外国に旅行に行ったと聞いたが、帰って来たのだろうか。
気分も良かったし、他人というわけでもなかったので、甘粕冬馬は彼に声をかけることにした。
「やあ、こんにちは。こんなところでどうしたんですか?貴方はそんなにアニメを見ない人だったと思っていたのですが。はっ、もしや、貴方も遂に目覚めましたか!」
そうやって聞くと、彼は、いや、そういうわけではない、と言った。
そして彼は、ふむ、と一言頷くと、背負っていたリュックを前に回して、上部分のチャックを開けながら、君は、確かこういうの詳しかったろう、ちょっと見てくれないだろうか、と言って、手招きしながら、リュックの中を見せてきた。
甘粕は、気分が良かったのもあり、何ですか、お宝でも発掘してきましたか、なんて軽口を叩きながら、リュックの中を覗き見た。
その中身は、最高峰の刀匠ですら膝を折るほどの迫力を持つ短剣と、素人でもわかる程の圧倒的な美しさを持つ天秤であった。
しかも、どちらも恐ろしいほど濃密な神気を纏っていた。
日本各地の神社に祀られている普通の神具とは比べ物にならない。
濃すぎてわからないまである。
神そのものと見紛うほどであった。
そのくせ自身の周囲にだけしか纏っていないものだからタチが悪い。
私くらいの隠密がここまで近づいてようやく、といったくらいにまで濃密に神気が圧縮されているようだ。
この分では、委員会の方も気づいていないだろう。
アカン。
思わず悲鳴が漏れた。
甘粕は、思わず崩れ落ちそうになる脚を懸命に支えながら、彼に、これ、どちらで?と震える声で聞いた。
彼は、ふむ、と呟き、暫し逡巡した後、これは、そこまですごいものなのか、と聞いた。
甘粕は、ええ、はい、かなり、と言って、私の知り合いにこういうのが得意な方がいるのですが、どうですか、と聞いた。
彼は、少し考えて、できるなら頼みたいが、あまり手放したくはないので、私もついていっていいだろうか、と答えた。
甘粕は、リュックを返しながら、ええ、どうせなら、ついでに手に入れた時のことを聞いてもいいですかね、と聞いた。
彼は、かなり悩んだようであったが、まあ、君なら大丈夫か、と言って、じゃあそこのカフェででも話そう、と言って、指をさした。
甘粕は、おもむろに携帯を取り出すと、ちょっと電話いいですか、と聞いた。
彼が、ああ、構わないが、先にいっているぞ、と言う言葉を聞くや否やすぐさま電話を耳にあて、コールし始めた。
そして、五回目のコールでようやく繋がった。
「すいません!沙耶宮さんですか!至急お伝えしたいことがあるのですが!」
『なんだい君は!私は今学校だぞ!しかも君休暇中だろ!なんの用だ!』
「大至急人員をこちらにお願いできますか!隠蔽工作に長けた人でお願いします!あ、あと今日か明日くらいで彼女への面会も申し込んでおいてください!今すぐです!とうとう日本にもまつろわぬ神が降りてしまうかもしれません!」
『はあ?君は一体何を言って「冗談じゃないくらいの神気を纏った物品を私の知り合いが所持しているのを発見しました!まつろわぬ神襲来の危険があるので人員を回せって言ってるんですよ!」
『えっ、マジで?』
「マジです。詳しい話は後でしますから、今は車とある程度の人員をこちらにください。事情聴取などは私がやっておきますんで、周辺で待機させておくようにお願いします」
『わかった。君のことだから嘘じゃないだろう。今すぐに私も本部に向かう。くれぐれも、下手に刺激してマズいことにならないようにね、頼むよ。しかし、いつになくやる気だね、いつもなら、「給料分しか働きません」と言いそうなものだけど』
「了解です。それについては、まあ、僕にとっても、無関係な人ではないので、とだけ」
『そうか、まあいいさ。だが、あまり肩入れし過ぎないようにね』
「ええ、わかってますよ」
電話を切ると、彼は、カフェに入るところであった。
甘粕も、急いでカフェへ向かった。
店員さんが、お一人ですか、と聞いた。
甘粕は、いえ、二人です、と答えた。
店員さんが、お連れ様は、どちらに、と聞いた。
甘粕は、先程きたはずなのですが、と聞き返した。
店員さんは、でしたら、こちらです、ご案内します、と答えた。
甘粕は、ええ、お願いします、と返した。
そうして、物語は始まる。
彼は、そうだな、まずは、と前置きして、彼女に振られたことから話そう、と言った。
甘粕は、一瞬固まって、えっ、と聞き返した。
彼は、不思議そうな顔で、君、彼女から聞いていなかったのか、と聞いた。
甘粕は、驚いた様子で、き、聞いていませんでした…、と返した。
彼は、まあ、それはいいだろう、と言って、それで、だ、と話を仕切り直した。
彼は、イタリアに行き、『彼』と会って友になったこと、女に会って、一緒に探し物をしたことを話した。
それ以外については話さず、話したことについてもぼんやりとしか話さなかった。
まあ、こんなところだ、と彼は区切りをつけた。
甘粕は、彼が、自然に裏の人物と接触していることに驚愕を押し殺し、努めて平静を装いながら、これまでの人生経験的な直感で、彼はまだ何か隠しているな、と感じた。
彼は、黙り込んでしまった甘粕を見て、それで、これの鑑定をしてくれる人というのは、どんな人なんだ、と話題を変えた。
甘粕は、え、あ、はいっ、えっと、私の同僚の知り合いでして、万理谷さん、という方です、と言って、お茶を飲んだ。
そうして、たわいもない話をして。
甘粕は、一息つくと、お兄さん…では、なくなったんでしたか、じゃあ、先輩、先輩は、それを手放す気は無いんですよね、と聞いた。
彼は、ああ、絶対にないだろうな、と断言し、だが、まあ、価値くらいは知っておきたくてな、ちょうど鑑定に行こうとしていたんだ、と言った。
甘粕は、彼の言葉を聞いて、彼に、暗示を使うことを決意した。
暗示とは、掛けた対象に自分の言葉が信じやすくなるようにして、都合の悪い記憶を消したり、記憶を改竄したりする、魔術的な催眠術の一種である。
甘粕は、これを用いて、彼の旅行の記憶を消し、失恋の記憶に目を向けさせることで、彼が何かに巻き込まれる前に、短剣と天秤を取り上げ、危険から遠ざけようとしたのだ。
まだ、学生だった頃、とてもお世話になったから。
甘粕は、暗示をかけつつ、それで、先輩、旅行なんて行きましたっけ、と聞いた。
甘粕の中では、旅行?行ってないはずだが…というような反応が返ってくることを予想していた。
甘粕の覚えている限りでは、彼に魔術的な耐性はないはずだからである。
しかし、彼はこう答えた。
「今話しただろう?痴呆になるには早過ぎやせんかね」
と。
全く暗示が効いていなかった。
何度か試したが、結果は変わらなかった。
これは、二つの神具の穏便な回収が難しくなったことと同時に、彼が何らかの事件に巻き込まれており、魔術に対する耐性を得ていることを意味していた。
甘粕は、頭を抱えたくなった。
顔色の悪い甘粕を心配したのか、彼は、大丈夫か、気分でも優れないのか、と聞いた。
甘粕は、ええ、少し、と言って、ちょっとトイレに行ってきます、と言った。
彼は、心配そうに、そうか、と言った。
甘粕は、トイレに入ると、上司へと電話をかけた。
「もしもし、沙耶宮さんですか、緊急事態です。一般人の筈の対象に暗示が効きませんでした。そして、彼は神具を手放しそうにありません。なので、これから対話によって穏便に交渉し、そちらへ連れて行きます。そちらはどうですか」
『大丈夫、準備は万端だ。ただ、彼女がまだこちらに着いていない。あと十分ほど、時間を稼いでくれ』
「了解です。後、場合によっては、こちら側について説明して、協力を要請しますが、いいですか」
『ああ、それについては許可しよう。しかし、いいのかい?親しいんだろう?その人と、さ』
「仕方ありません。日本か彼かであれば、日本を選ぶのが私の仕事ですから」
『そうか、まあ、止めはしないよ。その選択は、最善手の一つではあるわけだから。ただ、君に言うまでもないかもしれないが、いざとなって躊躇わないでくれよ』
「了解です。では、失礼します」
電話を切る。
甘粕は、さて、頑張りますか、と言って、頰を叩いた。
顔色は、戻ってきていた。
手元に残った化身は三つ。
見つけた化身は一つ。
あと、六つか。
先は長いのう。
まあ、雄羊が見つかっただけでも良しとするか。
鳳とか、どこにおるんかのう…。
とりあえず、怪しい事件があった所から回るとするかの。
その後は、そうじゃなあ…まあ、奴との決着が最優先かのう。
そのためにも、化身を速く見つけなければな。
やれやれ、本当に、どこへ行ったのやら。