時計は回る。チク、タク、チク、タク。
今回は自身の都合で途中離脱してしまったが、次は絶対に最後まで付き合いたいな、と男は思った。
短針は回る。チク、タク、チク、タク。
いつか、あのーー彼、とも、よりを戻せたら、彼女とも、よりを戻せたらいいな、と男は思った。
長針は回る。チク、タク、チク、タク。
明日も頑張ろう、と男は思った。
秒針が回る。チク、タク、チク、タク。
時計の針は、止まらない。
それは、二件目の居酒屋の酒の席でのこと。
甘粕は、ある質問をされた。
曰く。
『ーーーーーまつろわぬ神とは、どうやって生まれると思う?』
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「へっ?」
思わずポカン、とする甘粕を箸で指しながら、男神は言う。
「いや、まつろわぬ神ってのは、どうやって生まれると思う?」
甘粕は一瞬逡巡するものの、答えを返す。
「人の生み出した、神話…から?いい感じに」
「そこがおかしいんだ」
静かに、男神は続ける。
「神ってのは、語り継ぐ人々の話の中から生まれる存在だ。とりあえずはそうなってる。じゃあ、じゃあよ、なんで
「えっ……それは……まつろわぬ神は自身によってその能力が操作出来るから?」
「答えになってねえ。神ってのが神話が生んだ存在ならば、その枠組みから逃れられない筈だ。しかし俺たちは神話を超えている。それは、何故だと思う? 俺たちが生まれたのは、何故だと思う?」
考え込む甘粕を見て、砂ズリを齧りながら男神は助け船を出す。
「ヒント。神ってのは何だかんだ力を失うことが多い。何故だ?」
それでも黙々と考える甘粕を横目に、男神はニラ玉に舌鼓をうちながら更に助け船を出す。
「ヒント2。精霊って何だ?」
精霊とは、その土地の霊脈から漏れ出た魔力などが意思を持ったものだと考えられている存在だ。
現代でも秘境や奥地にでも行けば運次第で割と会える存在である。
全く関係なさそうな言葉が出てきて、ウンウン唸り始めた甘粕を見かね、チューハイを呑みながら男神は最後の助け船を出す。
「ヒント3。精霊と神の違いって何だ?」
三十分ほど熟考して、はっと顔を上げる甘粕。
「まさか!?」
その頃には大体めぼしいものは食べ終えて、爪楊枝で歯と歯の隙間をいじくっていた男神がうなづく。
「そう、そのまさかさ」
「そんな!?これが、これが事実だとするならば、それは、正しく、文字通りに、人が神の下にあったということですよ!!?」
「そう、そうなんだ」
気に入ったらしき砂ズリを齧りながら、男神は我が意を得たりとばかりに首を縦に振る。
そうして、一旦甘粕を制止すると、彼は話をはじめる。
「まぁ聞いてくれ。これは、俺の話なんだがーーー」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
恐らく、神ってのは、あれは正しく自然現象に近いものだと思う。
そして、さっきのお前の推測通り、俺は、神の元々の姿ってのは、精霊だろう、と考えている。
何故なら、俺は、俺が人間であった時の事を覚えているからだ。
順を追って話そう。
俺は、元々は、鍛治とか物を作ることに才を持った、ただの人だった。
鍛治や発明に関しては特別だったが、それ以外は普通の男だったんだ。
皆と同じように、飯を食い、酒を呑み、笑って、寝て、起きて、神を崇める。
そんな、男だった。
……ある日、いつものように村で共用の祭壇に行くと、様子がおかしかった。
皆の、俺を見る目が、なんだが気持ち悪く感じた。
原因は、一目でわかった。
神の像が、取り替えられていたんだ。
いつもあった、火の神を奉る像は無くなり、そこにあったのは俺の像だった。
誰が作ったのかは直ぐ分かった。
ウチの隣の、石屋の親父だ。
俺は、石屋の親父に詰め寄った。
俺たちにとって、神様はこんな扱いするもんじゃねえだろ、何考えてやがるテメェ、ってな。
そんで、それで、だ。アイツは……こう言ったんだ。
『何を言っておられるのですか?貴方様こそ神ではありませぬか』ってな。
俺は、その親父を突き飛ばすと、村中を駆け回った。
色んなとこを探した。
共同広場。
墓。
村の外壁。
武器庫。
食料庫。
畑に井戸。
知り合いの家族の家。
ーーーーーーーーーーーー結果、どこにも、その火の神の姿は無かった。
それまであった火の神の意匠は、全て金床と槌を模したものに変えられていた。
俺の崇めていた神は、居なくなっちまったんだ。
ふらふらと家に帰り、寝床に横になる。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
俺が、俺が神様だなんて。
そんな言葉ばかり頭に回っていた。
しばらくして、ふと真横を見た。
そこには、女神がいた。
比喩ではなく、幻想でもない。
確かに、実体のある、肉のある人間として、存在していた。
彼女は、慌てて距離を取ろうとする俺の顔を掴んで、強引に接吻した。
全く理解できなかった。
数分にも、数十分にも感じる時間の中で、唇を通して流れ込んできたものがあった。
なんだか判らないが、とても、あたたかい息吹。
それからは、大地のような力強さと、竃のようなあたたかさを感じた。
そうして、唇が離れると、その女の姿は崩れおちる灰のように消えてしまった。
呆然としていた俺は、その瞬間、唐突に理解した。
俺はーーーーーー神になったのか、と。
そうして、一人の男が消えて、一柱の神が生まれた。
一柱の神が消えて、一人の女が生まれた。
めでたし、めでたし、ッてな。
そんな話さ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「それは……!」
豚バラを器用に串から外して、間に挟まれていた玉ねぎと一緒に食べながら、甘粕は驚きに目を見開く。
「つまり、『蛇』は元々精霊で、『鋼』はその地位を簒奪し、神となった存在である、と」
「そうだ。そして、世の中にこの分類で分けられない神はいない」
甘粕の真似をして、砂ズリを串から外してムシャムシャ食べながら、その通りと頷く。
「そして、まつろわぬ神ってのは、その神話から堕ちてきた、文字通りまつろわぬーーつまり、人の信仰とは全く違う、その信仰を冒涜するような姿と態度をし、現世に降り立った神のことだ」
相槌をうつ甘粕を見ながら、男神は話を進める。
「そして、その落伍者どもに対抗すべく産み出されたのが、『始まりの女』パンドラなんだ」
「そして、俺が頼みたいのは他でもない。このパンドラを仕留めるのを、手伝ってほしいんだよ」
甘粕は、思わずビールを吹き出した。
女も、男も、女神も、男神も。
幸せなど何一つなかった。
しかし、不幸せもなかった。
それが神。
技術のブレイクスルーという役割を持たされた炎の神の始まりと、終わりである。
炎は、継がれてゆく。
リレーのように。