なんと素晴らしい学校だろうか、まさか氷菓だけでなく古典部シリーズが全て揃っているとは……、それで気づいたのだがこの図書館には少数だがラノベも置いてあるようだ。流石は国が運営するだけある、のか? しかし、ここでラノベを借りるのは恥ずかしい、中学生みたいだが、俺はオタクもどきにすぎないので真のオタクのように堂々とはできない。つまりラノベも図書館で読むしかない。まあそんなことより、俺は氷菓を手にとって適当な席に座り読み始める。
ふむ、久しぶりに読んだがやはり良い、それと読みたくなった理由があの子が千反田さんに似ているからというくだらない理由だが。こう見始めるとアニメも見たくなってしまうな。この学校にネカフェはあるのだろうか、なんだかありそうだな、俺が見ていないだけで、今度探してみよう。
そんなことを考えながら、読み進めていると、不意に横から声が掛かる。
「すいません、お隣よろしいでしょうか?」
誰だ、全く席はいくらでも空いてるだろうに。俺は不機嫌なオーラを隠さず眉を顰めながら声の主へと視線を向けた。すると声の主は先ほどぶつかった女子生徒だった。俺は驚いて目を丸めたが、考えてみれば彼女は小説を持っていたんだから、ここに来るのも変じゃない。
「えっと、さっきの……」
「先ほどぶりですね、急ぎの用事は済んだのでしょうか?」
「んっ……?」
そういえばそんなことを言ったな、あれはただあの場から逃げ出すために適当に言っただけなんだが……。俺は一応ごまかすことにした。
「あ、ああ……まあすぐに済む用だったからさ」
「そうですか、随分早く終わったんですね」
こいつわかってて言ってるな、そりゃあさっきの事からまだ30分も経ってないからな、俺をいじめてるのか?
「それで、お隣よろしいでしょうか?」
「はっ? あ、ああ……でも他にも席は空いてると思うんだが?」
「いえ、私はあなたに用があるので」
俺は別にないんですけど……
「まあ、構わないが」
「そうですか、では失礼します。えっと、同じクラスの安藤修永(しゅうえい)君ですよね?」
「そうだけど……何で俺の名前知ってるんだ? 自己紹介なんてしてないだろう」
「それは同じクラスですし、ましてや隣の席なので」
すごいなこの子はまさかクラス全員の名前を知ってるのか? 俺なんて担任と龍園と山田アルベルトしか覚えてないのに……
「そうか、すまん大変申し訳ないんだが、俺は君の名前を知らないんだ」
「そうですか、安藤君とは一度も話したことがないとはいえ、悲しいですね。同じCクラスの椎名ひよりといいます」
このちょくちょく心に刺さる言葉はわざとなのか、それとも天然か……?
「そうか、それで椎名さん? なんか俺に用かな?」
「はい、そうですね……言ってしまうと、安藤君と本の話がしたかったのです。まあ、大義名分として級友との仲を深めるといったところでしょうか」
まあ、さっきの教室での様子を見ればそれしかないだろうな。けど困ったな、俺は海外ミステリーをそんなに深く読んでるわけじゃないんだが、偶々椎名さんが落とした本が読んだことのある本だっただけなのに。くそう、どうして俺はあの時かっこつけてあんなこと言ったんだ、俺はどこの伝説の英雄だよまったく……
「……嫌、でしょうか?」
「ふぐっ……!」
俺がうんうん唸っていると椎名さんは悲しげな表情を浮かべてシュンとしてしまった。そんな表情されたら断れる男はいないだろう。
「……俺の拙い知識で良ければ椎名さんのお相手になるよ」
「本当ですか?」
「お、おう」
そう言うと椎名さんはまたも俺に詰め寄ってくる、この男を殺しに来るような行動は演技なのか、それとも希少な天然ものなんだろうか、普段女子と会話なんてしない俺にはまったくわからない。ただ言えることは、どちらにせよ勘違いだけはしちゃいけない、現実は二次元のようにうまくはないって兄が言っていたからな。自分をしっかり、よし! ……あ、良い匂い。
俺は決意が一瞬で崩壊したが、ほんの少し残っていたようでなんとか椎名さんを正面の席に座らせることに成功し、ある程度俺も落ち着いた。
それからは椎名さんと好きな小説の話やどんなシーンが良いかなどの話をした、やはり彼女はミステリーが好きなようで、彼女はわざわざ有名どころを選んで話してくれるおかげで普通に会話が成り立った、やはり椎名さんはとてもいい子のようだ、それを疑う俺の心はなんて汚れているんだ、彼女は天然記念人として守ってあげようと誓った。そして好きな小説の話をしてる椎名さんはとてもいきいきしていてとても輝いていた、まるで花のような可憐さがそこにはあった。
すると突然俺の手元の文庫に気づいたようで首を傾げた。可愛い。
「そちらは?」
「これか、『氷菓』っていうんだけど、椎名さんを見て急にまた読みたくなってな、こうして読みに来た次第だ」
「私を見て、ですか?」
「ああ…………ん?」
(しまった口が滑った)
「何故、私のことを見て読みたくなったのでしょうか?」
どうする、なんて説明すればいいんだ、椎名さんがヒロインに似てたからなんて言ったらきっと彼女はどんななのか聞いてくるだろう、詰め寄ってくるところが似ているなんて言えないだろう、それじゃあ俺が彼女をすごく意識しているみたいじゃないか……それで変態だなこいつ、みたいな目で見られたら俺のガラスのハートは粉々に砕けるぞ。
「あ、あーこれもミステリー小説でな、椎名さんが持っているミステリー小説を見て読みたくなったんだよ」
それを聞くと椎名さんは目を輝かした。どうやら日本のミステリーはあまり読んでいないようだ。それになんとかごまかせた。しかしやはり似ているな、椎名さんの場合は普段が抜けたようなほんわかって感じだからギャップがすごいな。
「どのような内容なのでしょうか?」
「そうだな、簡単に言えば……省エネ主義の主人公が謎が大好きのヒロインと古典部という部活に入り、謎を解いていくいわゆる学園ミステリーというやつだ」
椎名さんは俺の話に「なるほど」と言って顎に手を置き、本の内容を妄想しているようだ。
「読むか? 俺はもう1度読んでるからさ」
「よろしいんでしょうか?」
「もちろん、それにもし気に入ってもらえたなら紹介した方としても嬉しいってもんだよ」
「そうですか……では、お言葉に甘えて」
俺は手元にあった『氷菓』を椎名さんに手渡す。彼女は小さく頭を下げてから本を受け取った。あ、また良い匂い……って、これじゃ俺ただの匂いフェチの変態じゃないか、落ち着け、落ち着くんだ。
「ありがとうございます。そうだ、私も安藤君におすすめの本を紹介します。ここで少し待っていて下さい」
そう言って椎名さんは席を立ちミステリーコーナーの棚へ向かった。少しすると戻ってきて、俺の前に1冊の本を差し出した。
「ドロシー・L・セイヤーズの『誰の死体?』です。ピーター卿シリーズの1作目でして、一度読めばシリーズを読みたくなること必至の本です」
「そうか、ありがとう椎名さん。読み終わったら感想を伝えるよ」
「そうしていただけると嬉しいです。私もこちらを読んだら感想をお伝えしますね」
椎名さんは『氷菓』を掲げてそう言った後、壁に掛かっている時計に視線を向ける。それにつられて俺も時計を見るとあと5分ほどで7時になるというところ七時には受付が閉まるので、急がなければならない。それにしてももう2時間以上も経っていたのか。
「もうこんな時間だったのか、随分話し込んだな」
「そうですね、急いで手続きを済ませましょうか」
俺は「そうだな」と返し、椎名さんと受付に向かった。
俺と椎名さんは無事本を借り帰路について並んで帰っていた。
「今日はありがとうございました、とても有意義な時間でした」
「こちらこそ、時間を早く感じたよ、それより椎名さんの好みに合ってなかったらごめんね」
「それは大丈夫ですよ」
「何で?」
「安藤君が面白いと思ったのなら心配は要りません」
この子はまた……不意打ちで殺しに来ないでくれよ。
「……そう言ってもらえると嬉しいよ」
「ええ」
俺がまいった、とばかりに肩を竦めると椎名さんは小さく笑い、それにつられて俺も笑ってしまう。
「私意外でした、安藤君、クラスでは一切喋らないのに話してみるととても面白い方でした。Cクラスには小説が好みの方はいらっしゃらないので」
「あー、人と話すのが苦手でな、それに龍園にも注目されたくなかったからな。しかし、椎名さんも話している所なんてほとんど見ないぞ」
「似た者同士、ですね」
「だな」
そうしてまた笑い合った、さっきより少しだけ大きく。そして寮に着きエレベーターに乗った。中は俺と椎名さんだけだ。そして男子は下の階なので修永の方が先に着いた。
「それじゃ、また明日」
「ええ、おやすみなさい」
お互いに手を振り合い、エレベーターのドアが閉まるまで振り続けた。
そして部屋に戻った俺はベッドに腰掛けてふー、と息を吐いて落ち着いた。
(濃い一日だったな、女子とこんなに話したのは生まれて初めてなんじゃないのか?)
そしてベッドの上でぼーっとしている「あっ」と声をあげた。
「連絡先くらい聞けば良かった」
――同時刻、ひよりの部屋――
「そういえば、安藤君の連絡先を聞くべきでしたかね」
やはり似た者同士な二人だった。
主人公はチーとにはしないけどどこかでかっこいい所を見せたい……。
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