唐突だが、兄の話をしよう。
俺には1人兄がおり、名前を安藤一成という。兄は俺の4つ上でこの学校のOBだ。兄は超高スペックでなんでもできる完璧超人。皆から慕われ、旅行で海外に旅行に行けば帰るまでに友人を必ず10人は作る程の俺とは考えられないほどのコミュニケーション力を持っている。中学に入る前までは俺も兄にさまざまなことで付き合わされた。それからはオタク文化に触れていったが……。
この学校を卒業してからは父の安藤コーポレーションに就いて1年もせずに重役として会社に貢献している。まあ、有体に言って天才というやつだ。
アニメやゲームを始めてからはあまり関わらなくなって、そのまま兄は高校に行って三年も離れたからか、距離感が掴めなくなっていた。
(まあ、急に話しかけてきたと思ったらこの学校を紹介されたからな……)
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昨日の人生初の女子との関わりから翌日の朝、俺は昨晩読み終わった『誰の死体?』を鞄にしまい、登校の準備を終え、部屋を出発する。
俺は多分読むのが早い、小説ならどんなものでも大体一時間程で読み終わってしまう。しかし、いつも通り眠いのは、愚かにも入学してすぐに買ったゲームを深夜までやっていたからだ。俺もまた、Sシステムを知って絶望した残念な人間だった。しかし、本当にCクラスで良かった。Dクラスだったらこの程度の絶望じゃあ済まないだろう。
俺は下のボタンを押してエレベーターを待った。ぼーっとしていると到着したようでドアが開いた。するとドアの正面に立っていた椎名さんと目が合った。すると彼女は「おはようございます」と言って小さく頭を下げた。俺も「おはよう」と言って中に入る。
「朝は早いんですね」
「そうだな、人ごみは苦手なんだ。朝は良い気分でいたいしな」
俺が朝早いのは以前、ゲームで寝坊した時にエレベーターが人でごったしていてその日はすごく不機嫌になった。そのせいかその日は誰も俺に話しかけてこなかった…………あ、それいつもだ。
そういうことがあってからは前よりも一時間は早く起きるようになった。ゲームで徹夜してもその日が印象づいてしまい、勝手に起きる身体になった。
「今日も眠そうな顔をしてますね」
「え、俺そんな顔してる?」
「ええ、特に目が。今にも閉じてしまいそうです」
「この目は生来こうなんだけど……」
そんな目をしているだろうか、家族からは特に言われたことはないんだけど。というか椎名さんこそ昨日と同じで抜けた顔をしている。君も似たようなものだと思うけど……。
椎名さんと話している内に一階に着いたようで、エレベーターを降りる。俺と椎名さんは並んで学校へ向かった。
(そういえば、兄以外で一緒に登校なんて初めてだな)
俺は初めて兄以外のしかも異性との登校に胸が熱くなった。
そこで俺は昨日借りた小説のことを思い出す。
「そういや、昨日帰ってから『誰の死体?』を読んだよ」
そう言うと椎名さんは足を止め、先ほどまでのふわふわした表情から一転して目を輝かし、昨日のように俺に詰め寄ってきた。ていうかこの子相変わらずガードなさすぎでしょ、本当昨日もそうだが勘弁してほしい。…………くっ、柔らかい!
朝から葛藤する修永であった。
「もう読み終えたのですか、どうでしたか?」
「あ、ああストーリーとしては王道といった感じだったな、中でもピーター卿の閃きのシーンでは俺も興奮したよ」
「わかります、とてもわかります。戦争という精神的に追い込まれる状態での緊張感のある中でピーター卿が閃く時の興奮がとても好きなんです」
「そ、そうか」
相変わらず、小説の話となると急に饒舌になる。やはり千反田さんに似ている。しかしなんというか、彼女の場合は普段猫っぽいのだが、小説の話の時だけ犬に豹変するような、そんなイメージだ。俺の心のATフィールドよ頼むからもってくれ。
「それにしても、安藤君は読むのが早いですね。特段ミステリーが好きというわけではないのに」
「そうだな、前から結構読んでたからかな」
「そうですか、ちなみに普段はどのようなジャンルを好むのですか?」
「うーん……案外神話とかの創作物とか、あとはラノベとか……」
「ラノベとはライトノベルのことですか?」
「あっ……ああ、そうだ」
やはり恥ずかしいな、これも俺がにわかオタクだからか。
椎名さんは俺から離れ、学校へ向かいながら会話する。
「私は読んだことはないのですが、面白いのでしょうか?」
「どうだろうな、俺は結構好きだが……」
「そうですか……それなら良ければまたおすすめのものがあれば紹介してくれませんか?」
「まあ、構わないけど……」
「ありがとうございます、昨日紹介された『氷菓』もとても面白かったので楽しみです」
「もう読み終わってたのか」
「ええ、とても面白かったのですぐに読み終わりました。それでですね……」
それから椎名さんは楽しそうに『氷菓』の話をした。どうやら椎名さんに合ってくれたようで助かった。これならまあ、ラノベもいくつかは紹介できるだろう。無難に俺ガイルあたりにするか。その前に古典部シリーズはまだあるからな。そのことを椎名さんに言うと、彼女は今日借りに行くと言っていた。
「あ、もう教室に着きましたね」
「ああ、そうだな……」
「……どうしたんですか?」
「いや……」
そうしてる内に教室に到着した。このまま共に行けば少なからずクラスからは注目されるが、ここで別々に行こうなんて言えば、彼女は何故かと問い詰めてくるだろう、そんな現場を見られて変な噂が経って龍園の耳に入るよりは堂々と入った方がましだろう。
「よし、行こうか」
「はい……?」
決意をした俺は椎名さんと共に教室に入る。わずかに早歩きをして少し距離を取っているのは俺の最後の抵抗か。
教室に入った俺はあるはずの好奇の視線が全くないことに気づいた。教室を見渡せば、まだほとんど生徒はいなかった。そういえば、この時間はまだ生徒が少ない。いつも登校して知っているなずなのに、焦りと動揺ですっかり頭から抜けていた。ともかく安心した俺は自分の席についた。時間とともに生徒もちらほら来始める。その様子をボーっとしながら見つめていた。
「安藤君」
(しまったーーーーーーっ! そういえば隣の席は椎名さんだったんだ!)
落ち着いた心を一瞬で動揺した俺は教室にいる生徒から注目される。先ほどより生徒の数は増え、ありえないものを見ているかのようにかなりの数の視線を感じる。椎名さんはそんな空気も全く読まずに俺に話しかけてくる。
「あの……安藤君?」
「…………」
なんて言えばいいんだ、というか空気読めよ! わかるだろ、一瞬で視線が集まっただろ、俺もあなたも普段喋らないだろ、わかってくれよ……。
若干涙目の俺はどう返答すれば良いか迷う、ここはいっそ無視するか……と考えていると。
「……どうして無視するんですか、こっちを見て下さい」
そう言って椎名さんはずいっと顔を寄せる。心なしか椎名さんの頬は膨らんでるように見える。そしてクラスの視線はより一層強くなる。龍園はさして興味もないのかこちらを見向きもしない。
「返事をしてくれないと、悲しいです……」
「何だい、椎名さん?」
「……? えっと、よろしければ今日昼食をご一緒しませんか?」
「ああ…………あ?」
クラスの時が一瞬で止まった。
この猫は今何て言ったんだ? 昼を、一緒にだと……?
クラスの生徒たちは「なになに、どゆこと!?」と騒いでいる。また、龍園までもがこちらを目を丸くして見ていた。
「どうですか?」
「いや、えっと……まあ、いいぞ」
「そうですか、それは良かったです」
クラスからの視線がやまない。始業のチャイムが鳴り、坂上が入ってきてからも何人かの生徒はちらちらとこちらを窺ってくる。
なんとなくまだ昼の時間が来てほしくないと考えたが、無情にも時は過ぎ去っていく。隣の椎名さんをちらっと横目で窺うと心なしかうきうきしているような。
そしてとうとう授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みに入ってしまった。
「では行きましょうか」
「ああ、そうだな……」
俺と椎名さんは席から立ち上がり、食堂へと向かうため教室を出る。教室を出るまでの間はとても胃が痛かった。
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程なくして食堂に着いた、俺は1度だけ利用したことがあるが、それ以来来なくなった。理由はまあ、混んでるからだ。なので普段俺は朝ご飯の残りをおにぎりにして人気のない場所で食べて、後はボーっとしている。たまにいちゃいちゃしているカップルがいる時は別の場所で食べている。この学校は異常なまでに広いのでいくらでも場所はあった。
食堂に入ると券売機の列に並ぶ。相変わらず多い。椎名さんは先ほどからきょろきょろと周りを見て落ち着かない様子だった。
「人が多いのですね」
「えっ、初めて来たのか?」
「はい、普段は朝にコンビニで買って教室で食べていますね。安藤君はよく利用されるんですか?」
「いや、俺は1度だけ食堂で食べたが、それからは外で朝の残りをおにぎりにして食べている」
「そうだったのですか……てっきり、いつも教室にいないので食堂を利用されてるとばかり思っていました」
すると椎名さんは急に申し訳なさそうな顔をした。
「もしかして、今日も昼食を持ってきていましたか?」
「ああ、まあ……別に良いさ。言わなかった俺が悪い。それに、俺結構食べるほうだからさ、ここで食べても普通に全部食べれる。だからあまり気にしないでくれ」
椎名さんの申し訳ない顔が見てられなかったので早口で俺はまくしたてた。
「そう、ですか……分かりました。では、明日からは一緒に外で食べるということで」
「えっ……明日も?」
「安藤君は私と昼食を共にするのは嫌でしょうか……?」
またそんな顔をして……。こういう時の椎名さんはまさにシュンとした犬そのものだ。
「いや、俺も椎名さんとご一緒できるなら嬉しいよ」
「そうですか、それなら良かったです」
椎名さんと話しているとようやく俺たちに順番が回ってきた。ここはレディファーストということで椎名さんに先を譲った。しかし、椎名さんはボタンのメニューをじっと見ながら、どれにしようかと指を上下左右させて迷っていた。
「ちょっと待って下さいね……」
後ろにはまだ結構な数の生徒が並んでおり、早くしろと言っているかのような視線を感じ、とても居心地が悪い。2分程してようやく決めたのか、日替わり定食を選んでいた。針のむしろから早く抜け出したい俺は選ぶ余裕もないので椎名さんと同じ日替わり定食を押して、列を抜け出す。
「少し迷ってしまいました」
「いや、全然、いいよ。問題ない」
「…………?」
明らかに憔悴した俺を見て椎名さんは首を傾げたが、カウンターから定食が出たのを見て元に戻った。
この時間はどこも密集しているのでトレーを持ってなんとか空いている席に座るのがやっとだった。
椎名さんもかなり居心地が悪そうだ。
「なるほど、安藤君がここを利用しなくなったのも分かりますね」
椎名さんは鬱陶しげに言うと俺の顔を見て少しふきだした。
「安藤君、今すごい顔してますよ。いかにも不機嫌といった感じです」
「そ、そうか? 自分ではわかんないけど、とにかく人ごみは苦手なんだ」
「そうですね、私も安藤君ほどではありませんが苦手です」
そうしてさっさと食べて出ようという結論に達した俺たちは定食を食べ始めた。
椎名さんはとても行儀よく食べており、作法もしっかりしているようだ。それに見惚れていた俺に気づいた椎名さんは箸を置いた。
「あの、私の顔になにか付いていますか?」
「いや……綺麗だなって思って……」
「……えっ?」
「あっ、違うんだ。食べ方がすごい綺麗だなって、そういう意味で……」
「そ、そうですか……」
「う、うん……」
空気が悪くなったので俺はご飯の入った茶碗を掻きこむようにして顔を隠した。ちらっと椎名さんを見ると、いつもの抜けた顔だったがほんのりと頬が赤くなっていた。
食堂の喧噪のなかでのこの微妙に甘い空気で先ほどまで感じていた胃の痛みなど完全に吹き飛んだ修永は少し胸が熱い事に気が付いたが、恋愛経験どころか異性と友達にすらなったことのなかった修永はそれが何故なのか分からなかった。そしてそれは椎名も同じだった。
アイディアはあっても椎名さんだとそれを表現するのが難しい。
次話のあとがきで主人公のデータ出します。兄があれなのでまあまあ高スペックになると思いますが、大して意味はありません。たぶん。
一成「……僕の出番は?」
作者「ねえよ」
一成「……泣」
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