自己判断で読んでください。
桜の木の上には……
春。
それは出会いの季節。なんてロマンティックな言葉で飾りつけられる桃色の季節だ。則のきいた真新しい制服を着た新入生が心を躍らせ、少し不安な心持で各々の通学路を通ってこの学校に来る。
今日も今日とて、やる事は変わらない。足のつかないその場所でブラブラと足を前後に動かして、忙しなく学生生活を満喫している彼らを観察する。何処に置き忘れてきたのか、靴を履いていない素足が今日も空気を掻き回していた。
「知っているかい?」
一人の学生が新入生にそう話しかける。真剣な表情をする先輩の声に新入生は思わず息を飲む。
「この学校の中庭に大きな桜の木があるだろう?」
「はい、ありますね。」
「あの桜は呪われているんだ。放課後、あの桜に近付いて行けないよ。」
「何でですか?」
出会ってそれ程時間は経っていないが、こんな真剣な表情をするような先輩では無い。だから、新入生はその意図を知りたかった。それは人の好奇心でもあった。分からない物は怖いし、知りたい。
「どんな呪いが掛かっているんですか?」
「どんな願いでも叶えてくれる。その代わり、死んでしまうんだ。その子の代わりに天国へ行かなければならなくなる。」
新入生はパチパチと瞬きをした。そして首を傾げた。
「どんな願いも叶うんですか?」
「そうらしいよ。放課後、あの木の上には女の子が座っている。その女の子が話しかけて来るが、決して答えてはいけない。女の子はほんの些細な願い事も叶えようとしてしまうからね。」
「太宰さんは、その女の子に会った事は無いんですか?」
「残念ながらね。会えていたのなら、私はとっくの昔に自殺を成功させているだろうよ。」
季節外れの怪談に新入生は恐々とした。
散々脅された新入生は、その日からあの桜の樹に近づくことはしなかった。満開の桃色の花弁が舞い、地面を染め上げる中、新入生はそこから目を背け続けた。生徒会の担当教師に事実を確認しようとしたが、どうもこの手の話は眼鏡をかけた彼は取り合ってくれなかった。
「あれ?」
新入生は偶々目に入った副校長の姿。すっかり花が散ってしまい、桃色から緑色へと木の色が変わったころの事だった。あれだけ過ごしやすかった日々はすっかり湿っぽくなり、毎日のように降る雨に飽き飽きしていた。
空は相変わらず薄暗く、限界まで湿度を蓄えた空気は重苦しい。そんな日に新入生は噂の桜の樹の下に副校長がいるの見つけた。彼は楽しそうに桜の木を見上げていた。口が動いている事から何かと会話しているようだった。しかし、翠の葉が生い茂ったその木の上に人の姿を見ることは出来なかった。ただ、ちらりと見えた真っ白な足がとても印象的だった。
「中島、何をしている。次は移動教室だろう。遅れるぞ?」
「織田先生……。」
織田作之助。彼は国語の教育実習生としてこの学園に訪れた大学生だ。新入生、中島敦が再びあの桜の樹に目を向けたため、織田作之助も視線を桜に向けた。
「何かあったのか?」
そこには先程までいた副校長の姿はなかった。中島敦は太宰治に言われた言葉を思いだす。天国に行くべき少女の代わりに、死んでしまう。もしかしたら、副校長は連れていかれてしまったのかもしれない。
「おい、中島!」
行き成り走り出した中島敦を織田作之助は呼ぶ。しかし、中島敦が振り返る事は無かった。近くの階段を駆け下り、躓きながらも一階に降りる。そしてそのままあの桜の樹の下に駆け込む。そして桜の木を見上げた。しかし、そこにはあの真っ白な足は無かった。そしてやはり副校長の姿も無かった。
「行き成りどうしたんだ、中島。」
中島敦の奇行に心配そうに織田作之助は彼を覗き込む。青ざめた表情で中島敦は彼を見上げる。
「ど、どどどどうしましょう!森副校長先生が……。」
「副校長が、どうかしたのか?」
「ふ、副校長先生が……、し、しし死んでしまったかもしれません!」
中島敦の行き成りの発言に織田作之助は驚いた。あまり表情が変わらない彼だが、これは驚いている表情だと分かってしまうほどに表情が変化していた。あまりの驚きに言葉に詰まる織田作之助をよそに中島敦はオロオロと色々な事を口走っていた。
「取り敢えず、落ち着け。どうしてそう思ったんだ?」
「だ、太宰さんが言ってたんです。この桜は呪われていて、願いが叶う代わりに死んでしまうって。さっきここに副校長先生がいて、誰かと話している風だったんです。目を離した隙に副校長先生が居なくなってしまっていて……。」
矢継ぎ早に中島敦は語った。織田作之助はそうか、と言うと
「職員室で、副校長を呼び出す様に放送を掛けて貰う。」
その言葉に中島敦はコクコクと頷いた。授業に遅れるからと中島敦は織田作之助に急かされ、教室へと戻った。教室に戻るとともに流れる校内放送。放課後、織田作之助によって副校長の安否を知らされるまで、中島敦は木が気でなかった。その日の授業の内容など一切頭の中に張らず、挙句の果てには英語の担当教師に宿題と言う名の罰則まで出される始末だ。
いつも冷たい同級生の赤毛の子にも、散々迷惑をかけてしまった。仕舞には心配されてしまう始末だ。自身の不甲斐なさと、先輩の言葉を信じ切った自身の思慮の無さに落胆する。
「それは災難だったね。」
なんて他人事のように言う太宰治に中島敦は少しだけむっとした表情で彼を見上げた。
「太宰さんのせいですからね。どうしてあの桜の木が呪われているなんて嘘ついたんですか? 僕はてっきり副校長先生が連れていかれてしまったと思って……。」
迷惑をかけてしまった織田作之助に対し、申し訳なさでいっぱいの中島敦に太宰治は全く心の籠っていない謝罪が投げかけられる。
「御免御免、許してくれ給え。」
「もう、良いでけど。」
生徒会室からもきちんと見える桜の樹。そちらに視線を向けるとまた真っ白な足が見えた。目を擦り、もう一度見るとそこには何もない。
「あれはね、最近聞いた噂に尾ひれを付けてみたんだ。」
「噂、ですか?」
「あぁ。願いが叶うと言うのは本当だが、死んでしまうと言うのは私が考えた。」
あっけらかんと言う物だから怒る気力も無くしてしまう。がっくりと肩を落とした中島敦。
「まぁまぁ、英語の宿題とやらを手伝ってあげるから。」
そんな口車に乗せられ、中島敦はノートを広げ英語の宿題を始めた。
「やぁ、久しぶりだね。」
太宰治はすっかり新緑に染まってしまった桜の樹にそう投げかけた。
「えぇ、お久しぶりですね。」
暫く入院していた太宰治は漸く退院してきた。
桜の木の中から言葉が降って来る。すっかり辺りは暗くなり、恐らく校舎の中に残っているのは宿直の警備員と彼だけだろう。そんな中で夜の暗闇の中ではっきり見える真っ白な足が空気を掻き回す。
「貴方、新しい子に意地悪したでしょう。」
今日の事を咎めるように彼女は言った。真っ白な肌に真っ白な髪。欧米人らしい顔つきに、青紫色の瞳が真っ直ぐに太宰治を見下ろす。ムスッとして大きく頬を膨らませている彼女の子供らしい表情に太宰治はニコニコと笑みを浮かべた。
「何の事だい?」
「あら、惚けたって無駄なんですからね。ほら、あの銀色の髪の子ですよ。確か、ナカジマ、でしたか? 今日、何だか凄く青ざめていて、可哀想だったんですから。」
「あぁ、その事かい? 織田作に小言を聞かされたし、安吾にも言われたよ。もう耳に胼胝が出来てしまった。」
「反省はしたのですか? ならば、私から何か言う事はありませんが……。」
マリア・A・アンデルセン、と言う名の彼女はこの学校で知らない人間がいないほどの有名人だった。いや、彼女はもう人では無いから有名人と言うのは、些か間違いである。所謂、学園七不思議と言う物に数えられる彼女を時々探す人間が居る。実際、太宰治もその一人だった。元々、彼と仲の悪かった中原中也と言う生徒が、
そして昨年の3月。彼女を見つけた。もう30年以上も前、学園が定めていた旧制服のセーラー服を着ている彼女を見つけた。
「また、自殺に失敗してしまったよ。」
「そう、残念ですね。」
太宰治は自殺をし、それが失敗する度に彼女にこうして報告に来ていた。彼女は決して太宰治に自殺をするなとは言わなかった。彼女が言うのは「次に期待しましょう」と言う言葉だけだった。
「君はどうやって死んだんだい? 私もその方法を試してみようかな。」
「残念ながら私は自殺をしたわけではありません。なので、貴方の力にはなれませんよ。」
本当に申し訳ない表情を浮かべる物だから、何も言えなくなってしまう。
「自殺でないのなら、君は誰かに殺されたのかい?」
「はい、そうですよ。」
太宰治は彼女に会ってから色々とこの学園の事について調べた。その中で出てきたのは、学園の女子生徒が34年前に行方不明になっている事だった。未だに居場所が分かっていない彼女。未成年という事で名前の出ていなかった彼女。新聞には、何らかの事件に巻き込まれた可能性があるなんて、書かれていた。
「君は犯人を恨んでいないのかい? 君には、これからたくさんの事を経験する権利があったはずなのに。」
「あの人を恨んではいません。」
「犯人とは知人だったのかい?」
「えぇ、とても優しい方でした。あれはそう、事故でした。あの人自身にきっと私を殺そうという気持ちはなかったと思います。あったとしても、私は彼を許してしまったでしょうね。」
他人事のように答える彼女に太宰治は、あまり興味なさげに返事を返す。
「君は死んでしまったけれど、気分はどうだい?」
「特には、何も。だって、私は天国にも地獄にも行けなかったのですから。」
今日はこの季節に珍しく晴れ晴れとした夜だ。空の上では風が強いのか、雲の流れがとても早い。月明かりが遮られこの世を照らす光が無くなる。
「この桜の樹で首を吊ったら、死ねるかな。」
「無理でしょうね。」
彼女はクスクスと笑いながら、そう答えた。
「おや、無理なのかい?」
太宰治は彼女にその理由を尋ねた。すると彼女は簡単な事だと言った。
「私が貴方を助けるからですよ。」
「私の願いは自殺することなのに、君はそれを叶えてはくれないのかい?」
「貴方の願いは十分に承知しています。しかし、死んでいたとしても私にも願いと言う物があるのです。」
彼女の表情が少しだけ陰る。いつも笑みを浮かべていて太宰治と同じ様に自身を偽る事に長けている彼女。その表情さえ、実は作りものなのではないかといつも疑ってしまう。
「貴方が死んだところで、世界日常が壊れる事は無いでしょう。しかし、私は案外貴方とのお喋りをとても楽しみにしているのです。私に話しかけてくるなど、あの幼女趣味の副校長か、貴方くらいなものですから。」
「貴方がいなくなってしまうと、私の日常が壊れてしまう。だから、私の目が届く範囲で自殺なんかしようものならば、成功しませんよ。」
なんて言う物だから太宰治は苦笑いを浮かべた。
「君は、君の人生に後悔はないのかい?」
「後悔、ですか?」
そうですね、と彼女は空を見上げた。長い彼女の髪は風に揺れる。少し癖のある白い髪。
「あぁ、でも。そうですね。もし、もう一度地を歩く事を神が御許しになるのならば、私は……。」
「何だい?」
「いえ、やはりありませんね。私はここに居られるだけで十分です。」
痛々しい笑顔を浮かべる彼女を太宰治は見上げる。
生きたい彼女は明日を無くした。
死にたい彼は昨日を手に入れる。
それぞれの運命が逆だったならば、とそう願わずにはいられない。そんな世界だった。しかし、何時だって生まれた場所で生きて行くしかないのだ。
「何をしているんですか?」
「首吊りの準備だよ?」
2mほどの高さの場所の枝に頑丈な縄を括り始めた太宰治に彼女は分かり切った事を問うた。どうせ失敗するのだ。その肌に無体な傷を作る事も無いだろうに。そう思いながら、彼女は太宰治を見ていた。一通り準備が出来たのだろう。太宰治は彼女を見上げる。
「お休み、マリア。」
「えぇ、お休みなさい。今度こそ、貴方に訪れる眠りが安らかな物である事を神に祈りましょう。」
ガツンっと桜の木の枝が揺れる。徐々に首をしまっていく様子を彼女はじっと見ていた。
「嘘吐き。死にたいのならば、手段など選ばなければよいのに。死にたいのならば、そこらの人間を10人ほど殺せばよいのに。何もかもを面倒くさいと、怠惰であるだけではありませんか。私には、貴方の言葉全てが泣きごとに聞こえてしまいます。」
ミシミシと鳴る木の枝。彼女は太宰治の頭を撫でる。
バキンっと音を立てて、到頭桜の木の枝は折れてしまった。太宰治の体は地面に叩きつけられる。そしてその枝に座っていた彼女もまた地面に足を付ける。
「また、会いましょうね。」
それから、彼女の姿を見た人間はいない。実在していた彼女は、すっかり七不思議にその身を落ち着かせた。
「あの、何か用ですか?」
中島敦は教室の前で立っている見慣れない少女に話しかけた。自身は雑用係とはいえ生徒会の人間。困っている人がいるのならば、助けなければという素敵な思考からの行動だった。
「いえ、学校と言う場所に来るのは久方ぶりで……。緊張してしまっただけです。」
「そうなんですね。」
幽霊のように真っ白な彼女を見て、5月の事を思い出した中島敦だったが流石に失礼だと思い笑みを浮かべる。彼女は扉に手を掛けて、中へ入って行く。廊下側の一番後ろの席、そこが彼女の席だ。二年前事故に会い、意識不明だった聞いていたが元気そうで良かった中島敦は思わず安堵する。
「あ、そうだ。自己紹介。」
「大丈夫ですよ、ナカジマ。貴方の事は知っています。」
「え、どうしてですか?」
「桜の木の上から何時も見ていましたから。」
その言葉に中島敦は、血の気が引く音を聞いた。その様子を見て彼女はクスクスと笑うだけだった。
「幽体離脱と言うのも、楽しい物ですね。」
なんて彼女は言った。中島敦は、気が遠くなるのを感じた。倒れた中島敦の視界の端には彼女の裸足の足が見えた。
お疲れまでした。
学園文豪ストレイドックスの設定をあまり知らないので分かっている人だけを出したのですが、いかがだったでしょうか?
国木田さんは生徒なんですか。
それとも先生なんでしょうか。
谷崎君とかも出したかったんですけどね……。
誰か教えて頂けませんかね?
初登場した太宰さんと織田作に敦君。
あれ、可笑しいな。
もう30話くらい書いたのに全然キャラ出てないなぁ……。