人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

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第五話 子供の遊戯

 地獄と化していたショッピングモールは、静けさを取り戻していた。というよりも、静かすぎる程だった。買い物をして疲れた客たちは皆疲れた表情を浮かべて帰って行った。

 

 きっと店員も帰りたいと思っているのだろうけれど、そこはやはり夜の11時までやると言っているのだからやらなくてはいけない。なにせ、客は一組、まだ残っているのだから。

 

 酷く濡れていた服は森鴎外によって新しい服、新しい靴へと変えられた。深い青のワンピースから、白のブラウスに淡い青のスカートへと変化していた。

 

「リンタロウ、遅いわね。」

 

 エリスは不機嫌そうな声で頬杖を付きながら言った。私達は今、フードコーナーの一角で森鴎外がクレープを買ってくるのを待っている。恐らく、先程の影響を受けたのは客だけでは無かった為、店員が何かミスでもしてしまっているのだろう。

 

 誰もいなくなった寂しいショッピングモールに幼女二人を残していなくなった保護者は未だに帰ってこない。

 

 四人用のテーブルに向かい合って座っている幼女二人。その二人の横には手荷物が置かれていた。白いテーブルの上には紙コップが置かれている。

 

「ねぇ、アヌンツィアータ。」

「なぁに、エリスお姉さん。」

「貴女、好きな人いるの?」

 

 私は持っていた紙コップを落としかけた。中にはまだ水が入っている。エリスの言葉を呑み込み理解するのに少し時間が掛かった。数回瞬きをした後、落ち着くために紙コップ内の水を飲み干した。

 

「好きって、恋愛対象って事だよね?なら、いないよ。」

「あら、つまんない人生ね。」

「私の人生は、10年とたたずに終わっているんだけど。それにエリスお姉さんだって私とそう変わらないでしょう。」

 

 それに年齢がそう変わらないのに、人生を謳歌していなかったみたいに言われるのは些か腹がたつ。

 

 

 私は少し面白くないと思い不機嫌そうな表情で言った。

 

 

「エリスお姉さんは、オウガイの事が好きなの?」

 

 エリスはバカな事言わないで、と苦々しく言った。その表情からそう言われるのは本当に嫌なのだと思った。

 

 

 年頃の女の子がお父さんと一緒にされるのは嫌、という感覚なのだろうか?

 

 

「エリスお姉さんとオウガイは親子なの?」

「いいえ、違うわ。」

「なら…、恋人?」

 

 と、尋ねるとダンっとテーブルを叩かれた。私は苦笑いを浮かべて謝った。そこまで嫌がるとは思っていなかった。

 

 

 親子ではないのなら一体どんな関係なのだろうか?

 

 

「なら、エリスお姉さんはどんな人と恋人になりたいの?」

「背が高くて、お金持ちで、教養があって、同い年。」

 

 あぁ、最初の三つは森鴎外が当てはまっているのに、最後の一言で彼が候補から外れてしまった。しかし、同い年の人に背が高いのと教養は兎も角、お金持ちは難しいだろう。もしお金持ちだったとして、それはきっと親のお金だ。

 

「同い年か…、オウガイには厳しい条件だね。」

 

 厳しいと言うよりは不可能な条件だ。少なくとも20歳近くは若返らなくてはいけない。それは物理的に無理だ。タイムマシンを使って二十年後のエリスとなら同い年だろう。森鴎外はタイムマシンを果たして開発できるだろうか。

 

「アヌンツィアータは、何かないの?恋人に求める条件。」

 

 私は頬に手を当てて考えた。暫く考えた後、優しい人と答えた。するとエリスはムスッとした顔で私を見た。

 

「優しいなんて、そんなのは恋人に求める条件じゃないの!それはショートケーキにイチゴを乗せるかとか、それと同じ!」

 

 私は勢いに負け、謝ってしまった。私はすっかり黙り込りこんで考えた。悶々と考えた結果、私は一つの答えにたどり着いた。

 

「……、料理。」

 

 小さな私の声はエリスに届く事は無かった。私はもう一度自分から言うのは何だか気恥ずかしくて再び黙った。居心地の悪さから私はもう何も入っていない紙コップで口元を隠した。気まずい空気をどうにかした方が良いのだろうけれど、コミュニケーション能力などかなぐり捨てた私にそれはとても難しくて。

 

「それで、料理が何なの?」

 

 何処か楽し気にこちらを見ているエリス。私は途端に気恥ずかしさが体中を駆け巡って行った。聞かれていないと思っていた言葉はしっかりと彼女の鼓膜を震わせていたらしい。

 

「えっと、料理を、その、一緒に作ってくれる人、が、いいなかなぁって…、思っただけ。」

「まぁ、今時料理スキルは大切よね。」

 

 言葉が途切れ途切れになり不自然であることは一目瞭然だった。そんな私の言葉をエリスは数回頷きながら聞いた。

 

「他にないの?」

「他に?」

 

 私は首を傾げながら、また思考に潜った。そういえば先ほどエリスは年齢の話をしていたと、思い出した。

 

「私は同い年より年上の方がいいかな?」

 

 頬を掻きながら私はそう答えた。どうして恋バナなんて事をしているのだろうか。10代になりたての少女が色気づいてなんて言われても仕方ない様な、そんな端たない会話だった。

 

「年上の方が良いの?どうして?」

「どうして、って言われても…。ただ、年の近い子って苦手なの。昔、雪玉とか投げられたから。年上の人って、ほら静かっていうか、落ち着いている人が多いでしょう。だから、同年代より年上のほうがいいかな。」

 

 私の言葉にエリスは信じられない、と言った。

 

 

 その信じられないは、私に雪玉を投げた子供たちに対してなのか、将又、私の年上がいいという発言からなのか。

 

 

 私はその様子に苦笑いを浮かべつつ、この状況をとても楽しんでいた。村では私の話し相手になってくれる年頃の子供はいない。私の話し相手は牧師様だけだ。そう言った事も年上が良いと言う事に関係しているのかもしれない。

 

「なら、どこまで?まさか50歳年上でもいいなんて言わないわよね?」

「そう、だね。流石にそこまで恋人が犯罪者扱いされて可哀想。せめて10歳くらいかな?」

「それってつまり50歳以上でも良いって事?」

 

 呆れた様にエリスは溜息を付きながら私を見ている。それから、何かを思いついた様に手をポンッと打った。

 

「保険金目当て?」

 

 エリスの予想外の言葉に私の口から素っ頓狂な声が漏れだした。変な声が出てしまって私は恥ずかしさから顔に熱が溜まる。思わず口に手を当ててから、私はエリスの誤解を解こうとした。

 

「ち、違う!そんな事、違う!」

 

 手を左右にブンブンと振って必死に否定した。焦りからかそんな言葉しか出て来なかった。そんな私を面白がってエリスはニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「あら、随分と必死に否定するじゃない。」

 

 私は大きくを頬を膨らませた。そんな私の表情を見てエリスはクスクスと笑みを浮かべるだけだった。

 

「ごめんなさい、そんなに怒らないで?」

「別に、怒ってないもん。」

 

 

 頬を膨らませながら言うそのセリフにどれほどの説得力があったのだろうか?

 

 

 そしてやはり、そんな私を見てエリスはクスクスと笑みを浮かべるのだった。

 

「恋なんてした事無いし、それに亡霊(ゴースト)が恋なんて…。無理よ。相手に悪いわ。」

「そういう映画だってあったじゃない?なんだっけ?死んだ恋人が会いに来る外国の映画。」

「よくわからないけど…。私はもう亡霊(ゴースト)だよ。」

 

 教会の地下で過ごしている私の娯楽と言えば、本を読むことくらいだ。なので映像媒体の物のことはさっぱりわからないのだ。映画というもののことは知っている。なんでも馬鹿でかい布に映像を写すのだそうだ。音も大きく臨場感、と言うものを味わえるらしい。

 

「でも、リンタロウには人間にしてって言ってたでしょう?まさか、負ける気ないの?」

 

 頬杖をついて意外だと言いたげな表情で私を見上げる。負ける気の無い勝負を仕掛けた。元々勝負自体が苦手だ。けれどもやるならば勝てる勝負をしたいものだ。

 

「最初から勝負の行方が分かっている勝負は詰まらないわ。ただ、オウガイには勝つのが難しいだけ。」

「ふふ、リンタロウを甘く見ちゃダメだよ。どんな手を使ってでもきっと勝とうとするわ。男なんて、皆子供なんだから。」

「む、エリスお姉さんは私の味方してくれないの?」

 

 私がそう尋ねるとエリスは数回瞬きをしてどうしよかなっと言って悩む様なしぐさを見せた。わざとらしいその表情に私は目の前の少女がこの件で自分の味方になってくれることはないのだろうと察した。

 

 何も聞こえてこない少女との会話はとても楽しかった。思いもよらない言葉が飛び出して来たりもした。普段の人間はきっとこんな会話をしているのだろうと思った。何も聞こえてこない人間はその人間のちょっとした表情の変化、仕草でその人間の本質を見抜くのだそうだが、私もそう言った術を身に着けた方が良いと思った。

 

 

 私の特異な特技は万人に通用するものでは無いと知ったから。

 

 

「遅くなって、悪かったね。何だかみんな疲れているようでね。」

「リンタロウ、遅い!」

 

 不機嫌そうなエリスに情けない顔で森鴎外は眉を八の字にする。帰ってきた森鴎外はその顔のまま両手に二つ赤と白の包み紙に包まれたクレープを持っていた。片方をエリスに、もう片方を私に渡した。チョコレートで出来た白と黒の細い筒状の物、何かのマークを押しけて焼かれたビスケット。そして胃もたれしそうなほど甘そうな生クリームに、その甘さを抑えるための酸味として用いられたラズベリーとブルーベリーのシロップ。

 

 包み紙を少し破り、とても美味しいであろうクレープを口に含む。口の中の甘味を味わい、口から零れだすのは溜息だ。瞳を瞑り、この幸福を魂に刻み込んだ。

 

「美味しいわ。ねぇ、アヌンツィアータ。」

「うん、とっても美味しい。」

 

 私はコクコクと大きく頷き、もう一口クレープを食べた。

 

「それはよかったよ。」

 

 と、ニコニコと擬音語がふさわしい笑みを浮かべながら森鴎外がそう言った。荷物の載せていない椅子に座り、こちらを見詰めて来る。私は彼からの視線から逃れるように別の方を見た。

 

 しかし、どうしてだろうか。何処か感じる申し訳なさからクレープの味が濁った様に感じてしまう。

 

「エリスちゃんと随分仲良くなったんだね。」

 

 私の心の居た堪れなさを察したのか森鴎外は話しかけてきた。私は未だに彼とは視線を合わせられずにいた。どうも森鴎外と言う男は苦手だ。私は誰かの事は聞きたいが、誰かに聞かれたくない人間だ。しかし、きっとこの男はそれを分かっていながら聞いてくるはずだ。いち早く人を取り込むには人の弱みに付け込むのが手っ取り早い。

 

 彼のファジズムが昔言っていたらしい。人を説得する時は無防備な時に行うべき、と。亡霊(ゴースト)が人であるかどうかの議論はひとまず置いておくとしよう。言葉が通じ、尚且つその言葉に行動を変化しうる可能性があると言う事が大切だ。

 

 

 未だに心なんて下らない物を持っているであろう自分に嫌気がさしてしまう。

 

 

「そう、かな。そうだと、嬉しいって私は思うけど…。」

「あら、私達、もう友達でしょう?色恋事まで話したんだから。」

 

 エリスはクレープを食べながら、羨ましいだろう、と言いたげな表情で森鴎外を見ていた。

 

「おや、それは気になるね。」

「リンタロウには教えてあげない。女の子だけのお話に男は混ぜてあげないんだから。」

「そんな寂しい事言わないでよ。エリスちゃん。」

 

 こういう所を見ていると情けないと思わざる負えない。私は素直に彼と仲良くなれたらいいなと思うのに、どうして彼の願望はこうも率直なのだろうか。

 

「オウガイはクレープ買って来なかったの?」

「ん?私は良いんだよ。」

「美味しいよ?」

「なら、アヌンツィアータちゃんのを一口くれるかい?」

 

 知っていた。森鴎外がこう言うだろうと思っていた。私は食べかけのクレープを一瞥して彼に自分のクレープを差し出した。

 

「一口だけだよ?」

 

 なんてがめついことを言ってみたがこの年の子だからこそ、許されているような節がある。

 

 森鴎外は嬉しそうに私のクレープを受け取りそして一口口にした。私は視線を向ける先をなくし、とても幸せそうな表情を浮かべる彼を見ていた。

 

 一般男性は甘いものを好まない。それなのに態々私のクレープを食べて幸せそうにしている。この目の前の男はきっと良くない事を考えているに違いなかった。

 

「美味しい?」

「とっても美味しいよ。」

 

 ふーん、と気の無い返事を返して私はエリスの方を見た。エリスは幸せそうにクレープを食べていた。

 

「ありがとう、アヌンツィアータちゃん。」

「どうも…。」

 

 帰ってきたクレープにはやはり私より大きな口で齧った跡が付いていた。私はそんなことは気になりません、と言った様子でクレープに噛り付いた。

 

「アヌンツィアータのは、何味なの?」

「これは、ベリー系の味。ラズベリーとブルーベリー。エリスお姉さんのは?」

「チョコレート。ね、交換しましょう?」

 

 私はその申し出を快諾した。

 

「いいよ。でも、いいの?私は気にしないけどオウガイと間接キスするよ?」

 

 その言葉にエリスは一瞬動きを止めたが、やはり食べてみたかったらしい。私たちはクレープを交換した。チョコレートも程よい甘さで癖になりそうだ。

 

「日本に来る機会があればまた食べたい。」

「気に入ってくれて何よりだよ。」

 

 と、笑みを浮かべて話すこの男に実は貴方の願望、全部聞こえているの。というと森鴎外は一体どんな表情を浮かべるだろうか?

 

 他人に目論見など知られたくはないだろう。特に、彼のような人間は。思い通りに事が運ばなくなる。

 

 私が笑みを浮かべているのを見て森鴎外もまた何も知らずに笑みを浮かべるのであった。




お疲れ様でした。

実家に帰り、ゲームの誘惑に負けました。

すみません…。
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