励みになります。
「ちょっと、何処に行くの?」
先ほど出会った少女は積極的な人間だった。いや、心を開いた人間に対してはパーソナルスペースが極端に狭くなるようだった。私の腕を引き、ずんずんと教会の外へと連れ出されてしまう。抵抗しようにも抵抗をとること自体に申し訳なさを感じてしまっていた。
全く出会って数分のあの慎ましさはどこへ消えてしまったのだろうか。
女の子は本当に楽し気に町の中を歩いている。周りにあるありとあらゆる物を新鮮な物としてみているような、そんなキラキラと輝かしていた。
私はいつ、そんな純真さをなくしてしまっただろうか。
女の子が私を連れてきたのは小さな公園だった。日本にあるものは何時も何処かこじんまりとしているものが多い。女の子は私から手を放すとブランコに座った。
「押せってことなのかしら。」
女の子は私のほうを見て足をぶらぶらとさせた。私が背中を押してやると少しずつ高くなっているその景色に彼女はとても楽し気な声を上げて喜んでいた。
私は自分に妹ができたような気分だった。私の周りにいたのはいつも年上で、私が面倒を見るという状況はなかった。だからこそ、人生初のその体験を私は知らず知らずのうちに楽しんでいた。
ブランコに飽きれば、私のことを追いかけまわし始めた。私が後ろを向きながら、軽く逃げているとマリは楽しそうに私を追いかけてきた。偶に捕まってやれば、嬉しそうに私の腰に抱き着いてくるのだ。昨日の事があり、足が棒のようだった私の足に鞭を打ち、私はマリの鬼事に付き合った。
私はこれがきっと楽しいと言う事なのだろうと、そんなことを思っていた。自然と上げる口角。運動による心拍数の増加。それに伴う酸素供給のための呼吸は浅く早くなる。
「これは、オウガイの事をとやかく言えないなぁ。」
小さく呟いて目の前の幼い少女を見た。疲れてしまったのか肩で息をする少女は砂場を区切っている小さな
言葉の通じない者同士。どうやって、ここで待っているようにと伝えるべきかと私は少し考えた。しかし、学のない私の頭ではその答えを導くことはできなかった。それでも、これ以上マリを疲れさせるのは申し訳なく思った。
私は腰を下ろした。それから腰をポンッと叩くとマリは直ぐに私の後ろに回り込んだ。そして後ろから私に抱き着いた。締め付けられる首が多少苦しかったが、そんなことを気にしているよりはとっとと飲み物を買ってあげようと思っていた。
適当に道を歩けば、自動販売機は直ぐに見つけた。
イライラした時に投げつけるようの皿を売る自動販売機はある。
私は背中からマリを下ろし、右ポケットから小銭入れを取り出した。お金を入れるとボタンが光る。
マリを見下ろすとマリは一つの飲み物を指差した。私がその飲み物を指さすと首を大きく縦に振った。マリは横で必死に飛び跳ね始めた。ギリギリ届かないそのボタン。私はマリの脇の下に手を入れた。彼女の体を持ち上げた。その浮遊感に少し驚いたようだが、マリは光っているボタンを押した。
落ちてきたペットボトルを取り出すと私に差し出してきた。私はそれを受け取るとフタを開けてあげた。それを差し出せば嬉しそうにそれを手にした。
「そんなに飲んで大丈夫なの?」
余程喉が渇いていたのか、勢いよく水を飲むマリに私は少し心配になった。私の視線に気がついたのかマリは私を見上げた。それから自分の持っている飲み物と交互に視線を行き来させる。そして私にその飲み物を差し出した。
私が飲み物を受け取った。それからボトルのキャップを閉めると、どこか寂しげな表情をするのだから困ってしまった。マリにペットボトルを差し出すとゆるゆると首を横に振る。
そろそろ教会に戻らなくては、と思い私はマリに手を差し出した。マリは私の手を取ると今度は別の方へ引っ張り出した。
「本当に、そろそろ帰してよ…。」
足に鞭を打つのはもう辞めたいのだが……。
こんな事になるのなら素直に礼拝にいればよかったと、そんな後悔をしながら私は引き摺られる様にマリの後をついて行く。
元々街に近いところにあった教会だ。少し歩けば人通りの多い道に出た。表通りに人が多い分、道から外れるととても薄暗く思えてしまった。
「どこに行くの?」
そう尋ねると返ってくるのは楽しそうな笑い声だけ。
もしかして、マリは私が外国人だと気がついてない?
そんなまさか、と思いながらも街の中をずんずんと進んでいく。
『あ!』
一つの音をマリは発した。その視線の先にはおそらく先程会ったであろう三毛猫がいた。金色の目がこちらをじっと観察する様に見つめている。
マリは私から手を離し、その猫を追いかけ始めた。裏路地を全速力で逃げる猫に、全速力で追いかける少女。私はやっと離された少しだけ湿っぽい手を服で拭いた。
手が離されたのだから、教会へ帰ればいい。帰ればいいのだが、マリは盲目的に猫を追いかけている。このまま車にでも轢かれて死んだなんてニュースを明日知る事になると目覚めが悪い。
少女の死は少女を安全な場所に誘導しなかった私の罪だ。
私はマリを追いかけた。路地裏をスルスルと進んでいく猫を。小さい体を駆使してその猫の通った道を難なく進んでいくマリ。
油臭い排気口が並ぶ店の裏を通り、マリが蹴っ飛ばしてしまったゴミ箱の中を元に戻した。それから慌てて彼女たちを追いかける。
家の塀と塀の間を通るのに体を横に滑らせ、その先に待っていた少し開けた手入れなされていない庭の中を申し訳なく思いながら横切る。住宅街の路地に出た。
家の塀を何ともなく歩く猫を追いかける。
猫が路地の角を曲がるとそこには真っ赤な柱が組み合わさって出来た門があった。その部分だけ雰囲気が違う。先程の庭とは違う、手入れの行き届いた自然だ。
一度足を止めて歩きながら辺りを見渡す。どこか教会と同じ様な雰囲気を感じた。石畳みの向こうには大きな木造の建物がある。少し床が高く作られているので、そこへ登るための
『あーた!』
猫を捕まえたマリは嬉しそうに手を振っている。掴まれている猫は少し苦しそうに身動いでいる。私は息を吐き出して笑みを浮かべた。
「マリ。」
彼女の名前を呼んで頭を撫でてやると猫の様に私の手に頭を押し付けるのだ。私は流石に疲れたので階段に腰を下ろした。それから一呼吸置くと私は私の置かれている状況に焦りを感じ始めた。
そう言えば、ここは何処だ!?
見知らぬ土地で異文化の建物の前で私は頭を抱えた。マリを追うのに必死になりすぎて道順をちゃんと覚えているか不安になった。どうやってここまで来た。
油の臭いがすごい排気口のある道を抜けてその先の扉をよじ登り、暫くまっすぐ行くと廃墟の様な庭で庭を仕切る塀のような鉄格子を無理矢理通ってその後、色々な路地を曲がり、そしてここに辿り着いた。
頭を抱える私のことなど気になっていないだろう。猫を掴み持ち上げ遊んでいる。
すると、途端に頭を占めたのは『もう帰れない』なんて言う妄想だった。ありもしない自問自答が他人の声のように聞こえてくる。膝を抱え、私は地面を睨み付けた。
『あーた?――――。』
猫を抱きかかえ、不思議そうに私を見下ろしている視線に私は少し眉を寄せる。結局、この少女が心配だと思い私が勝手についていったのだ。目の前の少女に何の罪もない。私は誤魔化すようにマリの頭を撫でてやった。それが嬉しかったのか、片手に猫を抱えたまま飛びついてきた。猫はやはり苦しそうに身動いだ。
私は猫をマリの手からでしてやった。そしてそれを地面においてやった。
「もうお行き。長く付き合わせて悪かったわね。」
しっしっと手で猫を払った。その意図は猫には伝わっているのだろうが、猫はその場所から離れようとはしなかった。私は大きくため息をついた。私は手すりに体を預けて小さくあくびをした。昨日の今日で疲労が溜まり過ぎている。
一度座るともう二度と立ちたくなってしまう。
お腹に抱き着いたマリは膝枕のように頭を私の太腿に預けた。さらさらと綺麗な射干玉色の髪を撫でた。腿から感じるような気分になる大人より少し温かい体温。
久しぶりの人間の温かみはとても心地の良い温もりだった。
★
「ここから出てはいけません。」
凛とした声が私に掛けられた。私と同じ真っ黒な髪に、真っ赤な瞳のお母さま。私はずっとお母様の言いつけを守って生きてきました。いえ、ごめんなさい。偶に、お母様のお仕事の好きにお外に出ていました。
お父様はお母様を置いてどこかへ行ってしまったようです。なので、私のことをお母様はお一人で育ててくれました。
外に出て公園と言う場所で子供達に会いました。同じ位の年の子は私をすぐに仲間に入れてくれました。それが嬉しいのと同時に、どうして私は皆と同じようになれないのだろうと思ってしまっていました。どうして私は学校に通えないのだろう、とそう思わずにはいられませんでした。ですが、それをお母様に尋ねることは出来ませんでした。してしまえば、お外に出ている事がばれてしまうかもしれませんから。
それに、最近はいつも公園にいた彼女たちはどこかへ行ってしまっったのか出会えませんでした。何回目か外に出て私は凄く不思議な人に会いました。真っ白な髪に青紫色の瞳をした女の子でした。
私よりも身長の高いお姉さん。
腰のあたりまで伸びた真っ白な髪は太陽の光に当たって時々金の糸のように輝いて見えます。長い前髪を耳にかけ、青い布の髪飾りを付けたお姉さんでした。お姉さんの立っている場所は教会の墓地でした。鉄格子の向こうでお姉さんは何かを呟いていました。
鉄格子を無理やり通ってお姉さんのところへ行ってみました。私と顔の形の違うお姉さんを見上げました。キラキラした青紫色の瞳で私を見るその目がとても綺麗で、途端に恥ずかしさが込み上げてきてしまいました。
お姉さんの話す言葉は何を言っているのか分からず、私は困ってしまいました。お姉さんは自分をさしながら何かを言っていたが、さっぱろわからなかりませんでした。
『アータ。』
「あーた?」
私がお姉さんの言葉を繰り返して言うとお姉さんは頷きました。それからお姉さんは私の名前を尋ねました。
「まり。」
『マリ。』
私は久し振りに誰かに呼んで貰えた事がとてもとても嬉しいと思いました。。最近はお母様も私の名前を呼んでくれませんでした。私の名前を呼んでくれる子達もどこかへ行ってしまいました。私がもう一回とお願いするとアータお姉さんは私の名前を呼んでくれました。
私の名前を呼んで、私と遊んでくれました。私の頭を撫でて、私の事を抱きしめてくれました。
こんなに楽しいと思えた日はいつぶりでしょうか。だからこそ、お姉さんとお別れしなくてはいけないと思う事がとても辛いと思いました。家に帰りたくないと思ったのは、初めてでした。お姉さんも私と同じ気持ちだと嬉しいと思ったけれど、不安そうに神社の階段で足を抱えるお姉さんを見てそう思ってはくれていない事が分かってしまいました。
それが、少しだけ寂しいと思いました。お姉さんを縛る関係を壊したいと思ってしまいました。
お姉さんの膝の上に頭を乗せると優しい手が私の頭の上に乗るのです。プカプカと水の中にいるような感覚でした。しばらくその感覚に身を任せていると寝息が聞こえてきました。穏やかなその音に、私もだんだん眠くなってきてしまいました。
もう二度と感じる事が無いかもしれない柔らかな腿の感触を頬で確かめながらゆっくりと意識を沈んでいきました。本日はとてもそう、人生最高の日でした。
静かな日常は今までにも沢山ありました。滅多に外に出ない私には、静かな日常しか訪れませんでした。毎日お母様が持って来てくれる本を読むだけの生活です。ですから、それが私の知識の源でした。その中にはこの街の地図などもあり、私は道に迷う事など一度もありませんでした。
絵や写真が私に見せてくれる景色はどれも新鮮なものでしたが、どれも平坦な物でした。凹凸の無いその絵はどこか重苦しさを感じずにはいられませんでした。家の座敷牢に押し込められた私と同じ。たった一枚の紙切れに押し込められ、何回も再利用される。
再利用されていないだけましかと考えるのか、再利用する価値も無いと考えるのか。
そんな事を考える思考回路など持ち合わせていなかった私には、目の前の女性に出会えたことが何よりも嬉しかったのです。私に会ってくれるお友達が新しく出来た事が嬉しかったのです。
お疲れ様でした。
活動報告に書きましたが、この第2章において兎一号は決定的な間違いを犯してしまいました。
終戦したのが何月なのか詳しくはわかりませんが、第2章の時期は十四年前の夏頃を設定しています。
はい、十
乱歩さんと社長が出会ったのはいつですか?
はい、十
はい、二年早いですね。
第六章のプロット作ってる時に気が付きました。
そんな先の話を作っている暇はありませんでした。
話が伸びるかも?
タイムマシンがあるのならこんな事を言っていた自分を殴りに行ってます。
本当にすみませんでした。
今後、このような事がないよう気をつけます。
感想、評価などお待ちしています。