人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

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4月27日 誤字訂正


第一章 彼は人間嫌いの厭世家だった。
第一話 私は、その森で老人と出会った。


とある作家が言った。

 

「全ての人間の一生は、神の手によって書かれた童話にすぎない。」

 

 彼はいったいどんな一生を送ったのだろうか。もし、私の人生が彼の言葉の通り、童話に過ぎないのだとしたら。それはとても、不公平だと思う。

 その人生が終わるころには、きっと苦痛はないだろう。

 彼女はいつも神に祈っていた。教会の色とりどりな硝子を前にして、手を合わせた。

 

「生きる事は罪なのでしょうか? 望む事は罪なのでしょうか? 歴史よ、貴方の腕に抱かれた誰もが言うでしょう。貴方の愛はいらない。そんなものは愛とは呼ばない、と。」

 

 

 

 

 いつも仲間内から追い出されてしまう私は一人で遊んでいた。独りで遊ぶことしか無かった。いつものように同年代の子供達は私を見つければ雪玉を持って追いかけ回してくるのだ。彼らからなんとか逃げ切り、私は大きく息を吸い吐き出した。

 

 今日は一段と冷え込んだ。吐き出す息が白く、私はその白い粒が浮遊するのを楽しんだ。北欧の冬は寒さが厳しく防寒着が欠かせない。高くは無いが、安くは無い外套(コート)を羽織り、毛糸の手袋をして、雪が入らないような長いだけのブーツを履く。

 

 今日もいつもの様に一人で遊んでいた。昨日の夜降った新雪がいい具合に積もっていた。雪を掌で掬い上げ、ギュっギュっと押し固める。その後、雪の上にそれを置いて転がしていくのだ。森の中で鼻歌を歌いながら進んでいく。雪を踏みしめる音が楽しくて私は沢山音を鳴らす。

 この森は私が住んでいる村のすぐ横に広がっている森だ。村の西側に広がっており、山菜取りなどに活用されるけれど冬になれば雪が深く他の人間たちは滅多に入ってくることはない。

 

「ふぬぬぬ…!」

 

 いつもなら膝までの大きさで止めてしまう雪だるまの胴体部分も今日は気が付けば腰辺りまで大きく成っていた。うんともすんとも動かなくなった雪だるまの胴体部分を見詰めて溜息を付いた。

 

 そこでふと、私は辺りを見回した。此処はいつも自分が遊んでいる森の中だという事は確かなのだ。それに足跡だって残っているのだ。しかし、だいぶ奥まで来てしまった。それでも迷う事は無いだろう。足跡を確認して、私はもう一回雪を掬い上げた。

 

 それから一時間程たっただろうか。ようやく完成した雪だるまを私は誇らしげに眺めていた。私自身の身長よりやや大きい雪達磨。どうやって、頭を乗せたのかって?

 

 そんなものはやる気さえあれば何とかなるものだ。これで馬穴(バケツ)と人参があったのなら私は今すぐにでもこの雪達磨を完璧にしたものを。

 

 私は少し悔しそうに地面を蹴った。

 

 

 子供の心変わりはなんて早いものか。

 

 

 それから、人参は持って来られないけれども馬穴(バケツ)位ならばと思い、自身の家に一度帰ろうと思った。この辺りには私の足跡で埋め尽くされていた。そして私はその足跡を解きあかしていくと困った事が一つあった。右と左に足跡があるのだ。それも両方ここに向かって来ているのだから、私は首を傾げた。

 

 いくら考えてもちっとも理解できない私の頭は、到頭行って違えば戻ってくればいいと言う何とも考えのない行動を実行に移したのだった。私はこの時右側の足跡に向かって歩き始めた。足跡をたどり、そして私は辿り着いた。小さな小さな家だった。

 

 そう言えば、昔は私の村ももう少し大きくてここら辺まで家が建っていたのだったか。今となっては、住む人間がいなくなって誰も家の管理をしていないから木が生え、草が生い茂り幽霊屋敷みたいになっている家もある。

 

 私は目の前の掘っ建て小屋のような家に興味を持った。知識欲とは、人間が人間足る所以である。と、私は思っている。故に私は私の知識欲にとても素直に従った。こんな森の中にあるのにもかかわらず、きっちりと雪かきがされていて私が来た方向は別の方向に道が出来ている。私は家の周りをぐるっと一周して見た。人は住んでいるのだろうけれど、住むにはとても不便そうなこの家には一体どんな人間が住んでいるのだろうか。

 

「何をしている、小娘。」

 

 後ろから掛けられた声はとても渋い声だった。後ろに立っていたのは決して大きくない、小柄な老人だった。

 

「おじいさんが、ここに住んでるの?」

 

 私がそう尋ねてると老人は眉を顰めた。しかし、私が疑問に思うのは仕方がないと思った。この老人は見た目、とても高級そうな服を着ている。私の身体を切り売りしたってその服の全てを買いそろえるのは難しい、と思ってしまうほどその老人は滑らかな(シルク)の帽子に、とっても暖かそうな毛皮の外套(コート)を羽織っている。彼の履いている靴は傷一つない真っ黒な靴だった。

 

「質問を質問で返すな、みょうちくりん。」

「みょ、みょうちくりん…?」

 

 初めて聞く言葉だった。首を傾げた私を見下ろす老人は私を見てため息をついた。

 

「いいから答えろ。ここで、何をしていた?」

「ただ、こんなところに家があるなんて思ってなかったから。見ていただけ。」

 

 老人のから見下ろされる視線の鋭さは一向に変わりそうにない。老人は手にしていた杖で除雪された道を指した。

 

「帰れ、ちんちくりん。この道をまっすぐ行けば大きな道に繋がっている。」

「あ、ちょっと!…、もう。貴方だってちんちくりんのくせに!」

 

 私が老人の指す道のほうを見ると、老人は家の中に入ってしまった。私の言葉に少しイラッと来たのか老人はドンッとドアを一回叩いた。

 

「ひっ。」

 

 小さく悲鳴を漏らした私は大きなため息をついた。

 

 

 やはり、この髪の色がいけないのだろうか。誰でもいいからお喋りができると思ってたのに。

 

 

 自身の髪を一房手に取り、ため息をついた。そんな私の心情など老人が察してくれるはずもなく、閉ざされた扉があくことはなかった。仕方なく私はとぼとぼと家に帰った。

 

「twinkl,twinkl,little ster」

 

 囁くように私は音を紡いだ。数分歩けば老人の言う通り、道をまっすぐ行けばそこには見慣れた大きな道があった。

 

 

 どうして今まで気が付かなかったのだろうか。

 どうして今まで気に留めなかったのだろうか。

 

 

 私は、私が辿ってきた老人の足跡を見つめた。私の足より少し大きいだけの足跡。私は少し心を躍らせながら帰り道を歩いた。

 

 

 あぁ、こんなにワクワクしながら家に帰ったのは初めてではなかろうか。

 

 

 ただいま、と言っても誰かから返事が返ってくるわけではなかった。

 

 私は気が付けば一人だった。一人でこの村に住んでいた。昔は、男の人がいた気がするが今はもうここに来ることはない。きっと親戚か誰かだったのだと思う。私は彼がここに来なくなった事を非常に残念に思っていた。私はその男性の事を尊敬していたし、父親のように思っていた。あの男性が来なくなったのはいったい何年前だったか。もう、顔も声も思い出せない。それでも、あの男性が作ってくれた細底幼(シチュー)の味は覚えている。

 

 

 いや、そう思っていたいだけなのかもしれない。

 

 

 それでも、男性から教えてもらった細底幼(シチュー)だって焦がさないで作れるようになったのだ。牛乳(ミルク)はあまりに手に入らないから、そう簡単に作れる品物ではないのだが。それでも、今日は気分がいいから牛乳(ミルク)を買いに行こうか。なんなら、奮発して鶏肉(チキン)を買ってもいい。

 

 

 今日の私はそれ位上機嫌なんです。

 

 

 そう考えているとさらに心が躍った。ここらの子供たちは私に当たりが強いが大人たちは妙に私に優しかった。その理由を私は知らない。大人たちは私に話すことはないだろう。

 

「おぉ、見ない顔だね。新しい子かな?」

「まぁ、そんな所です。おじさん、鶏肉一つ下さいな。」

 

 何故かはわからない。わからないが、この村の大人たちは、私に会うたびに『見ない顔』と言う。毎日会っても大人は私の事を『見ない顔』と言うのだ。

 

 しかし、それはこの肉屋に限った事ではなく、ほかの店屋も私の事を知らない風に振る舞う。そういった意味では、子供より大人に陰湿ないじめに合っている気分だった。声音は優しげなのに、表情は笑みを浮かべているのに、どうして彼らは私にあんな事を言うのだろうか?

 

 わたしにはわからなかった。そんな事をするくらいならば、私にものを売らず餓死させた方がいいのではないのか。そんな丁寧に無駄な時間を私に費やすくらいならば、と私なら考える。大人の考えというのは違うものなのだろうか?

 

 肉屋のおじさまは笑顔で皮を剥いであった鳥を切り分け始めた。切り分けられた鶏肉(チキン)が量りに乗り、値段が計算される。お金を払うとおじさまはそれを袋に入れて私に手渡した。終始笑顔の彼を私はやはり『気持ち悪い』と思うのだった。

 

 

 しかし、それは仕方のないことだ。だって彼はそうしなければ生きていけないのだから。私のような、みょうちくりん?にも笑顔を振りまかなければならないのだから。そしてそんな彼に笑みを振りまく私もまた同じか。

 

 

 私の両手には最早抱えるのがやっとになってしまった紙袋が乗っていた。グラグラと不安定なそれを必死に倒れないように私は抱える。町の中心から少し離れた私の家に帰り、台所に食材を置く。そしてそこが焦げ付いた鍋を用意する。保存庫の中に放り投げてあった牛酪(バター)と小麦粉を取り出す。それを鍋の中に入れて私は少し思いとどまった。

 

 

 あの老人は一体今日は何を食べるのだろうか。生きているのだから、何かしら毎日食べているのだろうかけれど…。

 それとも、あの老人は生きてない?

 

 幽霊!?

 

 

 私は持っていた小麦粉を落としてしまった。衝撃で舞い上がった小麦粉に咳込みながら、私はその場から避難した。

 

 

「あぁあ…。」

 

 すっかり白くなってしまった服を見てため息をついた。

 

 

 勿体ない。

 

 

 そんなことを思ったところで片付けるしかないのだ。私は急いで玄関に戻り箒と塵取りを持ってきた。なかなか集まってくれないそれに苛立ちながら片づけていく。ある程度片づければあとは水拭きしなければとれないだろう。まったく、冬に水仕事は勘弁してほしいものだ。

 

 

 って、自分で勝手に仕事を増やしただけか。

 

 

「よし、気持ちを切り替えて!」

 

 ぱんっと、足をたたいて私は立ち上がった。

 

「あ…。」

 

 

 そういえば、服も小麦粉まみれだったのを忘れていた。まずは着替えからか。今日は何やら運がないみたいだ。

 

 

 適当な服に着替え、私は漸く料理に取り掛かった。段々と美味しそうな匂いが部屋に充満していく。私は笑みを浮かべながら細底幼(シチュー)を作る。台所は未だ私にとっては少し高すぎて台に乗りながらお玉で鍋をかきまわす。

 

 私は恐らく生きているであろう老人の事を考えていた。

 

 

 もし、彼が幽霊では無いのならきっと一人で食事をするのは寂しい筈だ。いや、あの年ならば奥さんもいるかもしれない。先立たれた、なんて事もあるかもしれないがそれでも、きっとこの美味しそうな匂いの細底幼(シチュー)があればきっと喜んでくれるはずだ。そうであれば、嬉しいと思う。先程、少し失礼な事を言ってしまったお詫びも兼ねて。

 

 

 出来上がった細底幼(シチュー)の鍋に蓋を占める。しっかりと蓋にロックをかけて私は防寒着を羽織る。鍋の蓋に上手い具合に麺包(パン)を乗せて私は大きな道を駆けた。昼間には振っていなかった雪がしんしんと降っていた。鍋の中身が冷めてしまわない様に、私は急いだ。

 

 

 どうしてそんなに急いでいたのか、

 どうしてそんなにあの老人に拘ったのか。

 

 

 私にはわからなかったが、それでも独りは寂しそうだと私は思った。

 

「はぁ、はぁ。」

 

 

 運動不足という事は無いと思うのだが、如何せん、雪道は歩くだけで体力を持って行かれる。それを駆け足で鍋を持ちここまで来て、転ばなかったのだから誉めて欲しいという物だ。

 

 

 私はドアを勢いよく叩いた。すると、中から鬱陶しそうな顔をした老人が出てきた。そして老人は私の姿を見て微かに眉を顰めた。

 

「何の用だ、つるペタ。」

「夕飯は食べた?おじいさんが一人で寂しく夕飯を食べている所を想像したら可愛そうになったから、一緒に食べてあげようと思って持ってきたの。」

 

 私は手に持っていた鍋を老人の前に掲げた。その拍子に上に乗っていた麺包(パン)が落ちてしまいそうになったので体にくっ付けて何とか地面に落とすまいと奮闘する。そんな私を呆れた様子で見降ろしていた老人が見かねて上に乗っていた麺包(パン)を持ってくれた。

 

「あ、ありがとう。おじいさん。ねぇ、一緒に食べましょう?」

 

 そう言うと、老人はもうこれ以上はどうにもならないのではないかと言うほど眉を寄せ、私を見下ろしていた。

 

「親はどうしている?まっしろしろすけ。」

 

 

 この老人は、一々人に対しての罵倒を挟まなければ会話が出来ないのだろうか。そんなんだから、こんな辺境に偏屈な老人が住むことになるのだ。

 

 

 私が不機嫌そうな表情を浮かべていると、老人は非常に愉快だと言った表情を浮かべた。

 

 

 この老人には恐らく奥さんなんて人はいないだろう。こんな人が誰かに好かれるわけがない。

 でも、それはやっぱり寂しい事だ。

 

 

「親はいないわ。昔、私に会いにきてくれた男の人がいたけれど、もう何年も会ってないし。今は心配をしてくれる牧師様がいらっしゃるだけ。」

「ほう、つまり一人で寂しく食事をするのは嫌だったのは、お前の方という事か?クソガキ。」

 

 ニヤニヤと言う表現が良く似合う表情を浮かべた老人はそれはそれは楽しそうだった。私は少し肩を落として老人を見上げた。

 

「否定は、出来ない。ダメ?」

 

 そう尋ねると老人はにやついた表情を崩し、眉をひそめた。少しの間、私を見つめドアを開けたまま家の中に入って行った。老人の行動の意図が読めず、家の中に入って行った老人をドアの向うから眺めた。

 

「早く入れ、このスカポンタン。温かい空気が逃げてしまうでは無いか。」

 

 老人の言葉に私は心を震わせた。少し猫背気味だった背筋がしゃきっと伸びた。

 

「うん!」

 

 家の中は思ったよりも狭かった。その理由は家の中に置かれた大量の紙束のせいに他ならない。細底幼(シチュー)をコンロの上に置き、温め直そうとすると、後ろからドサドサドサっと雪崩れる音がした。振り返れば案の定、机の上に乗っていた紙が雪崩れていた。

 

 いや、どちらかと言えば老人が雪崩れさせていた。たしかに机の上を片付けなければ食事は出来ないが、何もそんな避け方をする必要はないだろう。

 

 

 後で片付けるのを手伝おう。

 

 

 私はそう思いながら鍋をかき回すのだった。

 




はじめまして、兎一号です。

『人生の価値とは、所詮その程度の物。』第一章始まりました。

ここで、一つ言っておかなくてはいけないのが第一章には原作キャラは出てきません。

はい、非常に残念ながら…。

それでも良いという方はどうぞこれからもよろしくお願いします。
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