人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

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第三章 彼は酷く強いが脆い人でした。
第一話 歓迎されない


 秋。新緑の木の葉が赤く、黄色く染め上げられ大地を彩る。水分は空気中に奪われ、カラカラになった枯葉が地面を埋め尽くしはじめたそんな日のことだった。いつも通りに起床し、修道服に着替える。別に修道女になった訳では無い。ただ修道服は肌を隠す事が出来るので最近は良くこの服を好んできている。三面鏡の前に腰を下ろした。髪を結い上げる。

 

 シニヨンと呼ばれる結い方で髪を結う。それからベールを被り、前髪を整える。顔も隠せたらよかったのだろうけれど、そこまでしてしまうと宗教が違って来てしまう。

 

 最近の私のやる事は牧師様が行っている作曲作業のお手伝いだ。私には、両親から受け継いだ音楽的な才能があるらしい。確かに、両親の職業は音楽関係だった。お父さんも元々はオペラ歌手を目指していたと、牧師様が教えて下さった。

 

 最近はピアノを習い始めました。しかし、私の手は未だ固く滑らかに動かない。その点、牧師様は相変わらずなんでも出来る人で。彼に才能があると言われても、あまり自信が持てない。

 

 それに、一人でにピアノがなっているという噂が修道女の間に広がっていると牧師様が言っていた。そのせいで怖いもの見たさに時々新人の修道女が地下に降りて探検しているらしい。私は今の所、その少女に出会った事が無いので、今の所は問題なく上に戻れているようだ。此処の地下は上の建物の以上に広いし、暗い。

 

 

 昔の人達は此処の地下を掘るのに一体どれだけ苦労したのだろうか。

 

 

 上のパイプオルガンも演奏してみたいのだが、それをすると本格的に幽霊騒ぎになるのでダメだ。

 

「ああ、でも…。お祭りで皆が出払っている時ならば…。」

 

 あと二週間もすればハロウィンだ。と、考えて絶対に誰か一人は教会の中に残っているだろうと思った。一つの音だけでも鳴らしてみたいものだ。私はそんな事を考えながら地下の廊下の奥にある部屋へと向かった。そこで牧師様は作曲活動をしている。

 

 切り石で出来たこの部屋の中には、大量の音楽に関する本が保管されている。そこの壁の一面にひっそりと置かれている黒いアップライトピアノ。鍵盤を保護しているふたを開ける。楽譜置き場に牧師様が作ってくれた練習用の楽譜を置き、椅子を引いて鍵盤に手を下ろす。

 

 全てが四分音符で構成された曲なんて決して呼べるような物では無い代物。それでも、そこから始めなければならない。

 

「貴方には才能がある。だから、努力なさい。」

 

 牧師様はそう言う。才能を生かすだけの努力は必要だ、と。

 

 と言っても、私は最近楽譜を読めるようになった。さて、本日から右手と左手が別々の動きをする事になるのだ。私は集中して楽譜を読んだ。たった10個の音しか書かれていない楽譜。それを指でなぞりながら、それを見ていた。

 

「クララ、こんな所で何をしているのですか?」

「ぼ、牧師様。いえ、別に人知れずピアノがなっていた事が気になっていたからそれを確認しに来たとか…、そんなんじゃありませんからね!」

「分かりました。そんなんなのですね。全く、また幽霊ですか?」

 

 牧師様と若い女、どちらかと言えば少女の声。私はゆっくりとピアノの蓋を閉めた。音を立ててしまわない様に、細心の注意を払った。

 

「本当に、先程まであのピアノがなっていたんです。鍵盤だってちゃんと動いていたんですから。」

「また、夢でも見てたんじゃないのですか?」

「違います!違います!!……、もう良いです。」

 

 そう言って少女は何処かに行ってしまったようだ。牧師様の小さな溜息が聞こえて来る。それから足音がして牧師様はこちらに来た。

 

「私…。」

「大丈夫ですよ。」

「でも、」

「大丈夫です。貴女は私の娘のようなものです。何の心配はいりません。」

「牧師様が、私の事をその様に思って下さっているからこそ…。私も、思うのです。」

「自分が、迷惑だとでも?」

 

 そう言われて私は視線を彷徨わせた。喉を震わせる空気はこの世に沢山あると言うのに、私の喉はすり抜けて外に溢れてしまっているようだった。彼は手を上にあげた。しかし、それは私の中をすり抜けて、私の中にある。

 

「貴女に触らせてください。それとも、私は信用なりませんか?」

「いえ…、すみません。牧師様は、私がまだ人間だった頃の事をご存じなのですよね…?」

「実を言うと、そこまで覚えていないのです。ハンスが亡くなった、あの冬から以前の事が朧げなのです。」

 

 牧師様の言葉に、私は驚きました。

 

「なのに、私の面倒を見てくれていたのですか?」

「私が毎日記していた日記には確かに貴女の事が書かれていたのです。覚えていたのは名前くらい。それ以外は、何故か忘れてしまっていました。」

 

 酷く申し訳なさそうに言う物だから、私まで申し訳なく思ってしまう。そんな事を聞く為では無かったのに。

 

「牧師様、そう言うときは嘘でもそう言った事は言うべきでは無いと思います。」

「ははは、すみません。嘘はつけない性質でして。」

「そんなんだから、教会から追い出されるんですよ。」

 

 牧師様は元々別の宗派に属していたが、折り合いが合わずこんな田舎の教会にやってきたのだ。それなりの地位は持っていたそうだ。

 

「耳がいたい話です。さて、アヌンツィアータ。貴女に触れるのは諦めましょう、今回は。」

「はぁ…。」

「貴女宛に手紙です。」

 

 手渡された手紙には私の名前などどこにもなく、あるのは牧師の名前だけ。私は確認の意味も込めて牧師の顔を見上げた。優しく微笑むだけの牧師に私は手紙の差出人を見た。

 

「これは、どうしましょうか。」

 

 私は一枚の手紙を震える手で持っていた。驚きのあまりドッキリを疑ったほどだ。しかし、いくら考えようが私にドッキリを仕掛ける人間が思い当たらないのだった。真っ白の封筒はとても滑らかな紙で出来ている。その事からこれがとても高い紙である事が直ぐにわかった。

 

「開けないのですか? 読まれない手紙程可哀想な物は無いですよ。」

「わかってはいるのですが…。」

 

 牧師様から受け取った手紙を先ほどから透かしたりと、色々な奇行をしていた私に到頭牧師様が声をかけてきた。不安げな表情でそれを見詰めている。

 

「貸しなさい。私が開けて差し上げましょう。その代り、きちんと読むのですよ。」

「…、はい。」

 

 力なく持っていたそれをするりと取り上げ、今時珍しい赤い封蝋を開ける。そこから若干青みがかった紙を取り出した。私はその手紙を見る事をとても戸惑っていた。差出人の名前は『アントニオ・ラスムセン』。戦争終結から音沙汰のなかった彼からだった。生きていた事はとても嬉しい。

 

 しかし、何故だろうか。心が騒めくのだ。生きていた事を素直に喜んでいないみたいで、私は私自身にひどく不愉快な感情を持っていた。

 

 差し出された手紙には、その手紙の紙をとても無駄にしているとしか思えない文章が書かれていた。

 

『後二週間ほどで帰る。

 

 連絡できなくて悪かった。』

 

 この二言だけ。これをどうしろというのだろうか。手紙をぐしゃりと握りしめ、私はどうしようもなく湧き上がる心を鎮めるために外に出た。牧師の横を通り過ぎる私に、彼は何も言わなかった。そして私はあの池へと走った。途中何度か気に根に突っかかり、転びそうになった。

 

「この、大馬鹿野郎!!」

 

 今まで一番大きな声で私はありったけの罵倒を込めて叫んだ。

 

「何が、連絡できなくて悪かった、だ。ふざけんなぁ!!」

 

 ゆらゆらと湖面を揺らす。高く上った太陽が光をありとあらゆる方向に散らばっている。それから、私は湖の方へ倒れた。顔の半分が水に埋まっていても全然苦しくない。

 

 私には今の自身の心情が分からない。これが何という感情なのか、全然わからないのだ。あきらめたように溜息を吐きだし、私は寝返りをうち空を見上げた。すると何を言うでもなく私を見下ろしている少女の顔が視界に映る。少女は不思議そうに私を見下ろしている。そして空を見上げた。そこに何もないのだとわかるとまた私を見下ろした。

 

 私は私の隣をぴちゃぴちゃと叩いた。少女は意図を察したのか私の隣に腰を下ろした。そして私と同じように水面に寝転がったのだ。日本から帰ってきた日から私の後ろについてい来る少女。『約束を守ってね。』としか言わない彼女は、私がどこにいてもついてくる。私が壁をすり抜ければ、彼女も壁をすり抜けてついてくる。

 

 彼女が私の妄想ではないだろうかということも考えたが、彼女自身特に何かするわけではないので放っておいている。彼女は私と同じように食事を必要としていないようだった。食べ物をせがんできた事も無い。あるのは約束を守れと言う事だけ。

 

「あのね、アントニオが戦争から帰ってくるの。そう、手紙に書いてあったわ。」

 

 彼女は首を傾げた。

 

「アントニオはね、私の…、そうね。お兄さんみたいな人よ。優しくて私に色々と教えてくれたの。お部屋にあったアリスバンドをくれたのも彼よ。」

 

 私は水に濡れ、すっかり読めなくなってしまった手紙を空に掲げた。少女の視線もその方を向く。

 

「でもね、どうしてだろう。心が落ち着かないの。嬉しいはずなのに…。酷く騒めいて、非常に不愉快だわ。」

 

 少女は訳が分からないといった表情で首を傾げた。その様子を横目で見て、私のこの今の気持ちを解読してくれる人間はいないのだろうか。

 

「これは、ため息が出てしまうわ。」

 

 暫くじっとして唸りながらジタバタと足を動かした。無数の水滴が飛び散り、それはまた水面に戻っていく。

 

「あぁ、アントニオが帰ってくるまでこんな気分で過ごさなければならないのかしら。嫌だわ、自分が自分じゃないみたい。」

 

 水の中から起き上がり、その水分を払う。バケツをひっくり返した時のような音が響く。湖から出て近くの木に体を預ける。大きく深呼吸を一つしてそれから、私は父親の家に向かった。

 

「今日はね、お父さんの家に案内してあげる。私のお父さんはもういないけれど、家は残っているからよく掃除するのに通っているの。家を維持するのはこの地上に残ったものの役目だからね。」

 

 少女の手を引いて私は、そう語った。極僅かな人の目に映らない亡霊(ゴースト)がそれ以外に見えない亡霊(ゴースト)を連れている。全く、訳が分からない。もしかしたら、私と彼女が同族だから見えているのかもしれない。

 

「ほら、あの小屋みたいな小さな家がそうだよ。」

 

 物凄く古い見た目だが、作りがしっかりしているからか以外に中は保温性に優れている。冬もある程度快適に過ごしていた。

 

「中はキッチンに、お風呂とトイレがある。でも、本当に狭いの。」

 

 そういいながら私は家に近づいた。そして家のドアを開けた。そこには何もないただの空間が存在していた。

 

「ここよ。収集癖でもあったのか知らないけれど、私の身長の倍くらいまで本が積まれていたのよ。地震が起こったら、絶対に下敷きになって死んじゃうわ。私達は、まぁ、当てはまらなくなってしまったけど。」

 

 何もないその家の中は私の声がよく響く。反響して耳に届く音。少し来ないうちに埃っぽくなるこの家。物がない分掃除は少しだけ大変だ。掃除する面積が単純に増える。

 

「貴方のお父さんってどんな人なの?」

 

 と、尋ねると首を傾げた。

 

「お母さんは?」

 

 彼女は首を横に振った。私は申し訳なさを感じて、「そう。」とだけ呟いた。少女は壁の染みをを指差した。

 

「あぁ、それはね。うちの家で喧嘩して死にかけた人の血痕。壁紙を張り替えないと取れないんだって。でも私、お金持ってないからそのまんま。」

 

 少女は次々に壁の染みを見つけては質問を繰り返した。私はそれに丁寧に答えた。

 

 そこで私は一つ気が付いた事があった。私の父親の持ち物の中にはとても古い書物が沢山あった。下手をすれば、触っただけで崩れてしまいそうな本だってあった。日に焼けすっかり紙が茶色くなってしまているものが殆どだった。

 

 なのに、この部屋の壁はたしかに日に焼けたいる。しかし、それは食器棚などがそこにあった事を知らせるものではあったが、その場所には明らかに本が積まれていたのだ。他の量の本はいきなり現れたのではないか、と私は思った。

 

 自身の内で考え事に没頭していると、私の服を少女が引っ張った。

 

 少女が指差したのは何か焦がしたような痕。

 

「それは、分からないわ。でも、お父さんは不器用な人だったから…。そうね、料理でも焦がしたのかも。」

 

 私は前に一度見た彼の料理をしている風景を思い出して笑みを浮かべた。

 

「不器用、と言うよりは料理の仕方を知らないみたいだったわ。包丁なんてしっかりと握りしめちゃって。」

 

 私は箒の柄をギュッと握りしめて、あの時の再現をして見せた。私が笑うと少女も無表情が少しだけ和らいだ。

 

「野菜を切ると言うよりは、刃で押しつぶすといった感じだった。ダンッダンッてまな板が可哀想だったわ。」

 

 一人の笑い声だけがその空間を震わせる。

 

「そう言えば、あの時もアントニオと一緒にお昼ご飯を食べたの。不器用で見た目はあんまりだったけど美味しかったのよ。本当、懐かしい味がしたわ。きっと昔に食べた事があったのね。」

 

 壁を撫でると手が少しだけ黒く煤ける。

 

「貴女にはそう言うのある?って言っても分からないか。お父さんの事もお母さんの事も曖昧みたいだし…。」

 

 私は手についた煤を払い、箒を手に取った。今日は一通り床を掃除したら壁を綺麗に拭こう。しかし、それは少し気が引けた。彼がここに住んでいたという確かな少女は最早壁の焦げ跡くらいしかないように思える。しかし、そうこうしているとこの部屋はいつまで経っても住民を獲得できない。

 

 それはとてもこの家にとって悪い事なのではないだろうか。

 

 感情も思考する頭も無い部屋にたいしてどうにもならない嫉妬をしている。

 

「あぁ、そっか。私は嫉妬しているのか。嫌だなぁ、自分が大嫌いになりそう。」

 

 生き残ってしまった私の友人。同じ亡霊(ゴースト)になれると思っていたのに。彼は結局、生きて帰って来る。それが、私にとって歓迎されない事実だった。




お疲れ様でした。

次回、アントニオ君が帰還。

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