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3月24日:人数の修正
ぐったりと表情で食堂の机に突っ伏している青年の姿を一瞥して、特に美味しいと思えない食事を口から胃の中へと押し込む。美味くない、美味くないと言いながらなんだかんだ二年間食べ続けた食事だ。毎日300人強の食事を三食作り続けた食堂の彼らの事を考えると頭が上がらない。
「ベルナルド、作業に早く食わないと間に合わなくなるぞ。」
「わかってるさ。俺だって、ここに二年いるんだ…。わかってる。でもなぁ、明日終戦っていう噂を信じて、どうして今日の訓練がいつもの3割増しになるんだよ!」
握っていたフォークで大きく机を叩いたベルナルドに、上司である先輩たちが肩を叩いて行った。彼の隣に座った上等兵の
「フルヴィア
俺の言葉にベルナルドは眉を吊り上げた。
「はぁ、ふっざけんな。そんな事したら、普通に軍法会議もんだろう。下手すりゃ銃殺刑だ。」
「それでも、お国の為って言って戦争に出てくる奴はやるかもしれないだろう。俺には、わからんけどさ。」
「まぁ、俺もお前もここに来たのは国の為じゃないからな。」
俺はただ招集されただけ。ベルナルドは自身の力を誇示したいだけ。ベルナルドはともかく、俺に至ってはここはあくまで同盟国だ。他国のために態々命を懸けてまで戦ってやろうなんて気はさらさらなかった。
いつもより騒がしい食堂でいつもより騒がしい男を前にして食べるこの食事も今日が最後かもしれない。そんな事を思うとすっかり身に沁みついてしまったこの少し緊迫した日常が離れがたく思ってしまう。そこには、精神的な拘束がある意味で心地よいと勘違いしてしまっているのでは無いだろうか。そう、相手のいない吊り橋効果みたいなものである。
「でも、歴史上無いわけじゃないからな。ほら、アジアの東の日本っていう国は実際にソビエトにやられただろう。」
「あぁ、それで領土を取られて未だ問題なっているみたいですね。」
上等兵は少し退屈そうな表情で話す。コーヒーをかき混ぜるための小さなプラスティックのスプーンで空中をかき混ぜながら彼は続けた。
「日本はまだ島国だから良いさ。俺たちは大陸の上でやってるんだ。侵入するにしたって俺たちのほうが断然簡単なんだよ。それに忘れちゃいけないのさ。昨日の敵は今日の友、その逆も然りってことをさ。実際、日本とソビエトは中立条約結んでたって話だぜ。」
信じられるか?と言いたげな表情で彼は言った。
「隣が
「全くだ。バルト三国あたりなんてのは気がぬけねぇだろうな。まぁ、そんなこんなで軍体長殿も今が一番気を張ってるのさ。だから、黙って訓練されてやれよ。俺は兎も角、お前らは職業軍人じゃないんだ。戦争が終わったらこんな体験二度とできねぇぜ。戦争で生きて帰れるってことがどれだけ幸運なことか、しっかりその胸に刻んどけ。」
彼の言葉にいったいどれほどの実感がこもっているのかその時の俺には分からないかった。しかし、職業軍人として生きてきた彼にとってはそれが良く分かっているのだろう。彼だって20代後半と軍人にしては若い方だ。そんな人間から戦争の中で生きている事は偶然だなんて言葉が出る時代に少しばかり自身の生まれた年の運のなさに憐れみを感じた。
彼が食事を終え、トレーを戻しに立ち上がりその姿が見えなくなったとき、同じに一等兵のレモンドが上等兵である彼のことを教えてくれた。同じ部屋で生活しているレモンドは彼の昔話を少しだけ聞いたことがあるそうだ。
「あの人はさ、前線に出たことがあるらしいんだよ。今でこそ、兵科は工兵だけどさ、昔は対戦車特技兵だったらしいんだよ。」
対戦車特技兵というのは対戦車兵器を持った兵士のことだ。対戦車ミサイルやロケットランチャーを持って主に戦車を破壊する兵科のことだ。下手をすれば戦車の榴弾の餌食になりかねない。
「それであの人は生き残ったんだってさ。でも、一度だけ言ってたよ。足を無くしてベルリンの病院に運ばれたいって思ったって。」
酷く恐ろしい体験でもしたのだろう。だからこそ彼はある意味で逃げてきたのだ。前線から逃亡した。だからこそ、彼は言ったのだ。戦争で生き残ることの有難さを。
「俺達はこれでも運のいい方、か。」
「やめだ、やめだ。折角終わるらしいのに、今更こんな暗い話をしなくても良いだろう。」
「楽しい話なんて何かあるのか?」
「街の女の子について!」
その言葉に反応を見せたのは、俺たち三人の中で言い出したその奴しかいなかった。
「クソ、このリア充!」
「お前だって、充実してるだろう?毎日毎日いい汗かいてさ。」
「またその話かよ…。」
そんな与太話をするのもこれが最後だ。召集を受けた軍人は故郷に帰れる。
そんな一握りの人間が掴める幸せを幸せと感じるとなく過ごしていた。
★
看護兵である俺は、こんな所に用事はなかった。薄暗い地下。あまり掃除が行き届いていないが、床に埃が溜まっている事は無い。そこから沢山の人間が毎日ここに行き来しているのが分かる。
「全く、困ったよ。」
「あぁ、これは困るだろうな。」
部屋の前の廊下に山積みになった木箱の蓋を少しだけ開け、そしてそれを元に戻した。正式に明日和平交渉が行われるとの連絡を受け取った俺達は引き揚げ作業の為、見回りの任についていない奴以外は荷物の整理に当てられた。何時もなら何やかんやで訓練か任務で手を休める暇はなかったから、部屋はあまり健康にいい状態とは言えない。
少し埃っぽいこの武器庫の整理をしていると前線から引き上げられてきた大量の榴弾が運ばれて来た。これを見て本当に戦争の終わりを感じた。土の付いた木箱の中には迫撃砲の榴弾が込められている。清掃を命じられた同期と共にその山積みになった木箱を見上げていた。
「凄いな。」
「こんだけ作ってこんだけ余ったんなら軍としては、大赤字だろうな。」
それでも作られただけでこれらで人を殺さなかったという事だ。俺は自身の手がいつの間にか赤く染まっているのではないだろうか。そんな下らない錯覚を起こしそうだった。
昔の記憶。さほど昔ではない記憶。血を見ると思い出すのだ。手が真っ赤に染まったあの光景を。耳に残る雪が吹き荒ぶ風の音を。
「そう言えば、知ってるか?何かこの基地に女を連れ込んでる奴がいるらしいぜ。」
榴弾を一つ一つ確認しているとその作業に飽きを感じ始めたのか、同期がそんな話を振ってきた。
「女性を?女性が好き好んでこんな所来るか?」
「俺もそう思ったんだけどさ。見た奴がいるんだよ。20代くらいの真っ白な髪の女。黒いゴシックを着た人形みたいな女だって。」
真っ白な髪の女。一瞬浮かんだ少女の顔に眉を顰めて、それから彼女が20代と見間違われる筈が無いと首を振った。
「ゴシック?なんだ、そう言う趣味の奴でもいるのか?」
「そうとしか思えないよな。でもよ、見た奴はその女。月明かりに照らされるとスゥッと消えてったって。」
「オイオイ、ここの軍隊大丈夫か?到頭女が足りなくて幻覚見る奴までで出したか。」
そうお道化て言うと相手も肩を竦めた。
「でも、それを少佐まで見たらしいんだよ。」
真剣な表情で語る彼の事だから本当にその姿を見たのだろう。俺は記憶のどこかで見た事がある様な想像上の容姿を頭の奥に追いやった。
「少佐の話じゃ、少佐の体をすり抜けて何処かに行ったらしいぜ。一緒に居た大尉がその時の腰を抜かした少佐の事を矢鱈と話していたらしいからな。」
「それは、また…。あの人の女みたいな噂好きは困ったもんだ。」
「あの人は、女だろ。」
「あぁ……、そうだった。そうだったな。」
こんな世界だから沢山の人間が集まって来る。嫌味な人間だっている。しかし、それだって仕方のない事だ。俺の様に血が苦手で前線じゃあ、何の役にも立たない人間もいる。
「お前、どうしてここにいるんだ?」
突然の質問に首を傾げた。
「お前、
「それは、お前が人を殺した事が無いから言えるんだよ。」
ゴム弾の訓練での成績はいつもトップクラスにいた。それは今までの経験の差があるからだけなのだ。
口から出た言葉に俺は自分で酷く驚いた。それでも、俺は無意識に続けた。口から出続ける言葉を俺に止める術はなかった。
「生温い液体が、心臓の鼓動に合わせて体から飛び出るんだよ。押さえても、どうしようもなくてさ…!」
わなわなと震えて両手を見て、その手は真っ赤に染まっている。
開ききった瞳孔はそこに無い何かを見つめていた。自分でもおかしい事は気がついていた。既視感とでも言うのだろうか。
吹雪の中、真っ白な雪が赤く染まる。酷く吐き気のする程芳醇な香りが麻薬のように脳を刺激して良く無い方へと持っていこうとする。乾いた喉から出るのは意味のないうめき声。正常な判断など出来るはずもない。頬に何かが流れ、それが冬の寒さを助長された。
「おい!」
強く掴まれた肩は痛いはずなので痛みをあまり感じなかった。酷く荒い息を整えるように深く深呼吸をする。
「悪かったな、嫌な事を思い出させたんだろう?」
「いや、大丈夫だ。」
未だに震える手を強く握りしめた。
「人を殺したって言ったよな。それは、前線の話か?」
俺は小さく首を振った。最初からここに配属された俺は前線と言うものを経験する事なく、戦争を終えようとしている。
「あれは、二年前の冬の日だ。その日は極夜が近づいていて、迂闊だった。アイツが外に出ているはずないと思い込んでたんだ。」
「いや、良い。話すな。」
言わせたくないのではない。聞きたくないのだ。目の前の同期の男の顔を一瞥して手に持った拳銃を見つめた。
もし、あの時持っていたのがこの銃ならば。
なんて途方も無いことを考える。考えて考えた結果、時間の無駄だったと思い知らされるのだ。どうしてこんな大切なことを忘れてしまっていたのか。酷く心が荒んだ。
「おい、これ見ろよ。」
俺の心の中の事など、彼には関係ない。少し浮き足立った声で俺に手招きをした。
「見ろよ、ワルサーP38だ。」
「第二次世界大戦だったか?随分な骨董品だ。」
「あぁ、でも状態もいい。うっわぁ、すげえ。」
銃を取り出してその状態を確認する。
「でも、まぁ。こんだけ余ってるって事はあれは本当だったんだな。」
「ん?あぁ、威嚇射撃八発、発注投擲一発って奴か?戦時中に改良品が出来るほどだったからな。」
ワルサーP38は第二次世界大戦中に
こう言う骨董品が出てくるのも、前線補給基地として使われているこの砦ならではなのかもしれない。弾倉を確認するときちんと八発入っているのだから驚きだ。
「こんな骨董品、とっとと鉄くずに戻して別な物に作り替えた方がよっぽど世間の為だな。」
「まぁ、でも。忘れ去られたままっていうのは、嫌だな。戦争が終わるから、こいつらの出番はないかもしれないけど。」
「弾薬は9mmだから使いまわしは出来るな。軍隊長に報告しておくか。」
そういって同期は武器庫から出て行った。俺は暗いその部屋を見渡す。木箱の中に隠されているのは、何もあんな骨董品ばかりではなく、きちんと現代の実戦配備用に作られた
やがて戻ってきた動機は骨董品を工場に運び加工し直すことを伝えた。榴弾を地下に運び、骨董品約50丁を地上に運び出した。50代の隊長はその銃をとても懐かしがっていた。そしてやはりその銃が使えないということを言われた。この銃は明日の昼ごろに到着する貨物列車に乗せられ、ベルリンに運び込まれる予定になったそうだ。
「この箱を駅まで運んで、今日の作業は終了だ。悪いな、最後まで手伝わせて。」
「いいって。看護させてくれる兵士がいないからな。俺たちは暇で暇で仕様がない。フルヴィア
馬に引かせる荷台に荷物を載せる。ついでだと、駅に到着しているであろう食材を持って来いと頼まれた。駅からここまで中途半端に距離があり、歩いていくには少し億劫で、車で行くには近すぎる。だから、馬なのだ。
「このご時世、馬に乗ることになるなんてな。」
「優雅なもんでいいじゃねぇか。」
少し荷馬車を走らせれば、駅に着く。その隣には大きな図書館が隣接されて居る。軍関係の書類は直接砦内に保管されて居る。この図書館はその時に移された遺物だ。
「ん?あれ、フルヴァア
図書館の前には大量の本を持ち出して居るフルヴァア
「そんなに大量の本、どうするんですか?」
「明日、使うんだよ。運ぶの手伝ってもらえるかい?」
「ええ、お安い御用ですよ。駅で荷を下ろしたら戻ってきますので待っていてください。」
「あぁ、頼んだよ。」
駅に向かう途中、同期がこんな事を零した。
「明日なんて、何に使うんだ?」
俺は、フルヴァア
お疲れ様でした。
文豪ストレイドッグスが好きな皆さんなら、
ワルサーP38って何のことか分かりますよね?
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ちょっと無茶振り。
特徴的なあの形!
いやぁ、一人で興奮しているようでお恥ずかしい。
まぁ、私はリボルバーの方が好みなのですが……。
「いいセンスだ。」
と、あの渋い声が聞こえてきそうで。
八発威嚇射撃、投げてようやく一ヒットというポンコツ銃。
そう聞くとワルサーP38に愛着が少し湧きますね。
戦場で八発威嚇射撃なんてキレますけど。