人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

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一日投稿遅れて申し訳ありません。

3月27日 誤字修正


第六話 蓄積する残骸

「急げ!」

 

 明朝、誰かがそう叫ぶ。前線から帰ってきた人間が大量に砦に押し寄せたのは終戦当日の夜明け前の事だった。昨夜、夜遅くに流れた終戦の宣言。和平協定が無事に終わった証拠だった。それを聞いて安堵する暇も無く働きっぱなしだ。時間外給を請求してもいいほど、誰もが砦の中を駆けずり回っていた。

 

 到着した貨物列車。列車の扉から漏れだす血を見て酷く気分が悪くなった。死臭を漂わせた列車の扉が開けられる。酷い傷を負った者を丁寧に列車から引き摺り下ろす。担架が足りない。この砦の看護兵だけでは手が回らない。元々補給基地のここは、他所からの怪我人を引き取るために出来ていない。しかし今は訓練兵とかそんな役割で人を分けている余裕がないほど、怪我人がこの基地に流れ込んできていた。幽鬼のような表情をした人が列車から降りて来る。

 

「しっかりマスクしとけよ。肺をやられるぞ。」

 

 上司の言葉がどこか蟲の羽ばたきのように聞こえる。人の呻き声によってかき消されそうだ。動けなさそうな兵士を抱え、馬車の荷台に乗せる。酷いやけどを負った人間もいれば、腕がもげてしまっている人間もいる。簡単な止血を施し、荷台が満杯になった事を確認すると馬に鞭を打つ。

 

「全く、寝不足にはきつい作業だ。」

「文句言うなよ、戦士に失礼だ。」

「分かってるよ。」

 

 ベルナルドが隣でブツブツと文句を言いながら馬の手綱を握る。マスクをしていてもやはり分かる血の臭い。直ぐに小高い丘の頂上に建てられた砦に着くとはいえ、振り返れば、紅い軌跡が続いている。本来ならば、荷台を消毒した方が良いのだろうが、そんな暇はない。血が付着した状態でまた次の人間を運び入れる為に、駅へと向かう。

 

「くぁあ……。」

 

 寝不足だと言うのには理由があった。昨日の夜からぽつぽつと前線から引き上げられてきた怪我人がこの補給基地に集められ始めた。中には助からない人間も当然いて、その人間の墓を手の空いている人間で掘っていたのである。50人以上の墓標が砦の中庭に出来上がっている。これから増えるであろう人間の為に大きな集団墓地を作る計画が早々に隊長たちの間で立案されていた。

 

 

 もし、ここに居るのが俺では無く、()()()だったなら……。

 

 

 そう考えて、溜息を吐き出した。彼女がこんな所に来る筈が無いのだ。救われたければ、救われる方の運も大事だという事だ。それにしても、だ。ここに居る看護兵だけでは、人手が足りていないのが現状だ。終戦という事もあり、監視の兵は最低限に街に物資を買いに行くなど本来の業務には含まれていない事をしていた。

 

 それも仕方のない事だ。自国の民を助けるためだ。この砦に居た殆どの人間が独逸(ドイツ)国民だ。律儀な彼らはとてもいい国民性だと思う。

 

「アントニオ!こっちを手伝いな!」

 

 再び駅まで怪我人を迎えに行こうとした時、出ずっぱりだったフルヴィア医師(せんせい)がそうか声をかけてきた。

 

「はい!」

「おい、お前。コイツの代わりに荷台に乗せるの手伝ってくれ。」

 

 俺の代わりに近くにいた兵士にベルナルドは声をかける。俺はそれを一瞥し、急かすフルヴィア医師(せんせい)の後を付いて歩いた。いつもは地図を持ち歩きながら、睨めっこしている彼女も今日はスタスタと迷う事無く歩いた。

 

 彼女が俺を連れてきたのは、医務室だった。だだっ広いだけだった医務室も今は用意されたベッドだけでは足りないほどの人間がその中にいた。しまいには、砦の兵士のマットレスを医務室に運んだり、使われていない兵士の寝室を医務室代わりに使いだす始末だ。医務室の奥で座り込んでいる男達の前に案内された。

 

「ここにいるのは、軽い奴らだ。今日一日止めたら明日の列車で帰ってもらう。手当はしてある。部屋に案内してやってくれ。」

 

 血や土で薄汚れた軍服を着た男達だった。軍服の端から見える真新しい包帯がとても痛々しい。しかし、彼らは怪我が軽いと言われるだけあってあるのは軽傷程度で銃創は見当たらない。それでも顔の半分を包帯で覆った人もいる。

 

「青白い顔してウロチョロされるとこっちが心配でたまんないよ。これ位の出血で倒れんじゃないよ。」

 

 ははは、と申し訳なさそうな顔で頭を掻く。こればかりは自分でどうにかなる物じゃない。

 

 

 これは傷だ。()()()()以前から抱え込んでしまった、どうしようもない傷だ。膿んでしまったそれはもう元には戻らない。

 

 

「見ての通り、病室は埋まっていてな。俺達が普段使っている寝室に案内する。悪いな。」

 

 人数を数え、少し多いな、と呟いた。30人の人間を二人15部屋に分けたとして…。そんな人数を管理する事はまずもって不可能だ。誰かの手を借りてせめて半分ずつにしてもらおう。そんな事を考えながら廊下を歩く。固い足音を廊下に響かせながら俺達は何も言わず、遠くで聞こえる人の悲鳴に心を塞いだ。

 

「取り敢えず、ベッドは二個ずつしかないから15組に分かれておいてくれ。あまりで歩くなよ。戦争が終わったとはいえ、生き残っている奴らはピリピリしてる。敵味方の区別が付いていないやつとかもいるからな。」

「錯乱状態にあるという事か?」

 

 今まで何も語らなかった彼らの中に一人が口を開いた。若く、しかし武勇を感じさせる気迫とも呼べる何かを微かに感じた。

 

「そう言う奴もいるな。ただ、ここで降ろされるって事は首都まで生き残れる見込みなしって烙印を押されたのと同じ事だ。」

 

 だから少し不思議だった。俺の後ろに立っている人間たちがどうしてここで降ろされたのか。彼らが首都に行けない理由でもあるのだろうか、と勘ぐってしまう。

 

「ここだ。」

 

 木で出来た扉。重厚な壁とは違い、その部分だけが取って付けた様に歪さを感じてしまう。

 

「この部屋から誰も使っていない。急ごしらえで掃除はしてあるが、まぁ、戦争していたんだ。多少の埃は大目に見てくれ。」

 

 扉を開け、彼らに部屋の中を見せた。彼らに部屋割りを決めておけと言ったが、後ろ手一切の会話が聞こえて来なかった。彼らがきちんと部屋を割り振っていない明白だった。

 

「中庭には、今は行かない方が良い。それから、そうだな。この通路を真っ直ぐ行くと食堂と手洗いがある。他に何か聞きたい事は?」

 

 そう言って俺は初めて真面に彼らの顔を見た。荒んでいない、真っ直ぐな瞳が俺を見ていた。その鼠色の虹彩は俺を敵のように見ているように思えた。

 

「いや、特に無い。」

 

 若いにしては渋みのある声だ。掠れていて疲労感が多少感じられる。

 

「他の人たちは?」

「大丈夫です。」

 

 身長の低い男が答えた。顔付きはとても幼く、少年の面影が残る。というよりは、少年だった。自分より幼い少年が戦争に行くなんて状況に嫌気がさした。酷く暗い目をした少年。戦争が彼の精神を蝕んでいるのが手に取るように分かった。

 

 

 前はもっと違っていたはずだ。

 

 

 そう、考えずにはいられなかった。

 

「そうか。昼になれば鐘がなる。」

「正午の鐘か?」

「あぁ、正午の鐘だ。忙しさにかまけて係りが遅れなければな。それじゃあ、俺は戻る。しっかり休んでくれ。ありがとう。」

 

 踵を返し、俺は医務室に戻ろうとした。

 

「何で!」

「おい、やめろ。」

「何で、お前が礼を言う!」

 

 どんっと、背中に衝撃が走った。勢いのまま数歩前に進んで、後ろを振り返った。赤毛の青年だ。先程の少年よりは年上なのだろうが、同じくらいの背丈しかない小柄な青年だった。整った顔立ちをしていたのだろう。今は顔の半分を火傷しているようだ。怪我自体は完治しているが、もしかすると失明しているかもしれない。

 

「こんな場所で、軟弱な奴が!何で生き残る!」

「俺は生き残ってないよ。」

「はぁ!?ふざけてんのか!」

「俺は生き残ってない。だから、生きて帰ってきてくれた事はとても嬉しいし、羨ましい。」

 

 俺を見上げる青年の表情が酷く歪む。まだ何か言い足りないだろう青年は口を開けて息を吸う。そして吐き出す前に別の男に止められる。

 

「悪いな、気を悪くしないでくれ。」

「いいさ、戦場はそう言う場所だ。()()()()()()()()。」

 

 今度こそ、俺はその場から立ち去った。後方から突き刺さる視線が、とてもむず痒い。廊下の角を曲がり、腿に付けられたホルスターから拳銃を取り出した。朝日が昇り始めた。廊下の奥まで長く俺の影が伸びているはずだった。しかし、俺の足元から伸びていなければならない。黒色の板は見当たらない。

 

 つまりそう言う事なのだ。

 

「何してんだ?」

「……ベルナルド、か。いや、流石の俺でも少し疲れたと思ってな。」

 

 前から歩いて来たのはズボンの裾を土で汚した同室の彼だった。首を傾げ、怪訝な表情を浮かべてからどこか納得した表情で「そうか」とベルナルドは言った。その言葉に俺は口元を緩める。手に持っていた拳銃をしまった。

 

「朝礼の時間だぜ?」

「おいおい、俺はもう行かなくてもいいだろう。」

「そう言う訳にもいかないだろう?ここに居る内は、あの人が国王様だ。」

 

 「そうだな」と返事をする。思わずこぼれてしまった笑みに、ベルナルドがしつこく反応してくる。それに飽きて突き放していると、今度は謝って来る。時間も時間だ。普段は走るなと言う暗黙の了解は無視されている。それに則り、俺達も人にぶつからない程度に走る羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 忙しなく動く人を観察するように、鼠色の瞳がキョロキョロと動く。

 

「何してるんだ?」

「……、お前か。」

 

 廊下の片隅で腕を組みながら歩く人間を観察している男に話しかけた。彼らと別れた後、朝礼に参加。その後、何かを考える暇も無く動き回っていた。薬品を抱え、廊下に座り込んでいる怪我人の治療をする。震える手を叩きながら治療していると、男が目に入った。

 

「自己紹介がまだだったな。アントニオだ。アントニオ・ラスムセン。北欧の出身だ。」

「ここの出身では無いのだな。それにしては、流暢な独逸(ドイツ)語だ。」

「二年もここに居ればな、自国に帰ってきちんと話せるか心配になる位には慣れたよ。」

 

 はは、苦笑いを浮かべながら話す俺を男はじっと見つめる。

 

「先程、戦争を知っていると言っていたな。」

「ん? まぁ、言ったけど。そんな風には見えないって?」

「……、あぁ。とても、そんな風には見えない。」

 

 その言葉を聞いた俺はケタケタと笑った。そして「正しいよ」と言った。そんな俺を怪訝な表情で見る男。

 

「別に、そんな表情(かお)しなくてもいいだろうに。何が不思議だ? 人間だ。負ける事なんて沢山あるだろう。」

「今はまだ戦争中だ。そういう言葉は控えるべきだ。」

 

 その言葉を聞いて俺は数回瞬きをした。そしてあまり刺激するような言葉は控えるべきか、と一考する。

 

「そうだな。申し訳ない。」

「……、いや。」

 

 何か言いたそうな男は、その後の言葉をつづける事は無かった。言いたい事があれば言えばいいのに、と心の中で思ったが、俺もやはり口に出すこそは無かった。

 

「で?」

「ん?」

「アンタの名前だよ。俺は名乗ったのに、アンタの名前は聞いてない。」

 

 良いあぐねている男は、口を開いては閉じる。

 

「ジイド、だ。」

「ジイドか。それじゃあ、まだやる事あるから。しっかり休むんだぞ。」

 

 歩き出そうとして足を止めた。振り返るとアンドレはこちらを見ていた。

 

「正午に鐘が鳴るが、あまりすぐにはいかない方が良いと思うぞ。何時も人でごった返しているからな。少し遅くった方が良い。」

「わかった。」

 

 アンドレの後ろからあの青年が近づいて来ているのが見えたため、避難することにした。何せ、彼には目の敵にされているようだった。前に、会った事でもあっただろうか。そんな考え事をしながら歩き出す。歩いていた廊下から中庭を見下ろす。そこでは十数人がスコップ片手に穴を掘っている。大分深くなった穴の横には、無残に肉が、乱雑に置かれている。

 

 夏という事もあり、酷い臭いの中彼らは仕事をしていた。戦争が終わったとはいえ、燃料などは貴重品だ。遺体を焼いていやることも出来ない。5mほどの穴が掘れたのだろう。顔を歪めながらポイポイと穴の中に投げ入れて行く。

 

「何サボってんだい?」

「フルヴィア医師(せんせい)……。酷いなぁ、そんなんじゃありませんよ。どうしたんですか、その本。」

 

 彼女が抱えていたのは昨日、大量に資料室から運び出した本の一部だった。「持ちますよ」と言うと「当たり前だ」と返って来る。そして押し付けられたそれを抱え、二人で歩き出した。

 

「怪我人が多い。全く、ここの物資料だけでは足りなくなっている。」

 

 後ろから付いている居ている俺には彼女の表情が見えない。しかし、このままここに死体が集められれば疫病が流行る恐れがある。ただでさえ、皆慣れない事をして疲労している。この環境を長く続けて行く事は良い事では無い。どうにかして打開策を考えなくてはならない。

 

「下手をすれば……。」

 

 見込みのない人間を列車に押し込め、別の場所へと移送する事。又は、ここで殺す事を考えなければならない。戦争中だって大変だ。しかし、戦争が終わったからといって国力がすぐに戻ってくる訳じゃない。無くした国力が戻ってくるにはとても時間が掛かる。

 

「もう直ぐだね。」

「ん?何がですか?」

 

 フルヴィア医師(せんせい)が小さく呟いた。何も聞かずに歩いて来たが、ここは何処だろうか。

 

「悪いね。」

 

 パスっと極限まで抑えられた破裂音。込み上げて来る不快感が口から零れだす。そしてボタボタと本を床に落とした。撃たれたのが自分自身だと気が付くのに、そう時間はかからなかった。そうは言っても時間が掛かりすぎな事は否定できない。本当ならば、ここで腿のホルスターから銃を抜き、彼女を打ち殺さなければならなかった。

 

 それが軍人としての役目であったはずだ。しかし、俺にはそんなことは出来なかった。

 

 全身が脱力し、膝を付いた。焼ける様に熱い腹部を無意識に抑える。ぬちゃりと温かなその液体を触り、その懐かしさに瞳を閉じた。床に体を打ち付ける。

 

 昔、一度この感覚を体験している。ゆっくりと落ちる意識の中で誰かの靴が見えた。昔と同じ、この角度で見る大きな靴。あの寒い北欧の地で救ってくれたあの人の足が見えた気がした。




お疲れ様でした。

漸く、原作のキャラを出せて兎一号は満足です。

小説でジイドが攻略したという砦。アニメの映像から似たような画像を世界のgoogle先生で探したのですが、インドって……。
まぁ、参考にはさせてもらいました。

弟や父に手伝ってもらい、ジイド達がどうやって40人vs600人を勝ち抜いたのか、色々と議論しました。その結果、偽物(ミミック)に異能力者が一人増えることになりました。

だいたい、キルレ平均15ってどんな化け物集団ですか。ゲームだってこんなの見た事ありませんよ。なので、砦の攻略方法を考えるのにはとても苦労しました。楽しかったけど。

感想などお待ちしています。
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